11 マルチナ・出会い 8
剣の自由を取り戻したリチャードがマルチナみて大きな声で笑った。
「これは、特殊剣技、融解波動。剣士のパワーを熱に変えて高温をもって溶かし切る。まあ俺くらいの剣士になると溶かせないモノ……」
「いい加減にしろ!! リチャード」
ヘンドリクスの声が背後からとんだ。
リチャードは、わかった、とばかりに背を向けたままヘンドリクスに手を上げた。
「観念しな、サキュバス。坊主の妾が嫌ならひと思いに殺してやる」
リチャードは宝剣を構え直し、睨み付けるマルチナと向き合う。
すでに勝ち誇った顔。睨み返すマルチナに向けて自らの優位性をアピールすることを止めない。
「俺の見る限り、おまえは魔導と剣技のバランス型。魔導を封じられた状態で剣技に特化した俺に勝てると思っているのか?」
「……」
「相手が悪かったと諦めろ」
「……」
無言でリチャードを睨むマルチナ。リチャードは余裕の表情。
じりじり間合いを詰めるリチャードにマルチナは合わせて後退しながら距離をとる。
「後ろだ! リチャード!」
ヘンドリクスの叫び声が静寂を破る。
同時に、リチャードの背後から後ろから蹄の音が響いた。
リチャードの死角から一頭の馬が突進してきた。
リチャードを跳ね飛ばすかと思われた瞬間、リチャードは重い甲冑を着けているとは思えない身軽さで、ひらりと馬をかわした。
しかし、馬はそのままリチャードの脇を駆け抜けると、馬の背から伸びた手がマルチナの腕を掴み引き上げた。
馬の背にはユージが跨っていた。
マルチナは馬の背に飛び乗ると、前で手綱を掴むユージに叫んだ。r
「逃げろって言ったでしょ!」
「仲間を置いて逃げられないよ」
「気持ちはありがたいけど手を離して。奴らは魔族がどこにいるか探知する能力があるの。スプリーム級ともなれば、たとえ数キロ離れていてもピンポイントで位置と個体能力を判別できるわ」
「それなら探知圏外まで一気に引き離してやるさ」
ユージは馬の腹を両足で蹴り込み、さらに速度を上げるよう馬に促した。
二人を乗せた馬はすぐ前方に広がる漆黒の森を目指し疾走した。
森に入れば夜の暗さと相まって追撃は格段に困難になる。仮にリチャード達がベイズらが残した馬で二人を追ってきても、さらに先に森の奥へと逃げ込めるだけの余裕はある。
なんとか逃げ切れる……。
ユージは僅かな希望を感じた。
「飛んで!!」
いきなりマルチナはそう叫ぶやいなや、手綱をしごくユージを後ろから抱え込むと、横っ飛びに馬の背を蹴った。
それと同時に空気を切り裂く風音が頭上を通過した。
次の瞬間、二人を乗せて疾走していた馬の頭部が切断され宙を舞う。
二人は疾走する馬の勢いそのままに地面に叩き付けられて転がり、森の手前を深くえぐって流れる小川の窪みに落ちる。
頭部を失った馬は前脚から崩れ落ちトップスピードのまま首から地面に激突して大きく跳んで転がった。
リチャードの剣技『斬撃波』が二人を背後から襲ったのであった。
「だから、一人で逃げろって言ったのよ」
水の枯れた小川の窪みの縁で、マルチナがユージを責めた。
ユージは頭を強く打ち朦朧としている。
「奴らの狙いは私。私から離れさえすれば君は安全なのよ」
「見捨てて逃げるなんてできるわけ無いだろ」
「バカいわないの」
「苦情は後で聞くよ」
ユージはマルチナの腕を掴み、体を起こし上げようとする。
しかし、マルチナが苦痛のうめき声を上げた。
ユージはマルチナが怪我を負っていることに初めて気づき、静かに地面に降ろした。
馬から飛び降りる際に『衝撃波』がかすめたため、マルチナの背中一面が出血で赤黒く濡れていた。
かなりの出血量であることは素人目にも明らかだ。この傷ではたとえ僅かな距離であっても走ることもちろん、歩くことさえ困難であった。
幸い二人が落ちた小川の窪みは地表から二メートルほど低くなっており、リチャード達からはユージ達の姿は見えない。
しかし、奴らは直ぐに追いつくはず。時間はない。
ユージは何か方法はないかと頭をフル回転させる。
マルチナは傷つき戦えず、ユージは元々最弱の存在。対するは最強の冒険者パーティー。
状況は地下迷宮のときと同じ。絶体絶命。
マルチナを置いて自分一人で逃げる? それなら自分は間違いなく逃げ切れる。
しかし、マルチナは確実に殺される……。
また仲間を見捨てて逃げるわけにはいかない。いや、自分が出来る限りのことはした。
でも、……。
自問自答するが結論は出ない。
”同族を見捨てて自分だけが生きながらえる。それもよかろう……”。
暗い地下迷宮での老いた魔王との会話がユージの頭によみがえった。
あのじじい、なにか力を残してくれれば……。
「あっ!」
ユージ小さく叫ぶと、肩で息をするマルチナの両肩を掴み正面を向かせ尋ねた。