10 マルチナ 出会い 7
ユージは見覚えのある冒険者パーティーに恐怖で体が固まった。
黄金の甲冑の剣士に紫のローブの魔道士。それに純白に金の刺繍の法衣の修道女。
地下迷宮の最深部にいた冒険者パーティーだった。
マルチナも彼らを一目見て表情を変えた。先ほどユージをからかっていた人物と同一とは思えない。
そして一言つぶやく。
「こいつらはスプリーム級よ」
「スプリーム級?」
「プラチナ級の上、簡単に言うと、異常者の集団よ」
「異常者とは失敬だな。たしかに常人とはモノが違うがな」
黄金の甲冑の男が笑いながらマルチナに向かって一歩踏み出す。マルチナは後退りしながら距離を取る。
いきなりマルチナは詠唱した。
「瞬間移動!!」
マルチナは空間魔導を発動する。
しかし、周囲の空気が一瞬震えるだけ。何も起こらない。
「あー、悪い悪い、まだ言ってなかったね。私が無効化魔導を発動しているのだよ。上空を含め半径2キロ四方の一切の魔導は無効化される。これを解除するには、私以上の魔道士じゃないと無理なんだ。もっとも、私以上の魔道士なんてこの世に存在しないがね」
紫のローブの魔道士が勝ち誇ったようにマルチナに微笑む。
魔導無効化により一切の魔導攻撃や魔導防御を遮断し、剣士の豪腕で魔道使いの魔人を屠る。彼らの必勝パターンであり、事実、多くの高位魔人が彼らによって消されていった。
まさに、異次元の強さであり、文字通り無敵の存在だった。
「逃げなさい」
「マルチナさんは?」
「自分のことは自分でなんとかするわ」
「何とかするって、奴ら化け物なんだろ?」
「邪魔だから早く行けって言ってるの」
またか……。
ユージは地下迷宮でのジーヴルとのやりとりを思い出す。
あのときも自分は他人に守られ、卑怯にも自分だけが助かろうとした。
ここでもまた同じことを繰り返すのか? ジーヴルを見殺しにしたようにマルチナも?
ユージは自問した。
ユージは決断できずマルチナに目をやるが、マルチナの意識にもはやユージの存在はなく、ただ一点、剣士の男を睨んで離さない。一瞬であっても隙を作らないと決めているかのようだ。
マルチナの先ほどは打って変わった殺気だった様子に、とても声をかけられる雰囲気ではなかった。
張り詰めた空気に息が苦しくなる気がした。
ユージは辺りを見回した。ベイズ達が残した馬が繋がれているのが目に入る。
ユージはマルチナの脇を離れ一気に駆けだした。
修道女がユージを目で追いながら前衛の二人に声を掛けた。
「どうする? 一匹逃げちゃうよ」
「ほっとけ、あんな低位魔人。狩るだけのエネルギーの無駄遣いだ」
リチャードは地下迷宮で逃げだそうとしたユージのことなど、もはや記憶になかったのだろう。
それよりも全神経はマルチナに向けられていた。リチャードもまたマルチナを容易ならざる相手と見ていた。
リチャードが宝剣を構えマルチナににじり寄った。
マルチナは剣の間合いに入る手前で右手を突き出し、リチャードに向けて鋼の爪を伸ばした。
マルチナの爪は空気を切り裂き肉眼では捕らえきれない早さでリチャードの喉元に迫る。
しかし、リチャードは僅かに首を傾け鋼の爪を軽くかわすと大きく一歩を踏み込み、マルチナめがけ横薙ぎに剣を払った。
マルチナはリチャードの斬撃を読んでいたかのように黒翼を一扇する。
リチャードの頭上高く舞い上がると、再び彼の剣の届かない上空から再び鋼の爪を飛ばした。
リチャードは同じく首をひねり、鋼の爪をかわそうとした。
が、それはマルチナの予想どおりの動きである。マルチナの狙いは頭ではなかった。
鎧の左の肩当ての継ぎ目部分から甲冑を破り肩口から一気に心臓まで貫く……はずであった。
キーンと高い金属音が周囲に響いた。
マルチナの鋼より固いはずの爪はリチャードの黄金の甲冑の肩当てに阻まれ、先端が折れてしまった。
一方リチャードの甲冑には傷一つ残っていない。
「なかなかやるな。俺の甲冑に剣を当てたやつは数年ぶりだ。でも、オリハルコンで鍛えた神鋼の甲冑は物理的な方法で突き破ることはできない。なんて言ったって地上で最も硬い金属だからね。もっとも、これを着て自在に剣を振るえる人間はこの世で俺くらいだろうがな」
余裕の表情でリチャードはマルチナを見上げる。
リチャードは上空に浮遊するマルチナを睨み、宝剣を振りかぶり気合いを込めると宝剣が青く光を帯びる。そしてそのままマルチナへと大きく振り下ろされた。
もちろん剣先は上空のマルチナには届かない。しかし、宝剣から生み出された衝撃波がマルチナを襲う。
マルチナは体を捻り衝撃波をかろうじてかわす。しかし、第二波、第三波がつぎつぎとリチャードの剣から繰り出された。
マルチナは体をひねって衝撃波をよけ続けるが、空中では小回りが利かず広く開いた翼までは避け切れない。
リチャードの宝剣から発せられた衝撃波はついにマルチナの左の黒翼の先に当たり黒い羽毛を散らした。
マルチナはさらなる衝撃波を避けようと体をひねるが、それは傷ついた翼では到底無理な回避行動。
バランスを崩してしまう。
そして、新たな衝撃波が再びマルチナの翼を打ち抜いた。
マルチナはバランスを完全に失い、そのまま地上に激突した。
「言い忘れていたが、この剣は地上に唯一無二の神器たる宝剣。タダよく切れるだけの剣とはわけが違う。剣士のパワーを衝撃波に変えて剣の届かない位置にあっても切り裂く「斬撃波」という特殊剣技を生むシロモノだ。まあ、これだけの速さでこの剣を使いこなせるのはこの世の中で俺くらいだけどな」
いちいち自分の自慢を入れるリチャードをヘンドリックスとソフィーもあきれ顔で眺めている。
もちろん、彼らはリチャードがマルチナに敗れることなどこれっぽっちも思っていない。要は、遊んでないで早く終わらせろと思っているのだった。
「瞬間移動も使えない。空も飛べない。もうどこにも逃げるところはないぞ。大人しく捕まって、坊主の妾にでもしてもらえ」
リチャードは余裕の表情でマルチナに歩み寄った。
「ほざけっ」
マルチナの叫びと供に左手から爪が伸び、ムチのようにしなると宝剣を巻きつく。
剣の自由を封じられ、リチャードは剣に絡む爪をふりほどこうと剣を左右に振る。
マルチナの爪は剣を巻き取ろうと強く引き寄せた。
二人の間合いが少しづつ狭まっていく。
リチャードは剣を振り回しマルチナの爪を解こうと格闘する。
その隙を狙い、マルチナは先の折れたままの右手の爪を正面からリチャードの顔面に叩き込んだ。
顔に突き刺さると思われた瞬間、リチャードはなんとか頭を仰け反らせる。
マルチナの鋼の爪はリチャードの頬を撫で、その勢いのままリチャードの兜を後方へと飛ばした。
リチャードの右頬に赤い線が浮かび上がった。
リチャードは頬からしたたり落ちる血を拭い、マルチナを睨んだ。
「俺に傷を付けるとは……、生きて帰れると思うなよ」
先ほどまでとは表情が一変した。目はつり上がり笑みは消えた。
「真面目にやらんからだ、リチャード」
背後から見かねたヘンドリクスが声を上げた。もっとも、リチャードの勝利は疑っていないのか、心配そうな様子はない。
「おふざけはこれまでだ」
ヘンドリクスに言い返すと、リチャードは剣に気合いを入れる。
宝剣がオレンジ色の光を放ち始めた。
その光に呑み込まれるかのように剣に絡みついたマルチナの左手の鋼の爪は跡形もなく溶けて消えた。