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9 マルチナ・出会い 6

 修道女が地面に倒れる音を最後に、聞こえるのは風の音のみ。

 ユージはマルチナの無双ぶりを呆然とながめているだけであった。

 我に返ると、馬車の影からマルチナに駆け寄った。


「みんな殺したの?」

「生かしておく理由ある?」

 表情一つ変えず他人事のように答える。息一つ乱れておらず、いたずらな目のままである。


「あっ、最後の娘は君に残してあげればよかったわね、おっぱい大っきかったし。好きなんでしょ、おっぱい」


 マルチナはにやりと笑いユージジをからかった。

 ユージはなんと返事をすればいいのか分からず返事が出来ない。仕方なく話題を変えた。


「あのー、一つ訊いていいかな? こんなに強いのになんで捕まっちゃったの?」

「ああ、プラチナ級の剣士や魔道士達一〇人くらいに囲まれちゃったんでね。そんな奴らと命懸けで戦うくらいなら、弱者を装って降伏して逃げ出す機会を(うかが)う方が利口でしょ? それに言ったでしょ、自分の意志でここにいるって」

「そうえば……」

「まあ、できれば、もう少し討伐軍の前線基地から少し離れてから逃げ出すつもりだったんだけど、バカが襲ってきちゃったからねぇ」


 マルチナはユージに答えつつ、死体となった冒険者パーティーの男の(ふところ)を探りだした。硬貨の入った袋を見つけると自分のポケットにしまう。


「君もボーッとしてないで、金目の物を探しなさい」

「そんな泥棒みたいな……」

「バカね。死人はお金を使えないでしょ。それに魔族殺して稼いだお金よ。同じ魔族の私達がもらうのが当然でしょ」


 そういう問題か……?

 死体から金品を(あさ)ることに躊躇(ちゅうちょ)を覚え、手が出せないでいるユージを尻目にマルチナは次の死体へと掠奪の対象を移す。


「ああ、あと冒険者票も取っておいてね。死体の身元がバレると犯人探しが始まって、面倒くさいことになりかねないからね」

「冒険者票?」

「こいつらみんな首にペンダント型のプレートをしてるでしょ、それよ。それで名前や登録地、そしてクラスが刻印されているの。身分証みたいなもんね」


 たしかに、ベイズの頭のない胴体には鈍く光るプレートのペンダントが引っかかっている。


「みんな銅のプレートでしょ。つまりみんなブロンズ級ってこと」

「ブロンズ級?」

「下から二番目。まあザコね」


 ユージは首のないベイツの胴体から血で濡れた冒険者票を外し、ベイツのズボンで血を拭いてポケットにしまった。

 さらに、懐から金貨と銀貨の入った小さな袋を見つけた。

 結構な重さだった。そっと中をのぞくと金貨が30枚はありそうだ。

 ちょっと嬉しくなってマルチナに報告する。


「お金があったよ」

「とっておいて。一人で生きていくためには必要なものよ」

 マルチナは、修道女からはぎ取ったローブを自分の体に当てながら答えた。

 

 一人で生きていくため……

 ということはここで別行動ということなのか? 

 ユージはマルチナの言葉の意図を探る。

 見も知らない異世界で自分一人生きていくことはどう考えても不可能である。少々のお金があったところで、すぐに使い果たすのは目に見えている。


 これからどうやって生きていくべきか自問しつつ、ユージはマルチナを真似て、自分の背丈の同じくらいの魔道士から革の胸当てやブーツをはぎ取り、身につけた。

 さらには短剣や水筒など役に立ちそうな物を見つけると、自分の持ち物とした。



 一通りの掠奪が終わると、マルチナはユージに指示して冒険者達の死体を集めさせ、手のひらからファイヤーボールを出現させる。

 折り重なった死体に火の玉を投げつけると、大きな炎が死体を包みこんだ。


「証拠隠滅はこんなもんね」


 そう言うと、マルチナはもう炎に目もくれず、周囲を見回している。関心はすでに別の方へ言っているようだった。

 一方ユージはまだ心の整理が付かない。死体となった冒険者達を焼き尽くす炎を眺めながら、マルチナに尋ねた。


「これからどうするの?」

「そうね。とりあえず身を隠すかな。魔王が没した以上、これからの身の振り方をじっくり考えないとね」

「やっぱり魔王は死んだの?」

「さぁ? 私は死んだところを見ていないから断言できないけど、確かに存在は感じなくなったわね」


 ユージは暗闇の中の老人を思い出した。

 あの老人も強かったのだろうか? 


「死んだ魔王って無敵の存在だったの?」

「知らない。でも、多くの魔人が従ったから何かしら魅力はあったんでしょうね」

「強くなくても従うの?」

「どんなに強くても、力で従わせることは出来ないのよ。主従の盟約を結ぶのはその魔人の自由意思だからね」

「じゃあ、弱くてもいいんだ」

「うーん、あんまり弱すぎるのも考えものだけど、強さに代わるだけの何かがあればね」


 魔王だからといって必ずしも無敵である必要はないらしい。

 それなら自分にも、と思う。

 しかし、強さに代わる別の魅力はあるのか? と問われれば、黙り込むしかない。

 ジーヴルは魔王も人間達と戦ったと言っていた。そうすると、少なくとも戦うだけの勇気は持っていたことは間違いない。

 しかし、ユージはジーヴルを見殺しにし、今も馬車の影に隠れていた。

 力はもちろん、仲間を救う勇気すらない。

 やっぱり魔王を継ぐだけの決断はできない。やはり魔王はこの先、別の誰かに継いでもらった方がよいのかと思った。


「魔王がいないままだと、魔族は一体どうなるんだろう?」

「魔族にとっては冬の時代になるわね。()べる王がいなければ魔族はことごとく人間に個別殲滅(せんめつ)されていくのは目に見えているわね」

「魔族がみんなで集まって協力して人間に対抗しないの?」

「魔獣や低位魔人はともかく、力のある高位の魔人はプライドが高くて独立心も強いのよ。みんな我が(まま)でね。それに比べると私なんかメチャクチャ協調性のある方よ」


 マルチナさんですら協調性ある方。だから魔王のような特別な統治者が必要なのか。

 ユージは魔族の世界について何も知らないことを再確認した。


「まあ、いずれ魔王は復活するわ。それまでの辛抱ね」

「いずれって、いつ?」

「さあ、いずれはいずれよ。明日か一ヶ月後か、それとも一〇〇年後か。そんなこと私に分かる訳ないでしょ。魔王候補者に訊いて、って話よ」


 それを悩んでるから訊いているんだけど……。

 ユージは溜息をついた。


 有史以来、人間と魔族は、時には拮抗し、時には相手を圧倒しつつ、終わらぬ抗争を続けてきた。それは未来永劫変わらないらしい。

 しかし、ユージが転移した今の時代は人間が魔族を圧倒し、魔族は人間に狩られる存在である。

 それなら人間のまま転移していれば……

 ユージは再度深いため息をついた。




「さて、長話ししちゃったわね。敵が来る前に出発しなきゃ」

「敵?」

「さっきのヤツらでかい花火を上げちゃったでしょ。もしかしたら上級のヤツらに気づかれたかもしれない」


 ユージはベイズらが発動した炎の龍を思い出す。

 たしかにあれはかなり遠くからでも見えそうな巨大さだった。そうなると、益々自分ひとりではヤバいことになる。

 ユージは思い切って、マルチナに頼んだ。

 

「あの、俺も一緒に連れていってくれない?」


 しかし、マルチナの返事はいたく素っ気ないモノだった。


「君と一緒にいて私に何かメリットがある?」

「メリット……」


 確かに、自分がマルチナと一緒にいて役に立つことがあるのか。足を引っ張るだけであろう。それは自分自身がよく分かっている。先程の戦いも、影で隠れて見ていただけだ。

 ユージは言葉に詰まってしまった。


「何もないようね。じゃあ、ここでお別れね」


 マルチナは漆黒の羽を広げた。

 ユージは何も言えないまま、まだ暗い空に飛び立とうとするマルチナを見つめた。


 そのとき、キィーンと今まで感じたことのない強烈な耳鳴りがユージを襲った。


 ユージの眼の前の風景がぐにゃりと歪む。

 歪んだ風景の中から白い影が浮かび上がった。その影は三つに別れ、次第にはっきりとした陰影を生む。


 歪んだ風景の中から剣を手に持った黄金の甲冑姿の剣士を先頭に3人の人間が現れた。


「だから俺はブロンズ級に任せるのは反対だと言ったんだ」


 突如現れた黄金の甲冑姿の剣士が後ろに立つ紫のローブ姿の魔道士に向かってぼやく。


「仕方あるまい。上の級は全て三種の魔神器の護送に送ったんで、ブロンズとアイアン級しか残ってなかったんだ。その中でもマシな奴を選んだんだぞ。おまえが二日酔いで寝ている間にな」

「人選ミスを俺のせいにするな。後始末しなきゃならないコッチの身にもなってくれ」

「分かったから、もう言うな。それに俺の瞬間移動魔導のおかげでお前はここまで歩かずに済んだだろ」


 文句が止まらないた黄金の甲冑姿の男に背を向け、紫のローブの魔道士の男はさも労力を使ったかのように魔法杖で自分の肩を叩きながら首を回した。


「ぼやかないで。さっさと終わらせましょ」


 純白に金の刺繍が施された法衣をまとった修道女がユージ達を無視して掛け合いを続ける剣士と魔道士に促す。


 修道女はユージ達の方に向き直ると杖を突きつけ、大きな声で告げた。

 「というわけで、あなた達! 死体になるか大人しく捕まるか。好きな方を選びなさい!」


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