ペンダント、あるいは「だいじなもの」欄の捨てられないアイテム
(以下引用)
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ルセロ・カムーのこの仕打ちにたいへん腹を立てたカイエ・レマンスは、召使いに命令して、宝物の中から、一番よく切れる剣を持ってこさせました。
カイエ・レマンスがルセロ・カムーを切りつけると、たちまち、ルセロ・カムーの体は、頭と2本の腕、2本の脚と、それに胸とお腹とが、全部で7つにばらばらになっていまいました。
そして、カイエ・レマンスは魔法の呪文をとなえました。「ラバラバ ブンゼ!」※
するとなんということでしょうか、ひとりでに、さっきばらばらにされたルセロ・カムーの体のそれぞれが、さらに細かくばらばらになったのです。数えてみると、それぞれがさらに7つにばらばらになっていました。7つと7つで、ルセロ・カムーの体は、49個にばらばらになってしまいました。
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イェルツィア。
美しい娘よ。
その瞳は宝石のよう。春の空の下、日の光を受けてきらめく様は小川のせせらぎのよう。
願わくば私は、その流れの中を泳ぐ魚のように、君の湛える輝きの中で身を委ねていたい。
イェルツィア。
麗しの乙女よ。
その髪は金の糸。芽吹き茂る木の葉を揺らす、海からの風。
願わくば私は、その枝にとまる鳥のように、君のもたらす良い知らせに耳を傾けていたい。
イェルツィア。
恋い慕うわが女神。
その肌は……
そこで、陶器造りの盃が床に落ち、粉々になった音がした。磨き上げられた木の床に黒々とした液体のシミが広がっていく。
驚いた初老の女が一瞬息を飲むと、持っていた紙の束を取り落としそうになる。スカートと手で紙束を押さえるとすぐに目の前の娘に向き直った。
「お嬢様!お怪我はございませんか!?」
「……ないわ。驚かせてすまないわね。つい夢中になってしまって」
娘の返事に、女は小さくため息をつき、ほっとしたような表情を浮かべた。
その顔はすぐにキリリと引き締まり、手にしていた紙の束……手紙を机に置いて立ち上がる。
「連日のお出掛けでお疲れでいらっしゃるのでしょう。すぐに片づけて代わりをお持ちいたしますので……」
「すまないわね、ジェシカ。お茶のおかわりはいらないわ。その代わり少し休ませてちょうだい。あと半刻したら共通語の先生がいらっしゃるから、その前に起こしてくれたらいいから」
かしこまりました、と言って迅速に女が砕けた盃の破片とこぼれた液体を片付け、部屋を出る。
ドアが閉まり、廊下を歩くパタパタとした音が遠ざかり、離れたところの使用人たちに何か指示を出す女の声を聴きながら、少女は机の上に先だって置かれた手紙に目をやった。
片手でつまみあげると、そのまま両手に持ち真っ二つに引き裂く。
手紙の束は先ほど読み上げられた冒頭を含め数枚分あったが綺麗に真っ二つだ。
等分されたそれを重ね、さらに二つに切り裂く。同じ動作をまた繰り返す。
そうして小さくちぎられた紙片を暖炉の前に持っていき、灰の中に突っ込むと、小さな燃えさしが焚き付けを得て、にわかに燃え広がった。
少しの間だけそうして勢いを増した炎は、しかし、丁寧に火種を舐めとると、またすぐに眠りにつくように灰の中に消えた。
少女は胸元に手をやり……何かを強く握りしめて、祈る。
神よ――神というものがおわしますならば。――神よ。
このちっぽけな、何も出来ぬ小娘にこのような恐ろしい手紙を送り付ける男を、この手紙のように真っ二つにする力を、私に下さりますように。
小さな祈り、小さな声。
祈りの内容に「私」は笑い転げそうになったが、少女の祈りは真剣だった。
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※ここで「ラバラバ ブンゼ」だなんて「ぜんぶ ばらばら」の逆さじゃないか、いんちきな呪文だな、と思ったみなさんへ。本当は、ここには本物の、大昔の言葉で呪文が書いてあったのです。
ルセロ・カムーのお話は、元々(もともと)は昔のセヘルラングの民話で、翻訳、といってたくさんの国の言葉に直されて書かれていますが、直す前のセヘルラングの言葉では、ここには「イニーム・エトケセッド(inimu etscessed)」と書かれていました。
これは、逆さにすると「デッセークテ・ウーミニ(dessecte umini)」となり、「デッセークテ・ウーミニ」というのは「ぜんぶ・ばらばら」という意味の古いセヘルラングの言葉なのです。この呪文は、世界の色んな国で、その国の言葉にあわせて全部違う書き方になっています。
面白いな、とおもったみなさんは、ぜひ大人になったら翻訳のお仕事をしてみてはいかがでしょうか。
(以上引用部、「世界の昔話 第2巻 セヘルラング」より)