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mad doll

作者: 永野ゆき

ふと目を開けると、愛しい人の顔があった。

意地っ張りで、意地悪で、頑固で、不器用で……でも、本当は優しい私の大切な人。

カノン、と彼の名前を呼ぼうとして、ふと止める。

どうしてかカノンは泣きそうな顔をしていた。

だから手を伸ばして頬に触れて、どうしたの?そう問おうとしたらその手を払われてしまう。

驚いて私は目を丸くした。出会った頃のカノンにならそれをやられても仕方がないが、今の彼が私の手を振り払うなんてあり得なくて、驚いたのだ。


「違う」


ぽつり、とカノンが言う。

振り払ったのはそっちのくせに寂しそうで、傷ついた顔で私に彼は言った。


「お前はカミュなんかじゃない」


カミュ。それは私の名前であるはずなのに。

私はカミュであるはずなのに、彼は違うと繰り返した。


●○●○●


「よっ!天才科学者様!」


そう聞き覚えのある声が背後からしてカノンは嫌そうな顔で振り返った。

私もそれと共に振り返ると想像したとおりの姿がそこにあった。


「ゴードン様」


私がそう声をかければゴードン様はニカッと笑って、よっ!と手を上げた。


「久しぶりだなあ。元気にしてたか?」


「見ての通りだけれど?あんたは相変わらず暑苦しいね」


そう嫌味ったらしくカノンは言う。しかし、慣れているのだろう、その言葉を気にした様子もなく、ゴードン様は笑いながら言った。


「相変わらずだなあ、お前らは」


「そう言う君は随分老け込んだんじゃないの」


その言葉に確かに、と私は心の中で頷いた。

体力的にはまだまだ元気そうだが、見た目は立派なおじいちゃんだ。

ゴードン様はその言葉に苦笑しながら言った。


「おい、気にしてるんだからそういうことは言うなよ。っていうか、お前らが若すぎるの。日の光ちゃんと浴びてるか?いつも研究室にこもってばっかりだから、そんな色白なんだよ」


「はっ!そんなよぼよぼのおじいちゃんになるくらいなら僕はずっと研究室に居ることを選ぶね」


「うぇ。本当にお前って不健康だよなあ。そんなんじゃ女の子にモテないぜ。なあ、カミュ」


そう言われて私はうーんと少し考える。


「確かに健康的な方と不健康な方でしたら前者の方が好ましくはあると思いますよ」


「ほら、聞いたかカノン!これが女の子の意見だよ」


そう勝ち誇ったようにゴードン様が言えば、馬鹿にしたようにカノンは笑った。


「女の子?それが?」


その言葉に一瞬空気が凍る。

ゴードン様が気遣うように私を見た。

その瞳があまりにも優しくて、私はなんだか可笑しくてクスリと笑った。


「別に気にしていないので大丈夫ですよ」


これは強がりでもなんでもない。本心だ。

だから、笑顔を見せればゴードン様はほっとしたように笑った。しかし……


「そうそう。そんなものに気遣う必要はないんだよ」


そのカノンの言葉にゴードン様は悲しげな顔をする。しかし、それにカノンは気付かず、さらに言葉を続けた。


「そいつは偽物。ロボットなんだから」


そう私はロボット。人と同じ心など持たないロボットだ。

見た目は人と変わらない。言動も行動も人と同じ。

しかし、天才科学者であるカノンに作られた、人間そっくりの人型ロボットなのである。

だから優しい言葉も気遣いも私には不要だ。

しかし、ゴードン様は寂しげに言った。


「ロボットでも心はあるだろ?天才科学者のお前が作ったんだから」


「ただの鉄にそんなもの込められる訳がないだろう?お前は馬鹿なのか?」


皮肉気にカノンは言う。

嘲笑うように。しかし、それでいて辛そうに。

鉄に心を込めたい。見てくれだけでなく、本物の人にしたい。それはカノンの夢であり、私の夢だ。

でも、現状それは難しい。まだ、本物にするには時間が掛かる。

途方もない程の時間が。


「……俺はただの鉄だなんて思わない。ちゃんと心があるって信じてる」


とゴードン様は辛そうに苦しそうに……そして責めるように私達を見た。


「……ふん」


そのゴードン様の表情にカノンはばつが悪そうに鼻を鳴らした。

今の私達には痛い言葉だ。私もカノンもゴードン様に何も言うことができず、逃げるように研究所に帰った。



●○●○●



カミュとは私の名前であり、そしてカノンの大事な人の名前でもある。

それは何十年も前のこと。

天才的な科学者様のところに一人の助手がやって来た。名前はカミュ。カノンの恩師である先生の娘で、科学者を志す少女だった。

人嫌いで有名なカノンは最初、彼女のことを煙たがった。恩師である先生に言われたから、助手として置いているだけで、本当は邪魔で仕方無かった。

早く居なくなってほしいとさえ思っていた。だから、暴言も吐いたし、意地悪もした。しかし、カミュはへこたれることなく、カノンに尽くし、彼の発明を純粋に褒め称えた。

いつの間にかカミュがいるのが当たり前になった。そうしてまたいつの間にかカミュはカノンにとって居なくてはならない存在となった。

カミュもまたカノンを好きになっていた。

……しかし、その幸せは長くは続かなかった。



●○●○●



「なんでだよっ!!」


カノンは机に拳を思い切り殴り付けた。私はそれを静かに見守る。慰めの言葉が必要ではないことはわかっていたから。


「カミュ……!!」


切なげにカノンは私の名前を私じゃない人を思って呼んだ。


「会いたい……会いたいよ……」


彼はふらふらと大きな水槽に近づく。その中には水に浮かんだ少女が……私と全く同じ見た目をした少女がいた。

彼女こそがカミュだった。私と同じ体を持ち、私と同じ記憶を持ち、私と異なる心を持った、本物のカミュ。

カミュが病気にかかったのはカノンと想いを交わして半年後のことだった。気付いた時には手遅れで、カミュはあっという間に亡くなった。

それからだ。カノンがその研究に没頭したのは。

……カミュと全く同じ人間を作る研究に。

同じ姿。同じ記憶。同じ性格。それらが全て揃ったロボットはその人自身と言えるのではないか。

そう思ってカノンは私を作った。

しかし、結果は……。


『違う!お前はカミュなんかじゃない』


私は失敗作だった。

私はカミュになり得なかった。

確かに胸の中にはカミュであった記憶があるのに。私は偽物でしかない。

何が違うのかはわからない。カノン自身もここが違うとはっきりとは言えない。でも、カノンの中では私はカミュ足り得ない。

悲しかった。辛かった。でも、カノンの辛さも違和感も今ならわかる。だって……。


「もう、無理なのかもしれない……」


その言葉に私は目を見開く。慌ててずっと閉じていた口を開いた。


「諦めないでください。まだ時間はたっぷりあるのですから」


「時間……?そうだね。時間ならある。でも、無い正解を追い続けたって永遠に見つかるはずがないんだ」


そう言ったカノンの瞳は絶望に染まっていて。そうして全てを諦めた色をしていた。


「死んだ人間は生き返らない。死んだ人間と全く同じ特性の人間を作ったってその人自身になれやしないんだ」



他人に言わせれば今さらそんなことに気付いたのかと言われてしまうような簡単な答え。しかし、カノンが……私達が一番気付きたくなかった、行き着きたくなかった答え。

いや、まだだ。

私はまだ諦めていない。

カノンは諦めた。目の前のこのカノンは。でも私はまだ諦めきれない。だから……


「あなたはもういらない」



●○●○●



粉々になった部品が転がる。踏みつければ硬い感触。私はそれを冷めた目で見下ろした。


「今回も失敗……」


はあとため息を吐く。まただ。また駄目だった。

諦めるつもりはないけれど、ここまで失敗が続くといい加減うんざりしてくると言うもの。


「ね?あなたもこの気持ちわかるわよね?」


水槽の中のカミュに私は問いかける。


「あなたと私はほとんど同じ思考回路をしているんだもの。あなたなら分かってくれるって信じてるわ」


そう言い残して私はカミュのいる部屋を出ていく。ここにはあまり興味はないのだ。いや、むしろここにはあまり居たいとは思えない。

偽物の私と違い本物のカミュ。カノンに愛されているカミュ。私は彼女が大嫌いだった。

しかし、本物のカミュを作り出さなくてはいけない。だって、そうしなければ……。

私はそっとその部屋の扉を開いた。そこにはカミュがいる部屋と同じように水槽がある。

その中に浮かんでいるのは……


「カノン」


そこにはカノンが居た。さっきまでここにいた偽物のカノンよりも十歳ほど年をとらせたカノンが。

本物のカノンは何十年も前からずっとここで眠り続けていた。

私を作り出してからもカノンは研究を止めなかった。友人のゴードン様が止めろといっても、何かに取り憑かれたようにカノンは研究に明け暮れた。

そうして私を作って十年ほど経った頃に病気でこの世を去った。

研究は完成しないまま。カミュに会えないまま。カノンは死んだ。

私はカノンを愛していた。例え私が偽物のカミュで、この感情だって私のものでなかったとしても、私はカノンが大好きで失いたくなかった。

だから、私はカノンを作り出そうと決めたのだ。

同じ姿。同じ記憶。同じ性格。

カノンではない要素はないはずなのに……。


『あなたはカノンじゃない』


カノンなはずなのに、カノンじゃない。

作らなきゃ。もっと完璧なカノンを。

そのためにはカノンの知識がいる。

だから私は偽物のカノンを作り、カミュを作る研究を続けさせた。

カミュが作れれば、カノンも作れるはずだから。

たとえその時私が用済みになろうとも構わない。もう一度カノンに会えるのならば。

偽物のカノンは何年も何年も研究を続けた。周りが年を重ねても違和感を感じないようにプログラムし、さっきのように諦めようとしたら新しいカノンを作って。

何年も何年も研究を繰り返してきたのだ。


「ねえ、カノン。会いたいよ……」


忘れられない。あの笑顔が。離れない。また見たいと焦がれて止まない。……たとえ私の記憶でなかったとしても。


「もし私がカミュを作れて、あなたも作れたら……」


その時は。


「私にまた笑いかけてくれる?」


記憶の中のカノンのように。



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