第5章 湖の怪物
塔から戻ると、木材を調達し、皆が船を応急処置しているところだった。
「この陽気で、怪物さえ出なければ、無事に湖畔まで戻れるはずだ」
ティムの顔が暗くなる。
ますます、「ここ」で、やらなければならないと、理解してしまった。
「船員さんの中に、どなたか魔法の使えるかたはいらっしゃいますでしょうか?」
小さなリスが突然喋ったので、船員たちはぎょっとして辺りを見回した。
まあ、居るわけがない。
「仕方がないわね……」
ティムはワリリンの肩からするすると地面へ降り、そして体を丸く縮めた。
もうもうと煙のような霧のような、ナニカが発生し、リスの姿を隠す。
そして、毛皮に身を包んだ美少女が佇んでいた。
その指には、ティムが頬袋に入れて持ち帰った、魔術師の指輪が嵌められている。
「な……ティム? おいらの友達のリスは何処に行っちまっただあ?」
リスが消えてしまい、狼狽えるワリリン。
美少女は小島の浜まで進むと、足を水に洗われながら、指輪を嵌めた手を掲げた。
「ラタトルスク族ティムリンデがここに命ず……出でよルーザ・イル・ウッディ姫!」
沖のほうで飛沫があがった。
緑の山のようなものが湖上にせり上がり、ゆっくりこちらへと向かってくる。
指輪が輝きだした。
ティムリンデと名乗った美少女は何かをぶつぶつと唱えている。
船員たちは、近づいてくる怪物に恐れをなし、船から離れようとして立ちすくんでいた。
だが、怪物は小島に近づくにつれ、徐々に大きさを変え、徐々に形を変え――。
――数年前に攫われた、姫君の姿に、戻っていた。
「姫様をこの姿に戻してしまえば、船に乗せて安全に湖畔まで帰れるわ」
ティムリンデはワリリンに向き直った。
「もうあの怪物はいないのだから」
そして、ワリリンが「けどよぉ」と言葉を紡いだ瞬間、もうもうと霧が立ち込めて、美少女はリスに姿を変えていた。
「何が何だかわかんねえんだが……姫様? 姫様かい?」
海から現れ、ぐったりとした女性を、船員たちが介抱する。
「船は出せるか?」
「ああ、行けそうだ」
こうして、姫は無事に救われ、数年ぶりに領主の屋敷に戻ることとなった。