第1章 湖水地方大ピンチ
湖水地方に入り、大きな湖が見えたからと言って、すぐに湖畔に出られるわけではない。
ワリリンは、峠を幾つか徒歩で越えなければならず、何日かを野営することになった。
「湖水地方についたら、どうするの?」
リスのティム――人語を解し、そして喋れる、頼もしい旅の仲間だ――が、目をくりくりさせた。
「そうさなあー。まんずは、漁師さんに弟子入りすっかなあー」
ワリリンは夢に満ちた顔で答えた。
せっせと足を動かし、幾つもの峠を越えていく。
幸い、野盗や危険な獣に遭うこともなく、ワリリンの旅は順調だった。
湖が見えてきたことで、モチベーションもあがっている。
少しだけ、歩みが速くなっていた。
そしてワリリンとティムは、無事に湖水地方に到着した。
早速、弟子をとってくれる漁師を探そうとするワリリンだったが、湖畔の漁師たちは顔色が悪かった。
まるで飢饉に苦しんでいるかのような、飢えた顔をしていた。
「ここ数年、全く魚が捕れないんじゃ。船や網の手入れをしても、漁に出られるものはおらん。あの湖に、大きな怪物が棲みついてしもうてな、魚を皆、蹴散らしてしまうのじゃよ」
道端に倒れていた老人に、携帯食である固いパンを与えて、聞き出せたのはこんな話だ。
「あの小島よ」
言われてよくよく見ると、湖の中央付近に島のような影が見えた。
「あの小島に住んでおる魔術師と、ここの領主が諍いを起こしたのじゃ。魔術師は領主の姫君、ルーザ様を攫い、湖に怪物を放ち、わしらの食い扶持を干上がらせたというわけじゃ……」
パンを与えた老人だけではない。漁師と思しき痩せこけた男たちも、そうだそうだと頷いた。
「姫さんを取り返しにゃあ行かねかったんすか?」
田舎訛り丸出しでワリリンが尋ねる。
「勇敢な若者が何人も湖に出たさ……そして、船ごとあの怪物に呑まれちまった。湖畔に漂着した船は粉々、残された家族は皆、泣き寝入りだよ。領主さまも何とかしようとしたが、無理だった。誰も湖には近づけなくなった。旅立てる者はこの地を捨てた。残っているのは、この地を離れることも出来ない者ばかりさ」
ひどい……。
そんなひどい話、放ってはおけない。
ワリリンは、根っからのお人好しなのだ。
「領主のどごに案内しとくりゃれよ。おいらが怪物と魔術師とやらを何とかじで、姫さんを助けちゃるよ。ほだら、また漁が出来んもんな」
漁師に弟子入りする夢を果たすために、ワリリンはすっくと立ち上がった。
歩き通しだった膝がガクガクした。