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悪ニ堕ツ。  作者: 鹿目 悠一
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第1章 2節


意識を取り戻し、目を開ける。

「ここは…?」

軽く狼狽(ろうばい)しながら辺りを見渡す。

先ほどまでいた神社とは風貌が打って変わって、境内は綺麗に整っていた。

「やっと、気づいたかニャ。」

語尾に不自然な(なま)りをつけた声が聞こえてくる。

「後ろニャ。」

後ろを振り向くとそこにはチロが座っていた。

先ほどまでいじめっ子達に散々ひどい目に遭わされていたはずなのに、チロの体は何事もなかったかのようにすっかり綺麗になっていた。

「チロ!怪我は?!というか…

どうして喋ってるんだ!」

ぎょっとして顔を見つめる。

「この世界では普通のことだニャ。」

チロがおかしなことを口走り、さらにきょとんとしてしまった。

「この世界?」

「そうニャ!おみゃーはこの世界を救う勇者候補の1人に選ばれたのニャ!」

「…。」

唐突すぎて事情が飲み込めない。

唖然としたままその場に立ち尽くす。

「もう転移してしまったからしょうがないことなのニャ。

おみゃーが元の世界に憎悪の念を抱いていたのも御祭神様は全部知っていたのニャ。」

「御祭神様?」

「そうニャ。転移する前に何か声が聞こえなかったかニャ?」

「そういえば…」

一昨日の夜、いきなり黒い(もや)が僕を襲ってきたこと。いじめられっ子から神社へ逃げてきた後に社の中へ体が吸い込まれていったこと。

それらを全部チロに話した。

「それは全部、御祭神様がやったのニャ。説明するからまずは宮司に挨拶しに行くのニャ。」

「え、ええ?!」

驚いて(ども)ってしまった。

「この神社って宮司さんいたの?」

「当たり前なのニャ。さあ、早くついて来るニャ。」

そういってチロが社務所へと案内する。

目の前には厚い茅葺(かやぶき)の屋根がずっしりのしかかった合掌(がっしょう)造りの建物が生命力を感じさせるかのごとく(たたず)んでいた。

中に入ると狩衣(かりぎぬ)(はかま)を合わせて着ている男性が立っていた。

周りには巫女(みこ)が4人ほど付いており、その男性が宮司だということが一目でわかった。

「ようこそいらっしゃいました、転移者様。」

宮司が口を開く。

「ささ、こちらへどうぞ。」

巫女が用意したであろう座布団に礼儀良く正座で腰を据える。

それに続けて宮司が座布団に座り、その口を開いた。

「私はこの神社の宮司を務めるものです。」

「僕は神崎(かんざき)です。神崎(かんざき) 涼夜(りょうや)って言います。」

「そうお固くならず足を崩してください。」

宮司が笑みを口角に浮かべながら言う。

僕は遠慮せずに胡座(あぐら)をかくことにした。

神使(しんし)様はどこまで(おっしゃ)りになさったのでしょうか?」

宮司がチロの方を向いて喋る。

神使(しんし)様?」

宮司が放ったその言葉の意味を尋ねる。

「ええ、こちらのお方は当神社の御祭神様の使いの方なのでございます。」

「チロが?!そんな…。」

チロがそんなに偉い立場にあったと分かり呆気に取られてしまった。

「そうなのニャ。」

チロが誇り高そうに言う。

「御祭神様のことと涼夜(りょうや)がなんで転移したのかを軽く話したくらいニャ。詳しくは説明していないのニャ。」

「了解しました。転移者様。いえ、涼夜殿。

私のお話を聞いて頂けますでしょうか。」

「は、はい。」

おずおずと返事をする。

「話の内容は大きく2つ。

まずこの神社の存在についてです。

この世界には比嘉(ひが)胡桃(くるみ)小枝(さえぐさ)雲谷(もや)、全部で4つの神社が存在します。

これらの神社にはそれぞれ転移結界が貼られており、その先には私達が住む世界とは別の世界へ通じるようになっています。」

「涼夜が転移できたのもその結界のおかげなのニャ。」

「その通りです。」

宮司が続ける。

「でも、なんで僕なんかがこの世界に転移したんですか?」

「それが2つ目です。

実を申しますと先ほど述べた4神社のうちの2つ。

比嘉(ひが)神社と小枝(さえぐさ)神社が1年程前に現れた新興(しんこう)勢力によって破壊されてしまったのです。」

「え…?」

驚きのあまりに声を失う。

「彼らは自らを帝国軍と名乗り、この世界を手中に収めようと人々に危害を加えているのです。

彼らの元帥は約2年前に転移によってこちらの世界へ来た者であると聞きます。

帝国はいつか必ずこの雲谷(もや)神社や胡桃(くるみ)神社を狙ってくるに違いありません。

それを察知した御祭神様はこの世界を救うため、異世界に存在する勇者候補に力を与え、転移させたのです。

それが涼夜殿、あなたなのです。」

「そんな、僕が勇者候補だなんて…。力もないのに世界を救えるはずないじゃないか!」

思わず強い調子で語りかける。

「それは大丈夫なのニャ。」

チロがそう言うと宮司は社務所の奥から1本の刀と輝く球体を持って来た。

「こちらをどうぞ。」

「これは?」

「それは雲の宝玉と唐草(からくさ)の刀ニャ。宝玉には御祭神様の力が宿っているのニャ。

その宝玉は持ち主が戦闘を重ねるごとに持ち主に力がどんどん還元されていく仕組みになっているのニャ。

ゲームでいう経験値みたいな物ニャ。」

「はい、そしてこちらの刀は我が雲谷(もや)神社の秘刀、唐草(からくさ)の刀でございます。この世界には至る所に妖怪が潜んでいます。

また、帝国軍の力は計り知れないものです。

護身用に、と思いご用意いたしました。」

「御祭神様の力もついてるのニャ。

ほんとうに危なくなったらきっと助けてくれるのニャ。」

「涼夜殿、やっていただけますでしょうか?」

「うーん…」

知らない世界の平和など僕には関係のないことだ。

ましてや、命をかけるとなると腰が引ける。

そう思い悩んでいるとチロが口を開いた。

「涼夜は力が欲しかったんじゃないのかニャ?

御祭神様が涼夜を選んだのは涼夜自信が力を望んだからだニャ。

強くなりたいのなら覚悟を決めるのニャ。」

チロにそう説得され、さらに思い悩んだ末僕は腹をくくった。

「わかりました。やります。僕、この世界を救う勇者になります。」

さっきまでとは違い、胸を張り、堂々とした口調で言葉を放った。

「ありがとうございます、涼夜殿。

こちらをお受け取りください。」

宮司は安堵(あんど)したかのように宝玉と刀を僕に手渡し、そのまま言葉を続けた。

「さっそく、これからの予定について話し合いを始めましょう。

まずは装備を調達しないといけませんね。

そんな格好では動きづらそうですし…。」

そう言いながら宮司が僕が身に(まと)っている制服を見つめる。

「この山を降りて西へ6キロほど行った先に雲谷(もや)の村という小さな村があります。

その村に私の知り合いの鍛冶屋(かじや)がおりますので彼から防具を作ってもらってください。

宮司の知り合いだと言えばすぐにわかっていただけると思いますので。」

「は、はい!西へ2キロですね。わかりました。」

「にゃーも着いて行くのニャ。」

「ええ、わかりました。

涼夜殿、私達にはこれぐらいの支援しかできませんが、どうかよろしくお願いいたします。」

そう言って宮司が深々と頭を下げる。

僕は立ち上がり刀を腰に結んだ。

「よし、行こうかチロ。」

「ニャー」

「どうかお気をつけて」

そう言って神社を出る。

階段の前まで行くと振り返って宮司に一礼をし、神社を後にした。


ー階段を降りると道は3つに分かれていた。

「西へ2キロって言ってたな。えーっと西は…。」

「右の道で合ってるのニャ。」

チロにそう言われるまま右の道へ進もうとした瞬間。

(ギェェェェェ!)

どこからともなく気味の悪い断末魔(だんまつま)が聞こえてくる。

「危ないニャ!」

断末魔(だんまつま)の出元を探すため辺りを見回す。

と、そこには細長い足に古びた下駄を履き、ぎょろりとした目玉が真ん中に1つ付いた傘のような妖怪が立ち尽くしていた。

まるで元の世界の一国の昔話に出てくるような姿をしたそいつに目を丸くする。

「なんだこいつ…。」

あまりの不気味さに顔面を蒼白させていると、いきなり妖怪が襲いかかってきた。

(ギェェェェェ!)

「うわっ!」

横に回避したが突然のことに体勢を崩してしまい、その場に倒れこむ。

「いてててて…。」

「涼夜、危ないニャ!!早く刀を抜いて戦うのニャ!!」

「え?」

傘の妖怪が次の攻撃を仕掛けようとしている。

早く刀を抜かなきゃ。

そう思ったがあまりの恐怖で体が動かない。

(ギェェェェェ!)

妖怪が次の攻撃を仕掛けてきた。

「(動け…動け…!)」

脳がいくら命令しても腰を抜かしてしまって体が動かない。

そんなことを無視するかのごとく、妖怪は目にも留まらぬ速さで(せま)ってくる。

「(動けよ…動け!動け動け動け動け動け動け!)」

「あぶないニャ!」

妖怪はチロから強烈な頭突きをくらい怯み始める。

「涼夜!早く刀を抜くのニャ!」

そんなこと言われても体が言うことを聞かない。

その時だった。

「お前に我の力を授けよう。」

元の世界で聞いたのと全く同じ声が脳内で(ささや)く。

すると、僕の体は勝手に動き出し、刀を抜いたかと思うと、一瞬で傘の妖怪を斬り倒してしまった。

(ギェェェェェ…)

そんな声とともに傘の妖怪はだんだんと姿を消し始めた。

「な、なんだ今の力は…?」

両手を胸の前に置き、それを見つめながら考える。

「今のが御祭神様の力ニャ。

涼夜が情けなく腰を抜かしていたから助けてくれたんだニャ。」

「今のが…」

今まで感じたことのない芯の底からあふれ出るような強さに目を見張ると同時にポケットに入れた雲の宝玉が光を帯びる。

「な、なんだ?!」

「妖怪を倒したからそれに反応して宝玉が涼夜に力を注いでるのニャ。

涼夜が経験を積み、その宝玉が粉砕(ふんさい)すると雲谷(もや)神社の御祭神様並の力が手に入るのニャ。

頑張って経験を積んでいくのニャ!」

「そ、そっかぁ…。」

疲れてその場に座り込もうとする。

「ダメニャ!雲谷(もや)の村に行くのが先ニャ!」

チロに止められ結局休む暇もなく歩みを進めることになった。


ー4時間ほど歩くと村が見えてきた。

本来なら2時間程で着く道のりだったがあまりの妖怪の多さに手間を取ってしまった。

「はぁはぁ…。妖怪多すぎだろ…。」

次々と襲い掛かってくるものだからもうヘトヘトだった。

「あそこが雲谷(もや)の村ニャ!」

紡績業(ほうせきぎょう)が盛んだと言われるその村には製糸をするためであろう機械がずっしりと並んだ木の小屋が軒並みを連ね、その中で女工男工が額から汗を垂らしながらせっせと仕事に励んでいる。

他にも、薬草や食べ物を売っている便利屋、遠くから来た旅人を迎え入れる宿屋、野郎どもが群がっている酒屋など、到底小さな村とは言いがたいほどの賑わいを見せていた。

その片隅に鍛冶屋(かじや)を見つける。

「宮司さんが言ってたのってあそこかな?」

「きっとそうニャ。入ってみるのニャ。」

「すみませーん。」

コンコンコンとドアを鳴らし恐る恐る中を覗いてみる。

目線の先では身長が僕より10cm程高く、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)な男がこちらを見つめていた。

「いらっしゃい、お客さんか?」

「はい、雲谷(もや)神社の宮司さんに言われて来たのですが…。」

「もしかしてお前、転移者か?!」

「あ、はい。どうしてわかったんですか?」

「宮司が訳あってこっちに人を寄越すのは転移者が来た時ぐらいだからな!

悪いが防具は明日まで待っててくれないか?

いま手が込んでて今日中に作れそうにはないんだ。」

鍛冶屋(かじや)は言いたいことを理解しているかのように次々と話を進める。

「わかりました。それじゃあ明日またここに来ます。」

「すまねえな、今日は村の宿屋にでも泊まっていってくれ。」

鍛冶屋(かじや)がそう言い終えると外の方からなにやら声が聞こえてきた。

「大変だー!」

何事かと外を見ると村の中心の方に人だかりができていた。

「どうしたんだろう?」

「行ってみるのニャ。」

その方へと足を進め人だかりの中心で話している人達の声に耳を傾ける。

「これで4人目じゃのう…。」

「もうおとなしく言う通りにするしかないんじゃないのか…。」

「誰か戦える人は居ないのか…。」

暗然とした声々はまるで深い絶望に覆われているかのようだった。

「どうしたんだニャ。」

突然チロが水を差すように語りかける。

集まっていた村人がこちらを振り向く。

「これはこれは、神使様。

おらっしゃったのですね。

はて、そちらのお方は…?」

先ほど話していた人物の中の1人が問いかける。

「村長、お久しぶりだニャ。

こいつは涼夜(りょうや)っていうのニャ。

違う世界から転移してきたのニャ。」

(あご)からは長い(ひげ)を垂らし、地面に杖をついて歩いていた男はどうやらこの村の長らしい。

「転移者様でございますか…?!」

周りにいた人々が瞠目(どうもく)してこちらを見つめる。

「そうなのニャ。

用があってこの村に来ていたのニャ。

それで、一体全体なにが起きたというのニャ?」

「詳しいことはわしの家で話しますのう。

さ、他の者たちは自分たちの仕事に戻るのじゃ。」

そういうと周りにいた人々は解散し自分たちの持ち場へ戻って行った。

「神使様、転移者様、わしの後をついて来てくだされ。お主らも来るのじゃ。」

村長がそういうとさっき人だかりの中心で喋っていた2人が元気よく返事をし、村長の後に続く。

それを追うように僕とチロもついて行く。

鍛冶屋(かじや)とは真反対の方に村長の家はあった。

中に入り、村長や連れの2人が机の前に座る。

僕とチロも開いた場所に座り村長の話を聞いた。

「申し遅れました。わしはこの町の長。(おおとり)と申します。」

「初めまして、涼夜と申します。」

「早速話を始めるニャ。

この村で一体なにが起きているというのニャ。」

「ええ、実はつい最近、帝国軍がこの村に攻めて来まして…。」

「帝国がニャ?!」

チロが大きな声で繰り返す。

「はい、帝国が申すには

この町を我ら帝国軍に明け渡さなければ毎日1人ずつ女を(さら)って行く。

とのことで…。

それからもう5日が経ち、すでに4人が(さら)われております。

その中にはわしの娘やこやつらの妻共も…。」

そう言って3人ははらはらと涙を流し下を向いた。

「なるほどニャ。帝国が絡んだ問題かニャ…。」

チロが眉をひそめ何か考えことを始める。

「どうしたの、チロ?」

僕がそう問いかけると同時にチロが口を開く。

「この問題、にゃー達に任せるニャ。」

「ええ?!」

思わず声を上げてしまった。

「おお、それは本当ですかのう!」

「神使様が解決してくださるそうだぞ!」

「ありがとうございます、神使様!」

チロは僕を無視するかのように話を進め、他の3人はチロに感謝の意を述べる。

「任せるのニャ!」

チロが自身満々に返事をする。

「ちょ、ちょっと待ってよチロ!僕はまだ一言も行くだなんて言ってないよ!」

「何言ってるのニャ。

帝国が絡んだ問題ニャ。

この村には帝国とやりあえる程の力を持ったものは居ないのニャ。

奴らの本拠地を掴むためにもこの問題はにゃー達が解決するべきニャ。」

「そうだけど…。」

なにも言い返せず結局事の成り行きを飲み込みしかなかった。

「涼夜様もありがとうございます。

どうか、この村を救ってください。」

そう言って村長は深々と礼をする。

それに続け2人の連れも頭を下げる。

「は、はい!頑張ります!」

少し照れくさかったのかその声は緊張していた。

「今日はもう遅いので村の宿屋に泊まっていってくだされ。」

そういって村長は僕たちを宿屋まで案内してくれた。

どうやら宿屋は旅の方々のために無料で開放しているらしく、3食の食事までついてくるらしい。

「なにかあったらわしの家まで来てくだされ。」

と言い残して村長は自らの家に戻っていった。

チロと2人きりになり、適当に空いている部屋を探して荷物を置いた。

「はあ〜」

疲れて深いため息をつき、布団に身を沈める。

「今日は早く休んで明日に備えるのニャ。」

「うん、でも本当に大丈夫かな?」

「何がニャ?」

「帝国はものすごく強いんだろ?

僕なんかが勝てるかなあ…」

「くよくよ思い(わずら)ってたらダメニャ。

それに御祭神様の力がついてるから大丈夫ニャ。

今日だっていっぱい妖怪を倒したのニャ!」

励ましてくれているのか、チロのその言葉に安堵(あんど)する。

「そうだね、今日は早く寝て明日に備えよう。」

「そうニャ。おやすみニャ!」

「うん、おやすみチロ。」

部屋の電気を消し僕たちは床に着いた。

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