第1章 1節
(パシンッ!!)
室内に大きな音が鳴り響く。それと同時に叔母が口を開いた。
「なんだい、その態度は!あんた、誰に良くしてもらってると思っているんだい!」
「1度も良くしてもらった覚えなんかないよ…」
(パシンッ!!)
2度目の音が鳴った。僕は咄嗟に家を抜け出し小さい頃によく母と来ていた山へ向かった。
「涼夜、待ちなさい!」
ー2年前
持病で母が死んだ。
温厚で誰からも好かれていた彼女の突然の死は周りに大きな影響を与えたのであった。
その中でも父は特にショックを受けていた。
最愛の母を失ってしまった父は顔が痩せ細り、その目元は皺を帯び、ついには髪の毛まで抜け落ちてしまっていた。
母の死から1週間後に葬儀は行われた。
告別式が終わり、僕たちは悪い夢から目を覚まそうとしていた。
そんな時に事件は起こった。
父が謎の失踪を遂げたのである。
母の出棺から2日目の出来事だった。
近所の人からは山の方で見たとの目撃情報があり、翌日には警官が70人総出の大部隊で山狩りが行われた。
しかし、見つかることはなかった。
その日から僕の目は光を失った。
後に、僕は性の悪い叔母に引き取られることになった。
それこそ悪夢の始まりだった。
母とは真反対の性格をしていた叔母は自分の思い通りに物事が進まないとすぐに手を上げていた。
僕は叔母に従うしかなかった。
僕みたいな弱い人間が強い人間に従うのは当たり前のことだ。
それでいて、痛い目をみないのであればなおさらだった。
こんな不平等な社会に憎悪を抱いた僕はいつのまにか家を抜け出していたのだった。
山麓を抜け100段ほどある階段を上る。
その先にはもう使われなくなった神社が寂しそうに佇んでいた。
「はぁはぁ…。」
疲れて思わずその場に倒れこんだ。
「いまから家に戻ってもまた怒られるだけだ…。」
そう思いながら地面に手をつく。
気づくと僕の瞼には涙が溢れていた。
ぐずぐずと嗚咽を零しながら自らの意気地の無さを嘆いていた。
「どうして僕ばかりが…」
視野が狭い僕にはこの世界で哀れな思いに遭っているのは自分だけなのではないかと考えることしかできなかった。
そんなことを考えているといつの間に1時間程が経過し、空が赤くなり始めていた。
「こんな場所に神社なんてあったんだな。」
涙をぬぐいそんなことをつぶやく。
神社の鳥居や石灯籠は苔で緑に染まっていた。
社なんてもう原型を取り止めていない。酷い有様だった。しかし、この神社から見下ろす眺めはとてもいいものだった。
ー部活終わりの高校生。
ーセールでスーパーへと急ぐ主婦。
ー足早と夜の街へ消えるサラリーマン。
そんな日常のありさまを遠目にみながら物思いに耽っていた。
「くよくよしてちゃダメだ。暗くなる前に早く帰ろう。」
そう思い立ちあがろうとする。
その瞬間、僕の視界を黒い靄のようなものが襲った。
「お前は…」
どこからともなく不気味な声が聴こえてくる。
「お前はこの世界に満足しているか。」
「だ、誰だ?!」
あまりに突然のことに足元がぐらつく。
「我の質問に答えろ。
お前はこの世界に満足しているか。
お前は力を欲するか。」
「な、なんだよいきなり!」
畳み掛けるように質問を投げかける声に対して咄嗟に出た言葉がそれだった。
「またここへ来るがよい。その時は…。」
視界を取り戻し、四つん這いになる。
「なんだったんだ今のは…?」
気がつくと辺りはすっかり暗くなっていた。
灯りのない境内は僕を孤独の深淵へと誘っているかのようで背筋をぞくりとさせた。
「早く帰らないと。」
急ぎ足で帰路につく。
家に着くとすでに電気は消えていた。
「叔母さんはもう寝たのか」
玄関の鍵が閉まってないか確認をする。
「良かった…」
ほっと吐息を漏らした。
意地悪な叔母は帰りが遅いとよく僕を外へ閉め出す。
そういった日は、孤り物置小屋で寝ている。
布団もない。枕もない。
学校の制服のまま眠ることになる。
寝付けず、クマができるのは至極当然のことだった。
颯爽と自室に戻り部屋着に着替える。
お風呂に入り、明日の準備をして布団に入った。
明日の準備といっても教科書やノートは全て学校のロッカーにしまってあるので筆箱と財布をただバックパックに詰め込むだけだった。
「あの声はなんだったんだろうか。」
布団に入りさっきのことを思い出した。
少なくとも生きている人間の感じはしなかった。
得体の知れない声が僕だけに聞こえてしまったと思うとそこには身を震撼とさせる恐怖しかなかった。
「明日も学校だ。そんなことは忘れて早く寝よう」
そう自分に言い聞かせ僕は眠りについた。
ー翌日
布団から出て制服に着替える。
叔母はまだ起きていない。
どうせ朝食は用意されていないだろうからすぐに顔を洗い歯を磨いて自転車に乗った。
学校へ行く前に近くのコンビニに寄った。
「いらっしゃーせー。」
いつもの店員がだらしなく挨拶をしてくる。
朝食のおにぎり2つと昼食のパンをカートに投げ入れレジへ向かう。
「368円になります。」
財布から500円玉を取り出し素っ気なく置く。
「ありがとうござっしたー」
店員からおつりを受け取りその場を離れる。
コンビニから学校ヘは自転車で5分ほどで着いた。
自転車置き場に自転車を置き教室へ向かう。
僕には声をかけてくれる友達なんて1人もいない。
自慢ではないが、体育でペアを組む時にはいつも余りになるほどだ。
特に容姿が悪いというわけではなく、性格が変わっているからか、寄ってくる人はいなかった。
中学生の頃はそれが原因でいじめにもあっていた。
当時の担任もそれを見て見ぬ振りをしていた。
教師なんてみんなそんなものである。
面倒ごとには首を突っ込まない。
大人からしたら暗黙の了解だったのだろう。
それに比べて高校はまだマシだった。
話しかけてくる人がいないのでいじめられもしない。
空気同然のように扱われる。
その方が僕には気が楽だった。
始業のチャイムが鳴り担任が教室に入ってくる。
そのまま出欠を確認してみんなに1時間目の準備をするように促した。
きっとこの教師も僕がずっと独りでいることに気づいているだろう。
そんなことを考えていると、授業の始まりのチャイムが鳴った。
さて、寝るか。
ー放課後になる。
授業はボサッとしてノートに落書きをしているか寝てるかのどちらかなので案外早く放課後が来る。
バックを持って足早に教室を出る。
特に何事もなく校門を出て家には向かわず、帰路にある公園に足を進めた。
真っ直ぐ家に帰っても昨日のことで叔母に説教を食らうだけだと思ったからだ。
公園の入り口の方へ自転車を止め、ベンチに座ろうとする。
その瞬間、
「にゃー」
どこからともなく鳴き声が聞こえてきた。
「にゃー」
猫だ。
目をあちこちと移動させその鳴き声の出元を探す。
ベンチから3m程の距離、拾ってくださいと書かれたダンボールの中でソレは鳴いていた。
「にゃー」
猫は白と黒の柄をしていて額の模様は八の字に割れていた。
俗にいう鉢割れという種類だろうか。
「よしよし。」
その場にしゃがみ込み中指と薬指の2本で顎の辺りをそーっと撫でる。
「にゃー」
気持ちよかったのか、もっとと言わんばかりに額を擦り付けてくる。
「お前、1人なのか?」
「にゃー」
「そっかそっか。」
猫の言葉などわかるはずもなく、ただ言葉を投げかけ、それを自分のいいように解釈するだけだった。
その後もいろんな話をした。
学校のこと、家のこと、毎朝通ってるコンビニのこと。
どれも良い話ではなかったが口に出すと胸のつかえが取れた感じがした。
そんなこんなで2時間が過ぎる。
「そろそろ家に帰るか。」
バックを背負い立ち上がる。
猫に軽く別れを告げてその場を立ち去ろうとする。
「にゃー」
何かを訴えかけてくるかのように鳴き声をあげる。
「ごめんな、うちじゃ飼えないんだ。いい子にしてるんだぞ。」
「にゃー」
「……。」
「にゃー」
さらに不意打ちをかけてくる。
「…………。」
なんて愛くるしいんだ。僕は猫の愛嬌に負けてしまい、気づいたらダンボールごと自転車のカゴに入れていた。
叔母に見つかると厄介なことになるから家には持ち帰れない。
「どこかに隠しておこう。」
いい場所はないか自転車を漕ぎながら考える。
繁華街に差し掛かる手前、閑静な住宅街で複雑に入り組んだ路地を発見した。
ここならあまり人目につかないだろう。
路地の奥の方へ進み、ひとまずそこにダンボールを置いた。
「すぐ戻ってくるから待っててね。」
「にゃー」
そう言い残して繁華街の方へと向かう。
ほとんど使ったことがないスマートフォンのマップを開きペットショップの場所を探す。
ペットショップを見つけオートドアの前に立つ。
ドアが開き店員が元気に挨拶をかけてくる。
「いらっしゃいませー!」
子猫用のエサを探すため猫コーナーに入る。
猫の飼い方などには詳しくなかったので子猫用と書かれた缶詰を4つほど買うことにした。
きっとお腹を空かせているだろう。
足早にペットショップを出た。
路地に着き、猫がまだいるか確認する。
「よかった。ちゃんと待っててくれたんだね。さあ、お食べ。」
そう言って缶詰を開ける。
「にゃー」
猫はキャットフードを頬張りながら美味しいと言ってるかのように鳴き声をあげる。
「美味しいか?そうかそうか。」
満足らしく笑みを漏らしながら頭を撫でてやる。
「チロ」
「にゃー」
「今日から名前はチロだ。いいか、チロ?」
「にゃー」
かわいい。新しい友達が出来た気がしてとても嬉しかった。
「僕はもう家に帰るよ。明日もまた来るからいい子にしているんだぞ。」
「にゃー」
そう言っていそいそと路地裏を出た。
ー翌日
いつも通りに授業をやり過ごす。授業が終わるまでチロにどんなことを話そうか考えたりしていた。
その日の授業はやけに長く感じられた。
放課後になるとすぐさま学校を飛び出した。
そのまま真っ直ぐ住宅街へ向かい、路地へ辿り着いた。
入り組んだ道を進みダンボールの前で足を止める。
「チロ、来たよ!」
そう言ってダンボールの中を覗き込む。
しかし、そこにチロの姿はなかった。
「チロ?」
あちこちを見渡すがどこにもいない。
手のひらの汗までわかるような焦りを抑えて住宅街をくまなく探す。
しかし、見つかることはなかった。
途方にくれ俯きながら自転車を引きずり、チロと出会った公園へと足を進めた。
公園に入ると、
「おう、涼夜じゃねえか」
誰かが僕の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
ふと顔を上げる。
その声の主は中学生の頃に僕をいじめていた奴らだった。
彼らの手にはチロが抱えられていた。
驚きの色を示しながらも、なぜこいつらの手にチロが抱えられているのかを考えていた。
「俺たち、お前が昨日この猫と話してるのを見たんだよ。」
最悪だ。
額に汗の玉がびっしりと浮かび上がる。
「こいつ、何時間もずっとこの猫に語りかけてたんだぜ。気持ち悪いよな!」
冷ややかな意地の悪い笑みを口元に浮かべていじめっ子が言う。
それに続けて他のやつらも太った腿を叩きながら笑いをこぼす。
「なにが望みだ。」
自分でも意外なほど冷静な声で質問を投げかける。
「なんとも冷静じゃないか。そんなにこの猫が大事か?」
そのセリフを吐き終えると同時にゴロゴロと喉を鳴らすチロをうざったがるようにキャッチボールを始めた。
「何してんだ、やめろ!!」
こんな声が届くはずはなかった。
激しい焦燥を感じながらも必死に抵抗を始める。
しかし、いじめっ子達がチロを返してくれるはずもなく僕はみじめな飼い犬のようにただ見てることしかできなかった。
すると、1人のいじめっ子がチロを抱え、そのまま高く蹴り上げた。
「チロ!!!!」
すぐチロの元へ向かい抱きかかえる。
「大丈夫か?チロ!」
「へぇー、チロっていうのか。」
いじめっ子達が小笑いにする。
いじっめ子達を睨みつける。
「なんだよその目は。」
「ああ、うっぜえ。」
「弱い奴は弱い奴らしくしてろよ!」
そう言っていじめっ子は僕の頰をひっぱたいた。
「グハァッ!」
「お前みたいなゴミは一生地面這いつくばってろよ!!」
いじめっ子達は全員で僕に蹴りを入れてくる。
チロを抱えたまま体が最後の力を振り絞ってその場から逃げようとする。
「おい、待て!」
いじめっ子達も負けじとそれを追ってくる。
「くっ…どこに逃げればいいんだ…!」
するとチロが僕の腕から飛び出し、ついて来いと言わんばかりに先導を始めた。
「ついて来いって言ってるのか…?」
僕はチロの後をついて行くことにした。
チロが向かった場所。
それは、あの神社だった。
山麓を抜け階段を登り終える。
どうやらいじめっ子達はもう追って来ていないようだった。
吐息を漏らしながら疲れてその場に座り込む。さっきのいじめっ子達の言葉を思い出し僕は塩甘い涙を流した。
「僕だって強くなりたいよ…。」
底の知れぬ悲しみと自分に対する厭悪感から暗然とした気持ちになる。
「力が欲しい…誰にも負けない、強い力が…!」
突然、チロが社の方へと飛び出す。
その瞬間、
いきなり目の前で白い爆発を起こしたみたいに明るい光が僕を襲った。
「うわっ!!」
目を隠すように腕で光を遮る。
「お前はこの世界に満足しているか。」
また、あの声が聞こえて来た。
一昨日の夜、僕を襲った声だ。
「どこだ、どこにいる!!お前は一体誰なんだ!!」
咄嗟に質問を投げかける。
「お前は我の力を欲するか。誰にも負けぬ、絶大なる力を!」
「絶大なる力…?」
「さあ、こっちへ来い。力を与える代わりに我の世界を救う勇者となるのだ。」
どういうことだろうか。訳のわからない恐怖に襲われるが体が勝手に社の方へと歩みを進めてしまう。
「体が勝手に…?!」
「さあ…!」
すると、僕の体は社の中へと吸い込まれ境内には元の静寂が漂った。
それはほんの一瞬の出来事だった。
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