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第四章 噂の始まり 2

「それで、スミグの森だったな。別に行く事は構わないが、最近この周辺も物騒になってきている。森に限らず街へ出るにも、一人では行くな。必ずスチュワートに声を掛けていけ、誰か家の者を供に付けてくれるはずだ。もちろん私かキースでも構わない」

「……はい、ありがとうございます」

「早速今日出かけるのか?」

「はい、できましたら。セトの様子も少し落ち着きましたし、今の時期にしか咲かない花や、薬効が強くなる薬草もあるので」

 セトというのは、あの怪我をした子どもの名前だ。

 今は両親と共にこの屋敷に滞在している。

「そうか。では今回は私がついていこう。馬を用意させる、少し待て」

「えっ」

 思わず声を上げてしまうと「不満か」と短く問い返されて、慌てて首を横に振った。

「私でも充分に、おまえの護衛にはなると思うが?」

「い、いえ、そういうことではなく……あの、お忙しいのではないかと」

 忙しいか、忙しくないかと問われれば間違いなくジークベルトは忙しいはずだ。

 領地経営も、騎士の育成や訓練も、政治的な問題も、この家のことも全てが彼の肩に掛かってくる。

 貴族の中ではそういった役目を適当に部下に任せ遊びほうける者もいると聞くが、ジークベルトは実に勤勉な騎士であり、領主であり、貴族であった。

 それはノエルも見ていれば何となく判る。

 王都へ到着して既に一週間ほどが過ぎ、その間半分も彼は屋敷にいない。

 いても多くの人が彼の執務室を出入りしたり、夜遅くまで灯りが消えなかったり……なのに、どうしても屋敷に戻れない時以外は、日に一度は必ずレミシアーナやノエル、あの崖から落ちて傷を負った親子の下にすら顔を出す。

 今日も、朝早くに出かけて、ほんの少し前に城から戻ってきたばかり。

 王都に到着するなり城に呼び出され、あれやこれやと役目をこなしていると聞くが、レミシアーナの婚約破棄問題がまだ完全に落ち着いていない中では、いつも以上に気苦労も多いだろう。

 そういった意味で尋ねたのだが、しかし自分の言葉は上手く相手に伝わらなかったらしい。やはり不満だと受け取られてしまったのではないかと思うくらい、彼の顔が仏頂面になる。

 明らかに気分を害しているように見えた。

「あの、申し訳ありません、私はそんなつもりでは……」

「そんなつもりとはどういうつもりだ」

「それは、その……」

「上手く説明出来ない、あるいは理由がはっきりしないことですぐに詫びるな。非を認めたことになるし、とりあえず謝っておけば良い、と考えているようにもとれるぞ」

 やはりそんなつもりではないのだが、そういうようにとれてしまうだろうか。

「……もうしわけ……」

 再び反射的に謝りかけて、口を閉ざす。

 気落ちしたように目を伏せるノエルの様子に、今度ばつの悪そうな表情を見せたのはジークベルトの方だ。

 とたん、その場に先程の比ではない盛大な溜息が響いた。

「ああ、もう。そうじゃないだろう、ジークが仏頂面になったのはノエルのせいじゃないよ。大方城での出来事を思い出したせいだろう? まずはそこをちゃんと伝えてあげなきゃ、ノエルが困惑するのも仕方ないだろう」

「む……」

「そしてノエルも少し遠慮が過ぎるというか、謙虚すぎる。二人とも、もう少し相手に歩み寄りなさい、自分の主義主張を押し付け合う子どもではないのだから」

 二人の間に沈黙が落ちた。

 再び戸惑いながら目を上げると、ジークベルトも物言いたげに視線を彷徨わせる。

 しかしそれも僅かな間の事だ。

「……そうだな、おまえのせいじゃない。……少し城で嫌なことがあってな、それを思い出してしまった」

「……お城で……あの、辛く当たられていらっしゃるのですか?」

 レミシアーナの件で王子だけでなく、王や王妃までもが誠実な対応をしようとしなかったことは、ノエルも聞き及んでいる。

 アルベーニ公爵家と言えば王家ですら軽くは扱えない存在のはずなのに、そのような蔑ろな扱いはその場だけでなく、他の貴族達の噂でも広がり、さぞ居心地の悪い、そして屈辱的な思いを味わうのだろうということくらいはノエルにも想像がついた。

 辛うじて王太子からの深い謝罪を得たことで、一応何とか面目を保つ事が出来たようだが……王や王妃までもがそのような態度だと、これから先公爵家は閑職に追いやられるのではないか、等と言う噂まであるらしい。

 それでなくともジークベルトはまだ若い。狡猾な貴族達の中で、キース曰く良く言えば正直、悪く言えば馬鹿正直とも言える真っ直ぐな彼は、苦労することも多いはずだ。

 健康は、身体そのものだけではなく、心にも大きく影響する。

 大丈夫だろうかと、そんな心配が素直に顔に表れたノエルに、ジークベルトが苦く笑った。

「いや、そうじゃない。別に私が辛く当たられる分にはどうということもない。何も後ろ指を指されるようなことはしていないのだ、堂々と振る舞っていればいずれ落ち着くことだ。だが城ではもうレミスの事も我が家の抗議もなかったことのように平然とした様子なのが、どうも納得できなくてな」

 それはやはりどうなのだろうか。

 問題をいつまでも引きずるのは確かに良くない。

 でも王子の行いに深く傷ついた娘がいることは事実で、少なからずその部分に関しての謝罪はあっても良いと思う。

 しかし……何事もなかったかのように、ということは、事実そのものが白紙にされてしまったのだろう。

 だけどそれはあくまで表向きの話だ。裏側では、燻る火種を残したようなものである。

 ただ、今の時点でジークベルトの立場ではできることとできないことがある。

 レミシアーナの為に抗議をしたが、家の為にぐっと堪えねばならないこともあるのだ。

「……第二王子……エセルバート殿下と、その新しい婚約者が近く婚約披露宴を行うらしい。我が公爵家にも出席せよとのお達しだ」

「そんな、それはさすがに……」

「ひどい話だよねえ。馬鹿にするにも程がある。でも断れば、公爵家が王家に反意在りと受け止められかねない。それならそれで、俺は構わないような気もするけどね。公爵家の姫が侮辱されたんだ、怖じ気付く騎士達はこの家にはいない」

 なかなか過激なキースの発言だ。

 殆どの貴族がそうだが、このアルベーニ公爵家でも国ではなく家に従う独自の騎士団が存在する。

 今はごく一部のみ供に連れて来ているが、ジークベルトが一声掛ければすぐに領地から主の元へ馳せ参じるだろう。

 代々将軍を輩出する由緒正しい家だ、その騎士団の規模も他家より大きい……少なくとも敵に回せば脅威を感じる程度には。それもまた、王家が公爵家を蔑ろにはできない理由の一つであるはずだったのだが。

 残念ながら今の王や王妃には、その騎士団の存在も取るに足りないもののようだ。

 もちろん王家と事を構えるとなると個々の家の問題だけではなくなる。キースの言葉は冗談だろうし、こんな事が他人の耳に入れば大変な事になる。

 忠臣である公爵家が王家に剣を向けるなど、決してあってはならないことだ。

 でも、それくらいの事が言いたくなる気持ちは充分に理解できた。

「……ジークベルト様は、どうなさるのですか?」

「王の命令だ、従うしかないだろう。心からの祝福は到底不可能だろうがな」

「……」

「その後、イグニス王太子殿下からは重ねての謝罪を受けた。近い将来必ず、王家として我が公爵家へ謝罪の場を設ける。だからそれまで堪えてくれと。……以前はこんな無慈悲なご命令をなさる方々ではなかったのだが……今の王や王妃は、以前の私が知るお方とは変わってしまっているらしい」

 同じ事を、レミシアーナも、第二王子に対して言っていたことを思いだした。

 どうして第二王子も、王や王妃までも変わってしまったのだろう。

 唯一変わらない王太子の存在があるからこそ、何とか怒りを堪えているが、そうでなければ状況はもっと深刻になっていたに違いない。

「八つ当たりのようになって悪かった。……私も少し気分転換が必要だと思っていたところだ、早く支度をしてこい。モタモタしているとすぐに日が暮れるぞ」

「……はい」

 上手く慰める言葉も見付からず、そもそも自分の立場でそんなことを口にして良いのかも判らず、頷くだけが精一杯だった。

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