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第三章 白蝶 6

 それから四人共に、中央のたき火を囲むようにして食事を始める。

 城や屋敷とは違い出されるものは調理の簡単なスープやパンに炙り肉と言ったメニューだが、どれも料理長なりに工夫を凝らし、充分スパイスが利いていて、戦場で口にするような干し肉や保存食だけの食事とは比べものにならない。

 ただ、普段はテーブルに着きカトラリーを使用しての食事に慣れたレミシアーナは、串に刺さったまま出された炙り肉を外すのに苦戦している様子だ。

 手を貸してやろうかと思ったが、彼女の隣に座っているキースが世話をする方が早かった。

「これはこのままかぶりつくのがいいんだよ。熱いから火傷しないように気をつけて」

「このまま?」

「そう。このまま」

 お手本とばかりに、キースが串の肉にかぶりつく。

 彼の豪快な食べ方に一瞬躊躇う様子をみせたレミシアーナはけれどすぐに、小さく口を開けて肉に噛みついた。

 口の中に広がった味わいを、妹は気に入ったようだ。

 再び肉に噛みつくその姿を、微笑ましそうに見つめているキースの様子は、先程ノエルを相手にした芝居がかった物よりもよほど彼らしく、自然なものに見えた。

 レミシアーナとキースは、幼い頃から仲が良い。

 侯爵家の三男として産まれ、早い時期からこのアルベーニ公爵家に騎士見習いとして入り、ジークベルトの従者としてその役目を果たしてきたキースだが、付き合いの長さにおいてはレミシアーナとの関係も同じくらいに長い。

 いつだってキースはレミシアーナを見守ってきたし、レミシアーナの方もキースに対しては遠慮のない振る舞いや言動を当たり前のようにとる。

 兄のように、友人のように妹を構う幼馴染みの姿を見続けてきていれば、いくらその手の事に疎いジークベルトでも、さすがに察する物はある。

 普段は飄々としたお調子者の印象が強いキースだが、その想いはこちらが感心するほど一途だ。

 レミシアーナが第二王子エセルバートに恋をしていたため、キースは決してその内に秘めた想いを彼女に告げる事はなく、それどころか王子との結婚で幸せになれるならと、心から祝福していた事も知っている。

 それだけに、王子の不誠実な行いに激しい怒りを抱いたのは、もしかしたら自分以上にキースの方だったのかもしれない。

 長い付き合いだが、キースがその怒りを露わにする姿を目にすることは殆どない……その数少ない機会が、婚約破棄を告げられてショックを受けて頽れてしまったレミシアーナの姿を目にした時だった。

 だが、こんな結果になってみれば、結婚前にエセルバートの不誠実さが露わになって良かったのではないかとも思う。

 親族達の間では、第二王子が駄目ならそれこそ王太子妃候補にとか、いやこの一件で傷のついた娘なら修道院へ入れるか、よその国の貴族に嫁がせてしまった方が良いなどと言う者もいるが、もちろんそんなことをジークベルトが許すはずはない。

 今はレミシアーナもまだそんな気分にはなれないに違いない。

 だがいつか妹が少しでも心の傷を癒した後……そんな彼女をキースが望むなら、ジークベルトは反対しないつもりだ。

 侯爵家の人間とは言え、爵位を継承することのできない三男では、公爵家の姫に不釣り合いだと言う声もあるかもしれない。

 けれどたった一人の妹だ、できれば今度こそ幸せにしてくれる男の下へ嫁いで欲しい。

 その相手が幼馴染みなら、尚更共に幸せになって欲しいと思う。

 情の欠片もなく、あっさりと妹を捨てた王子などよりもよほど。

 やれやれと既に花嫁の兄のような気分を噛み締めながら、今度はノエルへと目を向ける。こちらの方は、危なげなく食事ができているようだ。

 とは言え、あまり食欲はない様子だが。

「口に合わないか」

 短く問えば、びくっと彼女が身を揺らした。

 普段の彼女なら慎ましい控えめな奴だなと思うのに、今は何だか少し勝手が違う。

「いえ、美味しいです。スパイスがこんなに美味しいものだとは知りませんでした」

「そうか」

「はい……」

 スパイスの類いはこの時代とても高価なものだ。一般庶民の口においそれと入るようなものではなく、ノエルも初めて口にしたのだろう。

 普段の手の込んだ料理とは違い、肉を炙っただけのものだから余計にそのスパイスの味が引き立つ。

 とはいえどうもこちらの方は、キースやレミシアーナのように会話が弾まない。

 付き合いの長さの違いもあるだろうが、自分もぎこちないし相手もぎこちないし……さて、どうしたものかと戸惑いを隠せずにいると。

「……あの、ジークベルト様。一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」

 意外にもノエルの方から話し掛けてきて、再び目を向けた。

 相変わらず不安そうな、何かに怯えているような表情だ。

 この表情は着替える前も後も変わらないな、と妙なところで感心する。

「なんだ、言ってみろ」

 促すジークベルトに、彼女は瞳を伏せた。

 長い睫が目元に影を作る……睫の長さなど変わらないはずなのに、少し外見が変わり、印象が変化しただけで全ての仕草が女性らしく見えてしまう自分に少し呆れる思いがした。

「あちらのご家族を、どうなさるのかと思って……」

「あの夫婦と子どもか」

「はい」

 その問いに、少しホッとした。外見が多少変わって見えても、その中身は変わらず自分の知っているノエルだと感じたから。

 出会ってまだ一ヶ月程度なのに、知っているも何もないだろうが、おかげで少し肩の力が抜ける。

「心配するな、怪我人をこんなところに放り出していくつもりはない。あの子どもも、今は何とか命を繋ぎ止めたとは言え、まだまだ治療が必要な状況なのだろう?」

「はい。傷もそうですが、出血が多すぎましたので……しばらくは慎重に観察していないと」

「そうだろうな。荷馬車や馬ももう使い物にならないようだし、自分達で移動することも難しいだろう。夫婦と一度話をするが、彼らが頷けば共に王都へ連れて行くつもりだ。その後のことは傷がある程度癒えた後で考えれば良い」

「ありがとうございます……!」

 直後、ずっと不安そうで、怯えているように見えた彼女の表情がふっと和らいだ。花が綻ぶような笑みにまた一瞬目を奪われ、少々視線が泳いでしまう。

 普段のノエルならばそのまま笑い返せたのに、今の彼女相手はやっぱり少し調子が狂う。

「礼を言う必要などない。この辺りはまだ我が公爵家の領地だ。領主として、領民に手を差し伸べるのは当たり前のことだ」

「はい。でも、ありがとうございます」

 少々言い方がぶっきらぼうになってしまったかもしれない。それでもノエルは気にした様子もなく、心底安堵したようだ。

 だが……その表情が、また僅かに曇ったことにジークベルトは気付いていた。

 一体、何がそんなに不安なのだろう。

 何に怯えているのだろう?

 問う声が喉元までせり上がってきて、でも結局それは黙したまま口にはしなかった。

 たとえ訊いたとしても彼女は答えない、そんな気がしたのも理由の一つだが、仮に答えてくれたとしても彼女の憂いを払う事が自分に出来るかどうか、今の段階では自信がなかったからだ。

 そんなジークベルトの視線に気付く様子もなく、再びノエルは食事を始めた。

 ゆっくりと料理と一緒に、表には出せない何かを飲み込むように。

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