虫との戦い
当然朝ご飯は食べた。食パン二枚にレーズンロール一個。ジャムだって付けた。
しかしなぜだろう。なぜ、こんなにも切なそうに鳴くのか。まだ十時だぞ。君は満たされていたはずではなかったのか。
問いかけるも返事などなく、代わりとばかりに第二波がやってくる。僕は彼を必死で抱きしめる。彼が鳴かないように。もし鳴いてしまっても、その声が周りに聞こえないように。
僕のお腹は大きく鳴る。それはもう怪獣のように力強くゴーッと。
付け加えると、どうも僕の身体は燃費が悪いらしくお腹が空くのも早い。朝ご飯を食べていようが関係ないとばかりに昼前には必ず腹が減る。だから僕はだいたい二時間目の途中でお腹を抱えだす。抱えざるを得なくなる。
僕のお腹は二時間目が半分終わったところでもう限界に達していた。髪を無意味にかきあげながら、座る位置をもぞもぞ変える。なにかをして誤魔化していないと、すぐにでも僕の中にいる虫はその存在を高らかに主張する勢いだ。脂汗でデコがにじむ。
時計を見ると残りの授業時間が残り十分になっていたのを見て、僕は安心したのかずっときつく腹を絞めていた手を緩める。しかし、それを待っていたと言わんばかりに腹が鳴る。「キュー」と間抜けに鳴りやがる。恥ずかしさがカーッと顔や耳を熱くする。なるべく表情にはださずに無表情を装う。当然内心は聞かれていないか戦々恐々としている。
それから僕の腹は馬鹿になってしまったのか三度ほど鳴って、ようやく授業が終わる。十分休憩だ。
しかしながら昼休みまでもう一時間残っている。
十分休みに入ると僕はさりげなく周りの級友たちの表情をうかがうが、僕の腹がなったことに気づいた人はいないようだった。僕は椅子を深く座りなおすと、級友たちに話しかけた。
なかなかに盛り上がらない会話の中で、僕はふと腹の虫の存在を思い出す。お腹が空いているのは変わらないのだが、どうやら虫も休憩中のようで元気がない。実は毎度のことで、授業中以外はなぜだかあまり存在感はなく、忘れることもしばしばある。休憩中に行動してもらった方が幾分かましなのだが、彼は僕のことを気遣ってなどくれない。
そうこうしていると三時間目が始まって、五分もしないうちに腹の虫は活動を始めた。
僕はもう当たり前に限界なんて超えていた。
まるで腹の中に小さいブラックホールがあって、栄養すべてがそのブラックホールにグルグル吸い込まれていくような感覚。手汗のせいでシャープペンを持つ手が滑る。頭の中は真っ白だ。虫に脳内のすべてを食い尽くされたのだろうか。
この授業が始まって意識が二回ほど飛びかけた。僕はいぜんとして腹の虫からの猛攻に必死に耐えている。
少し教室が騒がしくなったときに何度か腹を鳴らさせてはいるが、まだまだ奴は元気だ。
それにこいつばかりにかまっているわけにもいかない。授業中なのだから、僕は教科書を開けてノートを取って先生の話を聞かなければならない。そう意気込んでシャープペンを力強く握りなおすも、さらに増す腹痛によってあっけなく手放す。
続き続ける腹の虫の攻撃に僕はとうとう我慢できなくなる。
生え際と脇は汗でびっしょりだ。自分の顔から血の気が引いているのも分かっている。授業時間はあと数分。終了のチャイム、僕の腹、どっちが鳴るのが早いか。しかし――
「グゴーーッ」
これまで溜めていた分を出したかのように自分史上最大の腹の音が鳴る。僕の意思など全く関係なく、鳴った。腹の虫の攻勢に耐えきれなかった。もろに食らってしまった。
僕に視線が集まる。
――致命傷である。
チャイムが鳴って授業が終わり、昼休みが始まって、弁当を買いに行く。
教室に戻って割り箸をわった時にはもう虫は僕の中から退散している。
奴は僕が見た幻だったのかもしれない。昼休みの終わりのチャイムが鳴った時、僕の机の上にはほとんど手を付けられていない弁当があった。