先輩との話。2
不安は存外杞憂で別段僕のもとに前にいた部活に関する事は舞い込んでこなかった。
有り難い事に同級生がいない。
まぁつまり簡単に言うと今年の新入部員はいないらしくて第一関門であるすでに入部している同級生との交流に時間を割かれずにすんだ。
更に言えば端麗なお方と仲良くなれた気がする。
話に聞く限りでは途中で退部だとか……。
僕みたいな人間はやはりどこにでもいるらしい。
そういう訳で僕は先輩たちに囲まれながら部活の時間を謳歌することとなった。
そして相も変わらず先城先輩の奇行と奇妙な言動は継続していた。
「藤岡君!!!さぁ描くぜ!?」
「何をですか」
「ポスターだよ」
そういう先輩の姿にはまったくもってそれらしい格好は見受けられない。
制服を着て裸一貫の状態だった。
仁王立ちに腰に手を当てている。
快活明朗、意気軒高な様子だった。
「そういう先輩には何かする様子が見えないんですけど」
「現場監督。私もう出すもの出しちゃったから。ていうか本当は皆出しているんだけどね。藤岡君変な時期に入ってきたら、こうして、ね」
「なるほど……お手間を取らせてしまっているという事ですか」
「まぁ思いっきり邪魔しちゃう自信があるけれど」
「別にいいですよ。でもポスターってこの時期あるんですか?」
「無ければ無いで作ってから時期まてばいいだけだよ」
成程。それもそうか。
「んーそれなら折角なんで水彩に手ぇ出してみたいんですけど」
「おお、いいじゃん! 何にするよ!! 先生に頼んでいっぱいコンクール探してきてもらうぜ!?」
僕の発言に目を輝かせたような口調で応答してくれた。
しかし僕の中には懸念というか不安というか、形容するのが躊躇う方ではなくてしにくい感情が心の内にあった。
つまりは水彩をやりたいけれど、と躊躇っていた。
「ただ……まぁ何というかコンクールとかに応募することを考えたら、やっぱ技量が必要とされるモンとか出しても、徒労に終わると言いますか……」
「どゆこと?」
僕の懸念は通じなかった。
全くもって。
眼前の先輩の人間性とか立ち位置とかを考えたらある種打倒であって至極当然の反応かもしれない。
「えっと……つまりは……何かしら賞とかに引っ掛かることを前提として、応募するコンクールを選ぶべきなのかな……って。中学の時の先生はそういう人でした。"扱いやすい奴は皆が応募するんだから、生半可でやるなら他のものにしろ"と……」
「……」
僕の話を真面目に聞いていたかと思うと、この人は途端に、再び小首をかしげてきた。
また理解できずなのかと思ったのだが口から出てきた言葉はそんなものじゃ無かった。
「藤岡君は水彩画を生半可な気持ちでやるん?」
「いや……僕は……まぁ美術部でしたし絵を描くのも好きですけど、やっぱりその……何というか技術は未熟ですから……稚拙な技量でも賞に入ることとかを考えるべきかと……」
「そうなの?」
「え?」
3度目程の小首をかしげるような応答。
今度は僕も首をかしげていた。
「せっかくやりたい物があるんならやった方が良いじゃん? 嫌々やっても詰まんないじゃん。ていうか勉強とかそうだし」
「はぁ……まぁ……わかりますけど……」
「私だって世界全てを知ってるわけじゃないしどころか校内で見たって絵とか美術系統とかの得意不得意な人は知らないよ? それでもやっぱり好きな事を出来るだけしたいよ。部活なんてそうでもないと、やってられないと思う。特に藤岡君みたいな転部理由なら、なおさら」
最後の言葉にはっとなる。
この人はイラスト部に訪れていたらしい。
密な関係があるとか云々とか聞いてはいたし確かに毎日毎日この人がいる、という事はなかった。
遅れてやってきた時もあった。
用事か何かかと思っていた。
「イラスト部の方に……聞いたんですか?」
「まぁー隣の部とはフツーに仲良いしねー。藤岡君の事聞くだけとかじゃないけどね」
少し笑いながらそう口にした。
その顔は、何処か僕の中の何かに呼応してきた気がした。