先輩との話。1
部活は半ば中途半端にやめた。
端的に言うと歯切れの悪いタイミングでの退部となった。
僕が自らの意志という嘘ではない理由で退いた。
ぶらぶらと高校生活の余暇を謳歌しようか、と考えたが僕はそこでふと思い出した。
(美術部が別にあったんだっけか……)
残念ながら体験入部にいくことはまったくもってなかったからつまりは一切合切伝手みたいなものがある訳ではないのだけれど、折角だという事で美術部の見学やらなんやら出来ないかと考えた。
単純に部活で絵を描いていたかっただけなんだと思う。
曲がりなりにも中学生……つまり二年と経たぬ前まではしっかりと美術作品を作っていたはずだし。
顧問の先生にその話をしてみたところ、平然と承諾をもらえた。
ただし僕はそこから美術室に向かうまでの足取りが途轍もなく重たかった。
人見知りにはとてもじゃないが、一年生の終わりごろという中途半端すぎる時期に知り合いがいるはずない部活にやってくるだなんてことはありえない位に、想像ができない位にハードなのだ。
誰だよ、美術部見学しようとか考えたの。
僕だろ。
緊張。深呼吸を何回も。
しかし冷汗はまったくもって引いてくれそうにない。
大歓喜と言わんばかりに僕と相対して大量にあふれている。
バカ野郎め。
「た……たしか……もうちょっとで先生がやってきてくれて……それでえっと……紹介してくれるとか……どうとか……」
更に考えてみたらイラスト部が隣だった。
誤算というかバカ野郎は僕だった。
(逃げた部活の隣って……)
人の目とか色々と気になりとてもじゃないが先生を待つ余裕なんてない。
ドアの前で立ち尽くす僕の後ろから声がした。
「ねぇ」
「は……っ……あっ……すいませんっ!」
振り向いた先にいたのは、
女子。
先輩とみて多分あっている気がする。
なんか雰囲気がそう物語っている。
あと美人だった。
そして見るからにここの、美術部の人なのだろう。
「えっと……誰? どうしたの……?忘れ物?」
「いや……そうではなくて……その……美術部に興味があると言いますか……」
相手の人は端正な顔立ちをしていた。
物静かと問われれば決してそうだと言い切れない風貌で、兎にも角にも一言でいえば"きれいな人"だと思った。
僕の感性がまったくもって正しいわけではないけれど。
「おおっ……! ほんと!?」
「まだ確定ではないですけれ……ど」
途端に眼前の方の眼中は光に満ち溢れた。
星が点在するかのようで希望というべきものだろう。
「じゃあ、入ろ入ろ! 大丈夫だよ! この部活わりとゆるーいからさ!!!」
言葉と調子と行動を見る限り、入部をさせたいという意図がたやすく読み取れた。
僕が入部試案だと知るや否や学生服の袖を引っ張って僕を部室内に連れ込んだ。
考えてみたら授業以外で美術室に入ったのは初めてかもしれない。
見ると確かにゆるそうな雰囲気を保持している。
何処かやはり懐かしさを感じさせる。
そして何より当然なのだけれど、女子が多かった。
少しばかり今までいたイラスト部との事があって少し身構えた。
「こんにちはー!!」
僕の袖を引っ張る先輩と思しき人はそう挨拶をすると意気揚々とした口調で僕を無理矢理なエスコートをする。
「おー、えーちゃん誰その子!? まさか新しい彼氏とかッ!!」
奥の方にいた女子が声を荒げた口調からして袖を引っ張る方と同級生若しくは先輩なのだろう。
でも考えてみたら時期的に先輩はないか……。
「新入部員!! まだ考え中らしいけど!!」
「よし、もてなそう!!」
誰が誰かも今一つわからぬまま袖が伸びるだろという勢いでエスコートされて女子の先輩と思しき集団に連れていかれた。
(袖引っ張ってる人が一番美人感ある……)
下らない事を余裕なんて今一つない癖に考えていた。
人数としては僕を含めてこの小さな、美術室の一角に5人。
「えっと、君名前なに!」
「え……あ……藤岡音久っていいます」
「あ、袖ずっと引っ張っててごめんね」
寧ろ有難うございました。
手をぱっと開くと快活明朗とした顔と面立ちで口を開いた。
「さきしろえみだよ!先生の城に咲くで先城咲!! こう見えて部長だからねー!」
やはり先輩だったらしい。
先城先輩の自己紹介が終わるとすぐに隣の人が口を開いた。
「私は、品場結李ー」
そうして次々と紹介が進んでいく。
取りあえず先城先輩の名前だけは何故か覚えた。
「とりあえず……どうしよっか」
「絵描ける?それとも工作系?」
「絵ですかね……工作は最近はあんまり……」
覚束ない口調で答える。
日陰者らしい立派な口調だ。
「おお、プロじゃん。今まで何部だったの? イラスト部?」
「ええ……まぁ……紆余曲折……えっと……簡単に言うと喧嘩して嫌気さして退部しました」
「マジか、今度隣言って聞いてこよっかなー」
そういえばイラスト部と美術部は多少の交流とかがあるんだったか……。
それも含めて面倒なことにならなければいいけれど……。
「隣が……イラスト部……」
身震い。
その僕を不可思議にも、奇妙にも先城先輩は手を差し伸べて、手のひらを最終的に僕の頭部へと持って行った。
つまりは頭を撫でられた。
「何ですか、これ……」
「なんとなく」
「小学生じゃあるまいし……」
「なーんか、藤岡君、ザ弟!って雰囲気あるからさぁ」
確かに姉はいる。
だからと言って弟っぽいと言われたことは多分ない。
寧ろ実姉は大嫌いだ。
ここ幾月と会話をした記憶がない位には。
「お、咲ちゃん実弟と重ねたかッ!?」
「いやぁ……実の弟はこんなになんか善人な雰囲気とかないよ」
身内にしか分からない話をされて僕は置いてけぼりになる。
まぁ別に日陰者だから、陰湿をもった印象の人間だからそんなこと自体は慣れているのだけれど。
「とりあえず、藤岡君は暫く弟だと思ってみるよ!!」
「は、はぁ……?」
何故?
僕の心情の言葉を直感的に読み取ったのか先城先輩は言葉をつづけた。
「こう言うのはやっぱ楽しくないとね!!
だから藤岡君もほら、お姉ちゃんって呼んでご覧!!」
「嫌です」
「お姉ちゃんは傷ついたよ!!」
「実姉じゃないですからお姉ちゃんとしては傷ついている筈ないですよ」
「良いんだよ、こう言うのはもっとハッチャケないと」
この人の独特のペースというものがまったくもって掴めそうにない。
何を考えているか、脳解剖すらよぎなくされそうだ。
というかむしろこっちがしてのぞき見たいほどだ。
色々と大丈夫かな、ココ。
ノリと立地と……。