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素奈緒sideです。
拓海に、初めて拒絶された気がした。
《優しくされたって辛いだけ》
《スナちゃんが俺を好きになってくれたら良かったのに》
私に言われている気がした。
12年間の間、私は拓海と、拓海は私と喧嘩になった事がない。
些細な言い合いはあったが、大体はわたしが悪かったりした。
でも、絶対自分が悪くないのに、拓海は私に嫌われまいと必死に謝ってきてくれた。
私達の関係は何て儚くて脆いものだったんだろう。
そう思うと、体が震えてきた。
歯がカチカチと音をたてて、もう立っているので精一杯だ。
拓海の背中がどんどん小さくなっていき、そして密度の少ない人混みに消えていく。
《スナちゃんって呼んでいい?》
《このお花あげるよ、スナちゃんに似合うから》
《スナちゃんってお姉さんみたいだね》
ダメだ、思い出が
《クラスのやつが馬鹿でさぁ》
《スナちゃんも友達作んなよ》
《スナちゃんスカートとかも似合うと思うんだけどなぁ》
いけない
潰されそうになる
《まってまって、花びら髪の毛に付いてるよ》
《ぉっ俺、スナちゃんがずっと好きなんだ!!》
私が拓海を好きにならなければ彼は私を必要としないのか
一つ、ため息にも似た震えた吐息を吐いて。
私は、遠く遠くに見える紺色のブレザーを着た拓海をすがるように目で追った。
立ち止まる事なく、振り返る事なく、私という存在を置いてきぼりにして、拓海はやがて見えなくなった。
発狂しそうだ
一人ぼっちになった事に
もうあの家に帰れない。
扉を開いても誰もいない、どこにいっても私は一人だ。
隣にいてくれると指切りしてくれた無二の友人も私を置いて消えていってしまった。
もういいだろう。
フラフラと歓楽街へと足を向ける。
春から夏へと急ぎ向かう今年の季節も、今日は私を隠す様に早くに日没を迎え、客を誘うように光るネオンだけが私を照らした。
そこら辺の安っぽいチェーンの洋品店で適当に買った簡易的な洋服に着替え、ショップ袋に真新しい制服を詰めると、暗がりの路地にあるインターネットカフェに入る。
セキュリティのしっかりしたビジネスホテルではいずれ足がつくため、長くこの生活をするならばインターネットカフェの方が適している。
どうせビジネスホテルは未成年を一人では泊めてくれないだろうし、どうせ補導されても母は迎えに来ないだろうと思った。
受付でやる気のない深夜バイトの店員に特別声を掛けられる訳でもなく、受付を済ませた。
体を十分に伸ばせない1.5m四方の小部屋に入る。
灰色を基調としたその小部屋は、パソコンデスクにパソコン、時計だけで無機質だ。
何もする事がなくて、とりあえず美味しくないコーヒーをすすりながら蒼白い光を放つディスプレイに視線を移す。
人気芸能人のブログを一通り見て、下にあるCMコーナーをクリックする。
《真剣出会い!!即直メール!!》
どうかしてる。
でも、寂しさを癒すためなら、こんな出会い系にでも頼るしかなかった。
《こんにちは、K市に住む高校一年の女子です。》
高校一年女子という名前で早速書き込むと、一分もしない内に書き込みがきた。
高校生というのを見てか、えげつない書き込みが並ぶ。
吐気がした。
でもそんな奴らが集まるサイトにアクセスする私も同じようなものだろう。
《寂しいの?》
一つの書き込みに背筋がヒヤリとした。
《うん、何で解ったの?》
その人宛てに返事をした。
もしかしたら、この人も私と一緒かもしれない。
《俺も寂しいから、高校二年生で君の住んでる所の隣町に住んでるよ。》
やはり私と同類なのか、メッシュと名乗る奴は淡白な返信をした。
そのあっさりとした感じが気に入った。
何度かサイトに書き込みをするとアドレスを聞かれたので素直に教える事にした。
数分後に、eメールの着信を携帯電話が知らせる。
《こんにちは、サイトで書き込んだメッシュです》
緊張しているのか慣れていないのか、キッチリとした文章だ。
《こんにちは、高校一年女子だよ。よろしく》
一年年上と解っていたが、あえてタメでメールを打つ。
別に敬語だろうが、タメ語だろうが差し支えないだろう。
一度内容をざっと確認して、送信ボタンを押した。
《名前何ていうの?》
《中村素奈緒だよ。そっちは?》
《井上俊だけど、素奈緒って良い名前だな。》
《自分でも気に入ってる。》
そう送って、不意に母親の顔を思い出した。
私の名前は母と父が一緒に考えてつけてくれたそうだ。
《親がつけてくれたの?》
《うん》
《俺もだよ、両方死んじまったけどな。》
一気にシリアスな話になる。
こんな寂しい気持ちの時に空元気に明るい話をしても意味がないだろう。
《だから俊も寂しいんだね》
寂しいのは私も一緒の事だ。
送った途端に瞳を閉じた。
瞼の上に腕を乗せるとため息を吐く。
ため息の数だけ幸せが逃げるというが、私には無縁な気がしたから。
長いこと目を閉じていると不意に眠気の波が襲ってくる。
しかし、腕も足も伸ばせないこんな狭い箱の様な小部屋で眠れる訳もなく、私と俊は朝までたくさんのメールをした。
俊は隣町に住む高校二年生で、両親は不慮の事故により三歳の時に亡くなったそうだ。
その後母方の祖父に引き取られたが、先月その祖父も亡くなり、今は祖父の残した貯蓄と保険金を切り崩して生活しているそうだ。
趣味も性格も合いそうにないとメールだけしかしていないが解ったのだけれど、何故だかお互い一人きりの生活は寂しいという共通点が私達の関係を繋ぐバイパスを太く強くしていた。
朝6:00にうたた寝から覚醒した私は、インターネットカフェに備えつけられているシャワーを使って体を清めてから、制服に着替えると会計を済ませて外に出た。
まだ朝早い時間のためうっすらとモヤがかかった日の光が妙に心地良かった。
いつもならば、この時間位には一緒に登校しようというメールが拓海から来るのだが、今日は来ないだろう。
適当にコンビニで朝と昼用に菓子パンと飲み物を買って、安いシャンプーのせいでキシキシとした自分の茶髪をかきあげる。
学校までは家から行くよりも近いだろう。
そうふんだ私は通りかかった嫌に狭い公園のベンチに腰掛けた。
朝の気温はまだ冬の名残を惜しむかの様に少し肌寒い。
コンビニで買った菓子パンの一つを適当にビニール袋の中から取り出す。
何か確認しないままパッケージを開けると中身を頬張った。
どうやらメロンパンだったようで、水分の少ないそれをモソモソと疎嚼をする。
昨日の昼から何も食べていない胃袋は食品を欲していた。
《ピピピッピピピッ》
eメールが来たのだろう、制服のポケットに入っている携帯を取り出す。
送信者は俊だった。
《朝日が綺麗だね》
それだけを伝えたメール
そんな無器用なメールに吹き出しそうになる。
折り畳みのケータイを閉じると、もう一口メロンパンを頬張った。
朝日を見ると、綺麗過ぎてカッコ悪いけどパン片手で涙が出て不覚にも泣いてしまった。
私が一人ではないという錯覚が酷く心地好く私の胸に痺れをもたらしたから。
俊と出会ってたった一夜しか経っていない。
だけど、寂しすぎるこの状況から逃れたいために、私はひっそりと瞳を閉じた。
朝の匂いが鼻をくすぐる。
一気に飲み込んだせいか、二、三口しか食べていないパンが飽きてしまい、少し申し訳ないように思えたけれどすぐそばにあったゴミ箱に放った。
もうそろそろ学校が始まる時間だ。
なかなか真面目な私は高校に入学してからの約三週間、遅刻も早退もしたことがない。
バックに食糧を詰め込むとノッソリと立ち上がり、歩みを進める。
きっと、朝一番に拓海は昨日の事を謝ってくるだろう。
そうしたら笑顔で気にしていないと許してやろう。
歩きながら、ぼんやりとそう思った。
不思議と笑顔になれた
《良い1日になりますように》
柄にもない事をどこかに願って暖かくなっていく春の空気を全身に纏った。
読んで下さりありがとうございました。