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明るく、ハッピーエンドを目指します(・∪・●)
よろしかったら見ていって下さい
眩しいくらいの春の朝日。
ここは教室の隅っこ。
窓枠に腕を乗せて、少ない平和な学校生活に浸る。
学校が始まる一時間前に教室にいるなんて、私の見た目的に有り得ない事だろう。
本当にアイツさえ居なければ、私の学校生活は誰とも関わらず、ただただ静かに過ぎていったはずなのに……。
廊下から足音が聞こえる。
こんな早くにこちらに向かってくるのはアイツか先生しかいない。
そして、私の嫌な予感は当たっている。
お気に入りの耳に付いてる青い蝶のピアスをクリクリといじくりながら、そっと目を閉じた。
《ガララっ》
「スナちゃんっ!!何で先に学校行ったんだよっ!!待っててって言ったじゃん!!」
春になるというのにスカートの下に長いジャージを着込んだ私は、椅子の上で豪快にあぐらをかき、例のアイツの方に向きかえる。
「一緒に行くなんて言ってない、朝からうるさいから怒鳴んないで」
ヤンキーみたいな見た目は結構楽だ。
地べたには座れるし、女子なんてちょっと睨みをきかせればどっかに散っていく。
こいつは女子じゃないから睨んだ所で逃げたりしないけど。
「でも、昨日もその前もその前もその前も……明日は一緒に行こうって口でも言ったし、メールもしたじゃないか」
シュンと縮こまるコイツ……藤川拓海は私と幼馴染みだ。
私の母親は銀座の高級クラブのママだ。
あの漫画にもなった人と一緒に働いたとか働かないとか……。
それなりにそこら辺では名の通ってる人だ。
そして、拓海の父親は藤川物産株式会社、株)藤川コーポレーション、藤川宝石店、FUJIKAWA…etc………。
大変なおぼっちゃま君なのだ。
「知らない……あんたは金持ちなんだから金持ちらしく黒塗りのベンツとか白のロールスロイスとか乗ってきなさいよ」
プイっと背中を向けると申し訳なさそうに、私より6cm大きい体を曲げて謝ってくる。
この男は私に幼い頃から片想いをしているのだ。
「素奈緒、今日は藤川のおじさんに会いに行くわよ」
私は、昔から男の子みたいにジーンズにTシャツにスニーカーという格好がしたかった。
だけど、藤川のおじさんという人に会うときは必ずといっていい程、ピンクやら水色やらのワンピースにレースの付いた靴下と、入学式のような服装で出かけなくてはいけなかった。
超が付くくらい不愉快だ。
だからといって、嫌だとは言えなかった。
あの頃の母親はよく私に手が出る人で当時私を助けてくれる人などいなかったからだ。
母一人子一人。
それは今でも変わりない。
気付いたらしかめっ面になる顔を頑張って緩めて、キチンと待ち合わせ場所の喫茶店の椅子に座ってただ時間が過ぎるのを待つ。
動物園や遊園地、ミュージカルに別荘と、藤川のおじさんには沢山遊びに連れていってもらったが、一つも楽しいと思えなかった。
そんな私を見かねた母とおじさんは、同い年だというおじさんの一人息子を連れてきた。
それが拓海だったのだ。
絵にかいたようなお坊っちゃんの拓海……私は彼に嫌悪感しかいだかなかった。
父親の後ろに隠れてはにかんでいた拓海を、私は、私と違う動物か何かを見るような感覚で、気がついたら睨んでいた。
甘ったれている。
私はそんな風に隠れる所も、甘えられる存在もない。
嫌悪感とともに羨ましがっている自分に少し心が痛んだ。
「素奈緒、ご挨拶しなさい」
母がマネキュアで美しく飾られた手で私の背中を押す。
「こんにちは、中村素奈緒です」
年相応にもじもじとうつ向くこともなく、少し見下ろすように挨拶をした。
拓海は私の態度に少し驚いたようで、目を見張ると顔を真っ赤に染めて、口の中でボソボソと挨拶と自己紹介をした。
そんな様子に少し拓海がかわいらしく見えて、お姉さんになった優越感があった。
それが、私達二人の初対面だ。
あれから約12年間私達は事あるごとに親たちの強制のもと会わされていた。そして、年をおう事に私達は親たちから自立して、お互いが、かけがいのない友人のとなっている。
私はそう思っていた。
藤川のおじさんは私を楽しませようと必死になって会うたびに拓海を連れてくるのだと……。
それが………。
「俺、スナちゃんと同じ高校に行く」
有名私立中学校の制服をきっちりと着て、拓海はいつもの喫茶店で向かいに座る私に言った。
携帯電話というツールを親から中学校に上がってから与えられた私達は、二人きりで会う事も多くなっていた。
私達は親から多額の小遣いをもらっていたため、生意気に喫茶店やファミレスにたむろしていた。
「なんで…拓海の行ってる学校は幼稚園から大学までエスカレーター式でしょ?たしかに私の行きたい高校も拓海の行ってる学校も偏差値も進学率も申し分ないけど……。」
まだ夏休みに入る前の特に暑い日。
手元にあるアイスドリンクの氷が小粋にカラリと音をたてた。
「俺………スナちゃんが行くから行きたいんだ」
「バカじゃないの?絶対私立の方がいいんだから!!そんな私がいるとかいないとか関係ないでしょ!!!」
詰め寄ると拓海が眉をしかめて両手をギュッと握る。
「ぉっ俺っ!!スナちゃんがずっと好きなんだっ!!!!」
喫茶店に居た客、店員、一同消沈。
どういう意味の好きかは、不思議と解った。
私は見た目はチャラチャラしているが、母を見ていたからかはよく解らないが、恋愛の類は大が付く程苦手で、拓海が私を女の子として見ていたのが嫌だった。
何故か裏切られたような……そんな気がしたんだ。
結局私は拓海を睨みつけると、バックを引っつかんで、喫茶店から乱暴に出た。
拓海の優しさなのかは解らないが、私を追って来ることはなかった。
その日の内に、何度も拓海からメールや電話が来たが、私は全て無視した。
きっとそのメールや電話は私に謝る内容だったのだろう。
謝ったきた所で許したくない。だって、私達は友達だし、私が恋愛が大嫌いな事は彼は知っていた。
なのに私にそんな感情をずっと持っていたのは裏切り行為だ。
ずっと友達でいてくれると約束をしたのに。
ため息と同時に私はまだ母の幻影に脅えていたのに気付く。
恋愛が大嫌いなのは私だけで、拓海は普通の人なのだ。
私の様な特殊な家庭環境で育った訳ではない彼にとって、あんな風に自分の気持ちを無視されて、何て傷付いたことだろう。
きっと優しい拓海のことだから、悩んで悩んでやっと私にその想いを伝えたはずなのに……私は何て酷い事をしてしまったのだろう。
そんな矛盾した二つの考えに翻弄され一ヶ月程たち、もうケータイは拓海からの着信を知らせる事はなくなった。
ケータイのディスプレイを見るだけで、イライラした。拓海にイラついていた訳ではない、自分にイライラしていたのだ。
いつまでも、幼い頃に見た、母が男達にしなだれかかって媚を売るあの光景が忘れられない。
母が男達に媚を売るのは仕事の一つだ。それのお陰で私は人よりも良い暮らしと、平安な生活をおくっている。
なのに、私は何故男女間のその感情を排除したくて堪らなくなるのか、そして、それが受け入れられずに、拓海というかけがえのない人を拒絶してしまうのか。
考えただけで断続的に酷い喪失感と、胸の痛みが襲ってくる。
拓海と同じ恋愛という感情を彼に向けられたなら、どんなに楽だっただろう。
中学三年の受験シーズン真っ只中
。拓海から連絡が来なくなって意味をなくした携帯電話の電源をおとしたまま、机の鍵がついている引き出しにしまいこんだ。
今は考えたくない。
そう思って、もう分かりきっていた中学の学習内容を教科書を見ながら一からやり直したり、高校の内容を丸暗記したりと、私はただがむしゃらに拓海を傷付けた罪悪感と孤独に押し潰されないように忘れようと必死だった。
拓海が私と同じ高校に入る事が決まったのを知ったのは入学式も間近に迫った一週間前。
1日づつ近付いてくる入学式の日付に落ち込んだ。
入学式が来るのが嫌で嫌で仕方なかった。
嫌だ嫌だと思うと、その時間はあっという間にやってくる。予防注射の順番待ちと一緒だ。
拓海も同じ思いだと思っていた。
自分をこっ酷くふった女など、会いたくないけれど、私達は友達だから会ってなんて接すればよいのか……と、そう思ってくれていると
しかし、拓海にとって私はずっと友人にはなれていなかったようだ。
「おーい!!スナちゃん!!!」
明るく、思いきりこちらに手を降る拓海。
その隣には拓海より幾分小柄で可愛い女の子がいた。
今時な、スカートを短く履いて、少しダボッとしたカーディガンをはおった女の子。
髪の毛は黒くストレートで、桜の花びらが散るのと同時にフワリと揺れた。
拓海を前の学校から追い掛けて来たそうだ。
ご苦労様な事だ。
追い掛けなくても、いずれこの可愛い女の子…実優さんと付き合う事になっただろう。
156cmと小柄である事と可愛いらしい容姿は嫌でも男の目に付くだろうし、実際入学そうそうすぐ後ろの男達に噂されていた。
私はというと、怖そうな女子がいるとひ弱そうな男子が脅えて私から一歩離れ、少し調子に乗った男子が私に声をかけようとして、睨んだ私に息をのんで断念していた。
女子達は余程努力してこの進学校に入って来たのだろう。思いきり顔をしかめて、私の服装や容姿のダメな所を上から順に話していった。
そんな物は皆無視する。
だって中学の時とあまり変わらない。
仲良くなんてしたくないし、私は出来ないだろう。
校長先生の長いありがたい話の後に、私の茶髪の髪の毛について学年主任に入学そうそう呼び出しをくらって、肩を落として教室に入っていった。
皆、席に座っている。
拓海と同じクラスになったのは確認していた。
中村と藤川と、あまり五十音順には近くないが、運がいいのか悪いのか、私達は席が前後になった。
担任の教師なのであろう優しそうな中年の淡いピンクのスーツを着て、髪の毛はしっかりパーマをあてた先生に軽く会釈をして席につく。
私の様な問題児の担任をするのは久しぶりなのか、初めてなのか、会釈をした私に無理矢理な笑顔を見せると、先生はホームルームを始めた。
一人一人の自己紹介はまた明日時間をとるのだろう。
学校紹介と部活、生徒会の案内の配布と先生の話しだけでホームルームは終了して、今日はお開きになった。
後ろに拓海がいるというだけで気まずかった。
早く帰って眠り、なにもかも記憶から消してしまいたい。
急いで帰ろうと教室を出ようとすると不意に腕を掴まれた。
「スナちゃん。一緒に帰ろう」
ニッコリと笑って言う拓海の顔を見て、彼が無理をして笑っていないと解った。
無理矢理笑ってる時は唇の両端が下にさがるのを幼馴染みの私は知っていたから。
なんで、平気で笑えるのだろうか?
私はたくさん悩んで、拓海という存在を失ってしまうのでは無いかと、内心ずっとビクビクしていたのに。
私は、拓海にとってなんだったんだろう。
母とあの男達の様に、私が嫌悪し続けたような関係だったのか?
私は勝手に、勘違いをしていたのか?
「……………」
上手く声を発する事も、幼い頃から練習してきた頬を緩ませて、笑顔を作る事もできなかった。
むしろ、しなかったのかもしれない。
「スナちゃん?どうしたの?」
不思議そうに黙っている私の顔を覗きこむ拓海。
急に、心の芯から冷えていく。
大事なものを無くしてしまって、もう取り戻せない。
頭の片隅でこんな風に思ったが、すぐに違うのだと私のハイテクな脳はすぐに答えを出してくれた。
《大切なものなど、初めから無かったのだよ》と。
私が勝手に拓海に幻想を抱いていたのだ。
一番の友達だと思っていた彼にとって私は私の嫌う恋愛の対象でしかなかった。
その対象でしか見てもらえない私は、拓海にとってあの母と同じ『女』として生き、暮らさなくてはいけない。
女が嫌なんじゃない。
ずっと友達で居てくれると約束した拓海が、私をずっと『女』として見ていた事が酷く
心に違和感と凍える程の孤独を与えたのだ。
「ごめん、私用事があるから」
断って、私はまた拓海から逃げた。
大切な拓海を二度も傷付けてしまったのだろうと、罪悪感をまた背中にのせながら。
真新しい紺の制服
春の日差しと、桜の花びらのせいで明るく見える筈のその色は、酷く私を憂鬱にさせた。
最後まで読んで下さりありがとうございます。