始まりのベル
「あっちぃ〜…」
季節は初夏。木々の葉が青々しく茂り、蝉の甲高い鳴き声が聴こえ始めた頃のこと。
伊岡悠斗は部活の合宿に向かうため、駅への道のりを歩いていた。
「合宿なんて楽しみだね〜!」
隣を歩くのは妹の伊岡ひより。髪は肩上までのショートボブで、兄の悠斗から見てもまあ可愛いほうだとは思う。
幼い頃からお兄ちゃんお兄ちゃんとくっついて来ていた妹だが、まさか高校に入って同じ部活に入部するとは。
「お前は楽しそうで良いな…」
「だってこういうの初めてなんだもん!」
ひよりは頬を緩ませながら答える。
「あ、でも、演劇部の合宿って何するんだろ?」
そう、悠斗達が入っているのは演劇部。入ったきっかけは友人に誘われたからであって、そこに悠斗の意志は無かった。楽そうだからと了承したものの、今年に入って合宿なんかをやるとは…。
「おーい!悠斗!ひよりちゃん!」
駅前で大きく手を振るのは、悠斗を演劇部へ誘った張本人の藤堂浩介である。
明るめの茶髪に着崩した制服とチャラついては居るものの、中身は良い奴だ。妙な所で勘が鋭く、隠し事を出来ないのが難点だが。
「お前ら以外は全員揃ってるぜ?」
「え、マジかよ。悪い悪い。」
急ぎ足で改札口へと向かうと、そこには演劇部の面子が勢揃いしていた。
「遅くなってすみません。」
「大丈夫よ!まだ集合5分前!」
顧問の富田光が親指を立てて笑顔で述べた。
こうして全員が集合しているのを見ると、演劇部は意外と人数がいる。
3年生の神宮寺真尋と榊原敦。この2人がそれぞれ部長と副部長を務めている。
2年生は前まで3人居たのだが今は辞めてしまい、悠斗と浩介の2人だけ。
1年生は人数が多く、日比谷美果、桐島律、二宮隼人、そして悠斗の妹の伊岡ひよりの4人がいる。
顧問は2人居て、1人は先程の富田花栄。もう1人が副顧問の坂ノ下遼である。
「みんな揃ったな?じゃあ出発するぞ〜」
坂ノ下が野太い声で部員に対して指示を出す。皆それを合図に歩き出しながら、口々に今回の合宿の事を楽しそうに話している。
面倒だと言いながらも、悠斗はこの部活の雰囲気が嫌いではなかった。部員同士仲は良かったし、浩介とは気の置けない関係だった。
________ ガタン
電車が急に止まり、皆がざわざわと動揺し始める。
なんだ?どうしたんだ?
そして、チリン、と聞こえたのは鈴の様な音。
次の瞬間、唐突に何処からともなく甘く馨しい香りが鼻腔を擽った。
異常なまでの眠気が悠斗を襲い、周りの友人達も次々と倒れていく。
霞んでいく視界の中で、誰かが悠斗を見下ろして居るのが見えた。
「…お前は…」
そこで悠斗の意識は途切れた。