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青春とメイド服と特攻服 前編

一行がオプロアスを後にして既に十日が経過していた。現在アミャーヒ地方に向かう途中、南西のアミャーヒまで行くには以前立寄ったイラキス地方を通らなければならず、イラキス有数の観光地、コニスの町へとやってきている。

イラキスに立ち寄るのはリーヴの町にて双花と出会い、グルファクシ組を刀滅して以来、つい三週間程前の出来事なのに随分昔の事のようにも思える。

今夜泊まる旅館を予約し終え、三人は公園で双花の訓練相手用にと貰った式神、煌人形を相手にトレーニングを行っている。

煌人形…その名の通り人の形を挺して造られた式神。木偶のような見た目をしており、主に荷物持ち等の雑務に使用されているが戦闘訓練に用いる事も可能。戦闘力はものによってまちまちである。本部から貰ったものは訓練に一番適している戦闘特化型だ。戦闘特化といってもあくまで訓練用。刀士を傷付ける事がないように設計されており武器類の装備もしていない。

双花のトレーニングは一日約三時間、木刀を使用しての煌人形との戦闘が日課となっていた。

桜花の受け売りのヒット&アウェイで煌人形のパンチをひらりとかわし、素早い動きで煌人形を翻弄して自分のペースへと持っていく。双花の動きからは以前は見られたぎこちなさや怯えといったものは一切消えていた。

煌人形は双花の実力を見極めたのか、ギアが一段階上がったかのように小刻みに身体を震わせると動きのキレを増す。カポエラのような逆立ちの体勢を取るとテクニカルに関節を曲げ、双花に蹴りを次々と繰り出していく。

対する双花も驚異的な動体視力で煌人形の一手一手を見極め、最低限の動きで受け止める。その動きは月花を彷彿とさせた。

猛攻の中…双花は集中力を研ぎ澄まし、ある一点に狙いを定める。そして…

「見えた…!そこっ!!!」

双花は煌人形の起動スイッチを狙っていた。わずかな隙をつき煌人形の腹部へとひと突きを浴びせる。ボタンを押された事により煌人形は元の球体へと姿を戻し、球体がゴロゴロと転がった。

それを確認し安心した双花は、ぐったりと地面に倒れこむ。全力を出しきったという感じで額からは大量に汗を流し、激しい息遣いで呼吸している。

「勝っ…た…!?やったよ桜花、月花!」

ここ数日間、最高レベル状態の煌人形に何度も挑んではコテンパンに敗北を続けてきたが、ようやく初めての勝ち星をあげる事が出来…強くなった事を実感する。

「すごいよ双花!たった十日で最高レベルの煌人形に勝っちゃうだなんて…」

本部から支給される戦闘用煌人形に勝利出来るかどうかは、戦煌刀士としての資質があるかないかを見極める登竜門とも言われている。下位ナンバーの現役刀士にも未だに勝利していない者がいるくらいだ。

「やっぱり双花は才能あるよ。桜花と私の戦い方を状況によってバランス良く切り替えて戦ってる。正直私達も付け焼き刃程度の事しか教えてないんだけれど…」

桜花がスピードタイプの刀士だとすれば、月花は器用な刀裁きといったテクニックに定評ある刀士。それぞれの動きは二人に遠く及ばないが、スピードとテクニック、二つの戦闘スタイルをうまく使い分けていた。

「オプロアスの一件以来やる気出ちゃってぇー。さてはリリィちゃんの力だな?このこのー!」

「い、いや…そんなこと…少しはあるかも」

リリィも意気込み新たに頑張ると言っていた、自分だって負けていられない。

しかし、そんな双花の様子を見て月花は不安を抱いていた。強くなるという事はそれだけ力の過信を生む。無茶をして命を落とす者だっていると学生時代何度も教わった。

「双花、張り切りすぎもいいけれど…身体を壊しちゃあ元も子もないし無茶だけはしないでね?」

「うん、二人には迷惑かけないから」

「それにしても煌人形なんて懐かしいよね。私達も学生時代よーくこれ使って訓練したっけ」

桜花が転がった煌人形の球体を持ち思い出にふける。

「二人も煌人形と何度も戦ったの?」

「まあね。…あ!学生時代といえばアルナからアルバム貰ったの忘れてた…!まだ全部見てなかったし…皆で見ようよ」

十日前オプロアス城で寝泊まりした夜、アルナが引っ張り出してきた学生時代の写真を見ながら昔話に花を咲かせた。そこで彼女から自分達の写真を纏めたアルバムを受け取ったのだった。桜花はアルバムを取り出すと、そこには学生服を着た二人の写真の数々が綴られている。双花はそれを興味深々にじっと眺める。

「これ二人が学生の頃の写真?あんまり今と変わってないね」

「ちょっとー。それどういう意味さ。私達だってこれでも日々成長してんだよ…月花のムネは成長しないけど」

「またそういう事言う。胸は関係ないでしょ。それに桜花だって絶対身長止まってるよ」

「なにお!」

「二人ともまたそんなしょうもないことで言い合いして…もう」

言い合いといっても、この二人の場合じゃれあいの延長という感じなので、そんな二人の関係を双花は羨ましく思っていた。

「桜花、月花にアルナさん。この銀髪の人はだれ?」

双花は制服を着た四人の少女が仲睦まじそうに写っている写真を見つける。見知った三人とは別の、虚ろな表情をした銀髪の少女が気になった。ミステリアスな雰囲気漂う、妖艶な風貌に双花は目を奪われる。

「こいつはシーラ、相当な変わり者だったんだけど…不思議と馬が合うやつでね。よく私達とつるんでたんだ」

シーラという名前に双花はピンときた。オプロアスで一度桜花が口にしていた気がする。

「シーラの奴、今何してんだろうね?卒業後ぱったりと連絡途絶えちゃってさ。私らと同じく戦煌刀士になると思ったんだけど…」

「アルナはなにか知ってそうだったよね」

「あいつの事だしもしかしたら無職になって家でぐうたらしてるんじゃ…何に対しても無気力な奴だったからさ」

「また桜花は見も蓋もない事言って」

月花は否定したかったが、彼女の場合本当にその可能性もありえそうだから怖い。そんな二人をよそに双花はメイド姿をした二人の写真に釘付けになっている。

「わぁ!メイド服の二人、かわいい!」

オプロアス城で優しく出迎え、色々とお世話をしてくれたメイド達に双花は感化され密かに憧れを抱いていたのだった。

「これ学校祭の出し物で着たやつじゃない?懐かしい…あの日は大変だったよね」

「学校祭…?お祭りをやるの?学校で…」

双花は学校祭がなんなのか解らない。それに二人が自分くらいの年齢の頃、どんな生活を送ってきたのか気になった。

「私、もっと二人の学生時代の話聞きたい!教えて?」

「そうだなぁ、それじゃあこの写真を撮った学校祭の時の話でもしようか」



「やっばい!遅刻遅刻!もうっ!月花がちゃんと起こしてくれないからぁ」

「私のせいにしないでよ!三回は声掛けたんだから!」

木製の廊下をギシギシと足音を立て二人組が慌ただしく走っている。この二人組こそ学生時代の桜花と月花。この時まだ15歳である。二人はオプロアスにある戦煌刀士養成学校"アカデミア"へと通う生徒だった。

アカデミア。戦煌刀士を夢見る煌女の少女達が集い、青春を捧げる場所。ここで刀士の卵達は二年に渡り戦煌刀士についての戦う術や知識を学ぶ。卒業したものは晴れて戦煌刀士となり、ハルモニア・ソードへと所属し…大陸各地へと派遣される。

戦煌刀士は給料が良く、二十代半ばまでそれなりに活躍すれば、贅沢さえしなければ金に困らない生活をおくる事も可能と言われている。しかし、その分死と隣り合わせの命懸けの仕事という事もあり、とりわけ人気の職業というわけでもなかった。

アカデミアへは13歳になった煌女のみ入学を認められるのだが、煌力が学園が定める一定値を越えていなければ入学出来ないといった成約もあり…人も中々集まらない。

入学が13歳と定められているのにも理由がある。煌女は年齢を重ねるにつれ煌力が衰える関係上、特例でもない限りはそれ以上の年齢を迎えて戦煌刀士の道を志しても手遅れと言われてきた。逆に早ければ良いと言う訳でもなく、煌女は幼ければ幼い程身体に宿る煌の力は強いが、戦う為の身体が出来上がっていないし、強大な煌力を上手くコントロール出来ないのだ。 そのため、13歳から二年間に渡り教育を受け、15歳で戦煌刀士デビューを迎えるのが適齢とされている。



二人が教室に入ると、友人のアルナ・エイティスが朝の日課として机を丁寧に拭いており、シーラ・アトレイユは席について眠そうに恋愛小説を読んでいる。

「まったく、朝から騒がしいな二人共。少し静かに入ってこれないのか?というかもう少しで遅刻だったじゃないか…」

アルナは優秀な成績としっかりした性格を見込まれ、クラスの委員長を任されている。堅物な所は今も昔も変わらない。

「まだホームルームの時間まで三分あるし…セーフセーフ」

「お前らなぁ…いくら寮が隣だからといって夜更かしし過ぎだ。あと半年で卒業なんだぞ?少しはこれから戦煌刀士になるという自覚をだなぁ」

「また始まったアルナのお説教…もー聞き飽きたよそれ!」

アルナ・エイティスは学生にして既に現役刀士やハルモニア・ソード中にもその名を轟かせていた。一年前、現役ナンバー2の戦煌刀士がアカデミアまでやってきた事がある。そこでアルナは模擬戦を申し込まれたのだが、一瞬でその刀士を倒してしまった。面子を丸つぶれにされた刀士は手加減したと言い張ったが、とてもそうは見えず、彼女の天賦の才はハルモニア・ソードの重役、ゲイゼン・フランクヴェルツの目にも止まるところとなった。

「さっすが将来を約束されているアルナが言うことは一味違うわよねぇー」

桜花と月花に説教を垂れるアルナを冷めた目線で見つめ嫌みたらしく言うのはシーラ・アトレイユ。

「なーに言ってんのさ。シーラだって総合評価二位のくせに…先生達からも相当期待されてんでしょ」

「そりゃ当然。アルナが最強の刀士としたら、私は最狂の刀士ってところだもの…」

「…シーラ、んなこと自分で言って恥ずかしくない?」

その自信はどこから来るのか…と半ば呆れる桜花には目もくれず、シーラはアルナに言葉を投げ掛ける。

「アルナ。卒業したら私と組まない?私達が組めばきっと凄いタッグになれると思うのだけれど…」

「断る」

「なんでよ?」

「シーラと一緒にいると私の評判が悪くなる…」

「なぁにそれぇ…アルナは他人の評判で人付き合いを決める訳?」

「当然だろう、お前はここを何しに来る場所だと思っているんだ。戦煌刀士になる為のいろはを学ぶ場だ。断じて遊び戯れる所ではない。第一お前は成績は良くても女癖が…な」

「シーラは卒業したらどの地方に就きたいとか考えてんの?やっぱりこのイセベリス?気候のいいアイルビィ?それとも地元?そういやシーラってどこの出身なんだっけ…?」

「ふふ、秘密。レディには秘密の一つや二つあるものよ?」

軽くあしらわれてしまう。以前も質問したことはあったがシーラは自分の事をあまり語ろうとしない。

アカデミアでは実技と学力の合計で生徒の評価が付けられる。好成績の者ほど給料が多く貰えたり、また希望する地方への配属が通り易くなったり、高性能の戦煌刀や式神が支給されたりと戦煌刀士になった後で優遇される。このシステムは戦煌刀士におけるナンバー制に通じるところがある。

戦煌刀士に学力はあまり必要ないと思われがちなのだが、なにも戦煌刀士の仕事は悪事を行う煌喰らいの退治だけではない。豪煌地帯(ごうこうちたい)。そう呼ばれる土地は強大な煌のエネルギーを孕んでいる為、自然災害が起こりやすく非常に危険な場所も多いのだが、高い煌力を持つ煌女は大地の煌をコントロールして災害を一時的に沈める事が出来る。豪煌地帯には以前月花が収穫したユルグの実や、式神の原材料に使われるディロウルの木といった非常に価値ある資源が多く眠っており、調査やそれらの資源を収穫する事も仕事の一部だったりする。そこでアカデミアで学んだ知識が役立つ。

桜花の学力は一位のアルナ、二位のシーラに続いて学年三位と見た目に反して良く、戦闘スキルも相当なものを持っているのだが、自由奔放な性格の為、どうもだらしない所が目立つと指摘を受けた事がある。

一方月花は戦闘面に関しては桜花と同等…それ以上に光るものを持っていると高い評価を受けている。また問題を起こすような事もない真面目な生徒だが…いかんせん勉強嫌いで、下の上あたりの成績をうろうろとしていた。

そんな優等生とは言い難い二人が、後に戦煌刀士ナンバー2と3の座に付き、白金の双花という異名で同業者の間で名を馳せる事になろうとは、この時はまだ知るよしもない。

「そういやシーラさ、この前また下級生連れ回してたでしょー。ホントに後輩人気あるよねシーラって。いいなー私も桜花さーん!とかセンパーイ!なーんて黄色い歓声を浴びてみたーい!」

「そうね、桜花は全然後輩人気ないものね。そんなチンチクリンな身長だと仕方ないわよね」

「ムッキィー!また人が気にしてる事平然と言うー!」

「シーラ、女遊びも程々にしておけよ。お前、次から次へと交際相手を取り替えてるだろ…いつか背中を刺されるぞ」

「あらぁ、嫉妬かしら?あの娘達はそれでいいのよ…私と付き合うってだけでいい夢見れてるんだから。それにアルナだって結構下級生にモテるのよ。貴女も女を抱けばきっと考え方が変わる…」

「だっ、抱く!?ってんなことしてたのシーラ!?」

「おいおい…アカデミア内でそれは道徳に反するだろう」

シーラの一言に桜花とアルナはあきらかに取り乱しているような反応を見せる。

完璧超人のアルナ、ミステリアスな魅力溢れるシーラと二人はそれぞれ下級生から憧れの的であった。月花にも隠れファンは多かったりするのだが桜花は…以下略

「なぁに畏まっちゃってるのよ…たかがセックスくらいで。人間の三大欲求じゃない。貴女達だって性欲くらいあるでしょう?もっと自分に正直に生きなきゃ」

「せ、セセセッ!?」

あまりにも直球な隠語に月花はうろたえる。唾をゴクリと飲み込む音が聞こえた。シーラには常に女の噂が堪えず、スケコマシとしてその名をアカデミア内に知らしめている。

「この前も下級生に少し優しくしてあげたら、身体を預けてくれたわ。まだ誰も手をつけていない青い果実を私が最初に堪能して汚すのよ…堪らないわ」

大陸内、少なくとも中央付近の地方においては女性同士での恋愛というのはけして珍しい事でなく、同性間の結婚も認められている。煌女は男性と性交渉を行うと体内に宿る煌力が消失してしまうが、相手が女性であれば関係ない。むしろ、女性間で性交渉を行えば煌力が増すという嘘か誠かわからない噂すらあるくらいだ。

「ストーップ!この話は終わり!確かにそれは…そうかもしれないけど…あんまりおおっぴらに言うことじゃないって」

「でも桜花だってよく月花の胸の事ネタにしてるじゃない」

「シーラのそういう話は生々しすぎるのー!」

桜花はシーラの下ネタについていけず軽く引いている。アルナもオホン!とわざとらしく咳払いをしており、思春期の少年のような三人の反応をシーラは面白がっている。

「シーラは女性には大層モテるようだが…その、殿方とは付き合った事はないのか?今読んでいる小説だって男女の恋愛ものだろう?」

「男…?あぁ…男になんて興味はないわ。小説なんかだとだいぶ美化されて書かれているけどね、実際はセックスの事しか考えていない野獣ばかり。王子様だなんていやしない」

「野獣って…それ、シーラにだけは言われたくないと思うんだけど」

「こういう恋愛小説はね?フィクションだからこそ面白いの。私は女の子が好き。それも真面目で綺麗な心の持ち主程ね。そんな娘が快楽に溺れ堕落していくさまを見るのがたまらないの」

「うっわあ…シーラ、アンタ絶対地獄落ちるよ」

「同感だ…吐き気を催す外道だな。こいつがもし煌喰らいなら情け容赦なく切り刻んでいるところだ」

思春期特有の痛々しい病を拗らせているのか、本気でそう思っているのかは分からないが、どちらにせよアルナでさえ本気で引くような発言を平然と言ってのけるシーラは大物だ。

「そういう桜花と月花はどうなの?幼馴染みなんでしょ?幼馴染み同士なんて恋愛小説では鉄板のシチュエーションなのだけど…」

シーラは恋愛小説の趣味が興じてか、色恋沙汰に関してはとても関心が強い。

「最近ティーン層に流行っている小説なんかでは負けフラグでもあるな…」

アルナは意外にもティーン層向けのファンタジー小説といった、いわゆるライトノベルを好んで読む。彼女曰く圧倒的な力を振るって活躍する主人公の姿を見ると滾るのだそうだ。桜花も一度借りて読んだ事があったがこういった類の小説に出てくる主人公が全部アルナに見えて仕方ない。絶対主人公に自分を重ねてるでしょ…とは怖くて口が裂けても言えなかった。

「ど、どうなの…って言っても私達恋人とかそういうのじゃないし!」

「そうそう!私達はあくまで親友だもん!」

二人はむきになり顔を真っ赤にしてシーラへ畳み掛けるように反論する。そんな姿も息ピッタリでお似合いなのに、とシーラは思う。

「てっきりキスくらいは済ませてるかと思ったのに…その感じだとまだまだ進展はなさそうね。ホント、つまらない子達。二人共、もし寂しくなったら私に甘えてもいいのよ?私、桜花の柔らかそうな胸に、月花のモデル体型も堪能してみたいわ」

「いやいや、ちょっと視線怖い。冗談に聞こえないんだってシーラの発言は!」

シーラは獲物を狙う獣のような眼光で桜花と月花を睨み付ける。そんな彼女に畏怖した二人は手を握り身体を寄せ合った。

「ほら、やっぱりお似合いじゃない」



四人がガールズ・トークを繰り広げているうちにホームルームの時間を告げるチャイムが鳴った。が…いっこうに先生が来る気配はない。

少しして廊下から騒がしい足音が近付いて来る。扉が大きく乱雑な音を立てて開くと同時に、教室に元気よく二十代後半くらいの女性が息を切らして入ってきた。

「おーっす!お前ら、おはようぃ!スマンスマン、遅れちった!」

ネイト・ステーシー。戦煌刀士から教師になった過去を持つ敏腕教師。生徒達の信頼は厚いのだが、あまりに取っつきやすい性格から、生徒達から友達感覚で質問を受けることも多い。

「よーしみんな席についてるな?ホームルームを始めるぞ…いよいよ年に一度の大イベントまで残り一ヶ月と迫っている訳だが…」

「おー、いよいよあの時期かー」

「学校祭っしょ?」

生徒達がざわめく。学校祭…そう、青春における一大イベント。それは戦煌刀士を養成するアカデミアにとっても例外ではなかった。

「そのとおり。今日は学校祭の出し物を決めようと思う。なにか案がある奴はどんどん出してくれ。面白そうなのを頼むぞ?」

「はいはーい、私…メイド喫茶がいいと思いまーす!前々からメイド服着てみたかったんだよねー!」

早速桜花が勢いよく手をあげ大声で案を出す。元気が良く社交的な桜花はクラス内でもムードメーカー的存在。

「私…ヤダって言ったのに…」

隣に座っている月花はメイドの格好をするのに抵抗を持っているようで、不服そうな表情を浮かべている。

「おっ、いいねぇ!桜花の意見に賛成!」

「ワタシもメイド服着てみたいー」

周囲のクラスメイトからは歓声が上がっているが、アルナとシーラは興味なさげに無表情を貫いている。

「星ノ河ぁー、お洒落になんて全然興味ないお前がメイド喫茶って…ホントはスイーツつまみ食いしたいだけだろ?」

「う…バレタカ…」

桜花の思惑はネイトにバレバレだった。図星を突かれ正直に白状する桜花を見てクラスメイト達はバカウケしている。

「…皆の反応もいいみたいだし、今年の出し物はメイド喫茶で決まりだな…」

「ちょっと待ったァ!」

出し物がメイド喫茶で決まりかける中、それに異を唱える者達がいた。不良二人組。ロウリィ・メルシャリオンとシラリィ・パラティアギスだ。不良といっても愛嬌あるバカといった感じで基本無害なのだが、お祭り事が絡むとこういう輩は非常に面倒くさい。

「星ノ河ァ、…お前ケンカ売ってんのか?メイド服なんてダッセェもんアタイらに着せるつもり?学校祭といえば特攻服に決まってんだろ!やるなら特攻服喫茶だ!」

ロウリィは勢いよく立ち上がり不満をぶちまける。ロウリィはリーゼント頭でガタイが良く、成人男性と言われてもわからないような外見をしている。容姿、性格共に男勝りで少女という表現があまりにも似合わない。そんな彼女と張り合えるのはせいぜい桜花とアルナくらいだ。

「特攻服!?な…、ナニソレ…」

「マジうけるわー。桜花っち特攻服も知らねぇでやんの。ナウなヤングにバカウケなファッションだってのにぃー。ロウやーん。こうなったら時代遅れのイモ女共にあたいら自慢の勝負服をお披露目しちゃおうよォ」

鼻につくギャル口調で下品に手を叩くシラリィ。ロン毛に日焼けした肌が特徴のロウリィの悪友。

「そいじゃ見せてやるよ、こいつが特攻服だ!」

ロウリィとシラリィは一瞬にして特攻服へと早着替えをする。喧嘩上等、愛羅武勇といった刺繍があちこちに見られる、あまりにも風変わりで派手な衣装に周囲の生徒はひきつった表情を浮かべ、なるべく目を合わせないようにしている。公衆の面前であんな格好をさせられるのか…と考えるとたまったものではない。

「どうよ、カッコいいだろう!?こいつで客をブイブイ言わせちゃうわけよ」

「ノンノーン!こんな服絶対着たくないぃ!生理的に無理!そうだ!ここはフェアに多数決で決めよ、ね!みんな!」

桜花は多数決を持ちかける。周囲のブーイングも酷く、これなら絶対メイド喫茶に票を持ち込める…しかしロウリィも黙っていない。

「いいや…ここは戦煌刀士の学園だぜ?ここは刀士らしく決闘で白黒つけようじゃねえか」

「決闘!?」

「ああ、それも二対二のタッグ戦でな!」

「タッグ…って」

「そう、アタイとシラリィはこの学校を卒業したらタッグを組んで戦煌刀士をやるつもりだ。ずっとその為の訓練を積んできた。だから二人じゃねぇと100%力を発揮できねぇ。それに星ノ河…テメェにもいつも金魚のフンみてぇにくっついてるネクラ女がいるじゃねえか!」

「き、金魚のフンみたいなネクラ女って…私の事?」

月花は自分の事を指差してショックを受けている。そんな月花を見かね後ろの席に座っているアルナが肩へ手を置いて気にするなと励ます。

「決闘ねぇ…そうだな。それも面白そうだ!いい事を思い付いたぞ!桜花、月花コンビとロウリィ、シラリィコンビ。お前ら学校祭当日、開会式の後に決闘をやれ。メイド服だの特効服だのは試合の結果次第って事で」

ネイトは既に決闘をさせる気で話を続けている。それどころか、話がどんどん飛躍していく。困った事にネイトの中では常に面白い事が常に最優先されるのだ。

「でもそれだと衣装の準備が…」

「心配すんな…私の姉は衣服関係の仕事しててな、ツテ使えば衣装くらい簡単に用意出来んのよ!」

メイド喫茶は出し物としてはありきたりだが13~15歳の少女達がメイド服を着るとなれば少し犯罪的だが話題性抜群だろう。特攻服でもネタとして盛り上がりそうだしどちらに転んでもアリだなとネイトは考えていた。

「流石はネイトセンセ、話が早い。アタイらが勝ったら特攻服喫茶で決定だからな…!?」

「という訳で今日のホームルームは終了。一元目はホールで煌人形との実戦練習だ。遅れるなよ」

「ど、ど、どうしてこんなことに…!私、別に学校祭なんてどうでもいいのにぃいー!」

月花の無残な叫びが響く。月花はこういうお祭り行事を面倒だと思っているタイプの人間だ。大勢の前で何かをやるという事が一番苦手だった。そんな月花がとばっちりで学校祭の出し物を賭け、公衆の面前で決闘をする事になってしまった。




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