最強刀士とお姫様 後編
アルナはガッデスへ向けゆっくりと歩を進める。周囲の騎士達への警戒は全くしていない。
「馬鹿に…しているのかッ!」
煌喰らいの兵士がアルナへ向け剣を向け飛びかかると、アルナは顔色一つ変えず戦煌刀で攻撃を受ける。暫くすると兵士の右腕がプルプルと震え、剣を落とす。
「な…なんだこりゃぁ!腕が…動かねぇ!!」
なにかに蝕まれるかのように身体が固まっていき、やがてピクリとも動かなくなった。
「ヒッ…!」
騎士の一人がアルナに背を向ける。アルナは刀を床へ向けて弾くように振るい、削れた小石が騎士の背中にパラパラと当たった。
「…?……ひぎィッ!?」
途端に動きが鈍くなり、訳も判らないまま情けない声を上げ…またも硬直する。
「貴様…その能力は!?」
「私は少し特別な体質のようでね…お察しの通り刀を伝達させて、触れた者を凍らせるといった力がある」
アルナは指をパチンと鳴らすと、動きを止めていた騎士達が砕け散り、透明な花びらがまたも舞う。それを見てアルナは恍惚な表情を浮かべる。
「どうだ…美しいだろう?煌喰らいはこの大地に存在を許されない、いわば不協和音…せめて花として散らせてやろうというのだ」
「ほざけ…!」
ガッデスは斧を振り下ろし、アルナも戦煌刀で防御する。互いの武器がぶつかった事により、衝撃が起こり周囲の床にめりめりとヒビが入った。
「ふふ、刀に触れるとどうなるか…部下の最期で思い知ったハズだ」
斧を持つガッデスの右腕がガクガクと震えだしている。氷結化が始まっている証拠だ。
「いいんだよ……これでなッ!ぬ…ググ!」
ガッデスは左腕を右肩に乗せ、思い切り引きちぎった。全ては氷結化から逃れる為。同時にガッデスはアルナに向かって蹴りを放つ。それをモロに受けたアルナは壁に叩きつけられた。
ちぎれたガッデスの右肩部がゆっくりとだが再生を始めている。
「煌喰らいは再生能力がある…これは貴様ら戦煌刀士にはないアドバンテージだ。煌喰らいの力はスバラシイ。この傷だって三分もあれば完全に再生する…」
「成程、肉を切らせて骨を経つ…といったところか?流石はガッデス・グロウリガ。数々の武勇を持つだけの事はある…恐れ入る」
土煙の中、アルナは表情一つ変えずに戦煌装束にかかった埃をほろい、関心するような物言いでガッデスを評した。戦煌装束は着用者の防御力を飛躍的にアップさせ、その上昇値は戦煌刀士の煌力に左右される。月花はそれなりのダメージを受けていたのに対し、アルナは無傷といった様子で何事もないかのように立っている。それはすなわちアルナの煌力が月花を凌ぐという事を意味していた。
「三分…と言ったな?貴公…三分後まで生きていると思っているのか?」
✽
双花はオプロアス城内の”煌姫の間”で留守番をしている。先程まで部屋にいたゲイゼン、クゥルンもアルナと一緒にどこかに行ってしまった。リリィと二人残された双花は何を話かけて良いかわからず、気まずいといった様子でリリィから目を逸らし、窓からオプロアスの夜景を眺める。そんな中、メイドがレモンティーを運んできてくれた。双花はレモンティーをちびちびと飲みながら横のソファに腰掛けているリリィの顔色をちらりと伺う。
(綺麗な子だな…)
リリィの透き通ったような肌に双花は見とれてしまい、いつの間にかまじまじと見つめていた。一目惚れ…以前ヒカリがそんな言葉を教えてくれた。これがその一目惚れなのだろうか。
「…なんでしょう!?私の顔に何か…?」
気が付くと、リリィの顔が目前まで迫っていた。きつい口調でそう投げかけられると、双花は我に返り顔を真っ赤にして下を向いた。
「いや…リリィ、さま。とても綺麗な顔をしているな…って。だから私見とれちゃって…はっ!」
つい本心を言ってしまった。やってしまった…と顔を両手で隠す双花。しかしリリィはそんな彼女の様子を気にも止めない。
「さまはいらない…リリィでいいわ。見た感じ同い年くらいでしょう?それに、こんな街眺めて面白い?毎日毎日こんな様変わりしない風景に同じような日々、私はうんざり」
リリィはいちいち刺のある言い方をしてくるが、双花は話が出来るとばかりにそれに乗っかった。
「私、こんな大きな街初めてだったから…凄く新鮮で」
「まぁ…貴女みたいな田舎娘には新鮮でしょうね。オプロアスはなにせ大陸一の都市だもの。ここまでの大都市に発展したのも、歴代の煌姫達の祈りあってこそなんですって。ただ週に一度、大聖堂でお祈りをしているだけなのに…そんな小娘をを大人達はこぞって持ち上げて、有り難がって…馬鹿みたいだと思わない?」
煌姫は週に一度”聖煌装束”を身に纏い自身の煌力を更に増幅させ、城の隣にある"大聖堂"で数時間に渡って祈りを捧げる事で、大地のエネルギーを大規模に活性化させる”お役目”を行う。煌姫の祈りが及ぼす煌活性化の範囲は中央に位置する地方全般に及ぶと言われている。
「リ…リィは今の生活が嫌…なの?」
「ただ煌力が強いってだけで…生まれつき煌姫になる為の教育を受けてきて…煌女になったと思ったらこんな窮屈な城で閉じ込められるも同然の暮らしをさせられて、嫌に決まってるじゃない」
お姫様というと、欲しいものはなんでも手に入って、何一つ不自由ない暮らしをしている…女の子なら誰しも憧れるものなのだと双花は勝手な幻想を抱いていたが…目の前のリリィを見るに色々と事情があるのだと悟った。才能があるが故、縛られ利用される。双花はそんなリリィに…過去の自分を重ねた。
「なんか…似てる。私に…」
双花は心に締まっておくはずだった言葉をうっかり口に出してしまった。
「似てる…ですって?貴女に私の気持ちなんてわからない…!軽々しく言わないで!」
案の定双花の軽率な一言が曲線に触れたようで、リリィは声を荒げ怒鳴った。
リリィは自分の事を不幸だと思っている偏屈な少女だ。産まれてすぐに両親が事故で他界し、孤児院へと預けられた。その頃から強大な煌力の才能がある事で特別扱いを受け、同年代の子供達から羨まれ周囲から孤立していった。やがて、次期煌姫候補とまで言われるようになり、缶詰状態で教育を施され…そうして煌姫となった。
従者のアルナや執事、メイド達は自分に良くしてはくれるが、これまで誰とも深い関わりを持ってこなかったリリィは彼女らとどう接して良いかわからなかった。それに、良くしてくれるのだって自分が煌姫だから。そう考えると途端に馬鹿らしくなり、彼女は誰に対しても心を閉ざした。
だから…きょとんと間抜けな面をした目の前にいる同年代の少女にちょっとばかり不幸自慢がしたかった。自分の不幸ぶりを思い知らしめて自己満足に浸りたかった。双花の相手をするのもそんな理由からだった。
それなのにその境遇を…似てる、ときたものだ。頭にきた。ここまで感情を表に出したのも久しぶりな気がする。でも…案外悪い気はしなかった。
「あ、ごめん…なさい。私、リリィの気も知らないで…」
「ふん。別に…わかって欲しくもないし。ところで双花…だったわね。貴女はどこの生まれなの?その髪…珍しい色をしているわね」
「それが…わからない……の。私、つい一週間前まで悪い人達に倉庫の中にずっと閉じ込められていたから。物心ついた時にはそこにいた…だから、産まれた町も親の顔も、何も知らない」
「なに、それって…どういう事?」
双花は少し迷ったが…今まで自分が置かれていた境遇をリリィに全部話すことにした。不幸自慢で同情を誘う情けないやつだと思われてもいい。少しでも彼女の気を引けるのであれば。その一心で過去を話した。倉庫での家畜のような生活を…そして共に過ごた仲間がいた事を。
「嘘、でしょ…?今までそんなひどい事が…」
最初は軽い気持ちで聞き流していたリリィも、話の内容があまりにも刺激的だった為、いつの間にか真剣に話を聞いていた。にわかには信じられないような話だが…彼女が嘘を言っているようには見えない。
双花の話を聞くと、一日三食豪勢な食事が与えられて、ふかふかのベッドで睡眠を取れる生活はとても恵まれている…今まで難癖をつけていた自分がとても哀れに感じた。
「私、貴女の事少し誤解してたのかも…だからさっきあんな事。でも…不思議。どうして貴女はそんな辛いことがあったのに笑えるの…どうして偏屈にならないの?」
「私は桜花と月花に救われたから。まだ外に出て一週間しか経っていないけど…二人は、そしてこの広大な大地は日々私に色々な事を教えてくれる…だから今はすっごく幸せ」
「いいな、貴女は自由を手に入れたのね…私だっていずれこの大陸中を旅して、自分の目で触れて…いろいろな事を知りたい…それが昔からの夢なの。まぁ、従者であるアルナと一緒でなきゃ外出だって出来ないんだけどね」
リリィは悲哀に満ちた表情を浮かべ…叶わない夢を語った。
「…決めた!」
双花は大声で何かを宣言するかのようにそう叫んで、リリィの手を掴んだ。
「私…新しい目標が出来た!桜花や月花のようなヒーローにだけじゃなく、いずれアルナさんみたいな戦煌刀士の頂点に立って、そんでもって煌姫の従者になって、リリィを連れ出して一緒に旅するの!どう?素敵だと思わない?」
リリィは脳天を叩かれたような衝撃を受けた。こうも真っ直ぐ、純粋な感情を自分にぶつけてくれる。そんな相手は…これまで生きてきて初めてだった。
「ま、まぁ、まだまだ私ひよっこだから…少し時間がかかっちゃうかもしれないけどね…へへっ」
リリィを元気づけようとはいえ、えらい宣言をしてしまった事にどうしよう…と双花は少し後悔する。
「ふっ、あはははっ!なに…それ。ホント…馬鹿ね双花って」
リリィは大声でわざとらしく笑った。
「あーあ。不幸自慢合戦なんかしちゃって…冷静になって考えてみれば恥ずかしいし馬鹿みたい。…なんか疲れちゃった」
リリィは双花に向け、今度は本当の笑顔を見せた。
「双花…あなたみたいな子に会ったのは初めて。皆私をこれまで特別扱いしてきたから…だから対等に私と向き合ってくれて、そんな言葉を投げかけてくれて、嬉しい」
どこか似た境遇の二人は互いに心を開くまで、時間はかからなかった。
「なんか…私も偏屈過ぎたのかも。毎日三食美味しいもの作ってもらえて…フカフカのベッドで眠る。それすらも満足に出来ないもっともっと辛い境遇の子達がいるってわかってたのに…自分だけ不幸ぶって…私、悪い事ばかり考えて…周りを何も見ようとしなかった。だから、もうちょっと前向きに頑張って見ようと思う。でも、今言った約束…いつか絶対に叶えてもらうわよ。私の夢なんだから」
「うん…」
二人は指切りを交わし、約束をした。
✽
「ぬぅン!」
ガッデスは巨大な戦斧をまるで木枝のように振り回し、アルナの元へと勢い良く投擲する。戦斧は回転しながらアルナ…を避け、周囲の建物郡をえぐるようにしてぶつかっていく。
建物郡は揺れ、アルナを狙いを定めるかのように崩壊する。
「そう来たか、だが」
アルナは戦煌刀”アイス・クイーン”を頭上へと掲げ、円を描いた。その直後、ビルの崩壊へと巻き込まれた。
回転しながら自身の元へと戻る戦斧をガッデスは掴んだ。目の前には瓦礫の山が広がり、土煙がむんむんと上がっている。流石にこれではひとたまりもないだろうと、勝利を確信していた。
「ククク…やはり戦煌刀士など取るに足ら…!?な……!」
土煙が上がるとアルナの上部に氷の輪が出現していた。輪がアルナの周辺をビルの崩壊から守っていたのだ。
「馬鹿なッ!崩壊前に描いた円が…バリアになったとでもいうのか…!」
「まさか今のが貴公の最善の策か?では…そろそろこちらも攻撃に映らせてもらおうかッ!」
アルナは周り一面に広がる瓦礫の山に刀を突き刺す。すると瓦礫は氷の結晶へと変化を遂げ、パチンと指を鳴らすと砕け散った。
「煌喰らいが対象ならば綺麗な花びらが舞うところなのだがな…残念だ」
アルナの周囲がスケートリンクのように凍り、その範囲を広げている。アルナは氷の床をまるで踊るかのように滑り、ガッデスと距離を詰める。
「…ぬぅうッ!」
ガッデスはアルナを近づかせまいと戦斧を振るう。最初の豪快な一振りとは打って変わった小振りな攻撃をアルナは華麗にかわしていく。冷気が足を伝ってくるのを感じガッデスは後ずさる。いつの間にか壁へと追い込まれていた。逃げ場を失ったガッデスは建物の壁と壁の間を蹴りながら空中へと跳んでいく。
「逃がすものか…」
アルナは戦煌刀で指揮者のように夜空に円を描くと、建物の崩壊からアルナを守ったような円状の氷の足場が次々と空中に出現し、浮かび上がっている。
アルナは次々と足場を飛び越えていき、すぐにガッデスへと追い付いて頭上を塞いだ。
「その図体では機動力に優れないようだな…。さて、そろそろ終わりにしよう」
アルナはガッデスの腹部へと蹴りを入れる。ガッデスは叩きつけられるように空中を落下していく。その視界の先には、針の山のように刺々しく凍った落下地点が見え、走馬灯のようにゆっくりと近づいてくる。
そして…
「グワァァアアアアッ!」
氷がガッデスの身体を貫き、獣のような走馬灯を上げ串刺しになった。氷の床に着地したアルナが指を鳴らすのと同時に、既に氷塊へと姿を変えていたガッデスの身体にヒビが入り、砕け散った。破片は透明の花びらへと変わり、夜空へと上がっていく。
「さてと、こちらは片付いたぞ。白金の双花…後はうまくやれよ」
✽
逃げ込んだ煌女を追い、迷路のように入り組んだ道をひたすら走る桜花と月花。
月花の歩行がぎこちない、先程のダメージが残っているのだろう。
「桜花…もし私が足でまといになっちゃったら、置いていってね」
「絶対そんな事しないよ、どんなピンチも二人で乗り越えてきたんじゃん。月花がいなかったら、私なんにもできないの知ってるでしょ?」
「ふふ、その言い方じゃヒモみたいだよ」
そんなやりとりをしているうちに二人は壁に寄りかかっている女を見つけた。
「やっと…見つけた。煌晶の密売をしているのは貴女だよね?」
女はビクッと震え…怯えた表情で二人を見る。
「どうして…ここが!」
「それは…この子が教えてくれたの」
煌鴉が月花の周囲を飛び回っている。ズヴィノーズ騎士団に囲まれる前から、月花は煌鴉を放って女を追跡させていたのだった。
「クソッ!後を付けられていたのか…」
「大人しく捕まってよ、未成年の煌晶は危険なんだってわかるでしょ…?あれは怪物を生み出す…」
「まだだ!まだ…終わりじゃない!」
女はそう叫ぶとフードの女は木造の球体をポケットから取り出し、見せつけるようにボタンを押した。
球体はみるみるうちに煌木馬へと変形し、女を乗せて街のメインストリートへと走り出る。
「煌木馬!?あの人、なんで式神持ってるの!?」
「考えるのは後!私達も行くよ月花!」
二人もポーチから球体を取り出し、煌木馬へと変形させると、女を乗せて街を駆るコバルトブルーの煌木馬を追いかける。ビルの光が夜闇を照らす、オプロアスの摩天楼を舞台に煌木馬のレースが火蓋を切った。幸いにもメインストリートに人は殆ど残っておらず、コバルトブルーの煌木馬は周囲の障害物など気にもせず蹴散らし逃亡する。そのさまはまるで暴れ馬といったところだ。脚が木箱にぶつかると、中に入っていたりんごがごろごろと転がり、後に続く二人の前へと転がった。それを避けるかのように二人を乗せた煌木馬 ”風迅” ”雷迅” は飛び越える。
「なにあれ!滅茶苦茶な走り方…」
「きっと煌木馬の扱いに慣れてないんだよ。大事故になる前に止めないと…」
桜花は転がっているリンゴを掴み、ガリっと一口頬ばった。
周囲の障害物を避け、安全なルートを選びながら走る二人は次第に距離を離されていく。
「あーもう!このままじゃまた逃げられる…こっちだってちょっと無茶しちゃうんだから!」
桜花は風迅の手綱を思い切り引くと、前足をばたつかせ、スピードを上げた。
「桜花!こんな街中でそんなにスピードを上げたら!」
「こうでもしないと追いつけないっての!」
次第に距離が縮まり始める。焦った女はポケットから大柄なボウガンを取り出し、弾を射出する。
「ちょッ!なんだってあんな物騒なもの…」
二人は戦煌刀を抜き、次々と飛んで来る矢を切り払っていく。
「あーもう頭きた!」
桜花は手綱を何度も引っ張り、風迅は更にスピードを増していく。
「そんなに引っ張ったら…風迅が持たない!壊れちゃうってば!」
「大丈夫大丈夫、まだ行けるって!あー!きっもちいいー!」
煌木馬でここまでスピードを出したのは初めてで、風を切るような感覚が気持ちよく、まるで自分もその一部になったように錯覚させる。桜花は調子に乗っていた。桜花を乗せた風迅は、ついにコバルトブルーの煌木馬へと並んだ。
「へへ…!追いついた!もう堪忍してお縄について…」
桜花が女の肩に手を伸ばそうとした瞬間…ガァアアアン!と凄まじい音が響き渡った。
「へぶッ!!」
前を全く見ておらず、掲げてあった看板に激突した桜花は、風迅から転げ落ち床に叩きつけられた。
「あぁ…だからいわんこっちゃない…」
通常であれば命を落としていてもおかしくはない光景だったが、戦煌装束を着ている為、そこまでのダメージには至っていないだろう。後を走っていた月花は倒れている桜花の手を掴み拾い上げ、自身の煌木馬”雷迅”へと乗せた。
「あ、ありがとう月花…」
桜花の顔は赤く腫れており、涙目になっている。
「ちょっとさ、もう一回だけ無茶やりたいんだけど…協力してくれないかな」
「あーもう。どうせ止めてもやるくせに、桜花のバカ!」
月花に許可を取ると、桜花は雷迅の上へ立ち上がり、刀を構える。
「月花!手綱を思いっきり引いて、急ブレーキ!」
掛け声と共に月花は力一杯に手綱を引っ張る。勢いよく雷迅は急停止し、後ろ半身を思いきり振った。それに合わせ、まるで大砲が射出されたかのように、桜花が逃亡者の元まで飛んでいく。
「ひゃっほい!」
桜花はコバルトブルーの煌木馬目掛けて虎王丸を振り下ろすと、真っ二つに引き裂かれ、そのまま女は投げ出された。
気が付くと、そこは広場だった。夜遊びにふけっている若者達が、大声を上げて一斉に退散していく。
「ちょっと…大丈夫?」
桜花は投げ出されてうつむく女の元に駆け寄り、手を伸ばした。
すると、女はフードを被り、桜花に殴りかかった。それにいち早く気づいた桜花は紙一重でかわし、後ずさる。
禍々しい雰囲気に満ちている。フードを被った事で、まるで人が変わったかのようにも見えた。
「えっなになに?まさかその服も…戦煌…装束!?」
「せっかくカネを貯める事が出来たのに…邪魔しないでよッ!」
女の拳が桜花へと迫る。桜花は後方に配置されていた噴水を足蹴り、後方へと跳ぶ。拳は噴水へと直撃し、バラバラに砕け散った。
「どういうこと…?これだけのパワーにスピード、私以上!?」
焦る桜花の元に雷迅に乗った月花が到着する。雷迅を戻し、助太刀をと刀を構える月花だが、若干よろけている。そんな月花を、桜花は静止する。
「月花は休んでて…私が捕まえる」
「でも、何か様子がおかしいよ?一人で大丈夫!?」
「だぁいじょうぶだって、まあ見ててよ」
桜花はあろうことか虎王丸を鞘に収め素手で女の元へと駆けていく。白目を向いてガァアアア!と濁った声を上げ繰り出される女の猛攻を、桜花はなんなりとかわし背後を取る。
「やっぱりね。いくら力が強くったって、戦い慣れしてないのわかるんだから…せーのっ!短期決戦、岩石落としッ!」
桜花は女の胴に手を回し、持ち上げ後方に反り返るように倒れ込む。
それを受けた女は立ち上がろうとするが、よろけて力を出せていない様子だ。
「本当は手荒なマネはしたくないんだけどね…」
桜花は女の首筋に虎王丸を突きつけ、フードをめくる。
「変な真似はしないで、質問に答えてちょうだいな」
「は…い…」
正気を取り戻した女は震えながら両手を挙げる。思った通りだ、この人は争い事に慣れてない。
「その戦煌装束に煌木馬、それに煌晶を生成するブレスレット…どこから手に入れたの?」
「こ、これは…狐の面を被った女の人にッ…!う…グ…ぁアァァアッ!!」
女は急に苦しみ出した。首元を抑え、かきむしる。血管が生々しく浮かび上がっている。
「ど…どうしたの!?ねぇ?」
呻き声が続き、女はやがて干物のように干からびた。戦煌装束と思しき民族風の衣装も蒸発するように消えていった。
「なに…これ…!どうなってんの?いきなり人がミイラみたいになるなんて…!?」
「どうやら口封じ…、といったところでしょうね。これは」
ゲイゼンが二人に近づいてくる。そして、ミイラ化した女の死体のポケットから、手帳を取り出し、パラパラとめくっている。
「シグナ・ロイズ…19歳、学生…か」
生徒手帳から写真が落ちた。そこには笑顔のシグナと、妹とおぼしき包帯を頭部にグルグルと巻いた女性が、病院のような場所のベッドでピースを決めて写っている。
「はっ…!?」
桜花は視時計塔の上から視線を感じ、振り替えるがそこには誰もいなかった。
「気のせい…か…」
「桜花、どうかした?」
「いや…今、誰かが時計塔の上から覗いていたような…」
時計塔の上から事の顛末を一人の少女が見下ろしていた。その全貌は暗闇に隠れ、はっきりとは見えない。ただひとつ判るのは…その少女が狐の面を被ってる事…
「ま、余計な事を口走られる前に処分しなくちゃあねぇ。大陸有数の武闘派集団であるズヴィノーズ騎士団なんて連中も結局、甘い蜜をちらつかせてあげれば、あっと言う間にエゴを丸出しにして破滅してくれた…やっぱり、一筋縄ではいかないのは戦煌刀士。特にアルナと対峙する事になんかなっちゃあヤバイわね」
別の建物の屋根上にローブの少女とゴスロリ風の格好をした二人の少女が姿を現した。
「ヴァルシエラ・サンレスアイズ、プリム・サフィラーゼ…両名共にここ…中央都市オプロアスに到着しました」
二人は忠誠を誓うかのように狐面を被った少女に頭を下げている。
「遅かったわね…二人共。もう少し早ければなかなか面白いものが見られたのに」
「…左様ですか」
「行くわよぉ。暫くここに用はないでしょう…今回ここに来たのは鬼煌装束のテスト、それに騎士団の実力を確かめたかっただけ、どちらも用は済んだわ」
「え?もう行っちゃうの?私ここでもうちょっと遊びたかったのに…」
「だだをこねないで、プリム。ここにはとってもおっかないお侍さんがいるの…目を付けられたら大変よ」
「最強の侍…か。是非手合わせしてみたいものだ」
「ふふ…馬鹿言わないで、ヴァルシエラ。今の貴女では彼女の手も足も及ばない…もっともっと刃を磨きなさい?あら、私達の気配に気付いたようね、流石は桜花といったところかしら…感動の再会はまだお預け。いずれ会いましょう」
そうして三人の少女は闇へと消えた。
✽
仕事を終え、城へと戻った二人を執事とアルナが一緒に出迎えていた。既に時刻は深夜を迎えていた。
「全く…遅いぞ二人共」
「その調子だとアルナは、あいつら全員やっつけたっぽいね…」
「まあな…ところで、お疲れのところ悪いが二人に話がある…この話はリリィや双花には聞かれたくはないのでな…付いて来てもらおう」
まるで取り調べ室のような雰囲気の客室へとアルナに連れてこられた二人は事件の顛末を話し合った。
「そうか…そちらではそんな出来事が…しっくりしない事件だったな」
「それはお互い様でしょ?ゲイゼンの話だと今回の事件には裏がある…って」
「色々と調べてみましたが、騎士団はやはり前の煌姫のいざこざで、自暴自棄になって煌晶に手を出してしまったのでしょう。女の方も色々と金銭的な事情があったようです。しかし…それにしても都合が良すぎる。女と騎士団、両者がうまく繋がりすぎている」
「それは私も感じていたところだな…」
「おそらく女を煌晶の密売に手を染めさせ、ズヴィノーズ騎士団と引き合わせた黒幕がいる…騎士団もこの女もある意味ではいいように使われた被害者のようなものでしょう。なにが原因なのかは見えてきませんが」
「確かに、あの女の人は式神を持ってたり戦煌装束…みたいな衣装を纏ってた…それらが、ゲイゼンの言う黒幕から支給されたものだってんでしょう?」
「そうです。この事件、思ったよりも闇が深そうだ。こんな事を仕込んだのがどこの誰だかは知らないが、落とし前はいずれつけさせて貰います、いずれね」
「ところで話は変わるが…月花。お前…二日前にウズベルト山へと行っているそうだな?」
「え…?うん。行ったね」
「その時、ユルグの実の窃盗グループと対峙したのもお前だな?」
「うん…まぁ」
「そいつらは煌喰らいだったのか?」
「違う…普通の、人間だった。えぇと…アルナ。何が言いたいの?」
「そうだな…私もまどろっこしい聞き方は好きじゃない。では単刀直入に聞こう。窃盗グループの男達を殺害したのは、お前か?」
アルナの言っている事がわからなかった。悪寒が走る。
「そっ!そんなことしてない!だって…私、その集団を捕らえて、山に降りてからすぐ報告したもん!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!アルナは月花がそんな事したって言うの?そんな事言うのなら例えアルナでも!」
桜花もアルナの前に出て食いかかる。
「落ち着け桜花…誰もそんな事は言っていないだろう。私だってそうは思っていない。だが、駆けつけた時には山頂に死体の山が転がっていたそうだ…それも、かなり散らかった、見るに耐えないような状態で。その死体には、刀で斬られたような痕跡もあったようだ」
戦煌刀士が命を奪ってもいいのは、煌喰らいと化した者達だけ。煌喰らいは通常の人間と違い、煌を持たざる者が強力な煌を含む未成年の煌晶を食べた副作用により凶暴で、攻撃的な性格へと変貌を遂げる。
その効力は食べた人間によってまちまちだが、何を起こすかわからない危険な状態にあるのは確か。治療も可能だが、大抵の場合手がつけられない状態になっており、命を奪う事も許可されている。しかし、煌喰らい化していない通常の人間を殺すのは規定に反する。
「なら…ウズベルトの山中で他に会った者はいないか?」
少し迷った素振りを見せた後、しぶしぶ月花は口を開いた。
「え、えと…双花くらいの年齢の…プリムちゃんっていう双花くらいの年齢の女の子と、その父親に。でも、そんな事をする子には見えなかった!お父さんの方はよく見ていないから…なんとも言えないけれど」
「そうか…この件についても色々と調べてみる必要がありそうだ。今回といい嫌な予感がする…何か、とてつもない巨大な闇が動き出しているような…それと聞きたい事はまだある。お前達が連れている双花…彼女は一体何者だ?」
「何者だ?って聞かれても?見てのとおり普通の女の子だよ…」
「普通の!?馬鹿を言うな…彼女の煌力は異常だ。限りなく煌姫に近く、その性質はリリィのものにとても良く似ている。報告ではリーヴの倉庫でグルファクシ組の連中に煌晶を生成させられていたらしいが…」
アルナは双花と握手を交わした時に、双花の強大な煌力を感じ取っていた。その強大な煌力に呑まれそうになった…最強の戦煌刀士と謳われるアルナが、だ…
「やっぱりそんなに凄いんだ…双花の煌力って。薄々感じてはいたけどね。あーそうそう。その事でね、こっちも困り果てているんだよ。あの子、煌力が強すぎるせいで使える刀がなさそうなの。私の虎王丸だって持たせてみたら折れちゃったんだよ?」
「成程…な」
その話を聞いたアルナは、あらかじめ用意されていたかのように置かれていた厳重に保管された箱から刀を取り出した。
「以前私が使っていた特注品の戦煌刀だ。こいつなら双花の煌力にも耐えられる強度を持つだろう…これもゲイゼン殿の計らいだ」
「おおっ、ありがとう…これでようやく双花用の刀が…あれ、刀が折れたってまだゲイゼンに一言も伝えていない気がするけど…」
桜花はゲイゼンに疑いの眼差しを向けると、ゲイゼンはまたも話の腰を折る。
「ところで二人共…今回は散々街で散々暴れてくれましたね。あれだけ暴れて民間人の死者が一人も出なかったのは幸いでしたが…あちこちで物損事故のクレームが大量に来ています」
「へ…?いやいや壊したのは私達じゃなくて…」
「問答無用…です。修理代を全額負担して貰います」」
ゲイゼンは眼鏡をクイッと上げて二人にそう告げた。
「ノォーーーッ!オニ!アクマ!ブラック企業!」
桜花の無残な叫びが室内に響き渡った。
「そういえば…双花は?」
「双花なら煌姫の間でリリィと一緒に留守番をさせている」
「リリィちゃんと二人きり…って大丈夫かな。双花、虐められたりしてないかな」
「お前はリリィをなんだと思ってるんだ…」
桜花、月花、アルナの三人がおそるおそる煌姫の間まで戻ると、桜花の心配をよそに二人は手をつなぎソファに眠っていた。それを見た三人は驚く。
「あれれ?おてて繋いでる…ひょっとして双花、あのリリィちゃんと仲良くなっちゃったの!?」
「信じられん…私には全然心を開いてくれないのに」
「そりゃ自業自得でしょ、どうせお堅い態度でリリィちゃんを縛り付けてんでしょ?」
「シーッ、二人とも目を覚ましちゃうよ。それにしても…なんだか微笑ましい光景だよね」
月花はニヤニヤしながら二人を見つめている。
翌朝、城前で双花一行はアルナとリリィに迎えられながら、城を後にしようとしていた。
「三人共、次はどこに行くんだ?」
「んーー。今度はね、南西のアミャーヒ地方に行くことになったんだ。ゲイゼンの話だと、そこにも組織ぐるみで活動している煌喰らいがいるんだってさ…そいつらちょっとぶった斬りに行ってくるね」
「アミャーヒ地方か…今度も随分遠くへと行くのだな。また暫く会えそうもないのが残念だ」
「双花、昨日の約束…忘れてないわよね?」
リリィが双花の前へと出て、両手を掴んだ。
「勿論…リリィ。強くなってまたいつかここに戻ってくるから」
三人は名残惜しそうにアルナ、リリィと別れ城を後にした。
「ふぅ…私もちょっと君に対する態度を改ねばならないようだな、リリィ…」
三人を見送った後、リリィを見てアルナは照れくさそうに呟いた。
「なに?ひょっとして私と双花が仲良さそうに話していたからって嫉妬しているの?ふふ、堅物の貴女も可愛いところあるのね…」
リリィは笑いながら城へと戻っていく。参った、といった様子でアルナもリリィの後に続いた。
三人は既にオプロアスを出て、アミャーヒ地方へ向け目の前に果てしなく広がる草原を煌木馬で駆けている。
「私びっくりしちゃった、あの気難しそうなリリィちゃんが自分から双花に話しかけているんだもん」
「双花、昨夜リリィちゃんとはどんなお話したの?気になるぅ~」
どうやってあのリリィと仲良くなったかということに桜花、月花は興味深々で茶化すように双花へ質問攻めをしていた。
「へへ、秘密!リリィと私だけの…ね!」
双花はそう二人に微笑んで、昨夜リリィと交わした約束に思いを馳せた。