最強刀士とお姫様 前編
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一行は巨大な扉の前にいる。通行の許可を取りその扉を潜ると、その向こうにはレンガ造りの高層ビル郡が果てしなく広がっている。この街こそ大陸一と言われる巨大都市、オプロアス。一週間の休暇を終えた一行は、ハルモニア・ソード本部のあるこの街に招集を受けていた。
「いやぁー!着いた着いた。ひっさしぶりだなぁ!オプロアス!」
桜花の腰に掲げられた鞘には虎王丸が収納されている。オウランで出会った親方の奮闘の甲斐もあり、修理は無事に完了していた。
「すごい、ここが前に言っていた…オウランも大きな街だったけど、それ以上。二人は何度もここに足を運んでいるの?」
「以前はここに住んでいた事もあるんだけどね。戦煌刀士になってからはあちこち旅してるから…ここに来たのは一年ぶりになるかな」
桜花は近くに建っている時計塔の時間を確認し、なにやら考えている。
「よし!まだ時間もある事だし本部へ行く前にスイーツめぐりと行こうよ。双花にはスイーツをたらふく食べさせてあげたかったんだよね!」
一行はラクーン商店街と看板の掲げられた人混みの中を歩いている。桜花は突然小動物のようにクンクンと周囲の匂いを嗅ぎ、黄色の派手な彩飾が目を引く建物を指差した。
「ほーら。なんだか甘い匂いがしてきたでしょ?あそこからする匂いなんだよ。有名洋菓子店、ロイヤル・バナナ!あそこのバナナタルトは絶品なんだぁー。ほれほれ、ぼぉっとしていると二人共置いてくよっ」
そう言って桜花は二人の手を引いて店内へと入ると、中では若い男店長が笑顔で三人を出迎えていた。ガラスケース一面に美味しそうなスイーツが広がっている。
「うっひょおー!見てよこの一面に広がるスゥイーツを…」
「ちょっとはしたないよ桜花、よだれ出てるし…」
口を大きく広げていまにもよだれを垂らしそうになっている桜花を、月花は呆れた様子で見ている。そんな月花を気にも止めず、桜花は元気一杯に声を張り上げて注文する。
「えーと、バナナタルト三切れとー、ロールケーキを一ロール下さい!」
スイーツを買って上機嫌な桜花はスキップしながら二人の前を歩いている。いつの間にか桜花の両手には小洒落た袋が大量に抱えられていた。勿論中身は全部スイーツだ。桜花は最初に入ったバナナスイーツ専門店の袋からタルトをひと切れ取り出し、一口豪快に頬張った。
「うんまぁああぃ!さてさてお次はチーズケーキ専門店の…」
「えっ…まだ買うの?流石に買い過ぎじゃ…」
桜花の異常なまでのスイーツへの情熱に双花は軽く引いている。
「当然でしょ、オプロアスのラクーン商店街ったらスイーツの楽園。戦煌刀士なんかやってるとさ、こんな機会滅多にないんだからうんと楽しんどかないと」
そんな調子で次の店へ向かおうとしていると、なにやら人だかりが出来ている。覗き込むと、そこでは気弱そうな桜花くらいの年齢の少年が鎧の騎士に囲まれていた。なにやら騎士の男は少年の胸ぐらを掴み怒鳴りつけている。
「…あれって、確かズヴィノーズ騎士団よね?」
「なにやってんだろ…なんか、随分以前と雰囲気が変わったよね…」
「ズヴィノーズ騎士団?」
「そうそう。私らハルモニア・ソードとは別にオプロアスの治安を守っている、いわば正義の味方ってところかな?」
「でも、なんかあの人たち…怖いよ」
双花は騎士達を見て不信感を抱く。桜花が言うような正義の味方には到底見えないような振る舞いだ。
「確かにただ事じゃないような。相手の男の人怯えてるし…これじゃあどっちが悪者だかわかんないよ」
見かねた桜花が人ごみを掻き分けて男達の間に割って入った。
「ちょっとちょっと、何やってんの?」
「なんだ…?チッ、その格好は戦煌刀士か…お前等には関係ない事だ」
少年は自分の肩ほどしかない身長の桜花にすがり、事情を説明する。
「ぼっ!僕、前々からズヴィノーズ騎士団のファンで…久しぶりにオプロアスに来たので一緒に写真を撮ってもらおうとお願いしたんです。そしたら、いきなり胸ぐらを掴まれて!以前は快く受け入れてくれたのに…こんな!」
「いいじゃないですかそれくらい…忙しくてカッカする気持ちもわからなくはないけど、ファンサービスも正義の味方の仕事のうちだってね…おとうが」
「おいおい、何言ってんだこいつ…正義の味方?お前ら戦煌刀士がそんなちゃらんぽらんな有様だから、こいつみたいな変な奴が湧いて街の治安が悪化するんじゃねぇか!」
騎士の男は声を荒げて桜花を威嚇する。落ち着きがない、まるでチンピラだ。以前はこんな集団ではなかったはずだ。
「貴様ら、こんな所で何をしている」
熊のような体格をした大男が近づいてくる。背中に巨大な戦斧がずしりとくくりつけられている。大男を見るなり、騎士達が道を開ける。
「ガッデス隊長」
「ほぉ、何かと思えば戦煌刀士か。忌々しい奴らだ…またも我々の邪魔立てをするというのなら容赦はせぬぞ」
「邪魔って…」
桜花は言い返そうとしたが大男に気圧され強く出る事が出来なかった。そこに、凛々しい風貌の騎士風の格好をした少女がさっそうと二人の間に割って入ってきた。
「ガッデス殿、失礼しました…そこの者は達わたくしの知り合いでございます。後々きつく言っておきますのでどうかここは…多めに見てもらえないでしょうか?」
「アルナ!?」
騎士風の少女を見た桜花は驚いてその名を口にした。
「アルナ・エイティス…フン。気を付ける事だな」
アルナを見るなりガッデスは騎士達を率いれてその場を立ち去った。修羅場を収めた騎士風の少女はため息をついた後、二人に話しかける。
「何事かと思えばお前たちだったとはな…桜花、月花。オプロアスに着いてそうそうトラブルとは…巻き込まれ体質にも程があるんじゃないか?」
「ひっさしぶりィーー!?こうして会うの一年ぶりだっけー?」
「もうそんなになるか、早いものだ。それで…そちらがの子がお前たちが預かっているという…」
「双花です、こんにちは」
双花はアルナに向かってぺこりとお辞儀する。
「双花、紹介するね?こいつは学生時代の同級生にして今は同業者。んでもって戦煌刀士ではその名を知らない者はいないナンバー1の実力者。アルナ・エイティス」
双花は目の前に立っているアルナをまじまじと見る。ナンバー1の実力…以前ゲイゼンが言っていた事を思い出した。月花、桜花は戦煌刀士のナンバー2と3だと。つまり目の前にいるこの少女こそが戦煌刀士の頂点にして、桜花や月花を凌ぐ力の持ち主だということ。騎士風の衣装、前にオーガベルツで見たことがある。これも戦煌装束の一種なのだろう。
「双花、か…よろしく」
アルナは双花に握手を求め、互いに手を握る。瞬間、アルナの顔が歪んだ。アルナの手を握る力が次第に強くなっていく。
「…痛!…あの、アルナさん?」
双花は怯えた表情を見せ、助けを求めるかのように桜花の方を向く。
「ちょっとアルナ!?そんなに強く手を握ったら!双花が痛がってるって…どうかしたの?」
「…はっ!す…すまない」
我に帰ったアルナは慌てて双花から手を離す。いつもすました表情をしているアルナの額から汗が流れている。学生時代から付き合いのある桜花すら彼女の余裕のない様子を見るのは初めてだった。
「アルナぁー、ウチのかわいい双花になにしてくれてんのさー?」
「だからすまないと言っているだろうに…」
「それにしても助かったよ。あのままアルナが来てくれてなかったらどうなる事かと。さっきのってズヴィノーズ騎士団でしょ?なんか随分前と雰囲気が違うような…特にあの隊長のおじさん。流石の私でもビビっちゃったよ」
「ああ、ガッデス・グロウリガといえば名の知れた武人だ…彼の武勇は有名で暴走した大型の人型重機を素手でスクラップにした事もあるのだとか…」
大陸全土に活躍の場を設ける治安維持組織、ハルモニア・ソードに属する戦煌刀士とは違い、ズヴィノーズ騎士団はオプロアスが所有する治安部隊である。街を警備し不法者を取り締まるのが主な仕事で、必要とあらば武力を行使することもある。しかし、先程の状態はあまりにも異常だ。
「最近では彼らのやり方も過激さを増している。まぁ…前の煌姫のいざこざもありすっかり捻くれてしまったようでね。特にガッデス将軍は私達戦煌刀士を目の敵にしている。煌姫の従者として戦煌刀士である私が城に配属されるようになってから、ああいった行動に更に拍車がかかったように思える。騎士団と私達、戦煌刀士…互いに治安の維持に勤める者なれど、両者の間のわだかまりが深いのは確かだ」
「本来はさ、煌女だけじゃなくてああいう人らにも煌力が宿って戦煌刀士になれたならいいのにねぇ。私は自分で決めてこの道を志したけど…戦煌刀士になれるのは女の子だけ、なんてのも変な話だよね」
煌女は歳を重ねるにつれ体内を流れる煌の力が衰えていき、やがて戦うにも限界が来る為、長い期間戦煌刀士に就く者は少なく世代の交代が激しい。いつの時代も戦煌刀士の殆どは十代後半から二十代前半の女性だ。
「だからこそ、さ…若い女が大した訓練も受けず、道具さえ使えば簡単に戦う力を手にしてしまう。私達に対してそんな風に偏見を持っている輩も多い…それに、煌喰らいを生む元になる煌晶を創り出しているのも私達のような煌女の少女だ」
アルナはハァ…とため息をついた後、調子を戻す。
「あぁ…すまない。久しぶりの再会だと言うのに小難しい話をしてしまったな。そうだ、城でゆっくりしていってはどうだ?」
「いやね、そうしたいのは山々なんだけど…これから本部に寄らないといけないのよ私達」
アルナの申し出をしぶしぶ断る桜花。と、そこに聞き覚えのある声がした。
「構いませんよ、私も同行しますから…ねぇ?アルナ」
やつれた白髪の中年男が近づいてくる。ハルモニア・ソードの重役、ゲイゼン・フランクヴェルツ。そして、彼の横には双花達がオーガベルツで世話になった戦煌装束職人、クゥルンが並んでいた。
「やぁやぁまた会っちゃったねぇー。白金の双花のお二人さんに双花ちゃん。それと…煌姫の従者にして最強の戦煌刀士、アルナ・エイティス…クン」
「クゥルンさん!?どうしてここに?」
三人は驚きの表情でクゥルンを見た。ゲイゼンが神出鬼没なのはいつもの事として、よもや数日の間にクゥルンと再会を果たしてしまうとは。
「いやいやぁ、私もちょっと野暮用でねぇ。本部からお呼びがかかっちゃった訳よぉ」
「そ…そうなんですか」
「それにしても現在の戦煌刀士の中で最強クラスの三人がここオプロアスに揃うとは…中々壮観な光景じゃあないですか。いいや…フフフ」
ゲイゼンは少女達を見渡し何やら不気味な笑みを浮かべている。上司ながら、相変わらず何を考えているのかわからない。
「アルナ、そんなこんなでおまけがつく事になっちゃいましたが城に案内してもらいましょうか」
「ちょっと!おまけって私達の事!?」
「勿論で御座います。それでは、オプロアス城へとご案内致しましょう」
元々ゲイゼンはアルナに用があったようで、桜花達もついでといった扱いを受けて城に案内された。
オプロアスの街の中心部、そこに城はそびえ立っていた。城の前では沢山のメイドとただならぬ佇まいの老執事がアルナを出迎えていた。執事に案内されエントランスの中心部にある螺旋階段を上っていき、やがて最上階へ辿り着く。そこにはひときわ目立つ派手な装飾の扉が待ち構える。アルナは扉をノックして部屋の主に許可を取る。
「リリィ、今帰った。入っていいかい?それに客人も見えているんだが…通しても構わないだろうか?」
「構わないわ。貴女が全部もてなしてくれるならね。私は関わらないから」
「…わかったよ」
扉の向こうからは透き通ったような綺麗な声が聞こえた。アルナは頭を掻いて一行を扉の向こうへと案内する。
「アルナ、今日は帰りが早いのね」
部屋に入るなり、純白のドレス姿の少女がソファに座り上品に紅茶を嗜んでいる。彼女こそオプロアスを、いや中央全体に強大な煌の恵を齎す”煌姫”…その名をリリィ・エクレイアといった。
オプロアス、その大都市発展の裏にも煌姫の存在がある。
リリィ・エクレイアが煌姫になったのは約一年前、13歳の誕生日を迎えた時のこと。
リリィの前にお役目に就いていた煌姫が男性と恋に落ち、性交渉に及んだ事で彼女の煌力が失われる事となった。この事は公にはされなかったが、直ちに次の煌姫を決め城へ迎え入れなければならないとあって関係者の間では大問題となった。
次期煌姫の継承には血縁等は関係なく、高い煌力を持つ煌女の少女達が中央全土から集められ、その中から最も高い煌力を持った者が選ばれる。そうして以前から煌姫になる為の作法を学び、候補に上がっていたリリィが急遽選ばれた。
アルナもリリィが煌姫になったのと同時にこの城に配属された。戦煌刀士が煌姫の従者に就くのは初めての事だった。それまでは代々ズヴィノーズ騎士団が煌姫の警護に当たっていたのだが、不祥事があり騎士団と煌姫の接触は禁止されるようになった。前の煌姫と恋に落ち、性交渉を結んだのが騎士団の男だったからだ。公にならなかったにしろ…噂は広がるもので、騎士団の信用は落ち、そこへつけ込むようにゲイゼンが強い煌力を持つ煌姫には同じく強い煌力を持つ戦煌刀士こそ良き理解者となるだろう…というこじつけでアルナを強く煌姫の従者に推薦し、現在に至る。騎士団と戦煌刀士、両者の関係に深い溝を残す事となって。
「げ…」
リリィは客人を見るなり露骨に嫌な顔をする。桜花達がリリィに会うのはこれで二度目だった。アルナの配属がここに決まった時ここ、”煌姫の間”に招待された事がある。
「全く、相変わらずぶっきらぼうな顔をしているな…君は。客人を迎える時くらい少しは煌姫らしく、愛想を振りまく事を覚えてもらいたいのだがな…」
「私だって好きで煌姫なんてやっている訳じゃないもの」
リリィはそっぽを向き、不機嫌であることを周囲に見せつけるようにして距離を取り、窓から既に陽が沈もうとしているオプロアスの景色を眺める。夕焼けがブロンドの長い髪を照らす。若冠幼さが残る顔立ちをしていてるとはいえ、とても様になっているように見える。
「新しい姫君は難しいお年頃のようだな。フフ…それにしてもアルナはだいぶ従者として様になってきましたねぇ…貴女のような人材をこの城に提供できてハルモニア・ソードとしても鼻が高いのですよ」
ゲイゼンは上機嫌な様子でアルナを褒め称えるが、アルナは表情一つ変えず当然といったように構えている。
「ゲイゼーン。なんか私達とアルナで態度違くない?私達だって戦煌刀士の上位ナンバーなんだけど!」
ゲイゼンは小馬鹿にしたような表情で桜花を見つめ、フッ、と鼻で笑って見せた。桜花はそんなゲイゼンをぐぬぬ…と睨みつけた後、リリィへと近づいていく。
「エクレアちゃーん!私の事おぼえてる?アルナのお友達の桜花だよーん。なんか…前に会った時よりも大人っぽくなったよねぇー。お姉さんと仲良くしようー!」
露骨に嫌がるリリィの態度も構わず、桜花はリリィに抱きつき、耳を甘噛みしようとする。
「エクレアではありません、エクレイアです!…ひっつかないで下さい!…私貴女のそういう所、苦手です!」
「ガーン!そんなド直球で苦手って言わなくても…」
「まあまあ、そう言ってやるなリリィ。こいつは昔からそういう奴なんだ」
「桜花には私がいるよ、だから元気出して?」
「そう言ってくれるのは双花だけだよ…双花あー!」
あやすように双花がフォローを入れると桜花は双花を抱きしめ、胸に顔を押し付ける。
「お、桜花…ムネ当たって、苦しい…」
「まったく、これじゃあどっちが姉なのかわからんな…」
と、そんなやりとりを見てアルナは呆れている。
「ふん。少しは連れの月花さんを見習ったらどうですか」
「ど、どうもぉ…」
黙っていればおしとやかな大和撫子といった第一印象を他人に持たせる事の多い月花は、リリィに褒められて機嫌を良くしたのかにやけ面になっていた。だらしない表情を悟られないように低い姿勢を作って頭を下げている。
「毎度毎度月花ばっかり年下の女の子に慕われちゃってぇー。面白くなーい!この前もウズベルト山でなんかあったみたいだし…本当は15の時だっけ、学生寮でお化け見たとか喚き散らしておしっこ漏らしたドヘタレなのにお姉ちゃんキャラ作っちゃってさぁ。私も年下の女の子にキャアキャアもてはやされたぁい!」
絶対に知られたくなかった秘密を大人数の前で公開され、月花の築き上げてきた好印象は一瞬にして崩れ去った。
「あああああぁぁあああああ!その事は絶対誰にも言わないって約束したじゃない!」
月花は我を忘れ、顔を真っ赤にして桜花を怒鳴り散らした。
「月花さん…う・る・さ・いです。それに…私は誰も慕ってなんかいませんから」
リリィに軽蔑の眼差しで見られ、月花はとほほ…としょんぼりとした顔をしている。
「全く、やかましい奴等だ。とりあえずそこのソファにでも座ってくれ。長旅で疲れただろう?ゲイゼン殿とクゥルン殿も…」
アルナに言われ、一行は豪勢なソファに腰掛ける。
「ところで…聞いたぞ二人共。イセベリス地方のグルファクシ組…だったか?百近い煌喰らいをたった二人で全滅させたそうじゃないか。刀士達の間ではその噂で持ちきりだぞ。また腕を上げたんじゃないか?是非もう一度手合わせしてみたいものだ」
「い、いやぁ…それはちょっと遠慮したい」
「なにも遠慮する事はない!街の闘技場なら思う存分やりあえるぞ?以前戦ったのは学生時代の時だろう?数年ぶりにどうだ?」
「別に遠慮している訳じゃないっての!あの模擬戦だって私ら二人がかりでようやく互角って感じだったじゃん…」
「そ、そんなに強いの?アルナさん!?」
双花は驚きを隠せない。リーヴの倉庫やクルジアンの町での二人の戦闘が脳裏に浮かぶ。息の合ったコンビネーションで煌喰らいを追い詰めるさまはまさに敵なしといった感じであった。いくらアルナが最強と名高い刀士だとして、次いだ実力を持つ二人が協力しても勝てない相手なのか。
「強いってもんじゃないんだよねアルナは…なんというかもう、次元が違う…私、戦っているアルナには絶対近寄りたくない…」
「ハハ…酷い事言うなぁ月花は」
「なっつかしいよねぇー。あれからもう二年以上経っているだなんて。そうだ!学生時代っていえばさ…シーラの奴は今頃何をしているんだろうねぇー。あいつも呼んで学生時代の仲良し四人組でもう一度遊びたいもんだ」
「シーラ、か。…奴は」
「ん?シーラになんかあったの?」
アルナは何か言おうとしていたが、後ろめたい事があるかのように口を閉ざした。そんな中、ゲイゼンが唐突に話の流れを折った。
「えー皆さん思い出話の最中で悪いのですがね…白金の双花、貴女達二人をここオプロアスまで呼んだのは他でもない…早速仕事をお願いしたい」
「それじゃあわざわざオプロアスに呼んだのも…結局は仕事の依頼な訳?そんなのアルナや他の刀士に頼めばいいじゃん。このイラキス地方になら相当数の刀士がいるでしょに」
「アルナは貴女達と違って日々多忙なのです。それに、並の刀士ではこの依頼は務まらない。というのも最近、ここオプロアスで煌晶の密売が行われているようでね…勿論、その煌晶というのは未成年の煌女から生成されたもの…それにより、新たな煌喰らいが次々と誕生しているようなのです」
「まぁ…よくある事だよね。もしかして…このオプロアスにもグルファクシ組と同じような組織が潜んでいるってこと?」
「いいえ。組織がらみで動いているような様子はないのですがね…」
「なーんだ。ゲイゼンの依頼だからもっとドでかい規模のやつを想像していたのに」
「確かにその編のゴロツキが煌晶に手を出して煌喰らい化しているだけであれば、貴女方にお願いする必要もない…下位ナンバーの戦煌刀士でも十分な仕事です。問題はその煌晶を受け取っている相手にあるのです。現に先に依頼を受け、調査を行っていた戦煌刀士が先週殺害されている。カルマッセ・システィラ、ナンバー9の実力を持つ刀士です」
ハルモニア・ソードからは百名近い戦煌刀士が大陸各地に派遣され、活動を行っている。戦煌刀士は実力に応じて順位付けされており、桜花がナンバー3、月花は2とその活躍に応じて上位の番号で呼ばれる。そしてアルナは二人の更に上へ立つナンバー1の刀士。同世代の刀士が上位3ナンバーを独占するという快挙は史上初で、業界に衝撃を与えた。
「ナンバー9、って結構上位の番号じゃん!そんな刀士がやられるなんて相当な武闘派が煌喰らいになっている…ってことだよね!?」
二人は殺害されたシスティラという戦煌刀士とは全く面識がなかったが、百名近くいる戦煌刀士の中のナンバー9ともなれば中々の手練だ。そこまでの刀士がやられるなんて…と気が引き締まる。
「そう。だからこそ彼女を殺害した煌喰らい…そして裏で煌晶を売っている相手を突き止めたい」
「おーけーおーけー。確かにこのまま舐められっぱなしじゃあ戦煌刀士のメンツにも関わるしね。噂の最強コンビ、白金の双花の実力を見せてあげましょ」
桜花は既に暴れる気満々でパチン、と両拳を合わせる。
「あの…桜花!月花…!私も行っていい?煌晶絡みでまたそんな事が起こっているのなら…私も黙ってられない!何か出来ることがあれば…!」
双花は意を決して二人にお願いする。物心ついた時から煌晶を生み出す家畜のような扱いを受け、歯がゆい思いをしてきたが今は違う…今の双花はヒヨッコとはいえ戦煌刀士だ。煌晶絡みで自分と同じような目に会っている子がいるかも…と考えると黙ってはいられなくなった。若き戦煌刀士の卵は正義感という炎をその瞳に灯していた。
「…まぁーー、双花の気持ちも分かるんだけどねぇー。今回は結構ヤバげな依頼なだけあって留守番していて欲しい。…実戦はまだ危険だし、刀だってまだないし…」
「そんな…でも私!二人の役に立ちたいの!」
必死に頼み込む双花の肩をアルナは掴み、真剣な眼差しで見つめる。
「双花、お前はまだ戦煌刀士の訓練を受けてまだ一週間も経っていないのだろう?そんな状態で約に立つのなら私達の立場がない。…なあに焦る必要はない、お前はもっと強くなる。だから今は焦らずこいつらの言う事を聞いて腕を磨け」
「は、はい…」
アルナの眼力に圧倒され、双花は竦んでしまい何も言い返す事が出来なかった。
「私とクゥルンは暫く城に残ります。アルナとも少しばかりお話があるのでね…ああ、貴女方二人は早速今から仕事に取り掛かって下さいな。そして…この依頼を片付けるまでここには戻らなくて結構です」
「はぁー?なにそれぇ!だってもう夜じゃん!調査は明日からでもいいでしょ?」
「なにを言っているんです?オプロアスはこれから人々が活発になる時間…情報収集にはもってこいでしょう」
これから宿でも取ってゆっくり昼間買ったスイーツを嗜むつもりでいた桜花は、唐突過ぎる要請に納得出来ず反論する。
「でも私達まだ未成年!17歳!こんなかよわい田舎娘二人を夜の都会に放り込むっての…!?」
「言い訳無用。それじゃあ二人共いってらっしゃい」
桜花の弁明も虚しく、ゲイゼンに笑顔で追い出され扉を閉められた。
✽
城を追い出された白銀の双花の二人は街中へとやってきていた。双花はアルナに頼んで城で留守番させている。二人はとっとと仕事を片付けようと早速煌晶密売に関する情報収集にかかろうとしていた。
「あのクソゲイゼン…戻ったら生まれ変わった虎王丸の試し切り相手にしてやる!」
「ちょっと桜花…言葉遣いが乱暴だよ。私も頭に来てるけど…ゲイゼンが言っていたのはこの辺りのハズよね」
オヌィキス通り、夜になると水商売の勧誘でごった返す歓楽街だ。見たところ未成年は自分達以外歩いておらず、誰もが近寄りがたい雰囲気を醸し出している。少し前にここで煌喰らいの目撃情報があった…らしい。
煌晶生成の為に使用するブレスレットを個人で所有する事は出来ない。煌喰らいを生まない為の最低限の配慮としてハルモニア・ソードが手を回してはいるが、それにも限界がある。どこか良からぬルートで出回ったものを使っているのだろう。双花のように煌女の少女が悪い大人に捕まって無理やり煌晶を作らされているのか、それとも煌女自身で煌晶を造り売買を行っているのか…どちらにせよこのまま放っておく事など出来ない。
「でもさぁ、こんな所で情報収集っても…何をどう調べていいのやら」
慣れない空気にオドオドとする二人がカモに見えたのか、チャラチャラした外見の若い男が近付いてきた。
「君達ぃ〜。若いのにこんな所でなにしてるの?ひょっとして男漁りィ?ウェ〜イ!ならお兄さんと一緒に遊ばね?」
「け・っ・こ・うですっ!いこ?桜花」
月花は珍しくムキになった様子で、男に見せつけるようにして腕を絡ませた。確かに目の前の男は月花の一番嫌そうなタイプだな…と桜花は思った。
「なんだお前等。女同士だってのにいちゃいちゃしやがって…俺が男の良さを教えてやるよ。三人で楽しもうぜぇ?」
月花は桜花の手を引っ張って男から逃げるようにして歩を進める。桜花は月花の行動が嬉しくて、胸が熱くなった。
(やっぱり、いざというときはかっこいいんだよなァー)
「ちょ、待てよ!」
男が二人の後を追おうとすると、前を歩いていた筋肉質で彫りの深い顔をした男にぶつかった。
「あら?なにアンタ…ひょっとして夜のお誘いかしら?よく見るといい男じゃな〜い。私、アンタみたいなタイプ、嫌いじゃないわ!そうだ…知り合いのパティシエからね、美味しいドリアンを頂いたのよ〜♪これから一緒に食べなぁい?ついでに下のドリアンも味見出来たらいいなぁなんて」
「ちち、違う!ひぃッ、うわぁぁぁあああッ!」
筋肉質の男に無理矢理連れ去られるようにして、男は悲鳴を上げながら人ごみの中に消えていった。
「うわぁー。オヌィキス通り、怖い所だ…」
二人はそんな様子を見てげんなりしている。
「はっ!」
月花が突然大声を上げて…繋いだ手を振り払った。
「ごめん桜花!いきなり手ぇ繋いじゃったりして…迷惑だったよね?」
「い、いや…そんなことないって!なんか…腕組むのって久しぶりだよね!はははー」
二人はぎこちない様子で照れくさそうに下を向く。十数年一緒にいてもこういった事に関しては二人とも不器用で、お互いの気持ちに素直になれずにいる。時折桜花がちょっかいをかけるのも、恥ずかしさの裏返しである。
そんな中、昼間に見かけた騎士団の男二人が裏路地へと消えていくのが見える。
「あれ、騎士団の人達だ。でもなんかパトロールにしては様子変じゃない…?」
二人は騎士達の後をつける。路地裏に出ると、そこでは派手な化粧の、少し変わった民族衣装風の格好をした若い女が騎士団を待っていた。二人は隠れて女と騎士団のやりとりを見る。
「おっそーい、待ちくたびれちゃった」
「へっへ、すまねぇな…で?例のものは持ってきたんだろうな」
女は両手に持った袋を、ジャラジャラと揺らして見せびらかした。
「勿論よ、これでしょう…?あんたたちも、カ・ネ。用意してきたんでしょうねぇ」
「毎度毎度たらふく用意してやってんだろうがよぉ。まったくはしたない女だ」
男は札束と引き換えに袋を受けとると、中から金色の光を放つ結晶を取り出した。間違いない、煌晶だ。
(成程ね…並の戦煌刀士ですら手に負えない相手ってこういうことだったのかぁ)
確かに煌晶に手を出して、煌喰らい化しているとなればあの豹変にも納得がいく。
「ありゃりゃあ。まいったねこりゃ…知らぬ間に囲まれちゃってたよ私達。殺気ムンムンだ」
桜花は周囲に気配を感じた頃には、既に辺りをざっと十数名はいるズヴィノーズ騎士団の男達に囲まれていた。桜花は煌女探知機で騎士達を覗き込むと、全員が煌喰らいの反応を示した。
「なんだ…また戦煌刀士が俺達の周りを嗅ぎ回っていやがったのか。少し前に始末したばかりだってのに…女、お前に足がついちゃあ後々面倒な事になる。逃げろ…このガキ共は俺達が片付ける」
女が更に入り組んだ狭い道へと入っていくのを確認すると、騎士達は煌喰らいへと姿を変える。
「…どうしてそんなモノに手を出しちゃったかねぇ…それがどういう代物か…あなたたちなら分かるでしょうに」
「勘違いしないでもらいたいな。この力は街を守る為に必要なものだ…だから俺達は煌晶に手を出した。煌喰らいの力こそ…この街を守るのに相応しい…!元々戦う訓練を受けた俺達が煌喰らいの力を手に入れれば、俺達に敵はねぇ!お前達戦煌刀士など取るに足らん!」
二人は緊迫した空気の中、背中の鞘に手を伸ばす。今回の相手は訓練を受け武装した戦闘のプロ、そのへんのゴロツキが煌喰らい化したのとは訳が違う。
「なんか目的変わってない…?街を守るんじゃないの?」
そんな桜花の問いかけに兵士達は濁った声で笑い声を上げる。
「ハハハハ…!あーぁ、かったりぃ。そうだよ!街を守るなんてのは大義名分。俺達はただ”力”を振るいたいだけだ!」
女が逃げた方角へ抜けようする桜花の前に騎士の一人が立ちはだかり、すかさず虎王丸を抜く。互いの刃が重なり、拮抗する。騎士の腕力は以前戦ったグルファクシ組の煌喰らいのそれとは比べ物にならなかった。
「行かせるものか!お前らはここで俺たちに殺られるんだよ!」
「…っ!流石に訓練を受けているだけある。でもっ!私達だってそこそこは鍛えてますからっ!」
桜花は重なる刃を振り払い、騎士の腹部を斬りつける。
「これくらいの太刀筋なら、まだ私達の方が…強いッ!」
そのひと振りは兵士の身体を裂いたように見えたが、鎧に遮られ致命傷にはなっていない。煌喰らいに対して絶大な力を発揮する戦煌刀も、鎧を斬るとなればただの刀だ。完全に力加減を見誤った。
「浅い…もうちょい力を込めないと駄目って事か」
騎士達の攻撃の手は月花へも向けられる。三人が一斉にして囲むように迫ってくる。月花は後方に見える壁へ後ずさると、そのまま忍者のように壁を走って登り、兵士達の背後に飛び降りると中心にいた騎士の首筋を牙王丸で貫いた。貫かれた身体は金色の花びらへ変わり、夜風に運ばれてゆく。残る騎士二人が振り向こうとした時にはもう遅く、首を撥ねられていた。
「こいつら、この前殺った戦煌刀士よりも…つええぞ!」
「そりゃそうさね…私達は泣く子も黙る戦煌刀士のナンバー3とナンバー2!…合わせて白金の双花!個々の名乗りは立て込み中につき以下略!」
「シロガネノソウカ…?なんだそりゃ…聞いた事あるか?」
「いや、ねぇな」
「ちょっとちょっと!なにその反応は…?」
桜花はがっかりした様子で肩を下ろしている。白金の双花の名は同業者の間でこそ有名であったが、それ以外での知名度は無に等しかった。
「桜花、鎧の隙間を狙って攻撃しないと…」
「わかってるって。こんな奴等の相手よりも早く逃げた煌女を追わなくちゃいけないってのに!大地讃頌を使えば一気にカタを付けられそうなのに…街中で使う訳にもいかないし」
桜花が状況を打破する為の考えを巡らせていると、強烈な殺気が正面からじわりじわりと近づいてくるのを感じた。
「フン…また会ったな、戦煌刀士の小娘共」
昼間に商店街で鉢合わせたガッデスが二人の前に立ちはだかり、仁王立ちしている。
「ひょっとして…この人も煌喰らいに…」
「何を驚いている、戦士ならより強くなる為に力を求めるのは当然…それが煌喰らいへの道だっただけの事!」
ガッデスは自身を醜い怪物の姿へと変異させ、肩にくくりつけられた戦斧を握る。その図体は部下の騎士のそれよりも大きく、ただ事ではない貫禄を醸し出している。
「桜花…わかるでしょ?何を言っても無駄。この人達はもう煌晶の虜になってるよ。覚悟決めないと…戦わなきゃ!」
「…そうだね。一気に親玉狙いで行くよ、月花!」
左右に分かれた二人は建物の壁を駆け走り、周囲にいる兵士を振り切ってガッデスの頭上まで到達すると、急降下して刃を向ける。
ガッデスは桜花の体格の倍近くある巨大な戦斧を頭上に上げ、防御の体制を取る。巨大な獲物に真っ向からのぶつかり合いは不利と考えた二人は、素早い動きで翻弄し、張りつくようにして連撃を繰り出し、手数で攻める。だが、あまりにも巨大な斧が邪魔をして、攻撃がガッデスの元まで届かない。
「なんだ…そのちまちまとした攻撃は。片腹痛いわッ!ぬゥん!」
ガッデスが雄叫びを上げると共に戦斧を振り回す。戦煌刀で防御し、衝撃を和らげたにも関わらず二人は吹き飛ばされ、桜花は建物の壁に叩きつけられた。
「い痛っつつ…なんつー馬鹿力…」
同じく吹き飛ばされた月花は、壁をバネ代わりに蹴り上げ勢いをつけてガッデスに突貫していく。
「ほぉ…そう来るか」
月花の牙王丸は戦斧を振り抜けガッデスの右肩を貫いた。右肩からは血の代わりに金色の花びらが吹き出ている。肩を貫かれたというのにガッデスの顔は笑みを浮かべている。
「捕まえたぞ…煌喰らいになればこういう芸当も可能なのでな…!」
ガッデスは牙王丸を自身の身体へわざと貫かせ、封じ込めた。
「っ!…うそ…離れない…!」
空いた左腕で月花の腹に強烈な拳を叩き込む。ガッデスはカウンターを狙っていた。
「が…はッ!!」
月花の口から血が吐き出され、ゴロゴロと転がった。強烈な衝撃に意識が飛びそうになる中、月花は力を振り絞りかろうじて牙王丸をガッデスの身体から引き抜いていた。
「月花!大丈夫?」
月花はう…うと呻き声を上げ、目を細めて桜花を見ている。
既に牙王丸が貫いた右肩部は再生している。煌喰らいには再生能力がある、手数を重ねるだけでは効果は薄く、致命傷を与えなければキリがない。
「よくも月花をやってくれたね!許さない!」
桜花はガッデスを睨みつけ、煌喰らいの兵士達ですら視認できないようなスピードで突撃していく。脚ががら空きだ、斧をすり抜けて懐に潜り込めると狙いを絞る。しかし、それにもガッデスは反応してみせる。目の前まで桜花が迫った所で、戦斧を床へと叩きつけ、突破口を遮った。
「まっず…い!?」
月花がやられた時のようなカウンターが来ると咄嗟に判断した桜花は、すかさず勢いを殺し、後方へとバク宙してガッデスと距離を取る。
(今のは…ワザと隙を見せて私を誘ってた…!?)
月花を傷つけられた事で冷静さを失っている。普段であればこんな分かりやすい誘いには乗らなかった。このまま突っ込んでいたらと思うとゾッとする…これが、戦士としての年季の違いだとでも言うのか。追い込まれていることを悟り、段々と息遣いが激しくなっていく。
「ククク…さっきまでの威勢はどこへいった?それに…いいのか?戦煌刀士の餓鬼よ。お前が俺との戦いに夢中になっている間に相棒は…」
「…な!?」
月花が倒れている方向へと目をやると、騎士達が月花へ群がりつつある。
「こんな卑怯な真似をして!騎士道の風上にも置けないじゃん!」
「うるせぇ、んなもんどうでもいい。勝てばいいんだよ…勝てばな!」
騎士は笑いながら横たわる月花に剣を振りおろす。
「月花!」
桜花が大声で叫んだ瞬間…騎士は動きを止めた。
月花を取り囲む騎士達はまるで凍ったかように固まっている。桜花は何が起きたのか一瞬戸惑ったが…すぐに理解した。こんな光景を以前見たことがある…彼女の能力だ。
パチン、と指を鳴らすような音が聞こえ、それに合わせ固まっていた騎士達が砕け散り、まるで氷と見間違えるような透明な花びらへと姿を変え散っていく。
「全く、こんな事でペースを乱されるな…桜花。冷静になれば勝てない相手でもないだろう。ここは私に任せて貰おうか」
舞い散る花びらの中…アルナが月花を抱き抱えて立っていた。
「馬鹿な…!?何が起こったんだ!」
その光景を目の当たりにした残りの騎士達は怯えている。
「アルナ…!どうして…?」
「本当はズヴィノーズ騎士団が怪しいと前々から感づいていたのだがな。だが煌姫の従者である私から出ようにもオプロアス直属の騎士団という立場上手が出し辛い。それに彼らも中々スキを見せなくてね…そこでお前達に囮になって貰ったんだ、悪いな」
「ちょッ!私達が囮ってどういうことさ!まるで今回の主役はアルナみたいじゃない」
「何を言っている、お前達にはまだやることが残っているだろう…逃げた女を追え。この暴れん坊め」
「桜花…行こう」
月花も牙王丸をレンガの床の隙間に刺して寄りかかり、立ち上がって桜花へ告げる。
騎士団の相手をアルナに任せ、二人は逃げた女のいる方向へと走っていった。
「まったく…コンビで戦う事が最大の長所でもあるが、互いを想うあまり弱点にもなり得ているようだな。あの二人は」
「他人の事を心配する余裕があるとは…随分と舐められたもんだな!」
「あぁ、現に舐めているからな」
余裕綽々な態度が気に入らないといった様子の騎士をアルナは更に挑発する。
「アルナ・エイティス…丁度いい。貴様には相当鬱憤が溜まっていたんだ。貴様がいなければ…我々はこの街に称えられる英雄でいられたのに。凄惨に殺してくれよう」
「お前達はもう手遅れのようだな。邪な心を見せれば見せる程残忍さを増していく…まったく煌喰らいというやつの性質は厄介だ」
アルナはかったるそうに呟き、ガッデスへ向けて戦煌刀を構える。騎士風の格好に刀…本来ならミスマッチである筈の格好が彼女の異質さを引き立てている。
「大地の不協和音は…調和の刃が斬る」