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山の怪異とご当地ヒーロー

オウラン、そこは工場地帯が広がりむせるような鉄の臭いが立ち込める鉄鋼の街。双花達一行はオーガベルツでの一件の後、煌木馬を二時間程東に走らせその街へと到着していた。街中ではあちこちで屈強な体格をした男達が人型重機を乗りこなして懸命に仕事に励んでいる。中には以前クルジアンの町で二人が戦ったものと同タイプのものまでもが街中を駆け回っていた。一行はすぐにでも虎王丸の修理を依頼しに行きたかったが、先程までオーガベルツで煌木猿と熾烈な鬼ごっこを繰り広げクタクタだった為、本日は宿を取り、明日にでもクゥルンから話に聞いた刀鍛冶の所へ向かう事にした。



翌日、一行はオウラン鍛冶屋と看板の掲げられた建物までやってきた。建物の外装はあちこち錆び付いており、年季の程が伺える。

扉を開けると、中では男達が汗水流しながら刀を鍛え上げており、熱気と汗の臭いが充満している。

「うわっ!汗臭いっ!」

咄嗟に桜花は鼻を抑えると、その声に反応して強面の男達が睨み返してきた。

野蛮な空気に耐え切れず月花はそそくさと桜花の後ろへと隠れるが、対して桜花は特に気にする様子もなく男達に尋ねる。

「あーー、えーとすいません。ここで刀を直してくれるって聞いたんですけどー」

「なんだ、嬢ちゃん達…あぁ、もしかして戦煌刀士か?ちょいと待ってな。今親方を呼んで来る。俺達は普通の刀のことしか分からねぇもんでな、戦煌刀士の刀に関しては専門外なんだ」

かったるそうに男が作業場を離れ、少しすると坊主頭に髭面といかにも職人といった風貌の厳格そうな男が現れた。

「ほぉ、戦煌刀士の客とは珍しい。お嬢ちゃん達、刀の修理だって?」

親方と呼ばれたその男は、いかつい見た目とは裏腹に陽気な話し方で、そのギャップに若干面を食らった。

「はい…昨日折れてしまったばかりなんですけれど…直りますか?私の虎王丸」

戦煌刀(せんこうとう)が折れる…だなんて珍しい。お前さん達が使ってる戦煌刀ってのは煌鋼で造られている。煌鋼は大陸中でも随一の硬度を持った特殊合金だ。俺も長年刀鍛冶をやっているが刀が折れた、なんて話は滅多に聞かねぇ。考えられるとすれば、煌を刀に伝達する戦煌刀士の煌力があまりにも強すぎて戦煌刀が耐えられなかった…ってのが主な原因だったりするんだけどよ。最近の変形機構がある奴はどうかわからんが…」

その話を聞いて桜花は心当たりがあった。虎王丸が折れたのは前日双花に触らせたすぐ後だ。やはり双花の身体には相当の煌力が秘められている。才能があると言われもてはやされた事だってある自分達以上に。

「しかし…この虎王丸っつたか?こいつぁ相当鍛錬されたいい刀だぜ。これだけのモンが折れるなんてすげぇ煌力の持ち主なんだなぁ。お嬢ちゃんは」

桜花は虎王丸の修理と一緒に双花用の刀を作ってもらおうとも考えていたが、その話を聞いて思いとどまった。この件については後日ゲイゼンに相談する必要がありそうだ。おそらく並大抵の刀では双花の煌力に耐え切れず、前日の出来事の二の舞になってしまうだろう。そんな話を親方にした所で、話がややこしくなるだけだと思い桜花は口裏を合わせる。

「ははは。一応戦煌刀士ナンバー3の肩書き持ってますからね…いえいっ!それにしても親方さんは戦煌刀士についても随分と詳しいんですね」

「ま、俺だってこんなナリしてるが一応ハルモニア・ソードに属してるからな」

オーガベルツで出会ったクゥルンのように戦煌刀士のバックアップをするハルモニア・ソード所属の職人は大陸中のあちこちに存在する。そうして裏でサポートを行う者たちがいるからこそ戦煌刀士の活動は成り立っているともいえた。

そんな中、親方の後ろに立っていた筋肉の主張が激しいいかにも体育会系といった中年男が話に割って入ってきた。

「ところでお嬢ちゃん…虎王丸って名前、もしかして…装甲剣士(アーマードナイツ)・虎王丸から取ったのか!?」

「おっ、おじさん知っているんですか!?」

先程まで疲れた表情でこちらを見ていた男は虎王丸の話を語るなり目の輝きが増し、饒舌になる。

「おうよ!虎王丸っつたら大陸中央北のあたりに存在する町、オンアルフ出身のご当地ヒーローだもんな!俺も一度オンアルフに行った事があるんだが、そりゃあ自然が綺麗でいいところだった。その時たまたまやっていたショーを見て以来虎王丸のファンになっちまってな。虎王丸の型破りさもたまらないんだが…相棒、牙王丸のクールっぷりもこれまたイカすんだよな!なんつったっけ、あの名乗り、俺は装甲剣士、虎王丸…好きなものは、妻の手料理!ってな」

「ご当地…ヒーロー?」

双花は聞きなれない言葉に首を傾げている。倉庫で過ごしていた頃、ヒカリから英雄譚をよく聞かされていた双花にはヒーローという単語こそ馴染み深いものだったが、ご当地ヒーローという言葉は聞いた事がなかった。

「ご当地ヒーローってのは、町おこしや地域振興を目的として結成されたヒーロー、って言ったらいいのかなぁ。虎王丸、そして牙王丸は私達の地元、オンアルフ出身のヒーローで…そんでもって虎王丸と牙王丸の中の人は私達の親父なんだけど…」

と、桜花は少し照れくさそうに説明をする。

「そりゃすげぇや!こうして虎王丸と牙王丸の娘さん達に会えるなんてな!これもきっと何かの縁だぜ!」

虎王丸トークで盛り上がる中、親方は咳払いをして本題に話の流れを戻す。

「オオッホン!今すぐにでも修理に取り掛かってやりてぇ所だが、俺も最近じゃあ戦煌刀の修理なんて滅多にやってなくてな。ちょっと付いて来てくれ」

親方はそう言うと三人を戦煌刀を鍛錬する為に使用している別室へと案内した。部屋の奥には大きな機械に繋がれ、異形な形をした特殊なタイプの炉が配置されている。

「戦煌刀の鍛冶に関しては基本この部屋で行っているんだがな、戦煌刀の製造や修理には絶対必須のユルグの実が今ここにはねぇんだよ。ユルグの実には戦煌刀士の煌力を刀に伝わり易くする効力がある。そいつを炉に入れて鍛錬を行う事で、強力な戦煌刀を造る事が出来るんだ。ユルグの実はここから3キロ程離れたウズベルト山の頂に実っているんだが……ここからが本題だ。お嬢ちゃん達、戦煌刀士だろう?採ってきてもらえねぇか?ユルグの実」

「えぇ!?なんで私達が…!」

「ウズベルト山?ユルグっていったら…」

先日に続きまた厄介事か…といった感じで顔をしかめる桜花に対し、月花はなにかを思い出したかのようにその名前に反応を示した。

「いやな、以前は俺達も収穫に行っていたんだが…最近あそこで怪物騒ぎが広まっていてな。被害届けも何件か出ているもんだから現在は立ち入り禁止になっちまたんだ」

「怪物騒ぎ…?」

「ああ。なんでも…お伽話に登場するゴーレムに似た巨大な怪物が森の周辺をうろついてるんだとよ。幽霊だの煌晶を飲み込んで変異した熊だのと色々な説が出てる」

「ゆ、幽霊…!?」

幽霊という単語が出た途端、月花が身体をピクっと震わせる。この手の話は月花の最も苦手とするものだった。

「戦煌刀士ったら、煌に関連のありそうな事件の捜査も任務の一つだろう?これで怪物の正体が判明、んでもってこの騒ぎを解決してくれたなら俺達も助かるんだがよ」

怪物騒ぎの話を聞いて逆に興味が湧いてくる桜花。山に潜む正体不明の怪異、そういったロマンある出来事に首を突っ込みたくなるのは悪い癖だ。

「まぁ、行ってもいいですけど…」

「おお、助かる!それと…」

「まだなんかあるんですか…!?」

親方は炉を見るなり、険しい顔を見せる。

「ええとな、戦煌刀用の炉を使用するにはそこにあるデケェ機械を使って煌女が煌を送り込む必要があるんだ。それをお前さん達にやってもらいてぇ。この炉は暫く使っていなかったから、使えるようにするには結構な時間を要しちまう。お前さん達が実を取りに行った後にこの作業に取り掛かるとすれば、修復が完了するまでざっと二日は見てもらわなきゃならん」

「二日後…って休み終わっちゃうじゃん!流石にこれ以上休暇を伸ばすのは…まずい気がする。私ら今長期休暇中で、二日後に本部から呼び出しがかかっているから…」

「なら…お前さん達のどっちかがここに残って準備をしてくれりゃあ明日中には修理を終わらせられるかもしれねぇが…」

「どっちか…って言われても」

刀が折れていなければ月花に炉の準備を頼んで桜花一人で山に行ってきてもよいのだが、もしも怪物と対峙するような事になってしまったら対応出来ない。かといって月花に頼むのも問題だ。桜花は月花の方向をちらりと見る。

顔が若冠こわばっている。先程、幽霊という単語が飛び交ったのを覚えていた。月花はその手の話には滅法弱い。二人で実を採りに行くのであればなんとかなりそうなものだが、一人で行かせるとなると不安が残る。

「私、行ってくる!ユルグの木まで行ってくればいいんだよね?任せて!」

「えっ…!?」

桜花は一瞬耳を疑った。普段であれば絶対嫌がるはずのあの月花が、実の収穫を引き受けたのだ。

「あ、いや…でも月花、一人で大丈夫!?話聞いてた?ゆうれ」

「いやーーッ!それは言わないで!折角考えないようにしてたのに…桜花のバカー!」

月花は涙目になりながら桜花の背中をポンポン叩く。そんな月花を見かねた双花が気を使い、同伴を買って出た。

「月花、怖いんだったら私も一緒に付いて行こうか?」

「そんな所にわざわざ双花を連れて行けないよ。ここで一緒に桜花とお留守番してて?大丈夫、お姉ちゃんに任せなさいな。べべべ別に怖いとかそういうのじゃあないんだからね!」

「それだけ言うなら後は任せるけど…」

牙王丸を借りて行こうとも思ったけれど、月花が珍しく張り切ってるし…たまにはこういうのもいいや。と桜花はユルグの実収穫を月花に任せる事にした。



結月花は一人でウズベルト山までやってきた。ユルグの実を手に入れる為、それと月花にはもう一つ目的があった。戦煌刀士になってからというもの、いや…それ以前から常に何をやるにも桜花と一緒だった月花は、初めてともいえる単独活動を前に途方に暮れていた。ましてはそれが苦手な幽霊関連のものとは…山中は昼間だというのに薄暗く、周囲を霧が遮っている。いかにもなにか出そうな雰囲気だ。

「なんか、不気味なところだなぁ…ああは言ったけどやっぱり双花に付いて来てもらえば良かったかも…はぁ。そうだ。気休め程度だけど一人よりはマシか…」

月花はポーチから木造の球体を取り出し、中心部にあるボタンを押した。球体は煌鴉へと変形し、バタバタと音をたてながら、月花の周囲を賑やかに飛び回っている。

「キミがいれば少しは気を紛らわせられそうかも」

気がつけば、山の半分以上を歩いていた。一般の女性であれば根を上げるような距離であったが、戦煌装束により身体能力が向上している月花は息切れひとつ起こさずに淡々と歩き続ける。何も考えず、無心のまま素早い足取りで。

そんな中、突如山中に何か足音のような重音が響き渡った。月花は山の怪異の話を思い出し…おそるおそる重音が響いた方向を振り向く。

「ひ、ひいっ!」

月花は情けない声を上げ、来た道を全力で戻った。一瞬木影から骸骨が顔を覗かせていた、ような気がした。やはりこの森には得体の知れないなにかが潜んでいる。

「……あれ?ここ…どこ?」

辺り一面獣道が広がっている。無我夢中で走った為か道を外れてしまったようだ。これではどの道へ進んでいいかわからない。月花がおろおろとあたり一面を見渡すと、一人の少女が立っていた。

「こ、今度は何!?」

一瞬幽霊と見間違えそうになりぎょっとするも、よく見ると人間の少女であるとわかった。立ち入り禁止の山に少女が一人、普通では考えられないような光景に息を飲む。少女は赤いおさげ髪に、ゴシックロリータ調の服を着ている。まるで童話の登場人物のようだ。

「ど、どうしてこんな所に女の子が…」

見た感じ双花と同い歳くらいだろうか。少女は薄暗い山の中でも怖がる事なく、あどけない表情をして立っている。

そんな少女に、月花は意を決して声をかける。

「…キミ、お父さんとかお母さんは?」

「私、お父さんとユルグの木を見にやってきたんだけど…でも、いつのまにかはぐれちゃって」

「ここ、怪物騒ぎがあって立ち入り禁止になっているんだよ!?知らなかったの?」

怪物騒ぎで立ち入り禁止になっている山に娘を連れて来るなんて…常識知らずにも程があると思ったが、少女の服装からして遠く離れた地域からやってきたのかもと考えると、そういう事もあるのかと無理矢理自分を納得させた。

「う、うん…でもよかったぁ。一人で心細かった所にお姉さんが来てくれて♪」

ホッとしている少女に月花は優しく手を差し伸べる。

「怖かったでしょ?実は私もユルグの木まで用事があるの。一緒にお父さんを探そ?まぁ、お姉さんも道に迷っちゃったんだけどねぇー」

月花は以前にもこんなことがあった事を思い出し、くすりと笑った。そんな思い出に浸るうちに、恐怖は和らぎ、落ち着きを取り戻していた。

「お姉さん、優しいんだね」

「貴女、名前は?」

「私?私はプリム!プリム・サフィラーゼ!」

「プリムちゃんかぁ…私のつれにもね、プリムちゃんくらいのお年頃の子がいるんだけどねぇ…」

見た目より幼い印象を与えるプリムの口調に、双花の方が大人っぽいなぁ…とついつい二人を比べてしまう月花。そんな中、煌鴉が何かを伝えるように月花の周囲を飛び回る。

「どうしたの!?……えっ?付いて来いって?」



月花がウズベルト山で散策を行う中、桜花は巨大な機械の中央に配置されたパネルに手を翳し、力を込めている。機械を通して桜花から煌の伝達を受けた炉は反応を起こし、やがて金色の炎が上がる。

慣れない作業に、桜花から疲れの表情が伺えた。双花はそんな桜花の様子をまじまじと見ながらぽつりと問いかける。

「月花、大丈夫かなぁ…」

「月花がああ言うんなら大丈夫だよ」

即答する桜花。そんな調子で本当に月花を心配しているのだろうか、と双花は疑問を抱く。

「月花…不安そうだった。いつも桜花が月花を引っ張っているようにも見えるから…」

「はっはーん。さては月花をただのヘタレ臆病コミュ障女子だと思っているな?月花はね…そんなやわな相棒じゃないよ」

誰もそこまでは言っていないよと双花は心の中でツッコミを入れ、苦笑いを浮かべている。

「そうだ、双花には昔話をしてあげよう。私達がまだ戦煌刀士になる前の話。いつの頃だったかなぁ…」



それは七年程前、まだ桜花も月花も田舎町、オンアルフで過ごす普通の少女だった頃の話。

「桜花…!ちょっと何してるの?」

「んーー。見てわかんない?木登り!」

「そんなとこ登ってたら降りられなくなるよ!」

「大丈夫よ、私凄いもん!よっ…と!」

まだ十歳だった二人は家の近くにある空き地で遊んでいた。桜花はおよそ五メートル程の高さのある木の上から飛び降り、豪快に着地した。この頃から桜花は抜群の運動神経を誇っていた。

「そんな高さから飛び降りたら危ないって!ケガしたらどうするのさぁ!もぉ…桜花は、自分の身体をもっと大事にしなきゃ」

「まぁまぁ、月花は怒りっぽいなぁー。カルシウム足りてないんじゃない?ちゃんと牛乳飲まないとおっぱい大きくならないよ!」

「余計なお世話だよ…ふんっ!」

今と変わらず放胆な性格の桜花を引き止めるのが月花の役目だ。その事で度々衝突するも、結局最後には桜花に丸め込まれてしまう。

「そういえば今日ね、おかあがご飯ご馳走してくれるって。だから月花はこの後ウチにおいでよ!」

「うん、いくいく!」

もうすぐ日が暮れる頃、二人は家まで戻ることにした。数分程歩くと、似たようなつくりの二件の家が見えてくる。二人の家だ。二人の父親は古くから親交があり、一緒に家を建てたのだった。

庭まで来たところで、桜花は異変に気づいた。

「フランケンが…いない」

フランケンとは桜花の家で飼っている大型犬だ。いつもは庭で鎖に繋がれ桜花の帰りを待っているのだが、姿が見えない。あろうことか、鎖が外れている。今までこんな事はなかった。

二人は家の周辺を必死に散策するも、全く見つからない。町中もくまなく探してみたが、結果は一緒だった。

「森の方に行ったのかもしれない!私探してくる!」

「ちょっと、桜花!」

桜花は町外れにある森へと向かい、宛もなくただやみくもにフランケンを探し回った。その後を月花も追いかける。フランケンの捜索に必死になっているうちに、二人は森の中で迷子になってしまった。辺りは既に薄暗く、一面夕闇が広がっている。

「おなか…減ったなぁ…どうしよう、このままフランケンが戻って来なかったら…」

悪い事ばかり考える。自分の事はまだしも、月花まで巻き込んでしまった。その事を考えると申し訳なさで一杯になってしまった。

「う……うっ!」

感極まって桜花は涙を流す。我慢していたはずなのに、涙が止まらず溢れてくる。そんな桜花の腰に、月花は優しく手をかける。

「大丈夫、怖くないよ。桜花は私が守るから」

「違う!怖いわけじゃないもん!私が月花まで巻き込んじゃったから…私のせいで、こんな!」

取り乱す桜花を月花は強く抱きしめた。泣きたいのは月花も一緒だったが、なによりも目の前で涙を流す親友を安心させたかった。

そんな時、森の中で蹲りながら身体を寄せ合う二人はライトの光に照らされる。その向こうには銀メッキの手作り感溢れる鎧のコスプレをした中年男性と、その横にはいなくなったはずのフランケンが並んでいた。

「ハハハ!町の人から話は聞いたぞ、桜花!ダメじゃないか…こんな時間に勝手に森まで入ったら…」

「お、おとう…」

「おとうではない、こ・お・う・ま・るッ!」

既に見慣れているが、父親の恥ずかしいコスプレ姿を前にして涙も引っ込んだ。桜花は呆れた顔で父親を怒鳴り散らす。

「だって!フランケンがいなくなっちゃったんだもん!それに何でおとうがフランケンと一緒にいるのさ!」

「いや、な?今日は休みで特にする事がなかったし…久しぶりにフランケンと一緒に月光(げっこう)の家まで遊びに行っていたんだよぉ…!?」

「…え?ウチに…いたの?」

月光とは月花の父親。桜花の父、星ノ河 桜一郎(おういちろおう)は度々愛上扇家に遊びに行っては、共通の趣味であるヒーロー創作活動に打ち込んでいる。この日、桜一郎は月光から犬をモチーフにした新型スーツを創る参考にしたいと頼まれ、フランケンを連れて行ったのだという。

「普段フランケンの事なんてほったらかしにしてるから、逃げ出したかと思ったじゃん!おとうのアホ!バカ!いい歳こいたヒーローオタク!」



その夜、月花は桜花の家で夕食をご馳走になり、そのまま泊まる事になった。既に両親には連絡を取ってある。二人は家族ぐるみでの付き合いをしている為、お互いの家に泊まりに行くなんて事も珍しくはなかった。

「んでね…月花が私を抱きしめてくれたんだよ。そしたら、怖さなんてどっか行っちゃった!」

「本当にありがとうね。月花ちゃんがいなかったら、もっと大変な事になっていたかも」

桜花の母が月花に礼を言う。そんな桜花の母を見る度に月花は思う。やっぱり母親似の顔をしているな、と。これでもう少しお母さんのように落ち着いてくれたらいいのだけれど…性格は明らかに父親譲りで困ったものである。

「だから私ね、大きくなったら月花と結婚するー!」

「ちょっ…えぇっ!桜花!」

いきなりのプロポーズに顔を真っ赤にする月花。

「お父さんはいいと思うぞ…月花ちゃんになら桜花の事を任せられる。どこぞの馬の骨のような男よりは全然いいじゃないか!月花ちゃん、おじさんの事はこれからお義父さんと呼びなさい」

「ちょっ!お義父さんまで…!…はっ!」

「はっはっは!早速呼んでいるじゃぁないか!月花ちゃん!」

和気藹々とした雰囲気の中、夕食を食べ終えた二人はパジャマへと着替え、向かい合うようにしてベッドで横になっている。

「月花、今日は…ホントありがとね」

「当然でしょう…?親友なんだから。でも今度からはもっと周りの事も考えて行動してよね」

「うん…ごめん。ねぇ月花?…なんか…こう、二人ベッドで横になっているとドキドキしない?」

「え…?」

静まり返った部屋に響く息遣い、パジャマの襟元から覗かせる肌がなんだか背徳あるものに思える。なんだろう…普段意識なんて全くしていないのに、そう考えた途端照れくさくなってくる。桜花は、月花に顔を近づけ、互いの額をくっつける。

「……!?ちょっ!なな、なななにしてんの!?桜花!?」

桜花は月花の反応を面白がって、いつもの調子に戻った。

「っ冗談!なに間に受けてんのさ!そーれ!逆エビ固め!」

「ちょ!ちょちょちょちょーーーッー!」



「本当はね、私の方が臆病で怖がりだったりするの。そんな私を支えてくれるのはいつも月花。普段は結構ヘタレっぽいところあるけど、いざという時には逆転しちゃうんだよね。だから私は月花をいつも信じてる。家族みたいなもんだもの。任せてって言ってくれたのに心配なんてしちゃあ、それこそ月花に失礼よ。あー、この話月花に言っちゃダメだよ?恥ずかしいから」

二人の過去話を聞いた双花は感激し、涙ぐんでいるようだった。

「ちょっ!双花?どうしたの?目にゴミでも入った?」

「いや、なんだか…そういうのいいなぁって思って。二人が羨ましい」

「なに言ってんのさ。双花だってその中に入ってるんだよ。私達の大事な妹。それに…さ。双花にも私達以外にこれからそういう風に思える人が見つかるといいよね!」

「…大事な人、かぁ」

イメージが沸かない。自分の知っている世界はこの前まで閉じ込められていた倉庫の中と、それについ最近そんな世界から連れ出してくれた二人のヒーローと旅した数日間。これからそんな出会いも待っているのだろうか。

「双花の人生はまだまだこれから。双花なら…もっと遠くに行ける。それこそ、この大陸に名前が知れ渡るくらいの有名人にだって…なんてね」

桜花はそう言って微笑んだ。



煌鴉の後をついて行くうちに、獣道を抜ける。どうやら煌鴉は道を覚えていたらしい。やがて月花とプリムは山頂近くまでやってきていた。すると、異様な光景が目に入ってきた。

周辺にわずかながら明かりが点っている。よく見ると、立ち入り禁止で誰もいない筈の山中にテントが張ってあり、何やら男達の賑やかな話し声が聞こえてくる。

「さっきよ、スカルゴーレムで山の見張りをしていたら、着物の若い女が一人で道を歩いていてよ…それも結構な上玉だったぜ」

「着物の美少女だぁ…?なんだってこんな所にいるんだよ。それこそ幽霊とかじゃねぇのか?」

「んなもんいるわけねぇだろ。まあ俺達がここで実を無断収穫しているのを見られちゃあ面倒な事になるし…いつも通り追っ払ってやったけどな」

ユルグの実の収穫には許可が必要となっており、収穫できる量も限られている為、裏ルートで高価取引される貴重な実でもあった。男達は人型重機に骸骨等の悪趣味な飾り付けをして怪物に見立て噂を流し、山に近づかせないようにして、実の無断収穫を行っていたのであった。

(あの男達、もしかして…)

双花は煌女探知機で男達を除き混む。煌女探知機は煌女だけでなく、煌喰らいも見分ける事が出来る。探知機は男達に反応を示さない。男達が煌喰らいではない事を確認した月花はホッとする。

「はぁ…なんだ、そういう事かぁ。プリムちゃん。ちょっと離れててね」

そうプリムに杭を刺すと月花は男達の前に姿を見せた。

「な、なんだてめぇ!どっから出てきやがった!」

「私もユルグの実を取りに来たのですが…」

この手の悪党の反応は毎度同じだな…と月花はため息をつく。

「ここは俺達の縄張りだ。残念ながら、お嬢ちゃんにやる分は一つもねぇよ。いや、可愛いお嬢ちゃんになら少し恵んでやらなくもねぇが…俺達がどうして欲しいのかわかるよな?」

「はぁ…」

いやらしい手つきで身体に触れようとしてくる男の首筋に手刀を入れ、月花はかったるそうに両手を払う。

「おごッ!」

「煌喰らいでもないし…刀を抜く訳にもいかないかぁ…」

「くっそ!やっちまえ!」

男達はナイフを取り出し、慣れない手つきで振り回す。月花は冷静に軌道を読んで手を掴み、ナイフを持った男を背負い投げる。

「つ、つぇえ!なんだこのバケモノ女!」

後ろから聞こえたその一言にカチンときた月花はバケモノ呼ばわりをした男の顔面に回し蹴りをお見舞いする。それを受けた男は一撃で地面に倒れ込み、気絶した。

先程背負投げを受けた男がそそくさと木陰に逃げ込み、隠してあった人型重機へと乗り込んで起動させる。怪物の雄叫びのようなやかましい機械音と共に立ち上がったスカルゴーレムと呼ばれた人型重機は、グルファクシ組と戦ったタイプよりも動きは遥かに鈍く、いかにも数世代前の機体といった感じだ。

スカルゴーレムは月花目掛けてその巨大な足を振り下ろそうとする。月花はスカルゴーレムの足背へと飛び乗り、そのまま助走をつけて体幹へ飛び移り、隙間に牙王丸を突き刺し操縦席への扉をひん剥いた。

「ひィッ!」

月花は剥き出しになった操縦席で男の喉元に牙王丸の刀先を向け、恫喝する。

「わ、わかった!俺達が悪かった!」

そう言うと、男は両手を上げた。どうやら降参したようだ。

さて…どうしたものだろう。男達を連れて街まで降りる訳にもいかない…少し考えて月花は近くにあった頑丈そうな蘿を縄代わりにして男達を木に縛り付け、後々捕まえてもらうことにした。

「お待たせ、プリムちゃん。さあ、行こうか?」

男達の縄張りから少し歩くと、徐々に霧が晴れていき、やがて山頂へと辿り着く。そこは先程までのじめじめした空間が嘘のような絶景が広がっており、頂の中心には巨大な樹木があった。その木にはガラス細工のように神秘的な実が実っている。

「これがユルグの木、綺麗…本で見たのと同じだ…」

月花は親方から渡されたポーチ一杯にユルグ木に実った実を詰めていく。そして、月花はユルグの木へと手を合わせた。ウズベルト山の頂にあるユルグの木にお祈りをすると、願いを叶えてくれるという言い伝えがある。それを以前本で読んだ事があった月花は、いつか機会があれば行ってみたいと考えていた。前に桜花にもその話をした事があったが、月花ったら相変わらず乙女チックな趣味だよねぇと笑われた事があった為、今回ウズベルト山の話が出ても話題には出さなかった。勿論、当の桜花はそんなこと覚えてもいなかったようだが。

「お姉ちゃん、何をしているの?」

「いやね、このユルグの木にお祈りをすると、願いが叶うって言い伝えがあるんだよ」

「へぇー。それで…なんてお祈りをしたの?」

「私の大事な人達が幸せでいられますように…ってね。そうだ、プリムちゃんもお祈りしてみたら?」

プリムも月花を真似て手を合わせ、ユルグの木にお祈りをする。

「プリムちゃんはなんてお祈りしたの?」

「へへ、大切な人とずっと一緒にいられますように…って♪…あ!お父さん!」

プリムの見ている方向に目をやると、遠くの木陰に成人男性が立っている。どうやら離れ離れになっていたプリムの父親のようだ。

「お父さん見つかってよかったね。プリムちゃん。もう、迷子になっちゃだめだよ?」

「うん。それじゃあ、私行かなくちゃ!ありがとう…お姉ちゃん!」

プリムは月花に礼を言うと父親の所まで戻っていった。短時間で色々と問題が起こったが、こうしてなんとか無事に実を手に入れ、自分の目的を果たすことも出来た。

「さてと、私も戻らなきゃ」



鍛冶屋までクタクタになりながら戻った月花は、親方へとユルグの実を渡し、虎王丸の修理を託した。既に炉の準備も出来たようで親方は「後は俺に任せな!」と張り切っている様子であった。

明日虎王丸を受け取る約束を交わし、本日泊まる旅館へと向かう最中、月花は山中であった出来事を二人に話している。

「じゃあ森の怪物の正体って人型重機だったの…?なぁんだ…そういうオチかぁー」

森の怪異の正体に桜花はがっかりしている。

「そっちはどうだったの?」

「こっちもね、それなりに体力も煌力も使ってクタクタだよぉもお。ま、そんな私の頑張りもあって、思ったより早く修理が終わりそうだってさ!双花は刀、もうちょっと待っててよね。それまでに刀の名前、考えときなよ?」

「やっぱり、刀って名前を付けるものなの…?」

「勿論!戦煌刀士の命とも言える刀だよ。カッコイイ名前付けてやらないと…!私らの知り合いの刀士も、大体は名前付けてるし」

双花は顎に手を当てて「うーん」と声を上げ、真剣に考えるような素振りを見せる。以前は無愛想だった双花も、日に日に多彩な表情を見せるようになっていった。元々こういう性格なのだろう。双花の感情は顔に出やすく、見ていて面白い。そんな双花を眺めながら月花はくすくすと笑っている。

「やっぱり、双花はプリムちゃんよりもちょっと大人びているかなぁ」

「プリムちゃん?誰それ…?」

「あぁ…プリムちゃんはさっき話した山で出会った女の子の事。プリムちゃんとお父さん、ちゃんと山を降りられたかなぁ…」



月花がウズベルト山を離れてから数時間後、月花に捉えられた男達は自力で縄を解き抜け出していた。

「くっそ!なんなんだあの女…ふざけやがって」

「あの女、多分ハルモニアなんたらって治安維持組織の回し者だよ…多分俺達を捕まえる為に仲間を呼んでる。そいつらが来る前に最後にユルグの実をたんまり頂いてずらかろうぜ」

男達がユルグの木の前まで向かうと、そこには黒いローブを身にまとい、薄気味悪い雰囲気を醸し出している少女がユルグの実へと手を伸ばし、ぶつぶつと何かを呟いていた。

「ユルグの木が実をつけている…ウズベルト山といったか、中央にもこれほどまでの豪煌地帯があるとはな。報告しておこう。東の(チュプグァ)を救う手がかりになるかも知れない」

「お、おいッ!それは俺達のモンだ!勝手に手を出すんじゃねぇ!」

「…俺達の?これは貴様らのような害虫共が勝手に使っていいものじゃない…消えろ」

「害虫だぁ?メスガキがはした口を叩くじゃねぇか。俺達はさっきも着物の女に散々な目に合わされてイライラきてるんだ…なにやらかすかわかったもんじゃね…」

瞬間、男の口を刀が貫いていた。刀を持った少女の口からは笑みが浮かべられている。

それを見た男達は唖然としている。自分達が悪人だということは自覚しているが、本当の邪悪というものは簡単に命を奪い、嘲笑っている目の前の少女のような事を言うのだろう。少女が刀を引き抜くと、男の顔から勢い良く血が吹き出した。

「ひぃいいいッ!」

ローブの少女は、悲鳴を上げて逃げ惑う他の男達をまるで狩りをするかのように追い回し、その命を摘んでゆく。

最後に残った男が、何かにぶつかり、その場に倒れ込んだ。男の目の前には…先程まで月花と一緒にいた少女、プリムがいた。プリムの横には、父親と呼んでいた男がピクリとも動かず、白目をむいてマネキン人形のように立っている。

「ははっ♪面白い事をしているのね。ヴァルシエラ。私も混ぜて?」

背後では、ヴァルシエラと呼ばれたローブの少女が、まるで虫でも見るかのように男を眺めている。ローブから覗かせるヴァルシエラの顔の左目下には斬りつけられたような傷跡が見え隠れしており、小柄な体格ながらも、異様な貫禄を漂わせている。男はプリムの服を掴んで無我夢中で訴える。

「たっ、助けてくれ…!俺は死にたくない!」

「あっはは、どうしようかにゃあ~」

プリムは無邪気に笑い、命乞いをする男の顔をぐりぐりと踏みにじる。

「わかった!貴方は助けてあげる。そ・の・か・わ・り♪」

そう言うと、プリムは手を翳し、通常の煌女であれば特殊な道具がなければ造り出す事が出来ないはずの煌晶を生成した。本来であれば金色をしているはずの煌晶だが、プリムから生成された煌晶は、黒く不気味な光を放っている。

プリムは男の口に”それ”を頬り込む。すると、男の身体がまるで痙攣を起こしたかのように震え出し、やがて動きを止める。

「どう?特製の煌晶の味は…?これで貴方も私の玩具…ふふっ♪」

男は無言のまま頷く。まるで、プリムの操り人形にでもなったかのように。

「はーぁ、煌晶作ったらお腹減っちゃった。ねぇヴァルシエラ…?この山、食べちゃっていい?きっと沢山の煌が手に入ると思うんだけど」

「いいや、中央にはびこる"侍"共に目をつけられても厄介だ…余計な行動は起こすべきではないだろう」

「侍…ね。あぁー、私さっきそのお侍さんに会ったかも。そんなに悪い人には見えなかったけど…あんな人がお姉ちゃんだったら良かったのに♪」

「馬鹿を言うな。これから私達”大地喰らい”の敵になるかも知れない奴等だよ…プリム。プリムには…私がいればそれでいい。来るべき刻まで私達は、刃を研ぐまでだ…」








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