白金髪の少女と二人の刀士
オディアカフ大陸、その広大な大地に”煌”と呼ばれる特別な力が流れている。
煌とはすなわち大地のエネルギー。また、煌の力を身体の内に宿す”人間”もこの大陸には存在する。
煌を宿す人間は女性のみとされており、この世界では”煌女”と呼ばれていた。煌女が産まれる確率は五人に一人程度と言われている。
煌女が住む土地は大地の活性化により豊かになり、また、特殊な機器を使用し煌を固形物に錬成して作り上げた煌晶は、様々な道具の生産に利用される資源となった。
これは、そんな力を持つ少女達の運命の物語…
「おいッ!お前らッ!時間だ…とっとと起きて支度しろ」
男のダミ声が響き渡る。鍵がかけられた檻のような部屋に10~14歳程の少女達がざっと十数名程詰め込まれていた。
少女達は次々と部屋から出されていき、男の後ろについて老朽化した建物の石畳で出来た廊下を移動する。建物内は全体的に薄暗く、鉄格子の小さな窓から差し込んでいる若干の明かりでなんとか視界がわかる。二百メートル程まっすぐな廊下を歩いた後、少女たちは"作業場"へと連れて来られた。
少女達は慣れた足取りで配置に付き、既に待機していた男達から次々と怪しげなブレスレットを装着させられる。
「始めろ、今日も沢山の”煌晶”を作れ。それ以外、お前等に価値なんてねぇ」
少女達がブレスレットを装着した方の手を翳すと、やがて掌が光り出した。光の中から金色に輝く結晶が生成されていき、次第に結晶は大きくなっていく。
煌晶が掌いっぱい程の大きさになると、それを袋へと詰め込んだ。そして、また新しい煌晶の生成に取り掛かる。
「No.2ッ!煌晶の生成が鈍いぞ。…ったく、身寄りのない貴様らに寝床と昼晩の食事を提供してるんだ。その分しっかりと働いて貰わないとなァ!」
作業を監視している男の怒号が作業場に響く。生成ペースが遅れている少女には容赦のない罵声が浴びせられた。まるで自分達との力関係を見せしめるかのように。彼女達の置かれている境遇は働く、なんてものではない。奴隷…いや、煌晶を生成する為のパーツ程度にしか見られていないのだろう。
「…すみません」
No.2と呼ばれる少女は生気が抜けたような返事をする。煌晶の生成には極めて高い集中力を必要とし、一日の半分以上を煌晶の生産に費やしている為、少女達には相当の負担となっている。
「ヒカリ…大丈夫?昨日はよく眠れていなかったようだけど」
No.2、ヒカリと呼ばれた少女の隣で作業を行っていた少女が小声で呟いた。
「うん。なんだか…最近体調があまりよくなくて…」
「おい、そこッ!作業中の私語は慎め、何度言われたら分かるんだ!?」
再び男の怒号が響き渡り、周囲の少女達は俯く。
「いやぁ、またお前か…おいぃ…No.1。駄目だろう。この中で一番の先輩のお前がこんな体たらくじゃよぉ…確かにお前は煌晶の生産に対してはずば抜けているが…それだけじゃいけねぇ。後輩共の見本になってもらわなぁにゃ」
「し、しかし…ヒカリの、No.2の疲労は目に余ります…!せめて少しでも休息が必要だと!」
「あぁ?俺に口答えする気か」
No.1、白金色の髪色をしたひときわ目立つ少女が、身長が倍程ある男の威圧に負けじと必死に食い下がった。少女は蒼い瞳で力強く男を見つめ訴え掛ける。
男は少女の目力に少しばかり気圧された。とても見た目12、3歳程の少女が出せる目力ではないと思った。
気圧された、といっても腕力では圧倒的に男が優っているし、本来なら簡単に痛めつける事は出来る。力を振るえば服従させることも可能だろうが、この白金色の髪をした少女にのみそれを行えない”ルール”があった。
「チッ、しゃあねぇな。15分だけ横になれ」
これ以上こいつに関わるのも面倒だ、と男はしぶしぶ休憩の許可を出した。
ヒカリが作業場の端に置かれている使い古されたソファに横になる。それを別に監視していた小太りの男ががにやにやしながら見つめ、呟いた。
「あーあ。あいつの症状。もう長く持ちそうにないかもな」
早朝から続いた煌晶の生成作業も二十時頃には終わりを告げ、少女達は檻の部屋に戻された。
そこでようやく夕食が支給される。自分たちがつい先程まで生成していた煌晶程の大きさのパン2つと、とうもろこしの缶詰、水の入った水筒のみという質素な食事である。育ち盛りの少女でいる彼女達には足りるはずもない。
男は夕食を配り終えると、部屋の鍵を閉めてその場から立ち去った。檻の部屋に入っている間は、男達の監視が行き届いていない。
男達の監視体制には色々と雑な面があり、脱走しようと思えばチャンスは何度もあった。が、彼女達はそれをしなかった。
過去に脱走を試みた少女が数名いたがすぐに、いとも簡単に捕まった。私達が逃げても捕まえる事など、彼らにはたやすい事なんだろう、と彼女達はそれをわかっていた。
脱走した少女は地下室へと連れて行かれた。地下室に連れて行かれた少女は、二度と戻って来る事はなかった。
地下室で何が行われたか、想像するだけでおぞましい。
そしてなによりも、少女達は彼らの恐ろしい正体を知っている。彼らの持つ力の前には、反抗などなんの意味も持たない。待ち受けているのは惨めな死、のみ。
少女達は時間を掛けじっくりパンの味を噛み締める。
パンの味にはすっかり飽きがきていたが、それでも毎日の食事は彼女達にとって一番の楽しみだった。
食事と週一で浴びる事が許されているシャワー、そして男達の監視のない夜の時間は、少女たちが安らげる数少ない時間だ。
十数名の少女達が一つの狭い空間で夜を過ごす。疲れきってすぐに眠りについてしまう者。他愛もない会話を楽しんでいる者さまざまだ。
No.1、白金色の髪の少女がさっさと眠りにつこうとした時、ヒカリが声をかけてきた。
「イチ、今日はごめんなさい。また…私をかばってくれて」
白金色の髪の少女は”イチ”と呼ばれていた。監禁された少女達は自分以外の少女の事をナンバーではなく、名前で呼んでいたが、”イチ”だけはナンバーのままで呼ばれている。それはイチが物心ついた頃からここで監禁されて育った為、本人すらも自分の名前を知らないのである。
「いいって!気にしないで。今度またあいつらがヒカリに酷い事をしようとしたら、私が守ってあげるから」
「でも…それじゃいイチがあいつらに目をつけられるわ」
「もうとっくに目を付けられてるし…それに大丈夫、あいつらは私には強く出られない。大量の煌晶を生成出来る私がいなくなったら、あいつらだって困るもの」
イチは他の少女達が1つの煌晶を生成する合間に、彼女は5つの煌晶を生成することが出来た。イチにはずば抜けた煌の才があった。男達も彼女の才能を否が応にも認めざるを得ず、あまり強くは出られなかった。暴力を受け万一彼女に傷がつき、煌晶の生成に関わるような事があれば困る。彼女にはそれだけ価値があるのだ。
少女達がここに連れて来られた期間はばらばらであり、つい数ヶ月前にここに来たばかりの新参者も多い。ここに来るまでは特になんの変哲もない平穏な暮らしを行ってきたものばかりだった。イチとヒカリを除いては。
ヒカリは数年前に両親が他界した事で身寄りがなくなり、親戚の元へと引き取られたが、あまり良い扱いを受けず、煌の才があった事から身を売られここまで連れて来られたのだという。ヒカリが連れて来られた時には既にイチはここにいた。イチ以外のにも数名少女がいたが、脱走を測って捕まり処刑されたもの、過労により倒れそのままどこかに連れて行かれた者と、徐々に人数が減っていき気づいた時にはヒカリもここのNo.2のナンバーにまでなっていた。
次第に二人の間に絆が芽生え始め、ヒカリは毎日のようにイチに外の世界の事を話した。外に出れば広大な大地が延々と広がっており、多種多様な花や生き物と綺麗なもので溢れている事。ここで食べているパンなんかよりもうんと美味しいものが沢山ある事。週に一度きらきらのアクセサリーやドレス、いろいろな衣類でおめかしして両親と出かけるのが楽しかったという事等…イチはヒカリや他の少女達の話を聞いていくうちに外の世界の色々な知識を知った。外の世界を全くといって知らないイチにはどれも連想し難いものばかりだったが、ヒカリや他の少女達がその話題を話す時が一番楽しそうなので、きっと素敵なものなのだろうと思った。
「ねぇ、イチ…私達、ここから出られる日が来るのかな…」
「来るよ…きっと」
「ねぇイチ、ここから出られたら、いっぱいいろんな所へ遊びに行こうね」
「うん…」
ここ最近のヒカリは以前よりも元気が無くなっている。嫌な予感がイチの頭の中をよぎる…そしてその予感は、すぐに的中することとなる。
翌朝、イチは何かに手を強く掴まれる感覚を受け目を覚ました。
隣で寝ていたヒカリが自分の手を強く握りながらうなされている。
顔色は悪く、身体はすごい熱を帯び、身悶えていた。
「ヒカリ!大丈夫!?」
返事はなく、代わりに苦しそうな呻き声が聞こえてくる。
イチがあたふたしているうちに、男が檻の部屋までやってくる。昨日の朝やってきた男とは違う、作業場にもいた小太りの男だった。男はすぐに異変に気づいた。
「おーお、こりゃ大変だな」
男は軽い口調で言い放ち、ヒカリを担いで部屋から出ようとする。
「あの…どこに連れて?」
イチは男に質問する。
「どこに、ってそりゃお医者様の所だよ。こんだけ酷い状況なら看てもらわなきゃいかんだろう」
イチは心配だった。これまで男達に連れて行かれた少女は誰一人として戻ってくる事はなかったからである。
「おいおい、俺が信用できねぇって顔してるぜ。本当に医者の所だってば。俺たちとしても貴重な資源は死ぬまで使い倒してぇんだよ。新しいガキをさらってくるのも手間がかかるからな。運が良けりゃまたここに戻ってくることも出来るかもしれねぇぞ」
男は心配するイチを安心させようと弁明するが、粗暴な言葉の数々は、逆にイチの不安を増幅させた。
「運が悪けりゃそのときゃその時よ。ま、せいぜいトモダチが無事に帰って来ることを祈ってんだな。ああ、お前等の対応はベッビスに引き継がなぁにゃ、今呼んで来るから待ってろよ」
最後にそう言って男はヒカリを連れて去っていった。
イチはただヒカリの無事を祈ることしかできなかった。
✽
オディアカフ大陸 中央西のイセベリス地方に存在しているリーヴの町。レンガ造りの建物が並ぶ人口四千人程の小さな町。その昼下がり、ひときわ目立つ倉造りの建物、”甘味処・腹切”と看板の立てられた店の中に二人の少女がいた。
二人の少女はカウンター席に腰掛け、メニュー表を見ながら何を頼もうかと真剣に悩んでいる。
「おばちゃん、あんみつ2人分!それと…羊羹に…みたらし団子。あとどら焼きも!」
と白とピンクを基調とした着物を着た少女が元気よく注文する。
ミディアムの黒髪、そこから覗かせる白い胡蝶蘭のヘアピンがトレードマーク、どこか小動物のような雰囲気を醸し出している少女、名は、桜花。
「桜花さ…ちょっと頼みすぎじゃない?私達スイーツめぐりに来たわけじゃないんだけど…」
もうひとりの長身の少女は紺色と赤を基調とした着物に、しなやかな長い黒髪が清楚な印象を漂わせている。名は月花。どちらも上品な大和撫子を彷彿とさせるような風貌をしている。
「まあまあ、腹が減っては戦は出来ぬって言うでしょ?」
「はい、お待たせ」
還暦近いと思われる店主の女性がスイーツを次々をテーブルに置いていくが、あんみつ以外全て桜花が注文したものでいる。
「なんなら月花ももっと頼めばいいじゃん」
「いや……私はその…体重が気になるし」
「なに言ってんのさ。そんなスレンダーな体型してて」
「私は体型維持をしっかりやってるの。いくら食べても太らない桜花と違ってね」
自分の苦労も知らず美味しそうにスイーツをほおばる桜花に対して月花が嫌味のように吐き捨てる。
(まったく…その栄養は一体どこに運ばれているんだか)
月花は自分の質素なソレと比べるように彼女の豊満な胸をちらちらと見る。
「ちょっと、さっきからどこをジロジロと見てるのさぁ。月花は昔からむっつりスケベなんだから」
「むっ…む、むっ!き、興味ないし!大きいけど大きすぎず主張控えめで下品な感じのしない、思わず見とれてしまう程形もいい桜花のスペシャルおっぱいなんてななな、なんも興味ないしっ!」
我を忘れて大声を出す月花に店内が静まり返る。他の客が唖然とした表情で二人を見ている。月花は顔を真っ赤にし俯きながら申し訳なさそう周囲に頭を下げた。その様子を見て桜花はくすくすと笑いながらどら焼きをほおばっている。
ホンっと、黙っていればクールで最高にカッコ良く見えるんだけど…こういうとこが残念すぎんだよね月花は…と月花は何かやらかすたびに桜花は思った。
旅芸人のような掛け合いを繰り広げる二人に店主が近づいてきた。
騒ぎ過ぎた為怒られるのではないかと覚悟した二人だったが、団子が二つ店主から差し出された。
「はいっ、団子のサービス。久しぶりに面白いモン見せて貰ったからね。二人共、芸人さんかなんかかい?」
「「違います!!」」
二人は声を合わせて否定する。息もピッタリだ。
「あら…違うのかい…このへんじゃ見ない派手な着物なんて着ているもんだからてっきり、ね」
店主にも勘違いされてしまっていたようだ。
「まぁ仕事で来たことには変わりないんですけど…」
「こんな辺境の町に仕事の用事なんて珍しいね。普段は町外からの客なんてめったに来ないもんでさ。それどころか最近じゃあ町の連中も別んとこに移住しちまう事が多くなってきた。こっちも商売上がったりだよ、そろそろ店を畳もうかとも思ってるくらいさ」
等と人の良さそうな店主が町の事情なんかをペラペラと話し始めた。
「そうだ、店主さん。最近悪い噂を聞いたりした事はありませんか…?」
この話題を出すのに少し迷ったが、丁度良いタイミングだと思い、意を決して桜花が切り出した。対する月花は人見知りが激しい性格の為、あまり初対面の人間と関わろうとはしない。
「噂…?」
「そう、例えば……町の子供達が次々と神隠しに合っている、とか。聞いたことないです?」
すると店主の顔が少しこわばったが、すぐに笑顔を作り言った。
「さ、さぁ…そんな噂聞いたことないねぇ。……それにほら、店の外で子供達が楽しそうに遊んでるだろ。そんな物騒な噂が流れていたら子供達だって外に出てないさ。旅人さん方、そんな噂話を言いふらして町の連中を怖がらせないでおくれよ。」
「ごめんなさい。そうですよねぇ。失礼しました…」
微妙な空気になってきたのを察した桜花は残りの団子を急いで口に放り込んだ。
「それじゃ私達はこれで…ご馳走さまでした。おばさん、あんみつ美味しかったです」
二人は軽く会釈をして店を出た。
甘味処から出た二人はこの町で何か不思議なところがないかどうか町中を並んで歩き調べている。
二人の身長には15cm程の差があり、並んで歩くと似たような着物を着ていることから姉妹だと間違えられる事もある、が血は繋がっておらず、同い年の幼馴染同士、そして仕事仲間といった関係だ。
「桜花、やっぱりあの店主さんが言う通りこの町には私達の仕事がらみの案件はないんじゃないの?なんの変哲もない平和な町じゃない」
月花は桜花に問いかける。彼女達は仕事によりある”命”を受けてここに来た。
「いや、それがね?私が神隠しの話題を出した時、一瞬だけど店主さんの顔がこわばった…そして確信した。この町には、やっぱりなにか ある」
洞察力に優れた桜花は店主の一瞬の表情の変化も見逃さなかった。店主が何かを隠しているように見えたのだ。そして、鈍感な月花とは違い桜花には他の町人もなにかを隠す…いや恐れているように見える。部外者の少女二人に対する異様な視線、警戒心のようなものをうっすらとだが感じる。桜花は町全体がなにか、大きな力によって支配されているように思えて仕方なかった。
「さ、て、とっ」
桜花は腰にかけていたポーチから双眼鏡を取り出し、外で歩いている子供達、それも少女のみを観察した。すぐに確認し終えるとまた別の子供のグループを双眼鏡で覗き込んだ。
煌女探知機。一見ただの双眼鏡のように見えるがこれで相手を覗くことにより、覗いた人間の煌の有無、また映し出す煌の流れの発光度合いによって、煌女の持つ才がどれだけのものかが分かるというスグレモノだ。
桜花は煌女探知機で少女達を次々と覗いていく。町の中心で人目気にせず双眼鏡で少女を覗く着物の少女…覗かれた少女達からしてみれば彼女達が町の平穏を脅かす変質者にしか見えなかった。
「んーーーやっぱり、かぁ」
桜花は軽くため息をついた後言った。
「どの子も普通の子。煌女の女の子、一人もいない」
念の為、成人女性も調べてみると何人か煌女を確認出来た。この町に煌女の少女だけがこの町に見当たらない。
煌女の持つ煌の力は年数の経過と共に衰えていく。逆を返せば若い煌女程煌の力は強い。煌女の少女がいない町や村は、作物の不作、水の干上がりにより滅んでしまうという言い伝えがある程だ。
そんな力を持っている煌女だが、周囲からは特別な扱いを受ける事もなく、煌を持たない人間に混じって通常の生活を送っている。煌女は特殊な装置等を使わない限りは、ほかに能力を持つわけでも、身体能力が優れているわけでもなく、通常の人間と何ら変わらないのでいる。
桜花はこれまで50人以上の少女を煌女探知機で覗き込んだが結果は変わらず。やはり、煌女の少女は神隠し…どこかに連れ去られている。
桜花が右手を顎に当て色々と考えを巡らせていると、二人の前にやせ細り眼鏡をかけた初老の男が現れ、声をかけてきた。
「どうやら…確信に近づきつつあるようですね、桜花。月花」
二人は振り返り男を見た。
「ゲイゼン…どうして、ここに?」
ゲイゼン、彼は彼女達の上司。
「まったく、貴女方がもたもたしているせいで私がむざむざこんな所まで来ることになったんですよ。
今回の件でまた新たに判明した事を伝えにね」
と嫌味を言うと二人の顔がムッとなる。そんな二人を気にせずゲイゼンは続けた。
「ま、大体はお察しの通りです。この町の煌女の少女達がさらわれています。少女達をさらっているのはグルファクシ組とかいう裏で悪事を散々やらかしているクズの集団…この町にいるのは末端構成員だけのようですが。そいつらに少女達は監禁され…強制的に煌晶を作らされているようですね。」
「未成年の煌晶生成といったら…やっぱりアレ…かぁ」
月花がまたか、と言わんばかりの呆れ果てた表情で呟いた。
「そう、だから貴女方が派遣された訳です…厄介な力を持て余したクズ共を成敗する為に……ね」
「煌女の女の子達が監禁されている場所はもうわかっているの?」
何もかもお見通しといった態度のゲイゼンに桜花は聞いた。
「ええ、ここから北に3km程離れた山奥の倉庫。そこが奴らのアジトです………奴らを殲滅し、少女達を助け出すのが今回の貴女方の仕事…まあそこまで大変な仕事ではないと思いますが…気をつけなさい。奴らは手段を選ばない、少女達を人質に使ってくる、といったことも十分に考えられるでしょう」
「問題ありません、私達は仕事を遂行するまでです」
自信ありげに月花は即答する。
「行くよ、月花」
桜花の声に月花は頷き、彼女等は夕焼けの中、町外れの森の中へと消えていった。
「期待していますよ、白金の双花…」
ゲイゼンはこれから戦場へと向かう彼女達を見送った。
✽
ヒカリが連れて行かれてから3日が経過していた。
夕日も沈み始め今日の作業も佳境を迎えようとしていたが、イチはヒカリの事が心配でここ三日間、全く作業に集中出来ずにおり、監視の男達も困り果てていた。
「クッソ、No.2がいなくなってから、No.1の奴全然作業に集中出来てねぇじゃねえか。これまでは他の奴がいなくなってもなんともなかったのによ」
「まあ、あいつらはそれだけ長い付き合いだったからな、それだけショックが大きかったんだろ」
「けどよぉ…このままあいつが使い物にならなくなっちまったらウチの煌晶生産数がガタ落ちだぜ?上からなに言われるかわかったもんじゃねぇ」
等と男達が相談している、大声で話している男達の会話は少女達には筒抜けだが、当のイチは魂の抜けたような状態であり、全く話の内容が入ってこない。
「どうする、なんならこのまま本当の事を伝えてしまおうか?」
その言葉が聞こえた時、放心状態だったイチはピクリと反応するが、そんな事には気づかず男達は会話を続ける。
「よしっ、決めた。こうなったら俺が全部責任持kつぜ、あいつに本当の事を言っちまおう」
「もしそれで本当に使い物にならなくなったらどうすんだよ!」
「そんときはそんときだ、皆であの女…頂いちまおう、クケケッ!」
「お前さ、あの女喰いてぇだけだろ。」
「あいつさぁ、いつもいつも生意気だったんだよォ!自分に煌女の才能があるからなにやっても許される、みてぇな態度でよお!だから思い知らせてやりてぇと思わねぇか?俺達の力をよォ!」
会話が過激な方向にエスカレートしていき、最初は冷静だった男もいたが勢いに飲まれ段々と凶悪な本性を表していく。段々と盛り上がる男達の会話。こうなってはもう止まらない…そして男のひとりがイチの前に立った。
「No.1、お前に話があるんだけどさ…」
「なん…ですか……?」
ヒカリが倒れる前日、イチに睨まれた男が真実を伝える。あの時の目力は全くといってない程の別人に見えた。
「No.2…ヒカリちゃんだっけ?あの子な………死んじまったんだわっ!残念賞ーーー!ギャハハハハッ!」
「え……?死………ヒカリが、死ん……」
イチの頭の中が真っ白になった。最悪の事態は覚悟していたつもりだった。しかし、直接本当の事を伝えられた時、何も考える事ができなくなった。そして…目から一滴の涙が流れた。
「まぁーぶっちゃけヒカリちゃんがもう長くはないのは俺たちもわかってたんだけどねぇー。過労による疲れとかストレスなんかで相当精神彼女参ってたっぽいんだよ?でもさ、どうせ死ぬなら最後までこき使わないともったいないじゃない。もったいないじゃんなぁ!」
反吐が出るような言葉の数々を男は投げかけ続ける。イチは跪き身体を震わせている。生意気なイチが追い詰められていくさまを見るのが楽しくてたまらない。もっと追い込んで、追い込んで、最後は美味しく頂いてやる…
「ヒカリちゃん、ゴードンが連れてった後にすぐ死んじまったんだってよ。死ぬ間際、お前の名前を何度もつぶやいてたんだってさ。イチ、ああイチ…外に出たら一緒にアイスクリーム食べに行こうね、ってなァ!っなんだよそれ!おかしいよなぁ、お前等が外に出る事なんてもう二度とないってのに。最後まで相手の事を思いやるぅ……美しい友情。いや、おまえらデキてたんだっけ?噂になってたぜ」
先程までは絶望に打ちひしがれていたイチだが、徐々に男達への怒りが湧き上がってきた。もう自分はどうなったって構わない。そして勇気を振り絞り一言。
「めろ……」
「ぁあん?」
「やめろぉ!これ以上ヒカリの事を悪く言ってみろ!絶対に許さな…」
力を振り絞って叫んだイチの一言は男に力強く胸ぐらを掴まれた事により止められた。惨めな気持ちでいっぱいになった。
「誰を許さねぇって?やれるもんならやってみろよ?あ?」
「そうだ、彼女な、死んだ後にどうなったか教えてあげようか…煌女ってのはな、死んだ後も暫く煌が身体に残ってる…うめぇんだな、こりゃ」
後ろで3日前にヒカリを連れて行った小太りの男が話の腰を降り会話に混ざってきた。
「なーー。うめえよな煌女の肉。でもそれだけじゃねえんだぜ?別に普通の女ならレイプ、最悪死姦でもして楽しめばいいんだけどな、お前等煌女って男に犯されたら煌の力なくなっちゃうじゃん?でさぁ、煌晶と煌女の肉食べるのってなぁ…セックスの数倍キモチ良くなれんだよ!だからよ…お前もヒカリちゃんとおそろいの喰い方してやるよお!あの世で仲良くやってろよ!」
イチの胸ぐらを掴む男の顔が花開くかの如くカパッと6つにめくれ、巨大な口に変わり、他の部位も隆々と筋肉質に変異していく。やがて男は青白い風貌をした異形の怪物へと変貌を果たした。開いた口の葉のような箇所からは、獲物を噛み砕きやすいようにする為の牙が無数に生えている。
ヒカリを侮辱された事への怒りでそれまで必死に去勢を張っていたイチも、目の前でグロテスクな怪物に変わる男を間近で見た事によりたまらず悲鳴を上げ、同時に失禁した。それまで必死に下を向いていた他の少女達も声にならない程絶叫し、恐怖している。
「おいおい、デケェ叫び声上げんじゃねえよ。猿じゃねえんだからよぉ。あんまりうるせえとお前等も食っちまうぞ?」
巨大に変異した男の口の膨れ上がった中心部がカパカパと開き、そこからエコーがかかったような汚い声が出ている。
「そいじゃあNo.1。割と長い付き合いだった気もするがこれでお別れだ。ヒカリちゃんによろしくゥ!って事でいただきまーーー」
男の巨大な口がイチの間近まで迫る。その時である。倉庫の入口付近でドアが蹴破られたような大きな物音がした。
「な、なんだぁ!」
とっさの出来事に男達は慌てた。こんな時間に辺境の山奥の倉庫まで一体誰が…?
イチを食べようとしていた男も変異を解き、元の人間の姿へと戻った。
「ったくなんだってんだよ!せっかくいいところだったってのによ!」
「お、俺が見てくる…!」
小太りの男が走って入口の方向へと向かう。暫くすると男の悲鳴が聞こえた。
倉庫内が静寂に包まれる。男達も、先程まで泣き叫んでいた少女達も今は静かになっている。
さらに時間が経過し、控えめに歩く感じの足音が廊下からこちらに近づいてきた。そして、監禁されている少女達よりも若干身長は大きいが、それでも幼さの残る和服の少女が白い花びらを散らせながら姿を現した。
男達は場違いの格好をした得体の知れない少女に言い放った。
「な、なんだテメェは!」
男達の問いかけに対し着物の少女は周囲の男達にニヤリと笑いかけながら答えた。
「私?私は”戦煌刀士”、星ノ河 桜花。17歳。好きなものは………スイーツ!全ッ般!」
桜花は決め台詞が綺麗に決まった!と言わんばかりの満足そうな表情を見せ、腰にかけている刀へと手を置いた。
「センコウトウシ?なんだぁそりゃぁ…」
男の中の一人が
「戦煌刀士…き、聞いた事がある…確か上から気をつけるよう言われていた奴らだ…俺達みてぇな煌を悪用する輩を潰して回ってる始末屋だとか!」
「はーぁ。つっても相手は攫った煌女共と対して変わんねえナリの餓鬼じゃねぇか。そんなチンケな刀でなにができるってんだよ。こんな餓鬼、煌喰らいの俺達にゃぁどおってことはねえ」
驚いている者、完全に舐めてかかっている者と男達の反応はそれぞれ違う。そんな混沌とした状況の中、桜花は叫んだ。
「女の子達。今のうちに逃げて!」
何がなんだかわからない状況のまま放置されていた煌女の少女達は桜花の一言で我に返り、一目散に入口まで走っていく。反応が遅れた男達も煌女の少女達を追おうとするが、そこに桜花が立ちはだかった。
「チッ、餓鬼ィ…てめぇだけは許さねぇ。簡単には殺さねぇ。時間をかけて拷問した後、四枝をもいで肉便器にでもしてやる!」
「やれやれ、これだからこういう脳筋臭い野蛮な輩は…」
男の顔が再び割れ、それに呼応するように身体が筋肉質に変化していく。他の男達も最初に変異した男同様の姿へと変わっていく。
煌女が特別な道具を使用して煌を固形に錬成する事で作る事の出来る煌晶は様々な道具の生産に使われているが、未成年の煌晶生成は禁止とされている。なぜならば、未成年の少女から作り出した煌晶には、口に含む事で快楽を得る成分が含まれており、危険ドラッグのような効力を持っている。また、一度煌晶を喰らった人間を怪物”煌喰らい”へと変異させ、生物兵器としても使用される代物にもなっている。
そんな煌喰らいに変異した男達を見ても桜花は物怖じせず挑発するかのようにフンっと鼻で笑って見せた。
「煌喰らいが3体か…楽勝ね。私達の敵じゃない」
「行くぞお前等、やっちまえ!」
煌喰らいに変異した3人の男達が一斉に襲いかかってくる、と同時に桜花も自慢の刀”虎王丸”の鞘を抜いた。
煌喰らいの一体が勢い良く、人間の頃の二倍はあろうかという厚さの拳を勢い良く桜花へと向けて殴りかかる。桜花は表情一つ変えずにひらり、とかわして見せた。勢い余った煌喰らいの一撃が地面にのめり込み、石畳の床に大きな穴が空いた。
こんなものを喰らったら通常の人間であれば一撃でオダブツだろう。ましてや、桜花は薄手の着物という命のやりとりをするにはありえないような格好をしている。
背後ががら空きになった煌喰らいの背中へと、桜花は斬り込んだ。
「グギャァァァッ!」
という煌喰らいの悲鳴と共に、斬られた箇所から血ではなく白い花びらが舞い散った。追い討ちをかけようと桜花が踏み込みを入れる、がすぐに危機を察知しその場にしゃがみ込んだ。刹那、別の煌喰らいの一撃が先程まで桜花の上半身があった場所まで飛んできた。
しゃがむ事でそれを回避した桜花はその体制のまま視界に入った太い腕を下から切り上げる。煌喰らいの腕は切断され、切断された部分からは白い花びらが勢いよく吹き出す。
その後も煌喰らいの猛攻は続くが桜花はたやすくかわしていき、攻撃により生まれた一瞬の隙を見逃さず、一閃、また一閃…桜花の攻撃が決まる度綺麗な花びらが舞い上がっていく。まるで芸者の踊りのようにも見える、これが桜花の戦闘スタイルだ。
両者とも普通の人間ではありえない動きで攻防を繰り広げる。一見桜花が優位のようにも見える戦いだが、桜花の刀では煌喰らいに致命傷を与える事は出来ておらず、若干疲労が見え始めていた。その時である。
「あ、っとと……やば…」
戦闘により崩れた足場に下駄が引っかかり、桜花は体制を崩した。煌喰らいはそのチャンスを見逃さず、全力で一撃を桜花の脇腹へと叩き込んだ。一撃は脇腹にクリーンヒットし、桜花の身体は10メートル程吹っ飛び、石造りの壁に叩きつけられた。
決まった…!と煌喰らいは確信した。がすぐに桜花は立ち上がる…まるで何事もなかったかのように。
「そんな、全力を叩き込んだんだぞ!?こいつ、不死身なのか!?」
「っ、ふぅーー。無駄だよ、そんなんじゃあ”戦煌装束”はびくともしない」
驚きを隠せない煌喰らい達をあざ笑うかの如く、桜花は自慢げに言った。
「けどよぉ…それはこっちも同じだぜェ!お前の攻撃だって致命傷にはなってねえ。腕を一本持ってかれはしたがこの身体には再生能力だってある。それに体力だって…」
彼女の頑丈さに多少驚きはしたが、まだ煌喰らいには勝算があると思っていた。持久戦ならこちらに部があると踏んでいる。そのことをわざわざ口に出し説明していると
「あーーー。今までのこれ、時間稼ぎだもん。人質が安全に危害が及ばない為に一応ね。それじゃ本気、そろそろ出しちゃってもいい?」
と自分も手を抜いている事を能力をべらべらと解説する3流共に伝えた。
「ふっ、ざけやがってェェ!」
今までお前等のレベルに合わせてやったんだと言わんばかりに、上から目線で答える桜花に激昂し、二体の煌喰らいが両サイドから飛びかかる。2つの巨大な拳が桜花に届きそうになった瞬間、桜花はくるり、とひと回転してみせた。
1秒程の時間が止まったような感覚の後、2体の煌喰らいの身体全体が白い花びらの塊へと姿を変え、花びらの塊は桜花の後ろで、まるでダイナマイトが炸裂するかのように勢いよく吹き飛んだ。
「これにて、一件落着…かな?」
ひと仕事終えたように呟いた桜花は”虎王丸”を鞘へと収納する。と同時に耳障りな笑い声が後ろから聞こえた。
「フッ、ヒヒヒヒ。お前、馬鹿か、俺を忘れて刀しまってんじゃねぇぞ!おおっと!そこを動くなよ?こいつがどうなっても知らねぇぞ?」
煌喰らいの腕にはイチが捕らえられていた。戦いの最中、イチは逃げる事なく呆然としたまま座り込んで戦いを見ていた。桜花の美しいとも思える可憐な戦いぶりに心奪われた。結果、イチは人質に取られてしまった。
「このガキを助けたかったらその刀を地面に置け!フヒュヒュヒュ、そうだ、それでいイ…ッ?ブジュルルルル?」
煌喰らいは後ろから顔を貫かれていた。刀が顔の中心部に刺さっており顔の全体が口のように変貌している煌喰らいはうまく話すことが出来ない」
「その言葉、そっくりお返しします。私を忘れてんじゃねえぞ」
「ヴェッ…?なニッ……オマ…………ヴシュッ!」
忘れるもなにも、見たことのない少女が後ろに立っていた。煌喰らいに変異することで研ぎ澄まされる聴覚を持ってしても、全く少女の気配を感じなかったのである。
「最初に言ったじゃない…私”達”の敵じゃない、って」
桜花は驚きを隠せない煌喰らいに伝える。
月花は煌喰らいに突き刺した刀”牙王丸”を横から引き抜き、持ち手をキュッと横に伸ばしポーズを決めた。と、同時に煌喰らいの身体が金色の花びらに変化し、勢いよく舞い散った。
「ちょっ、月花かっこつけすぎ!」
桜花はそんな月花を見て苦笑いしている。
「もう大丈夫だよ…」
と月花はイチに声をかける。安心したのかイチは月花の胸に勢いよく飛び込み、涙を流した。
「うわぁぁぁぁぁぁんん!」
今までよほど辛いことがあったのだろう、と月花はなだめるように少女の頭に手を載せ、優しく撫でてやった。姉になったような優越感に浸っていると、自分の胸からズビズビと鼻をかむ音が聞こえた。
「ち、ちょっと!お嬢ちゃん。私の戦煌装束で鼻水かまないでっ!?」
そんな二人の様子を見ながら、桜花はニヤニヤと笑っていた。
これが白金の双花の異名を持つ二人の少女と、名前のない白金色の髪の少女の出会い。そして、これから始まる壮大な冒険の幕開け…