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第七話「本当にトマトジュースだってば」

 十数時間後、緋音はぱっちりと目を開けた。手首が沈むほどのふかふかのベッドの上にあぐらをかいて座り、関節をバキバキ鳴らす。日の出寸前まで起きていた割には、すっきりとした目覚めだ。首をめぐらせると、ベッドの足元に黒い頭が見えた。

 四つん這いで近付き、ベッドの端から顔だけ出して覗き込む。薫は掛け布に包まり、スヤスヤと眠っていた。成り立ての吸血鬼は昼間の眠気が弱い。夜更しした程度しか眠くならない。そのため、ついうっかり人間の頃の調子で陽光の下に出てしまい死ぬケースがけっこうある。昼夜逆転するまでには少し時間がかかるのだ。だから薫のようにぐっすりと眠っているのは珍しい。

 おそらくは疲労のせい。彼を診た吸血鬼の医者によれば、変化してから全くといっていいほど血を吸っていないだろうとのことだった。緋音を襲ってきたときのあんまりな弱さと、異様な顔色の悪さからして、医者の見立ては正しいだろう。

 緋音は薫が自然に目覚めるまで放っておくことにした。それまでの間に、これから何をするか考えることにしよう。夜はこれからなのだ。


 緋音が隣室の超大型テレビでクイズ番組に向かって解答を喋っていると、やっと薫は起きてきた。

「おはよう」

「……おはようございます」

「ご機嫌は麗しくなさそうだね」

 緋音はテレビの音量を下げ、薫を手招いた。眉間に皺を寄せた不満そうな顔をしながらも、薫は緋音の斜め前のソファに座る。

「それじゃ改めまして。私は待鳥緋音。吸血鬼歴は25年ぐらい。今日からあなたの親代わり」

 薫は黙ったまま、ほの暗い目で緋音を見返すのみだ。

「ノーリアクション大いに結構なんだけど、対応に困るから、なんか質問とか、八つ当たりとかしてくれない?」

 すると薫の視線が緋音から外れ、テーブルの上に移動した。

「これ? トマトジュース。飲む?」

 一度まばたいてから、薫は頷いた。緋音はボトルから真っ赤な液体をコップに注いでテーブルに置く。手を伸ばした薫はコップに鼻先を突っ込んで匂いを嗅ぐ。

「本当にトマトジュースだってば」

 自分のコップにもジュースを継ぎ足し、ごくごく飲み干す。

「吸血鬼は、別に血だけしか食べられないわけじゃない。血を摂取しないと死んでしまうってだけ。ただし、加工されればされただけ消化が大変になる」

「加工?」

「そう。ちなみにこれは完熟100パーセントトマトジュース。とっても新鮮。だから普通に消化できる。でもこれが果汁じゃなくて合成とか清涼飲料水みたいな人工的なものだと、胃もたれする」

「どうしてですか」

「知らない。私だけじゃなくて誰も知らない。真潮ましおさんが言うには…あー、“従兄”の吸血鬼の見解によれば、我々は食物から「生命力」を貰ってるんじゃないか、と」

 ひと口ジュースを口に含んだ薫が姿勢を正して見上げてくる。

「もぎたて野菜とか果物は、死んだばっかりとでも言えばいいのかな。だから生き血並みに美味しく感じるし「栄養」もあるけど、切り刻まれたり煮たり焼いたりされてしっかりがっつり殺されちゃったものには「生命力」がないから「栄養」をとれない」

 薫が真面目な顔で聞いているので、緋音はなんとなく気分が良くなってきた。

「胃袋は得るものがないのに一所懸命消化だけするはめになって、疲れちゃうんじゃないか、と」

「マイナスカロリー食材のようなものということですか?」

「あー、そうそれ。セロリみたいなもんだね」

 薫は二三度頷くと、コップに注がれたジュースをごくごくと飲みほした。

「おかわり貰ってもいいですか」

「どーぞ」

 薫は数分の間にピッチャーのジュースを全て飲んでしまった。人心地ついたらしく、少し表情が和らいでいた。顔色の悪さは変わらず酷いものだが、これは生き血を飲むまで治らないだろう。

 緋音は、薫に目を合わせた。

「さて、特に質問や意見がなければ今夜から早速教育始めるけど」

 薫はゆっくり首を縦に振った。長めの髪がサラッと揺れた。気持ちよく丸刈りにしてしまいたいな、などと思いつつ緋音はひとつ頷いた。

「では。吸血鬼になったら必ずしなくちゃならないこと、その1」

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