第四話「あなたは怒ったんですか?」
固まる薫を横目に、緋音は顎をしゃくる。ベッドのサイドテーブルにオルゴール付きの豪奢な金色の置時計がある。深夜2時を回っていた。
「生き続けるつもりなら、私があなたを立派な吸血鬼に教育する」
薫が一度、まばたきした、その一瞬のうちに緋音は窓辺に立っていた。
「吸血鬼になんかなりたくない…つまり、もうなっちゃってるわけだけど、それをなかったことにしたいのなら」
彼女は分厚い遮光カーテンを一気に開いた。美しい夜景が広がっていた。
「そこに座ったまま、朝日を浴びて灰になればいい」
吸血鬼ってマジで太陽ダメだから。と、ついでのように言う。
茫然と窓外の光景を眺めたまま動けない薫の顔を少しの間見つめた後、今度は薫の目でも見える、普通の早さで歩いて扉の前へ移動した。
「これは想像だけど…」
とん、と扉に背を預け、緋音は良く通る声を僅かに強張らせた。泣くのを堪えているような声。今まで真っ直ぐ薫を見ていた眼差しは、足元に向けられていた。
「あなたはとても酷いことをされた。そしてゴミみたいに捨てられた。大抵の“親無し”はそう。だから、たぶんあなたは怒った方がいい」
湿り気を帯びた緋音の声に、次の瞬間薫の口から紡ぎだされたその言葉は殆ど無意識のものだった。
「あなたは怒ったんですか?」
伏せた緋音の顔を、サラリと零れ落ちた髪が覆う。かろうじて鼻から下の顎が見えた。唇の両端がすうっと持ちあがる。横たわる三日月のような、亀裂のような――それは薫が今までの人生で見た中で最も恐ろしい、笑顔。
「もう全員灰もないよ」
緋音はそのまま後ろ手にドアを開け、するりと出ていく。
「私はこっちの部屋にいる。決めたら、出てくればいい。もちろん出ないと決めるのも自由だから」
機密性の高いドアが、殆ど音もなく閉った。
第五話は今日の夜明け、6時ごろに予約投稿設定済みです