つよくてにゅうげぇむ
私、小茂根 銀士は死んだ。
死んだと言っても事故でも病でもない。ましてや殺害されるほど悪行はしていない。
妻を貰い、子を作り、孫ができ、家族に見守られながら安らかに死んで/眠っていった。大団円というやつだ。
とても平和で良い人生だった。未練も悔いもない。非の打ちようがないくらい幸せだった。
何の不満もない。いや、なかった、か。
あの世に行ったら妻と息子や孫達の姿を見守るとしよう。
「つまり貴方は停滞を望むか」
法衣を纏った若者にそう問われた。フードを深く被っていて顔は伺えないが恐らく女性だろう。
誰なのか、は置いておくとして停滞とはどういう事なのか。
「ふむ、驚かれないとは予想外、これはまた面白い人だ」
「停滞、とは貴方という意志を黄泉へと送り、永久にそこで過ごす事」
永久、か、長そうだ。停滞以外には何かあるのかい?
「ええ。転生、つまる所は次の命を得て生まれ変わる事もできる。
さあ、貴方はどちらを選ぶ」
転生、か……妻は、妻はどちらを選んだんだ?
私も同じ方を選びたい。
「悪いね、それは明かせない事になっている。何、心配ない」
「貴方が転生を選んでも、貴方という魂は黄泉へ行き、貴方という意志は新たな命として生まれ変わる」
う~ん、あまり小難しい事を言われても理解が追いつかない。つまりどちらを選んでも妻と廻り合う事はできる、そういう事かな?
「ええ、貴方という魂は黄泉でその妻の魂と会うことも可能であり、貴方という意志がその妻の意志と会うことも可能」
「尤も、後者は可能、というだけで絶対ではないがね」
・・・・・・そうか、なら私は生まれ変わる事を望もう。
「そうか、では好きな命を選ぶといい。鳥か? 華か? それとも人か?
さあ、貴方は何を望む」
・・・・・・私は・・・私は――
――また私になりたい。
「・・・・・・うん?」
だから、私は生まれ変わっても私になりたい。
つまり、また同じ人生を歩みたい。
「・・・・・・・・・」
ダメかい?
「・・・いや何、少し呆気にとられていただけだ。うん、いいよ」
「最近は異世界に転生したいとかばかりだったけど、貴方みたいな面白い人は久々だよ。うん、気に入った」
よくわからないけど気に入って貰ったのなら光栄だね。
「うん、だから特別サービスとしていつでも記憶を思い出せるようにしてあげよう」
百数年生きたからね、確かに色々な事を忘れているだろう。御気遣い感謝するよ。
「ふふ、どういたしまして」
「そうだ、一つ気をつけて欲しい。貴方の歩んだ人生は貴方の選択によって成り立っている、あまり大きな変革をすると貴方の知っている人生とは変わってしまうから気をつけて」
わかった、気をつけよう。それと一つ頼み事があるのだけれど、良いかい?
「この際、何でも聞いてあげよう」
ありがとう。頼み、というのは私から妻の記憶を消して欲しいんだ。
「いいのかい?」
ああ、例え記憶を失おうと私は妻を選ぶだろうからね。そう易々と切れる絆ではないはずだからね。
「ふふ、そうかい。わかったよ。
では、さぞ懐かしみながら貴方の人生を巡るといい」
唐突に睡魔の様なものに襲われる。このまま眠り、起きた時には新たな命として生まれ変わっているのだろう。
そうだ、聞き忘れていた。君の名前は何と言うんだい?
「名前? ふふ、そうか名前か。・・・うん、廻、廻と呼んでくれ」
そうか、では廻。色々とありがとう。君の事は好きだよ。LOVEじゃなくてLIKEだけどね。
「ふふ、光栄だね。私も貴方の事を好ましく思っている。また会える時を楽しみにしているよ、それじゃあおやすみ」
ああ、おやすみ・・・・・・
薄れ行く景色の中、チラリと見えた廻の瞳は優しい色をしていてとても綺麗だった。
χ
「オギャア!オギャア!」
「妙子さん、おめでとうございます! 元気な赤ちゃんが産まれましたよ!」
「ああ、初めまして銀士! お母さんだよ?」
ああ、若かりし頃の母さんはこんなにも美人だったのか。
それにしても、仕方ないとはいえ全裸は些か恥ずかしい。
こうして甲高い産声をあげながら、私はまた人生の幕を上げた。
――一才。
「はーい銀士ー。おっぱいの時間ですよー」
ぐうう、いつまで経っても慣れない。これが自然な行為だと、生きるための行為だとわかっている。
しかし! しかしだ! 私は妻を持ち、子を持った大人だ、意志だけだが。
それが母親とはいえ言わば人妻のち、乳房をしゃぶるなどと!!
「ほーら銀士、ママのおっぱいよー?」
ぬうう! ぬうう!! 妻よ、すまん! 息子よ、こんな愚者が父ですまぬ!!
これは・・・乳房ではない!! 哺乳瓶、そう哺乳瓶の先端だ!! 心を無にしろ! 何も考えずにただ食事を摂るのだ!
「やっと飲んだわねー銀士ー・・・・・・んっ・・・」
ぬおおおお!! 変な声を出すな母さん!! 失せよ煩悩! 堪えよ理性!!
「・・・んっ・・・あっ」
失せよ煩悩ォォォーー!!! 堪えよ理性ェェェーー!!!!
――二才。
初めて喋ったのは母さんを呼んだんだったな。
しかし、ママと呼ばなくてはならないのか・・・・・・
「はやく銀士も私の事をママーって呼んでくれないかしら」
「うーあー・・・ま、ままー・・・・・・」
ぐおおお!! 百五歳にして母親をママ呼びするとは・・・・・・
「あ、あなた!? あなたー!!」
「どうしたんだ妙子騒がしい」
「い、今銀士が・・・銀士が!」
「銀士がどうしたって言うんだ」
「ままーぱぱー」
「ウオオオオ!!!」
父さんはこんなに元気な人だっただろうか。
――三才。
ぐ、この体だと二足歩行が難しいな。バランスがとりにくい。
「あなたー! あなたー!! 銀士が!」
「何だ騒がしい。ぎ、銀士が立ってウオオオオ!!!」
――そして、四才になったある日。
「銀士ーご飯何食べたいー?」
本来の人生ではここでコロッケと答えた。しかし、生憎今はコロッケの気分ではない。むしろカニクリームコロッケの気分だ。
生まれ変わってから早四年。色々と試してみた。
食事の時間をずらしてみたり、本来寝ている時間に起きていたり。
どうやら小さな変化は人生に影響を与えないようだ。
だからここは元気よく答えよう。
「カニクリームコロッケがいー」
「よく知ってるねー銀士ー。じゃあそーしよっかー」
「うん!」
その時は何とも思わなかった。ただ旦に己の食欲を充たそうとした。
廻は言っていた、『貴方の人生は貴方の選択によって成り立っている』と。
――カニクリームコロッケを食してから数日後。
母さんが家事をしている間、私は居間で雑魚寝をしながらテレビを観ていた。
子供向けの幼稚なアニメを懐かしみながら観ていると、いきなり画面がニュース番組へと切り替わった。
「はぇ?」
本来の人生には無かった出来事に思わずすっとんきょうな声が漏れる。
テレビに映る男性のアナウンサーは額に汗を浮かべながら言葉を述べる。
《き、緊急ニュースです!!! 皆様、おち、落ち着いてお聞きください!!》
焦っている人間に落ち着けと言われても説得力の欠片もない。
《只今入った情報によりますと、南極、北極の地軸地点から氷を破って巨大な城が出現したとの事です!!》
《南北両極に現れた魔王軍を名乗る謎の集団は世界征服をすると公言しました!!!》
《現在、国連の連合軍隊が事態の終息に・・・えっ?》
画面には新たな男が入ってきてアナウンサーの男に耳打ちをし、画面外へ消えていった。
《・・・たった今入った情報によりますと・・・・・・連合軍隊が壊滅しました・・・・・・事態を重くみた国連は――》
・・・・・・うん。これは一旦置いておこう。今重要なのはどうしてこうなったかだ。
廻は言っていた、あまりに大きな変化をすると本来の人生とは違う道を歩んでしまう、と。
もしかしたら小さな変化だから問題ないと思って変えてしまった事にきっかけがあるかもしれない。
では、変わってしまったターニングポイントはどこだろう。最後に変えた時の事を思いだそう。
『カニクリームコロッケがいー!』
『カニクリームコロッケがいー!』
『カニクリームコロッケがいー!』
『カニクリームコロッケがいー!』
『カニクリームコロッケがいー!』
『カニクリームコロッケがいー!』
「カニクリィィィムコロッッケェェェェ!!!」
「ど、どうしたの銀士!?」
おのれカニクリームコロッケェ!! しかし何故だ、世界を変えてしまうほどの事ではないはずだ。
あれか、バタフライエフェクトというやつかくそったれめ!
「ドチクショョォォォ!!!」
「銀士ー!?」
χ
やっぱり面白い人だ。普通小さな変化一つで世界までは変わらない。そもそも変わるという事象すら起きはしない。
だというのに彼は変革を起こした。それも世界、いや地球規模で。
本当に面白い人だ、観ていて飽きない。
さあ、これからキミはどうなるんだい?
主人公の回りの大雑把な流れは本来通り。でもかなり違う。
言うなれば本来の人生を元とする同人作品のような二週目の人生。
ほとんど強くてニューゲームしてない。