こんな夢を観た「バンパイアの訪問販売」
日が暮れてだいぶ経った頃、玄関のチャイムを鳴らす者があった。
誰だろう、とドアを開けると、見たところ20代前半の女性がニコニコしながら立っている。
「こんばんは。お忙しいところを申し訳ありません。わたしくし、こういう者です」そういって、パンフレットを手渡された。
〔あなたも今日からバンパイア! さあ、他人の血を吸って、永遠の命を我がものにしましょう!〕
「これって、本か何かの販売ですか?」わたしは聞いた。
「いいえ、違います。あなたご自身がバンパイアになっていただく、という商品でございます」相手は答える。
「えー、ドラキュラになれるんですか?」
「『ドラキュラ』は商標でして、それはルーマニアの専売特許なのでわたくし共では取り扱っておりません。あくまで『バンパイア』、つまり吸血鬼ですね」
そう訂正されてしまう。
保険の勧誘と同様、契約することで、誰でもバンパイアになれると言うのだ。
「でも、そんなものになってどうするんですかぁ。何か得でも?」わたしは首を傾げる。映画の中では、バンパイアはたいてい悪者だし、嫌われている。物語の結末では、主人公に倒されてしまうのがオチである。
「そりゃあ、あなた。なんてったって、不老不死ですよ? 人の血をすすってさえいれば、いつまでだって生き続けられるんです」女性は言ってのける。「わたしをご覧下さい。何歳に見えますか?」
「22か23くらいですか?」わたしはお世辞なしで答えた。女性は我が意を得たり、とばかりに目を細める。
「わたし、今年で53歳になるんですよ。これも『バンパイア効果』の1つです。どうです、素晴らしいでしょう?」
「じゃあ、あなたもバンパイアなんですか。えー、びっくりですね」正直、わたしは本当に驚いた。バンパイアなんて、ただの絵空事かと思っていたのだから。
「期間中につき、今なら大出血サービス中です」女性は畳みかけるように言う。
「出血」どころか、自分が吸う方なのに、とおかしくなった。けれど、不老不死で、いつまでも若いままというのは、確かに惹かれる。
「契約しちゃおうかな」わたしは言った。
「ありがとうございます。では、さっそく……」言うが早いか、いきなり抱きついてきて、わたしの首にかぶりつく。
「痛いっ!」いきなりだったので、思わず悲鳴を上げてしまった。
「大丈夫です。一口だけすすって、代わりにわたしの『バンパイア抗原』を注ぎ込んだんです。あなたも今日からバンパイアです。発症するまでは、まだキャリアですけどね」
「何日くらいでバンパイアになるんですか?」噛まれた首筋をさすりながらわたしは尋ねる。
「平均的な人ならば、だいたい3、4日といったところですね。それまでの間、この取扱説明書に目を通しておきますよう、お願いします」そう言って、小冊子をくれる。かなりの厚みがあった。
中をパラパラッとめくる。注意事項が箇条書きで記されていた。
「その1、バンパイアはニンニクを食べてはなりません……」わたしは声に出して読んだ。「えっ、あの。ニンニク料理もダメなんですか?」
「もちろん、いけません」当たり前でしょっ、と言うようにうなずく女性。
「そんなぁ。ニンニクをたっぷり使ったペペロンチーノとか大好きなのに」わたしは情けない声を出す。
「とにかく、ニンニクはいけませんよ。体の内側から細胞が崩れていきますから」
「その2、紫外線はお肌の大敵です。特に日光」日光浴もダメなんだ。海にも行けやしない。
「そうそう、日光は絶対に避けて下さい。昼間はカーテンを閉め切って、出歩くのは夜だけにすること。これ、重要ですから」
「それじゃ、買い物にも出られないじゃないですか。大きめの帽子をかぶって、長袖じゃまずいですか?」すがるように聞く。
「耐火服さえ着ていれば、マグマの中でも平気でしょうか? そんなことありませんよね。それと同じ事です。少しでも日の光を皮膚に受けたら、あっという間に灰になりますよ。どうぞ、お気をつけ下さい」
他にも、「十字架には触れないように」「教会へは近づかないで」「コウモリは友達です。可愛がりましょう。ただし、有名なあのヒーローは例外です」などなど、制限ばかりだった。
「こんなんじゃ、生活に支障をきたします。やっぱり、キャンセルしたいんですけど」わたしはおそるおそる申し出る。
「キャンセルですか……」相手は溜め息混じりに言う。
「だめですか?」
「あ、いえ。もちろん、可能でございます。幸いにも、お客様はまだバンパイアになっていませんので。わかりました。では、クーリングオフということで本社には連絡を入れておきます。明日、解約手続きのために、そちらの担当の者をよこしますので」
バンパイアの訪問販売勧誘は帰っていった。
それにしても、吸血鬼というのは、あれで中々大変な商売なんだなあ。もっと、自由気ままに生きているのかと思っていた。
以来、映画にバンパイアが登場するたび、
「がんばれ、あんたらの生活がけっこう厳しいってこと、ちゃんとわかってるからねっ」
思わず、声援を送ってしまう。




