残されたもの
外はどしゃ降りだった。天気予報を見ておけばよかったと、心底後悔する。朝はこちらが嫌になるくらいに晴れていたのにそれが嘘のようだ。
「やっぱりきれいな天気のお姉さんの言葉は、聞いとくべきなのかあ」
なんて、のんきに声をあげてみたはいいものの、私は困っていた。
学校を出たときから、空が濁っているのが気がかりで。急いで電車に乗って自宅の最寄駅まで帰ってきてみたはいいものの、着いた途端に私のことを嘲笑うかのように雨が降りだす。しかも、小雨なんて可愛いもんじゃない。バケツをひっくり返したようなどしゃ降りだ。
「はぁ……どーしよ」
私は視線を上げて空を見た。やはり厚い雲がかかっていて、止みそうにない。私の家までは、ここから歩いて15分はかかる。その間雨に濡れるのも辛い。
雨は嫌いだ。制服は濡れるし、髪は広がるしでいいことなんて何もない。
雨は、嫌いだ。唐突に降り出して、私を困らせて。本当に意地悪だと、そう思いながもう一度と空を見た。だがやはり、止む気配はないし、むしろ雨は強くなっていっている気さえする。
私はため息を吐きながら言葉をこぼす。
「傘、買おうかな」
頭の中でお財布と相談してみる。いったいいくら入っていたか定かではなかったが、相談するまでもない。これは必要な出費だと仕方なく、コンビニに向かおうとしたときだった。
「ねぇ」
腕を、掴まれる。私はビックリして、私の腕を掴んだ人を見た。
「傘買うの、勿体なくない?」
……は?
思わず漏れそうになった声を封じ込める。だがしかし、訝しげな表情を隠すことはできなかったのか、私に話しかけてきた同年代くらいの――つまり、高校生らしき人は困ったように笑った。それを見ながら困ってるのは私の方なはずなんだけどなあと、吐き出しそうになったがさすがにそれは抑えながら彼をじっと見つめる。
「でも、傘ないと帰れないので」
「はい、コレ」
私の返事に間髪入れずに何かを差し出した彼に、私は思わず目を真ん丸にした。彼が私に差し出していたのは間違いなく折り畳み傘というやつで、確かに私が求めていたものではあった。傘さえ手に入ればコンビニに行って無駄な出費をしなくても済む。でも……。
頭の中でぐるぐると考えが巡る。私は様子を窺うように彼を見た。彼は受け取らない私を不思議そうに見ている。
「遠慮しなくていいよ? コレ、安物だから」
「でも、」
私は受けとることも、その場から去ることもできずにいた。知らない人に迷惑をかけてはいけないことくらいわかっていたが、「いりませんから!」と強く拒否してしまうこともためらわれた。そんな私を見かねたのか、彼は私に折り畳みを押し付ける。
「だから、いいって。じゃーね」
「ちょっ」
彼は自分の傘を広げて、颯爽と去っていってしまう。伸ばした手は虚しくも、空を切る。彼の背中はどんどんと小さくなっていく。私は無理やりに持たされた傘をぎゅっと握った。傘は彼が先ほどまで持っていたせいかほんのりと温かい。どしゃ降りで、私の体温を奪わんとする雨とは、対照的に。