第五話 黄の花
彼は、いつも遠くを見ている。
「なぁ」
「何だい」
「なにが見えるんだ?」
「…さぁね」
アルフが見ているものは、私には見えない。背伸びしても、目を凝らしても、やっぱり見えないし届かない。聞いても教えてくれない。
私も同じ方角を目を凝らすけれど、見えるのはただ青い空ばかりだ。
「そういえば、これから何処に行くんだ?」
当てなどない。別に何処に行ったって、構わないのだけれども。それに、きっと何処へ行ってもワクワクするだろうから。行き先など、些細な問題に過ぎないのですっかり忘れていた。
ふと、思い出したので尋ねてみる。
「さぁね」
「お前はそればっかりだな」
「…ごめんね」
「なぜ謝る?」
「あはは、分からないや」
責めるつもりはない。
分からないものは分からないし、考えても仕方がない。私より沢山のものを知っているアルフにも分からないことはあるようだ。遠くを見ている彼が、少し近くに居るように感じた。
「世界は広いなぁ」
「…そうだね」
アルフはまた申し訳なさそうに肩を落とした。
道すがら、たわいない話をした。
「…そっか。君はずっとあの森で暮らしていたんだね。寂しくなかったのかい?」
静かに首を横に振る。私は一人でいるのが当たり前だったし、誰かと一緒にいるのは初めてだから、楽しいとは思っても「寂しい」は分からない。アルフは頷いて、君は強いんだね、と感慨深げに呟いていた。
森での生活のこと。好きな食べ物。好きなこと。私のことは沢山聞くのに、アルフは自分のことは全く話さない。今までの生活も、好きなものも、その瞳に見えているものさえも。私はアルフのことは知らない。知らないものは、無いのと同じだ。
彼はここにいるのに、まるで初めから居ないみたいに思えてしまう。だから、聞いてみたくなった。
「アルフ。お前は寂しくないのか?」
虚を突かれたように目を丸くする。
けれど表情は崩さぬまま、そんなことはない、と作り物のような笑みを浮かべた。
また、遠くなった気がした。
少し背伸びをして、空を見上げる。
遠い、遠い。背伸びしたくらいでは、届きそうにないなぁと思う。空を見るのも、もう飽きた。
ユキはふと歩みを止める。
「…見ろ、アルフ!」
「?」
アルフの足元を指差す。
木の根元から顔を出す、黄色の花弁。まるで小さな太陽のようだと思う。名は分からないけれど、私はそれを知っている。
「花だ」
「ああ、気づかなかった」
アルフはしゃがみ込み、その小さな花弁にそっと触れた。私も腰を下ろす。花ではなく、アルフの顔をじっと眺める。
「懐かしいなぁ。これはね、タンポポって言って俺の住んでいた村に沢山咲いてたんだ。春になると…」
黄が風に揺れる。
アルフは楽しげに微笑んだ。私も笑った。
「私はここにいるぞ」
「…?どうしたの」
「ばか」
「ユキ?」
「もういい!行くぞ」
「…。はいはい」
遠くなんか、見る必要はない。
こんなに近くにも、見えるものはたくさんあるのだ。