第四話 白い鳥籠
市場へ行った。
手前にあるのは、『赤』い果実。隣に見えた『青』い法螺貝。その向こうの『紫』の天蓋の中には、『黒』い魔道書と『銀』の砂時計がある。
私はアルフに手を引かれながら、色の洪水の中を歩く。
「何か要るかい?」
『金』の毛色をした生き物は、私にそう尋ねる。
赤い果実は食べ飽きた。青い法螺貝は紫の魔道士が持って行った。アルフは黒い魔道書と銀の砂時計を買うと、懐にしまう。
目当ての色は、ここに無い。
キョロキョロと辺りを見渡す。
ついに私は、裏通りの商店の一角にそれを見つけた。何色に染まることなく、ただ静かに佇むその姿を。
「これが欲しい」
それを指差す。
店の主人は目を見開く。本来であれば私のような子どもは客としては来ない。けれども、決して安くはないであろう商品を、アルフは躊躇いも無く私に与えてくれた。
私はその『色』を手に取ったーーー。
この世界は、便利で不便だ。
市場へ行けば何でも揃っているけれど、貨幣を支払って買わなくては何も手に入らない。等価交換とも言う。
許可なくば獣一匹狩ることはできない。あの森のように有るもので生活することは出来ないのだ。
「不便だなぁ」
「慣れたらそうでもないよ」
「…そうか」
「そんなものさ」
そう言って笑うアルフの手には、黒い背表紙の魔道書と銀の砂が入った砂時計が握られている。どちらも上位魔法を使う為の魔法アイテムだ。それなりに値も張るらしい。
「君も何か要るかい?」
市場にはいろいろなものが揃う。
さっき食べた赤い実も、大きな青い法螺貝も、それこそ珍しい魔道書や道具まで様々なものが軒を並べる。
赤、青、紫、黒、銀。それから、目も眩む金色。右を見ても、左を見ても、色の洪水。市場はたくさんの色で出来ている。
「…ない」
「?」
「…が、ない」
キョロキョロと辺りを見渡す。
こんなにたくさんの『色』があるのに、無いはずはないのに。迫る色を掻き分けて、私は奥へ奥へ進んでいく。
人も疎らな裏通りの一角。小さな商店の中に、私はついにそれを見つけた。
* * *
この鳥籠から見える世界が、オレのすべてだった。
いつからここに居たのかも分からない。親も兄弟もいたのかもしれないが、覚えていない。羽はあるけれど、飛んだこともない。何も解らないものだから、当然のように外の世界に興味を持つことは無かった。
「いらっしゃい」
客がやって来た。路地裏の寂れた通りにあるこの店は、滅多に客は来ない。来たとしても呑み屋帰りの酔っ払いが迷い込んだか、でなくば相当な物好きだ。
店にはたくさんの生き物がいる。
火蜥蜴に黒猫。夜光虫や、果ては合成獣や古代種など法律ギリギリの危ういモノまで様々。
古今東西の珍しい生き物がいるが、中でもオレほど目を引くヤツはいない。
オレを見た客は決まってオレを欲しがるが、誰も買わない。理由は簡単。飛ばないからだ。
『初めに言ったろう。
オレは世界に興味がないんだ』
案の定、今日の客も鳥籠の前で止まると、オレをじっと見つめる。
オレは驚いた。客と呼ぶには随分と若い…まだ少女と呼べる姿をしたガキだからだ。それだけではない。
目を奪われたのは、眩しい色だ。
染まる、染まる。この目に映るオレの世界は、唯一色に染まっていく。
…彼女は、この羽と同じ『白』を纏っていた。
「アルフ。これが欲しい」
鳥籠の扉が開いた。
白いガキはただ一言。
「来るか?」
とだけ、言った。
しょうがねぇなぁ。分かった、ついて行ってやるよ。
「ピィ!」
オレは羽ばたいた。
さぁ、焦がれた鳥籠の外へ。
「これ、何だろうな」
「さぁね。俺も初めて見た」
「トリじゃないな」
「そうだね」
「…ナマエ、やらないと」
「君が付けてあげたらいいよ」
白い、白い。
何ものにも染まらぬ色は、私の周りを忙しく飛び回る。
「ピィ」
「ああ、そのうちな」
きっと、似合いの名を付けてやろうと思う。
そんな約束を交わした。