表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

第三話 林檎と世界

それは、初めて見るモノだった。


「齧ってごらん?」


私に見えたのは揺れる赤色だ。

それは大凡おおよそ、森に自生する自然樹の実のような形をしていた。ただ一つ違うのは、色だ。かの木の実は青々とした緑色をしている。種ばかりで酸味が強く、とても食べられたものではない。けれども、この実は赤い。まるで太陽がそのまま実ったようだ。太陽はどんな味がするのだろう。私は紅玉をそっと掌に乗せると、ひとくち口に運んだーーー。



外の世界は、私の知らないモノに満ち溢れている。


「アルフ!あれは何だ」

「あれは馬車だ。ひとを運ぶ乗り物さ」

「あっちは?」

「市場だよ。生活に必要な、いろいろなものを売ってる。欲しいなら買ってあげる」

「…あの生き物は?」


何よりも目を引いたのは、大きな馬でも色鮮やかな商店でもない。

視線の先にあるのは、一人の小さな少年だった。傷だらけの体にボロ布一枚纏い、足には鎖の足枷、背には背丈ほどの麻袋を背負う。少年には重た過ぎるのであろう。すぐにバランスを崩し転倒してしまった。


『この役立たずが!』

『今日で何度目だと思っている!?』

『貴様はロクに荷物も運べないのか』

『誰が食わせてやってると思ってやがる』

『…いいか、次やったら首を刎ね飛ばしてやるからな!』

『分かったらさっさと動け!このクズが!!!』


少年に鞭が降りかかろうとした時、視界が暗転した。


「…君が見るようなものじゃない」

「あれは、お前達と同じ姿をしているな」

「でも、同じじゃない」

「何が違うんだ?」

「…違わないよ、何一つ」

「解らないぞ」

「俺にも分からないや」


そう言ってアルフは困ったように笑う。


同じなのに、同じじゃない。

違うのに何一つ違わない。

では、両者を隔てるものとは一体何だろう。この世界は、私の知らないコトばかりで出来ている。


「林檎、もう一つあげようか?」


差し出された赤い果実を受け取る。

ひと口齧ると、甘い果汁が口一杯に広がった。甘い、甘い。私はひと口だけ口に入れると、残りを全てポケットの中に仕舞った。


* * *


僕は狭い路地裏に身を潜めていた。

遠くから主人の怒鳴り声が聞こえる。見つかったらまた痛い目に合うんだろうな。傷だらけの体を抱え、僕はまたため息をついた。

ぐう、と腹の虫が鳴く。思えば最近、まともな食事らしい食事をしていない。もっとも、食べたい気分にもならないけれど。何故こんな時でもお腹は空くのだろう。僕は生きていたって仕方ないのに。


「なら、私が食ってやろうか」


心を透かしたように、その声の主は嗤った。白い、白い。まるで雪のような真っ白な髪に、林檎みたいな色をした赤い瞳。羽さえあれば天使にさえ見えたかもしれない。気がつけば、彼女はいつしか、そこに立っていた。


「…天使さん、僕を迎えにきたの?」

「死にたいなら食べてやる。私は丁度、腹が減ってるんだ」

「食べるの?」

「痩せていてあまり美味そうじゃないがな」


肉食獣を思わせる鋭い牙が、キラリと光る。不思議と恐ろしいとは思わなかった。この痩せっぽっちの骨と皮だけの身体も、彼女の血と肉となれるならば、喜んで捧げよう。


「いいよ。生きてたって、いい事ないし」

「そうか」

「散々さ。僕はこんなことがしたくて生まれたんじゃないのに」


僕にも夢があった。

騎士になりたい。理由は単純、強くてカッコ良いから。この国の男なら一度は夢見る、職業の花形。僕はずっと憧れてーーー…いや、そんなのは嘘だ。僕はただ、平穏に暮らしたかっただけなのだ。盗賊に村を襲われ捕まって、家族と離れ離れにされた。生きているかどうかも分からない。ああ、もし僕が大人だったら。もっと強かったら。勇気があったなら。…もう遅いだろうか。僕は。


「…嫌だっ、まだ死にたくない!!」


耳元で、錠の落ちる音がした。


「ーーーなんだ。

やっぱり、生きたいんじゃないか」


ガチャン、と音を立てて鎖が引き千切られた。だらんとぶら下がった金属の糸を手に白い死神は微笑む。彼女は僕の掌に齧りかけの赤い実を置くと、音もなく消えた。

果実をおもむろに口に運び、ひと口齧った。


「…酸っぱいなぁ」


その果実は、太陽の味がした。



「どこに行ってたんだい?」

「さぁな」

「楽しそうだね」

「楽しいな」

「それは良かった」



外の世界も悪くないなぁ、と思うのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ