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第二話 雪

少し短め

「むむ、窮屈だぞ」

「ごめん、我慢して」


森を出る辺りで、布でできた長くて柔らかいものを手渡された。真ん中には大きな穴が空いている、使用用途の解らない不思議な物体だ。くんくんと鼻を近づけると優しい香りが鼻腔を擽る。目の前にいる生き物と、同じ匂いがした。


「それ、着るんだよ」


この大きく空いた穴に頭を通すらしい。言われるがまま頭を突っ込むと、存外この布は肌に馴染んだ。長さも丁度良くふんわりと暖かかった。ただ一つ難点を除いて。


「むむ、窮屈だぞ」

「ごめん、我慢して。また新しいの買ってあげるから」


どうにも胸の辺りがつっかえる。胸部を圧迫されて苦しかった。私が普段身につけているものはといえば、この毛色と同じ、薄く白い布切れ一枚。此処の気候はそれほど寒くないから、そのくらいの装備で事足りるのだ。


「耳は隠さないとなぁ」

「?」

「これをあげる。ちゃんと被るんだよ」

「…くれるのか?お前のだろう」

「いいんだ。俺はもう要らない」


そいつは頭に乗っけていた緑の何かを取ると、そっと私の頭に被せた。


「そうそう。俺は、アルフォードって言うんだ」

「あるふ、ぉ?」

「アルフでいいよ」

「あるふ…アル、フ!」

「うん。君の名前は?」

「ナマエ?」

「ええと、ほら呼ぶとき不便だろう?」


なんて呼べば良い、と聞かれて返答に困る。私は長い長い間、独りで暮らしていた。誰かと会話をすることもなければ、誰かに呼ばれることもなかった。


「…無い」

「そっか。ずっと独りで暮らしてたんだもんな。でも、それは困ったな」

「別に無くていい」

「俺が困るよ。ええと」


アルフはじっと私を見つめる。そんなに長い時間では無かったけれども、私は暫くの間、無言でその翡翠玉の瞳を見つめ返していた。透明な瞳の奥に映るのは、白い毛色に紅い瞳をした生き物だ。


「…まるで雪兎みたいだね」

「なんだ?」

「雪を使って作るんだ。子どもの頃はよく遊んだよ」

「ユキ?」

「うん、雪。寒いとね、雨が凍って…解らないか」

「美味いのか?」

「冷たいよ。それから、味はしない。俺の故郷には年中積もってる」

「ユキ」

「ん?」

「ユキ。気に入った」

「…そっか」


ユキというものは見たことがない。ただ、そのことばの響きが気に入った。それだけだ。私に似ているというソレは、一体どんな姿をしているのだろうか。


「ユキ」

「うん。いつか見せてあげよう」


嬉しくなって、何度も呟く。

ポンと頭に置かれた掌が暖かい。いつか見せてくれるという「ユキ」は、どんな形をしているのだろう。白くて、冷たくて。でも、きっと優しいに違いない。だって私の心はこんなに温かいのだから。ユキ、と。また、優しい声が耳に届いた。

掌のように温かい響きを持つそれは、そのまま私の名前になった。



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