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第一話 深い森に棲むもの

いきなり残酷描写あります。苦手な方はご注意下さい。

食うか食われるか。

弱きモノは強者の餌となり、その糧となる。食物連鎖とも言うべきこの世界の掟。「食う」ことは悪ではないし、食わねば飢えて死ぬのだから仕方ない。犠牲になる命に感謝すれこそ、可哀想などと抜かすのはそれこそ「哀れ」なのだ。



私は、悪いことはしていない。


腹が空いていた。その時は丁度、空腹で何か食べられるものがないか探していた。私が住むのは、深い森の中。鬱蒼と茂る木々は空を覆い隠し、日中でも薄暗い。地面には草はあまり生えていない。ならば当然のことながら、それを餌とする生物も少ない。…この森に食料は少ないのだ。思えばしばらく食物を口にしていない。体力を温存するべく、森の小道の藪に身を潜めて何か通るのをひたすら待った。待って待って、ある日の昼下がり。

通りがかったのは、赤茶の毛色をした小さな生き物だった。二本足で歩く、奇妙な生物。恐らくまだ子どもであろう。弱り切ったこの身でも十分、狩ることはできるだろう。思うが早いか、飛びかかるとその喉元を掻っ切った。吹き上がる血飛沫。小さな断末魔を小耳で聞きながら、夢中で滴る血液を啜った。犠牲になった小さな命に感謝しながら、骨まで食べた。筋一つ残さず食い終わると、私は再び住処に戻った。


しばらく眠ろうと住処に戻ったが、やけに外が騒がしい。恐る恐る外へ出ると、たちどころに大勢の生き物に囲まれた。姿形からして、先ほど食べた生き物の仲間か。皆、一様に顔を蒸気させ、その手には鋭い得物を握りしめている。私は何故、彼らが憤慨しているのかが分からなかった。口々に「化け物」「怪物」「悪魔」と口走っていたが、それが私に向けられている言葉であると知る由もない。

気がつけば、辺りには死体の山が出来上がっていた。思った以上にこの身体は丈夫に出来ているらしい。それなりに傷も負ったが、あっという間に治ってしまった。身体は少しも痛くなかったが、私の心は晴れないままだった。お腹一杯なのに殺してしまうのは悪いことだと知っている。例え、殺さなくては殺されたとしても。

それから、悪いことをしたら謝らなくてはならない。私は彼らに謝辞を込め一礼すると全て綺麗に土に埋めた。そうすれば、土の中で腐り植物の栄養になってまた新しい命を育むことを知っていたから。



私は、何も悪いことはしていない。

いつも通り、暮らしていただけ。



「こんにちは」

「…お前、何だ」


ある日、また何かやって来た。

随分と大きな生き物だ。私の背丈の二倍はあるだろうか。金の美しい毛並みに、すらりと長い手足。太陽の光に透けて反射して綺麗だなと思った。なんと言っても、印象的なのは目だ。その生き物は、翡翠玉のように美しい瞳を持っていた。食い入るように見つめていると、生き物は私を見つめて言った。


「君に食べられに来たんだ」



食べられに来たのだ、とそれは言った。随分と長いこと生きてきたが、自分から食べられに来た生き物は初めて見た。悪いことに、今自分は腹一杯なのだ。食うことも出来るのだろうが、少し躊躇う。この生き物は食べてしまうにはとても綺麗な姿をしている。特に、翡翠玉の綺麗な目が気に入った。どう答えたものかと頭を抱え、長い沈黙の後、首を横に振って否定の意を示した。理由を聞かれたから、


「美味しくなさそうだから」


と答えた。

多分、食べても味なんか分からない。食べるよりも飾って眺めた方がずっと良いんじゃないかと思う。


「う〜ん、自分で言うのもアレだけど、結構美味しいと思うよ?筋肉付いてるし」

「食べるよりも眺めてた方がいい」

「そっか。じゃあ、それでもいいや。…俺と来るかい?」


そう言って、手を差し出した。


長く綺麗な指は大層、美味そうに見えた。こりこりしていて、さそがし食べごたえがあるのだろうな。そんなことを思いながら、ぼうっと眺めていた。


「君は、ずっとこの森で暮らしているのだろう?」


首を縦に振る。

私はこの森で生まれ、この森のモノを食べて育ってきた。食料が少ないとは言え飢えない程度には食べられるし、暮らしには満足している。


「外の世界に行ってみたいとは思わないか?」

「外?外にも世界があるのか?」

「ああ。この森よりずっと広くて明るい世界さ」

「…食べ物は?」

「幾らでも食べさせてあげる。心配しなくていい。だから、俺と一緒に行こう」


私は考えた。

食料の少ないこの森で暮らすよりは、こいつに着いて行って食わせて貰った方が良い暮らしができるのではないかと。外の世界にも興味があるし、もうあんな思いをするのは御免だ。返事の代わりに、その手を掴んだ。


「じゃあ、行こうか」


手を引かれて、私は永く暮らした森を後にした。


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