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第2章 ジャンク屋レオン

 砂塵混じりの乾いた風が、頬を撫でる。

 季節は初夏だろうか。

 空は晴れ渡り、肌に感じる風は少々埃っぽいが不快ではなかった。

 倒壊したビルの傍ら、適当な大きさのコンクリート塊のひとつに腰掛け、リュナは既に廃墟と化した街をぼんやりと眺めていた。

 ふと目をつむり、この土地がまだ平和だった頃の情景を想像してみる。

 さらに想像を広げ、夢の中で自分が両親と共に逃げていた「あの街」のイメージと重ねてみた。

(あそこが、私が家族と暮らしてた故郷……だったのかしら?)

 胸の奥がチリチリし、何かを思い出しかける。

 ――が、そこまでだった。

 再び瞼を開け、廃墟のただ中に居るという「現実」に立ち返る。

 今の服装はノースリーブのワンピースドレスに、ハイニーソックスとショートブーツ。

 ずいぶん久しぶりに「年相応の女の子らしい服」を着たような気がする。

 顔や手足の紋様を剥きだしにすることになるが、他の人間は殆ど見かけないし、今のところ唯一の「知人」であるレオンは「もう俺の前で隠したって意味ねーだろ? 気にすんな」というので、開き直って気に入ったドレスを選んだのだ。

 衣服や下着をどこで調達したかといえば、街の中には建物は無事でも経営者や店員が逃げ出した無人のブティックやデパートが何軒かあり、レオンに案内されたそのうちの一軒に入り込んで、あとはリュナ自身で着替え分も含めて見繕った。

「これって、泥棒じゃないの?」

 と聞いたとき、レオンは肩を竦めて笑ったものだ。

「店自体がとうの昔に見捨てられたんだぜ? リサイクルだと思えばいいさ」

 何となく後ろ暗い気がしないといえば嘘になるが、この際贅沢も言えまい。

 なぜならリュナに必要なものは服や下着だけではない。

 生理用品など、女性にとってなくてはならない幾つかの品の入手も、今のところレオンに頼る他ないからだ。

 少年の話によれば、この廃墟の街で最も需要が高いのはまず食料に飲料水。ついで薬品や燃料類といった人間全般にとって必須の生活物資。

 ドレスやらアクセサリー類は、よほど金になりそうな宝石や貴金属製品を別にして、手つかずにほったらかされているケースが多いという。

 最初出逢ったときの、いかにもしたたかで一匹狼じみた印象とは異なり、レオンの態度は意外なほど紳士的だった。

 例の戦場跡から戻ったその日のうちに、自分がねぐら(本人にいわせれば『工房も兼ねてる』とのことだが)にしているシェルターのすぐ近くに比較的損傷の少ないビルを見つけ、その一室にどこからか運んできた折り畳み式の簡易ベッドや毛布、数日分の水や食料まで運びこみ、リュナ専用の「仮の宿」をこしらえてくれた。

「ま、汚いとこだけど、暫く我慢してくれよな? そのうち、もう少しマシな住処を見つけてやっからさ。電気の方も、そのうちジャンクパーツで小型発電機を作ってやるよ」

 リュナのポケットには、彼から渡された小さなホイッスル(呼び子笛)がある。「何か困ったことがあればこれで呼んでくれ」といって渡されたものだ。

 戦場跡から助け出されたことも含め、感謝するのにやぶさかではない。

 とはいえ、全く初対面の(しかも最初は変質者呼ばわりした)赤の他人からここまで世話になると、却って妙な居心地の悪さを覚えてしまう。

 それにもうひとつ。

 いくらエンティとはいえ自分もほぼ同世代の異性である。別に襲ってくれとはいわないが、男として何か欲望らしきものは抱かないのだろうか?

 身勝手な悩みだとは知りつつ、リュナは膝の上に組んだ両手に顎を乗せ、軽くため息をついた。

「やっぱり……怖がられてるのかな? 私……」

 ちょうどそのとき、十mほど離れた建物の門から片手を振りながらレオンが姿を見せたので、リュナは思わずハっとした。

 そこは見かけ上は既に倒壊した高級住宅であるが、元の住人がいざという時のため庭に建造してあった半地下式のシェルター――結局、本来の意味での役には立たなかったようだが――が空調装置などもそのままに残されていたので、いまやレオンの工房兼住居として使用されている場所でもあった。


「ほら。新品のチェーンを付け直してやったぜ」

「ん……ありがと」

 少年の手から修理の終わった例のペンダントを受け取り、リュナはぎこちなく礼を述べながら再び自らの首に掛けた。

「それと例の……さすがに鞘の作り方までは知らないけど、抜き身のままってのも何だし」

 そういって差し出したのは、革を縫い合わせて作った間に合わせの「鞘」に収められた、あの刀だった。

「ごめん……何から何まで」

「いちいち謝らなくてもいいって。そんなことより……」

 レオンは急に声を落し、内緒話のごとくリュナの耳許に囁いた。

「その刀、見かけは日本のサムライが差してたみたいなヤツだけど……刀身の素材はただの鋼鉄じゃねえな。俺も初めて見る特殊合金、それもSCSの外装甲なんかより遙かに頑丈な金属だ。これも、軍の新兵器なのか?」

「……知らない。何も憶えてないから」

 間に合わせの、だが見栄えはそう悪くない革の鞘に収った刀を、鞘に付けられたベルトで肩に掛けながら、リュナは俯いた。

「でも、これは私の武器……でなきゃ、記憶もないのにあんな風に自然に闘えなかった……そうでしょ?」

「それならそれで構わないけど……これから先どうするつもりだ? まあエントゥマとやり合うだけの力があるならその辺の野盗なんか敵じゃないだろうけど、自分の身許も憶えてないようじゃ行くあてもないだろ?」

「もう決めてる。自分のことを調べるわよ。手がかりは夢に出てきた光景と、この写真だけだけど……」

 ロケットの蓋を開き、そこに写る青年の姿に視線を落しながら、リュナは答えた。

「まあ夢ってのは、突き詰めれば過去の記憶の断片みたいなもんだからなあ……手がかりには違いないけど」

 それが癖なのか、レオンはまた片手で頭髪をくしゃくしゃやりながら思案にくれた。

「とりあえず、分かってることだけでもまとめてみよう。リュナは元住んでた街でエントゥマに襲われて、運良くエンティ……あ、いや、サバイバーになったと」

「別にエンティでいいわよ。あなたは私の体を『気にしない』っていってくれたでしょ? だから私の方も、その点について無理に気遣ってくれなくていい」

「OK。じゃあ、問題はその後だ……で、次に憶えてるのが、メガフロート・シティの病院みたいな施設にいたこと……間違いないよな?」

「そうね」

「つまりこういうことか? エンティになったあと、GC軍に救出されて、どこかの海上都市で療養してた――」

「たぶん、そうだと思う。エントゥマに襲われたとき、私はまだ十歳くらいの子供だったような気がするから、実際にはその間に何年か経ってるはずだけど」

「つまり部分的記憶喪失ってことか」

「完全に忘れたわけじゃないのよ。ただ詳しく思い出そうとすると、そこから先は靄がかかったような感じなの」

「ティップ・オブ・ザ・タンってヤツだな。ま、そういう場合、何かのきっかけでひょっこり思い出す可能性もなくはないけど……」

 レオンはなぜか気まずそうな顔つきで、リュナから目を逸らした。

「人間の記憶っていうのは案外都合良く出来てて……忘れたい出来事、辛い思い出から先に忘れていくようになってるって、何かの本で読んだな。つまりそうすることで自我を保つための、一種の自己防衛本能っていうか」

「それって、私が自分で記憶を捨てたってこと? それほど嫌な体験……いっそ思いださないほうがマシなくらいの?」

「ぶっちゃけ、そういうことだな。なまじ思い出したことでよけい辛くなるような過去なら、いまのまま忘れたほうがいいって考えもある。それより、この先の身の振り方を考えた方が、リュナ自身のためじゃないか……と、俺は思うワケだ」

「……でも、このままじゃ……」

「もしどうしても知りたいってんならGC軍に出頭することだな。正規の軍人かどうかは知らないけど、あの場にいたってことは、少なくとも軍と何か関係があるのは間違いないんじゃないか?」

「……」

「ああ、分かってる。『軍には行きたくない』『嫌な予感がする』……そう自分で言ってたもんな。要するに、もうおまえ自身が無意識に避けてるんだよ。自分の過去に触れることを」

「少し……考えさせて」

 パチンと蓋を閉じ、リュナはペンダントから手を離した。

「でも、そういうあなたは何でこんな廃墟に住んでるの? 回収したパーツを軍に売るのが仕事なら、それこそ軍が駐屯してる大きな街に住んだ方が都合がよくない?」

「ま、それをいわれちゃ返す言葉がないけど」

 レオンは苦笑してあらぬ方を見やった。

「実は『自分の過去をよく知らない』って点では、俺もリュナと同じなんだ。物心ついたときには、着の身着のままでどこかの荒れ地をウロウロしてた。まあ戦災孤児ってヤツ?」

「私と同じね。エントゥマに故郷と両親を奪われた……」

「といっても親の顔なんて憶えてない。ただ寒くて、腹がペコペコで……行くあてもなく歩いてたら、あのバギー車を運転するホンゴウのオヤジに拾われたのさ」

「ホンゴウ……さん?」

「先代のジャンク屋だよ。日本人で、元はエンジニアだとかいってたけど……機械の知識や修理の技術、それ以外の色んなことを俺に教えてくれたのはその人だ。俺にとっちゃ親父代わりってとこだな」

 レオンが日本の時代劇に妙に詳しかったりするのも、その日本人の影響かもしれない。

(そういえば、私も日本人なのかな? この肌や髪の色……)

「その人、いまはどこに?」

「3年前に病気で死んじまった。俺を拾った時点で結構な歳だったしな……で、あの工房も含め、ジャンク屋稼業を丸ごと俺が受け継いだってわけ」

 言い方はぶっきらぼうだが、そう話すレオンの目はとても懐かしげで、そして少し寂しそうだった。

 ふと、リュナはあの戦場跡を再訪した日から気になっていた疑問を口に出した。

「あの時、レオンはいったよね? 私を助けた理由の半分は好奇心だったって……じゃあ、あとの半分はなに?」

「んん~……」

 レオンは言葉を選ぶように暫く考え込んでいたが、やがてポツリといった。

「『縁』……ってヤツかな?」

「えん?」

「ああ。ホンゴウが生きてるとき、よくいってた。『俺は善人なんかじゃねえ。おまえみてえなホームレスのガキなんざ、今まで何人も見殺しにしてきた』ってな」

「じゃあ、なぜレオンは助けられたの?」

「オヤジにいわせると、それが『縁だ』っていうんだ。たまたまバギー車を走らせてたら、道端に薄汚れたガキの俺を見かけた。その時、なぜだか思ったんだそうだ。『自分はこのガキを助ける運命だった』って。俺もそのときは、さっぱり意味がわかんなかったけど……あの日、戦場跡でリュナを見つけたとき、何となくピンと来たんだな」

「……」

「正直、最初は気味悪かったよ――ああ、気に触ったらごめん――あんなバラバラの消し炭みたいな体でまだ生きてるおまえが。でもな、こうも思った……こんな姿になってまでまだ生きようとしている『誰か』を、このままほっとけないって。たぶん、俺を拾ったときのホンゴウも同じ気持ちだったんじゃないかな?」

「よく、わからない。けど……」

 リュナは再びペンダントを取り、蓋を開いた。

 ――自分と同じ髪と肌の色を持つ、白衣の青年。

「もし、そんな風に人と人を繋ぐ何かがあるなら……わたしも、この人と……繋がってるような気がする」

「彼氏っていうにはちょっと歳が離れてるし……兄貴? でなけりゃ、療養所の主治医ってところかな」

「わからないけど、私にとって特別な人……私が、勝手にそう思ってるだけなのかもしれないけど」

「何だかなぁ。話を聞いてると、自分の過去が知りたいっていうより……そいつに会うのが目的かよ?」

 なぜだか、レオンが不満そうに鼻を鳴らした。

「何で怒るの?」

「別に怒っちゃねーよ」

(もしかして、妬いてる……?)

 そう思った瞬間、リュナは急に目の前のレオンが同世代の少年として身近に感じられると同時に、胸の奥から笑いと安堵がこみ上げてきた。

(よかった……少なくともレオンは私のこと、怪物だなんて思ってないんだ)

「ど、どうした?」

 泣き笑いのような複雑な面持ちを見せる少女に、却ってレオンの方が驚く。

「ん。……なんでもないわ」

「変わってるなあ、おまえ……それとも、女の子ってみんなそうなのか?」

「どうだろ? 他の女の子のこと、よく知らないから――」

「それもそうか」

 二人は互いに目を見合わせ、やがて声を上げて笑い出した。

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