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第1章 滅びの市(まち)-3

 ひび割れた舗装道路を、ガタゴトと騒々しい音を立てて四輪バギー車が走る。

 オープンの運転席の後ろに荷台がついた運搬タイプ。錆び付いた車体といい、ギィギィと妙な異音混じりで唸るエンジンといい、よく走れるものね――といいたいくらいのオンボロだ。

(レオンの言葉を信じる限り)一週間ぶりとなる外の風にセミロングの黒髪を靡かせながら、リュナは周囲に広がる荒野を眺めていた。

 今座っているのはバギー車の助手席。レオンから借りた男物のTシャツにジーンズという出で立ちだ。

 サイズが大きすぎるうえに素肌に直接履いたジーンズがゴワゴワして、お世辞にも着心地が良いとはいえないが、それでも素裸でいるよりはまだマシと我慢するより他ない。

「気が利かなくて悪かったな。帰ったら、その辺の店で女物の服や下着なんかも捜してやるよ」

 慣れた手つきでハンドルを操りながら、レオンがいう。

「……あの街に、他に人はいないの?」

「十年前、真っ先にエントゥマに襲われて全滅しちまったらしいな。ま、俺みたいに後から来て棲み着いてる連中もいるけど……お互い、なるべく顔を合わせないようにしてる。相互不干渉ってトコだな」

「でも、あんな所に住んでてエン……トゥマ? に襲われたら……」

「ああ、『百%安全』とも言い切れねーが、奴らが優先して襲うのは人口密集地帯だから。みんな適当にバラけて生きてりゃ、それだけ被害も小さくて済むと俺は思うんだけど……まあ人間のサガってヤツか? どうしても大勢で寄り集まって暮らさないと安心できないらしい。だから街全体を装甲と鉄筋コンクリートの壁で囲って、ついでにGC軍まで駐屯させて生活してるがな。リュナだって知ってるだろ? あの要塞都市ってヤツ」

(要塞都市……?)

 話だけ聞かされてもピンと来ない。

 代わりに脳裏を過ぎったのは、あの夢の中で海を眺めていた場所――。

「メガ……何ていったかしら? 何でみんな、海上都市に住まないの?」

「メガフロート・シティのことか? はっ! あんなお偉方しか市民登録できない場所、夢のまた夢――」

 そこまでいいかけ、レオンは驚いたようにリュナを横目で見やった。

「ちょっと待て。おまえメガフロート・シティから来たのか? ひょっとしてどこかの大富豪だか、GC高官のご令嬢とか……?」

「分からない……何も憶えてないの」

「うーん……こりゃ、ちょっとしたミステリーだな」

 耳が隠れる程度に伸ばしたクセのある赤毛を、レオンは面倒臭そうに片手で掻きむしった。

「……とにかく、一週間前の夜だ。この近くでエントゥマの群れとGC軍の交戦があった。えらく派手にドンパチやってたけどな。で、翌朝になって俺は様子を見に行った、と」

「何のために?」

「決まってんだろ?『商売』の仕入れだよ」

「そういえばジャンク屋……とかいってたわね。何の仕事?」

「見てりゃ分かる。……と、そろそろ着くぜ」

 そういわれて前方に視線を戻すと、砂埃の舞う荒野に点々と黒い影が転がっている。

 近づくにつれ、それは岩などでなく、何かの「残骸」らしいと見当がついた。

 リュナの背筋に、一瞬悪寒が走る。

 嫌な予感。あそこに行けば、おそらく自分にとってとてつもなく「おぞましいもの」を見ることになるという確信。

「待って! やっ――」

「ん? 何か言ったか?」

「……ううん。何でもない」

(やっぱり引き返して)――その言葉を喉元で呑込み、少女は再び視線を車の進路に戻した。

(確かめなくちゃ。どんなに忌まわしい真実でも、私自身が何者なのか知らない限り……)

 この先、一歩も前には進めないだろう。


 まず最初に目についたのは、黒光りした甲殻のあちこちを切り裂かれ、大地に横たわる巨大な怪物の遺骸だった。

「ありゃたぶん『スカラベ』……エントゥマの中でも、まだ小さい部類だな」

「あれより大きなヤツもいるの?」

「ああ。聞いた話じゃ、高層ビルよりでかいのもいるって噂だけど……正直、会いたいとは思わないね。くわばら、くわばら」

 大袈裟な口調でおどけてみせるレオンが、ふとバギー車を停め、改めてスカラベの遺骸を見やった。

「しかし妙だよな……SCSの武装じゃこんな傷痕にはならないはずなのに。何か新兵器でも開発したのかな? GC軍の奴ら」

「……どうでもいいわよ。先を急ぎましょ」

 リュナに急かされるまま、バギー車を降りたレオンは彼女を案内し「戦場跡」の奥へと徒歩で入り込んでいった。

「お、残ってる、残ってる。どうやら同業者にはまだ見つかってなかったようだな」

 スカラベの遺骸の陰に隠れるようにして擱座したSCSの残骸を見つけ、ホクホク顔でレオンが声を上げた。

「何喜んでるのよ? それって、味方の……人間が乗ってた戦車? みたいなヤツでしょ」

「戦車じゃねえ。SCSだよ」

「同じようなモノじゃない。不謹慎よ」

「そういうなよ。こうやって擱座した兵器から使えそうなパーツを抜き取って、リサイクル用に軍の奴らに売りつける――それが俺たちジャンク屋の仕事なんだから。こう見えても、地球防衛に一役買ってるつもりだぜ?」

 汚れたツナギと革ジャン姿、片手に道具箱を一つ提げたきりの若者から「地球防衛」という似合わない言葉を聞き、思わず吹き出しそうになるリュナ。

 だがすぐに気を取り直し、周囲を見回した。

「で、私をここで見つけたってわけ?」

「ん……まーな」

 なぜか気まずそうにあらぬ方向を見やりつつ、レオンが答えた。

「とにかく、俺の目的はSCSの残骸からジャンクパーツを抜き取ることだった。何でもかんでも持ち出せばいいってワケじゃないぜ? パーツによっちゃレアメタルが使われてたりして、小さくても結構な値が付くモノだってある。そこんとこの目利きが、ジャンク屋の――」

「あなたの仕事の話は後回しにして。私が聞いてるのは……」

「分かった、分かった。要するに、あの日もこんな風にパーツを漁ってる時に……見つけたんだ、その、リュナを」

「気を失って倒れてた……のよね? あなたの話を信じる限り」

「正直、最初は死体かと思ったよ」

 それまでわざとらしいまでに軽いノリであれこれ喋っていたレオンが、急に深刻な表情に変わった。

「なぜそう判断できたの? あなた、医者かレスキュー隊員の経験でもあるの?」

「ねーよ。っていうか、そんなものなくたって……普通はそう思うだろ? 黒こげでバラバラになった人体を見れば」

「バ……」

 リュナは言葉に詰まった。

「あ、いや、もちろん信じられない気持ちは分かるよ。実際この目で見た俺自身も、未だに信じられない気分なんだから」

 レオンは両手にビニール手袋をはめ、道具箱から折りたたみ式のスコップを取り出し、戦場跡の一角へリュナを案内した。

 半球状に盛り上がった土の真上に、一振りの刀が突き立ててある。

「これって、カタナ……?」

「ああ、日本のサムライが使ってた武器だな。俺は旧い映画のビデオでしか見たことなかったけど」

 レオンより先に駆け寄ったリュナが、急いで土に刺さった刀を抜き取った。

(これ、私の物だ――)

 なぜか、それだけはすぐ分かった。

 細かいことは思い出せないが、握り締めた柄の感触が、己の体の一部のようにしっくりくる。

 一方、レオンの方は無言のままスコップを振るい、盛り上がった土をどかすと、その下の地面まで掘り始めた。

 間もなく、戸惑いながら「作業」を見守るリュナの足元に、明らかに人間の「それ」と分かる半ば腐りかけた両手、両足――そして腰から下の下半身が、マネキン人形のごとく無造作に放り出された。

「……うっ」

 ムッと漂う腐敗臭に、思わず鼻を押さえるリュナ。

 だが次の瞬間、地面に転がるバラバラの人体に、己の体に刻まれているのと全く同じエンティの「紋様」を見るなり――。

 地面に跪き、思いきり嘔吐していた。

 その姿を、レオンは堅い無表情のままじっと見つめている。

「別にほっといてもよかった。俺には関わりのないことだからな。でも、まあ……野ざらしにしとくのも哀れだったんで、墓ぐらい作ってやろうと思ったんだ」

 あの盛り土に刀を突き刺した墓は、昔ビデオで見た日本の時代劇を思い出し、見よう見まねで作ったのだという。

「墓穴に手足を納めて、最後に頭のついた上半身を埋めようとしたとき――気づいたんだよ。まだ心臓が動いてるのを」

「まさか……そんな……」

「だから、俺だって信じられねーっていっただろ? 最初はビビって放り出したけど――そのとき、もう一つ気がついた。手や腰の切断面から……何ていうかこう、新芽みたいに新しい『身体』が再生してるのを」

「……」

 結局、息のある者を放置するわけにもいかず、レオンは自分のねぐらに「それ」を持ち帰った。

「半分は好奇心もあった。否定はしない。だから、別に感謝しろともいわねえ」

 包帯でグルグル巻きにしてとりあえずベッドに寝かせておくうちに、わずか一週間で「それ」は人間の少女となって元通り「再生」したのだという。

「プラナリアだっけ? 原生生物の一種に、バラバラに切り刻まれてもその数だけ再生するのがいたけど、ちょっと違うな。現に切られた手足はこうやって腐ってるし……むしろ蜥蜴の尻尾? いや悪い、他にたとえるモンが思いつかないからさ」

 怒る気力さえなかった。

 胃の中身を全て吐き出し、口許の汚れを拭くのも忘れ、リュナは虚ろな目で自分の「一部だった」腐肉の塊をぼんやり眺めた。

「……私……いったい何者なの? ほんとに人間?」

「俺に聞かれてもなあ……少なくともロボットとかサイボーグとは違うんじゃないか? そういうのは、機械と同じで壊れちまえばそれっきりだし」

「機械……」

 心の奥をチクリと刺すような感覚。

 機械でありながら、生物のような再生能力を備えたものが別に存在する。

 ――エントゥマ。

「じゃあ、私は――」

 そこまでいいかけ、ザワッと全身が総毛立った。

 何かが近くに居る。物音こそ立てないものの、敵意と殺意を隠そうともしない「何者」かが。

「そっちの物陰に隠れて!」

 大声でレオンに叫ぶと、リュナは殺気を感じた方向へ向き直り、両手で刀を構えた。

 その後に起きた変化は一瞬のことだった。

 Tシャツから除く少女の両手と顔が電子基板を思わせる白い生体装甲でコーティングされ、髪の色まで七色に光るファイバーケーブル状に変わった。

 通常の視覚に加え、身体の五感全てを統合した感覚が、ルビーのごとく赤い眼の視界に集約される。

 それは通常の目で見る世界とはまるで違う、膨大な環境情報が2進数のパルスとなって直接脳へと流れ込み視覚化される、めくるめく超現実の世界。

 異形の姿に変貌した彼女の統合感覚が、体色と体温を周囲に同化させ、音さえ忍ばせ這い寄ってくる「敵」の姿を捉えた。

(エントゥマ……タイプ・スカラベ、1体捕捉)

 遺骸となって横たわる「同族」に比べれば一回り小さいが、それは元GC軍兵士のなれの果て。そして1週間前、この場で自分をバラバラにした同個体だろう。

 一度は遅れをとったといえ、既に相手の能力や行動パターンは把握している。

 リュナはまず、背後にいるレオンからスカラベを引き離す目的で、前方やや斜めの方向に向かって駆けだした。

 だがなぜかスカラベは自分の方に見向きもせず、スコップを放り捨て懐の拳銃を構えたまま――蟷螂の鎌にもならぬ武器だが、他に取るべき行動が思いつかなかったのだろう――立ち尽くしたレオン目指してまっしぐらに進んでいく。

(何でそっちに行くのよ!?)

 内心で舌打ちし、リュナは進路を変更。斜め後方から追いすがるようにしてスカラベに斬りつけた。

 青い体液が飛び散り、回頭したスカラベの口からあの強酸が放たれる。

 飛び退けば、一週間前の時と同じくそこに前肢の斬撃が来る。

 多少の飛沫を浴びるのは覚悟し、最小限の動きで回避。一気に間合いを詰め、振り下ろされてきた鎌状の前肢を紙一重でかわし――。

 ぐっと腰を落すと、逆手に構え直した刀を怪物の腹の下に差し込む。

 腹から甲殻に覆われた背中まで、一気に斬り裂いた。

 半ば胴体を切断され、苦しげにのたうち回るスカラベの姿にも一切容赦はしない。

(頭を潰さない限り、こいつらは何度でも再生する――)

「脳」と呼べるものかは不明だが、奴の体内神経パルスが集中する中枢部分を狙い、深々と刃を突き立てる。

 地面にへたりこんだスカラベは数秒間脚部を痙攣させていたが――やがて動きを止めた。

「……ふぅ」

 刀を引き抜くと同時に、身体をコーティングしていた生体装甲も解除され、両腕の肌が元通りに戻っていった。

 借り物の衣服はスカラベの体液を浴びて真っ青。しかも強酸の飛沫のため所々に穴が開いている。

 レオンの方に振り返ったリュナは、何ともいえずもの悲しい気分になった。

 自分を見つめる若者の表情は、どうみても「命の恩人」ではなく、エントゥマの同類を見るのと同じ目だ。

「おまえ……やっぱり、GC軍の兵士だったんだな」

 敵意――とまでは行かずとも、先刻までと打って変わり、明らかに距離を置いた口調に変わっていた。

「よく分からねーけど、何かヤバい軍事機密を目撃したからお約束通り『処分』なんてのは、ナシにしてくれよ?」

 持っていた銃を慎重な動作で地面に置き、両手を上げて無抵抗の意志を示す。

「俺はいま何も見なかったし、誰にも話しやしない。……それでいいよな?」

「待って! 誰もそんなこと――」

「とにかく、おまえが望むなら近くの要塞都市まで送ってやる。この界隈じゃ一番大きな街だから、多分GC軍の偉いさんも駐屯してるだろう。そこでおさらばってことで……」

「違う! 私、軍人でも兵隊でもない!」

 刀を地面に取り落とし、リュナ自身もその場にしゃがみ込んで叫んだ。

「途切れ途切れの記憶しかないけど――私は普通の女の子だった! どこか人工島の病院にいて、それで……」


 それで……どうしたんだろう?


 ふと、視線の先に腐りかけたか細い片腕が見えた。その拳はしっかり何かを握りこみ、そこから黒ずんだ細いチェーンのような物が覗いている。

「……!」

 何か言いかけたレオンの存在も忘れ、かつては自分のものだった腕に飛びつくと、その拳を力任せに開く。

 ボロリと指がもげ、中から小さなロケット型のペンダントが現れた。

 幸い、強酸には侵されていない。

 蓋を開くと、そこにはあの夢と同様に、白衣の青年とブラウス姿の少女が写っている。

「見て! この女の子、私でしょ!?」

「……?」

 歩み寄ってペンダントを覗いたレオンは写真とリュナの顔を見比べた。

「確かに、よく似てるな……いや同一人物か。ところでこの男は誰だよ? リュナの兄貴か?」

「分からない……けど……私にとって大切な人だった……と思う」

 いいながら、なぜか顔の火照るのを感じた。

「私、自分のことをもっと知りたい……でも、軍の所へは行きたくない。行けば、何かよくないことが起きるような気がするの」

「――って、言われてもなぁ」

 ビニール手袋を外したレオンが、顔をしかめて片手で頭髪を掻きむしる。

 その表情は、少女への同情心や得体の知れない人間兵器を見るそれではなく――。

 手間のかかる子供のワガママに付き合わされる、大人の顔だった。



「あの噂は本当だったのか……軍がエンティを『素体』にして、対エントゥマの人間兵器を開発してたってのは」

 数百m離れた岩陰から一部始終を目撃していた男が、双眼鏡から目を離してため息をもらした。

「しかしこの目で見ても信じられねえな。あんな小娘が刀1本でスカラベを倒しちまうなんて」

 やはり双眼鏡で見守っていたもう一人の男も、驚きを隠せぬ様子で呟く。

「軍の連中もやるじゃねえか。あんな兵隊が何万といれば、奴らを地球から追い出すのも夢じゃねえなあ」

「バカ。感心してる場合か?」

 相棒の男が声を荒げた。

「あの娘が『試作体』だとすれば――今度はGC軍の奴ら、大っぴらに人間狩りを始めるぞ? 俺たちエンティをな」

「どうするよ? 今すぐ確保するか、あの娘」

「いや、迂闊に動くのは不味い。いったんアジトへ戻って報告だ……あとは雷牙の旦那に決めて貰うのが賢明だな」

 フード付きコートに防塵用マスクで顔を覆った2人の男は、その場から離れるとやはり岩陰に隠すように停めたジープに乗り込み、何処へともなく走り去った。

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