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第1章 滅びの市(まち)-2

 ふと瞼を開くと、まず目に入ったのはコンクリート剥きだしの殺風景な天井だった。

 自分はベッドの上に寝かされているらしい。

(……どこ?)

 起き上がろうとしたが、体に力が入らないうえ、ひどく動きにくい。

 視線を落すと、目の部分を除いて全身が包帯でグルグル巻きにされていた。

(何よコレ? 映画のミイラ男じゃあるまいし)

 仕方なく首だけ動かして周囲を見やると、そこは天井同様に剥きだしのコンクリート壁に囲まれた、やや広めの部屋だった。

 ベッドの他に作業用の大きな机、よく分らない機械の部品や修理用工具等が卓上や床に雑然と置かれ、部屋の片隅には缶詰やレトルト食品、ペットボトル入りの飲料水などがまとめて積み上げられている。

 薄暗いので夜かと思ったが、天井近くの格子戸から陽射しが差し込んでいる所から見て、ここは地下室のような場所らしい。

 荒野であの怪物と戦ったあとの記憶はぷっつり途切れているが、どうやら自分は誰かに助けられ、ここに運び込まれたようだ。

 かといって、病院や救護所という雰囲気でもないが。

 自分が寝かされているのも、よく見ると安物のパイプベッドにマットレスを敷いただけの粗末な寝床で、お世辞にも寝心地が良いとは言いがたい。

 それははまだ我慢できるとして、何より寝具からムッと臭う、誰か(たぶん男性だ)の体臭は何とかならないものか。

(私……ケガしたんだ。でも……)

 ずいぶんと大袈裟に包帯が巻いてある割に、体の痛みは殆ど感じない。ただひどく気怠く、起き上がる元気もなかったが。

 他にやることもないので、もう一度目をつぶり、さっきの夢の続きを見られないものかと思う。

 いつか、どこかで見た群青の海。あの若い医師。

 懐かしい――たまらないほどの懐かしさで、胸のあたりがチクチクする。

 やがて、少しうつらうつらしてきたとき。

 ドタンバタン! 喧しい音を立ててドアが開いた。

「チックショー……スーパーもドラッグストアも流しの連中に荒されて、ロクなもんが残っちゃいねえ!」

 何やら両手一杯の荷物を抱え、毒づきながら部屋に入って来たのは、薄汚れたツナギの上に革ジャンを着込み、ごつくて頑丈そうな安全靴を履いた男だった。

 どこのチンピラか? という出で立ちだが、その顔は意外に若い。まだ17、8というところだろうか。

「早いトコ次の『商売』に行かなきゃ、こちとら日干しに……ありゃ?」

 まだ少年といっていい顔立ちの若者は、こちらを見て驚いたように目を丸くした。

「え? その……気がついたのか?」

「……」

 答える前に、相手の目つき、体格、身のこなしなどを素早くチェックした。

 軍人。特殊工作員。臓器売買など違法ビジネスに手を染める闇社会の住人。

 ――どうやら、その類の人種ではなさそうだ。

 ただし気になるのは、革ジャンの脇腹辺りに見える僅かな膨らみ。

(ショルダーホルスターに収めた拳銃……たぶん9mmオートマチックね)

 仮に若者が拳銃を抜き、こちらに向けてトリガーを引くまでの時間を瞬時にシミュレートし算出する。

(問題ない。やろうと思えば、素手でも殺れる……)

 自分でもなぜそんなことが分かるのか。いや、初対面の相手に対しなぜそこまで過剰に警戒するのかもよく分からないが、反射的にそこまで判断してから、初めて口を開いた。

「あなたが助けてくれたの? なら感謝するけど……いくら何でも、これは大袈裟すぎない?」

「大袈裟って……おまえ、自分に何があったのか全然憶えてないのか?」

「『おまえ』じゃないわよ。私は――」

 言葉が止まる。


 私は――私は、誰なんだろう?


「……リュナ。ちゃんと名前くらいあるわよ」

 とっさに夢の中の名を思い出し、その場を取り繕った。

「リュナ? ああ、リュナちゃんね。ウン、可愛い名前じゃん」

 気圧された用に何度も頷き、若者は床に荷物を置いた。

「おれはレオン……よろしくな」

「レオンね。憶えとくわ」

「驚かしてすまなかったよ。まさかこんなに早く、目を覚ますなんて思わなかったから」

「さっきからずっと起きてたわよ。そんなことより、私ホラー映画の主役にでも抜擢されたの?『ミイラ女の恐怖』とか」

「はは。そんなジョークが出るくらいなら、もう峠は越したようだな」

(峠を越した?)

 そんなに重傷だったのだろうか。

「っていうか……おまえ、いやリュナちゃんか」

「ちゃんは余計よ。子供じゃないわ」

「あ、ごめん……とにかく、この一週間ずっと意識不明だったんだぜ? リュナは」

「まさか……?」

「まあ、詳しい話は後にして……包帯を替えよう。床ずれになって化膿でもしたら厄介だしさ」

「そんな、寝たきり老人じゃあるまいし……」

 そこまでいいかけ、床の上に置かれた荷物の中に、薬や食料に混じって大人用オムツのパックがあるのに気づき、カッと顔が火照る。

 それまでの気怠さもいっぺんに吹き飛んだ。

 強引に身を起こし、ベッドから立ち上がる。

「ほら見て! トイレくらい自分の足で行けるわよ!? とにかく、この馬鹿げた包帯は解かせてもらうからね!」

「え!? ちょっと待――」

 レオンと名乗る若者が止める間もあらばこそ。

 リュナは己の全身に分厚く巻かれた包帯を、殆ど力任せに剥ぎ取った。当然目の前の少年に素肌を晒すことになるが、そんなことまで気にしていられない。

 間もなく包帯を取り去り、下半身に大人用オムツ1枚だけを履いた少女の体は、例の「紋様」を別にすれば傷ひとつ残ってない。

「嘘だろ……?」

 呆然とした面持ちで、レオンが呟いた。

「『エンティ』が人間離れした回復力があるって話は聞いてたけど……まさか、あれだけの大ケガがたった一週間で――」

 その言葉を聞いた瞬間、頭の中で何かが音を立てて切れた。

「このっ……変態! 変質者! 最低ッ! 私が気絶してるのをいいことにイタズラしてたのねっ!?」

「わわっ!?」

 大声で喚き散らしながら、足元にあった機械部品やら工具やらを、手当たり次第レオンに向けて投げつける。

 目から涙が溢れるのを感じながら。

「落ち着けって! 俺はリュナに何もしてないよ! いくらジャンク屋だからって、そこまで落ちぶれちゃいねーってば!!」

「…………」

「とにかく、話を聞いてくれ……それで納得できないなら、もう煮るなり焼くなり好きにしていいから、さ」

「……分かった」

 一時の激情は過ぎ去り、手に持って振り上げたスパナを床に置いた。

 ここで怒り狂ったことろで何も始まらない。

 詳しい状況を把握するためにも、この部屋の本来の「住人」らしい若者からできるだけ情報を引き出す必要を感じたからだ。

「疑ったのは謝る。だから……一週間前、何があったか聞かせて?」

「ああ、いいよ。といっても、何から話したらいいんだかなあ」

 落ち着いて見れば思いの外二枚目といっていい顔を傾げ、思案にくれるレオン。

 冷静さを取り戻してから、改めて自分のあられもない格好に気づき、両手で胸を隠しながら、上目遣いでおずおずレオンを見やった。

「その前に……何か、着る物……貸してくれない?」



「お仕事中失礼致します、宮小路大佐」

 卓上のPCに向かい専門のオペレーターさえ凌ぐ素早いブラインド・タッチで作業に専念していた女性将校が、部下のGC(全世界共同体)軍士官の声に操作の手を止めた。

 GC軍制服の襟を飾る「大佐」の階級章、大企業の重役室を思わせる瀟洒な1室を独占している権限の大きさから見ても実年齢は40歳以上と思われるが、ストレートの黒髪を肩の辺りで切りそろえ、ややきつめの顔立ちだが才気に溢れた美貌はまだ20代といっても通用しそうな日本人女性である。

「……何か?」

「先程、第7軍管区より連絡機で届きました。例の『S・B』に関する戦闘報告書です」

「ああ、『S・B』ね……すっかり忘れていたわ」

 口許に微かな苦笑いを浮かべ、女性将校が顔を上げる。

「で、どうだったの? あの子は死んだのよね?」

 シガレットケースから取り出した煙草をくわえ、卓上ライターで火を点ける。

 かつて彼女は大の嫌煙家であり「酒や煙草に依存しなければ職務も務まらぬ無能者は、自分の下では決して出世させない」という信念の持ち主でもあった。

 それも既に過去の話。GC総本部直属の研究所からこの中規模海上ベースに事実上の「左遷」となってからというもの、ニコチンとアルコール、さらに精神安定剤は彼女にとって最も親しい友となりつつあった。

「いえ、任務にあたった小隊も戦域離脱が精一杯で、はっきりした死亡確認はとっていないようですが……状況からいって、生存の可能性は低いものと。しかしながら『S・B』は対エントゥマ戦において極めて高い戦果を挙げた模様です」

「ふうん……まあ、どうでもいいわ。いずれにせよ械化兵開発プロジェクトは上層部の判断で打ち切られたんだから。報告書の方は、そこのデスクに置いといて頂戴。後で目を通しておくわ」

「はっ」

 オフィスの一角にあるデスク上、「未処理」と書かれたプラスチック・トレイに山積みとなった書類の上に持参した報告書を乗せると、士官は改めて敬礼した後退室した。

 宮小路大佐の切れ長の目が冷ややかにその報告書を見やり、ついで瞑目すると、煙草をくゆらせながらじっと思案にくれる。

「そう、もう終わったこと……これであの不祥事にも全てケリはついた。今はこの新たなプロジェクト……『アララト計画』を進めるまでよ」

 やがて吸いかけの煙草をクリスタルガラスの灰皿にもみ消し、目前のPCに向き直ると、何事もなかったかのように作業を再開するのだった。

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