プロローグ
近未来の地球を舞台にしたSF風味バトルアクション。洋画「スターシップ・トルーパーズ」やSFロボットアニメの雰囲気入ってます。スートーリーの基本はボーイ・ミーツ・ガールの冒険もの。アニメやゲーム感覚で読んで頂ければ幸いです。
プロローグ
「誰だったっけ?『第3次世界大戦がどう戦われるかは自分にも分からない。しかし次の第4次大戦、人類はお互い石と棒で戦うことになるだろう』って予言したのは」
夜の闇の中、通信の電波がひどいノイズ混じりで、皮肉めいた男の言葉を仲間の兵士へと届ける。
「確か物理学者の……アインシュタインだったと思うが」
「その先生も夢にも思わなかったろうぜ。最後の戦争が、俺たちニンジャと『奴ら』との戦いになるなんてことはよ」
「おい、無駄口を叩くな!」
小隊長の一喝が部下の兵士2人を黙らせた。
「もうすぐ『奴ら』の移動予測ポイントに到着する。おまけに有線通信でさえ影響を受けるほどのジャミング量だ……会敵は近いぞ」
つい十年ほど昔であれば、彼ら陸軍兵は戦車や装甲車に乗り組んで進軍していたことだろう。
だがいま彼らを乗せて運ぶのは、体高3m余り、兵士1人の操縦によって「歩く」鋼鉄の人型機械。人によっては「歩行戦車」「パワードスーツ」などと呼ぶかもしれない。
軍から名付けられた正式呼称はSCS(ステルス戦闘外殻)。
そのサイズにもかかわらず特殊サーボモーターによって駆動する両手・両足は驚くほど静かで、燃料電池エンジンを搭載したボディ各所から音もなく噴き出す冷却ガスが放熱を極力抑える。
普通の人間ならば、すぐ背後まで接近されても気づかないことだろう。
故に、彼ら隠密装甲歩兵――SCS乗りたちの一部は冗談半分に、自らの愛機を「ニンジャ・アーマー」などと呼んだりする。
そのSCS1個中隊15機が、3機1個小隊を構成する形で、人気のない夜の荒野を猫の如く気配を殺して移動していた。
「偵察小隊、周辺に何か反応はないか?」
指揮官である中隊長は前方数百mを先行する偵察班に問いかけた。
無線ではない。各機の間に長く張り渡された1本の通信ケーブルが、友軍同士を繋ぐ通信手段である。
場合によっては拡声器、発光信号など原始的な手段による交信も訓練されているが、いまそんなものを使用して「奴ら」に感づかれることがあれば自滅行為だ。
「レーダーはとうにジャミングで使い物になりません。赤外線センサーにも今の所反応なし……」
偵察兵がぶっきらぼうに応答する。
「奴ら」はこちらのSCSに負けず劣らず用心深く、そして――狡猾だ。
およそ十年前、「奴ら」との戦争が始まったとき、当時としては最新鋭兵器だった主力戦車や歩兵戦闘車の多くが主砲や対戦車ミサイルの射程距離に近づく前に奇襲を受け、あえなく乗員もろともスクラップに変えられていったという。
それもそのはず、「奴ら」は大型トラック並みの巨体を有しながらその動きはサバンナに生きる野生動物のごとく静粛で、なお悪いことに人類側のあらゆる電子機器を狂わせる生体ジャミング波を発信する。そのうえ体色や体温やを自在に変化させ、周囲の環境に半ば溶け込む擬態能力さえ備えていた。
言い方を換えれば、「奴ら」の能力を分析し、人類側で再現した対抗手段がSCSともいえる。
ともあれ、この十年間で長らく人類の軍隊が「近代兵器」と誇ってきたものは、その大半が過去の遺物と化してしまったということだ。
戦車も、装甲車も、戦闘ヘリも、そしてジェット戦闘機さえもが――。
「――震動センサー、及びパッシブ・ソナーに反応あり!」
偵察兵の声が叫び、中隊長は配下の部隊にいったん停止を命じた。
「各機注意せよ。第5小隊、前衛部隊の交戦が始まりしだい『S・B』のロック解除を許可する」
最後の通信は、部隊最後列に位置する3機のSCS小隊に向けられたものだった。
小隊長機の後方に続く2機のSCSが、両腕に相当するマニピュレータで長さ2mほどの長方形の筐体を抱えている。
その大きさといい形状といい、いっては何だが「棺桶」という比喩がぴったり合いそうだ。
特殊合金の筐体に厳重に封じ込められた「中身」については、指揮官である中隊長にすら知らされていないらしい。ただ司令部からは「S・B」なる暗号名と、「戦闘が始まったらロックを解除せよ」という命令を受けただけだという。
「命令書には『試作兵器』としか説明されてなかったが……まさかBC兵器(生物・化学兵器)じゃあるまいな?」
「S・B」本体を預かる第5小隊長の背筋に、一瞬ひやりと悪寒が走った。
仮にそうだったとしても、SCSにはあらゆる状況を想定して毒ガスや細菌、放射性物質などの有毒物から搭乗者を守る空気清浄フィルターが装備されているので心配はないはずだが、だからといって決して気持ちの良いものではない。
だがそんな不安も、間もなく偵察小隊から入った緊急通信で頭から吹き飛んだ。
「奴らを……エントゥマの群体を確認! 前方10時、約百mの方向!」
暗視装置付き外部カメラを望遠モードに切替えると、モニター内の闇にぼんやり何者かの群れが浮かび上がった。見た目はある種の甲虫に似ている。だがその1匹1匹が、アフリカ象すら上回る巨獣なのだ。
さらに敵の形状、数など具体的な報告を受けるにつれ、中隊長の顔から血の気が引いていった。
「『スカラベ』タイプが30匹以上だと? 冗談じゃない、司令部から受けた情報より遙かに多いぞ!?」
中隊長の脳裏に「撤退」の判断が過ぎるも、時は既に遅かった。
十年前、突如宇宙から群れをなして飛来し世界中を蹂躙した怪物。
ある種の「機械生命体」らしいということまでは判明しているが、それ以上の詳しい生態や、何より奴らの侵略目的さえ未だに定かでない。
人類が「エントゥマ」と呼ぶ地球外生物たちは、ほぼ同時にこちらの接近を察知したらしく、多数の「脚」をわらわら動かし一斉に動き始めたのだ。
もはや逃げる術はない。SCSを装輪走行モードに切替え全速で退却したところで、奴らは飛翔して追いかけてくるだろう。
「くっ……総員戦闘態勢を取れ! 各機これより個別の判断により応戦。通信ケーブル切断、拡声器とライト使用を許可する!」
動きの妨げとなるケーブルを引きちぎり、15機中12機のSCSがエントゥマの群れに向けて突撃した。
有効射程に入ると同時に、SCSの機体に装備されたガトリング砲、無反動砲、ロケット弾などが火を噴き、先頭のエントゥマに殺到する。
だが怪物の巨体を包む滑らかでぬめりを帯びた甲殻はそれら重火器の直撃を受けても、さしてダメージを受けたように見えなかった。
戦車の装甲をも貫通する徹甲榴弾が命中するや、甲殻の一部がボコっと大きく陥没する。だが数秒後には、何事もなかったかのように陥没部は元通りに復元していた。
「――化け物めっ!」
指揮官機のコクピットで、中隊長が毒づく。
エントゥマに対して、かつて人類同士が互いに殺し合うためしのぎを削って開発していた近代兵器の大半はまるで通用しない。有史上初めて地球外生物による侵略を受けた核保有国が、最後の選択として戦術核の使用に踏み切ったのも無理からぬことといえよう。
だがそれは、皮肉にも人類側に対しより多くの被害を与える結果を招いたが。
核兵器は確かに有効だった。しかし核爆発の熱線や放射線に対してエントゥマが予想以上の耐性を持つことも実証され、核の全面使用は侵略者より先に人類の滅亡を招く行為として当時の国連安保理事会により封印された。
そして十年後の現在、人類はGC(全世界共同体)最高評議会の下、SCSに代表される各種の対エントゥマ特化兵器を開発し、世界各地で苦しい抵抗を続けている。
激しい閃光と爆発音、辺り一帯に硝煙が立ちこめる中、「スカラベ」のコードネームを与えられた甲虫型エントゥマがじりじりと迫ってくる。
もっともSCS部隊も闇雲に弾薬の無駄遣いをしていたわけではない。序盤の一斉砲撃は、スカラベを少しでも怯ませ群れを分断するための、いわば牽制だ。
強化ガラスのキャノピー越しに怪物のグロテスクな姿が大きく迫ってきた段階で、散開したSCSのマニピュレーター先端部に金属製の長く鋭い槍、レーザースピアが飛び出した。正確には先端部にレーザー発射装置を備えた、いわば大型のレーザーメス。
奴らも生物である以上、堅い殻の継ぎ目、間接部、「目」と思しき感覚器など、脆弱な部位は存在する。
ギリギリまで接近し、それらの「弱点」にピンポイントの刺突を加える。うまく先端が接触すれば、そこからさらにレーザーを照射、敵の甲殻を焼き切る――。
まるで中世の槍騎兵だが、長射程のレーザー砲や加速粒子砲はまだ開発途上にあり、SCSの小さな機体にはとても納まらない。
つまりこれが現時点で人類が戦術レベルでエントゥマに対抗しえる数少ない手段のひとつであった。
夜の荒蕪地を舞台に、異形の怪物と装甲歩兵たちの戦闘は乱戦状態に陥っていた。
決死の覚悟でレーザースピアを繰り出す装甲歩兵に対し、スカラベたちも本格的な反撃を開始した。軍隊蟻を思わせる堅い顎を開くや、間近のSCSに対し液状の強酸を吐き付ける。特殊合金装甲に守られた歩行兵器のボディが白煙を上げて溶け出し、中の搭乗兵が恐怖の悲鳴を上げる。
ある機体は巨体の体当たりを受けて転倒、立ち上がる間もなくスカラベの大顎に噛み砕かれた。
前衛部隊が死闘を繰り広げられている間、後方の第5小隊は命令通り「S・B」のロック解除にかかっていた。
地面に置いた筐体にはめ込まれたキーボードに、人間の指先同様のデリケートな作業もこなすSCSのマニピュレーターが、事前に渡されたマニュアルに従いパスワードを入力していく。
最後のスイッチを押すと、バシュッと鈍い音を立て筐体の蓋が開いた。
カメラアイで自分たちが運んで来た「荷物」の中身を確認し、兵士たちは唖然とした。
筺の中にはエアクッションの柔らかい詰め物が敷かれ、そこに1人の少女が一糸まとわぬ姿で寝かされていたのだ。
年の頃は十代半ばというところか。
セミロングの黒髪に、まだあどけなささえ残る整った顔。
きめ細かな肌の色からして、おそらく東洋人だろう。
奇妙なのは、少女の顔や華奢な裸身の所々に、痣とも傷痕ともつかぬ紋様が浮き上がっていることだった。
よくよく観察すれば、幾何学的な模様を描くそれは、古代人の刺青とも、また電子回路の基板のようにも見える。
「S・B……スリーピング・ビューティー(眠り姫)ってことかよ?」
「この娘、『エンティ』だな……」
「それより、こりゃあ何の冗談だ? エンティにしろ何にしろ、こんな小娘を戦場に連れ込んで俺たちにどうしろってんだ!?」
口々に言い合う兵士たちをよそに、筺の内部に青白い放電光が走り、裸身の少女が2、3度ビクっと全身を痙攣させる。
薬か何かで眠らされていたのを、電気ショックで強制的に覚醒させたらしい。
うっすら瞼が開き、ルビーのように紅い瞳が夜空と、上から見下ろす3機のSCSを虚ろに見上げた。
少女が無言のまま上半身を起こす。
彼女の首に何か提げられているのに気づいた兵士の1人がSCSのモニター映像をさらに拡大すると、年相応の膨らみを帯びた胸の上で揺れる「それ」は小さなペンダントらしきアクセサリーだった。
「おい……俺たちの声が聞こえるか?」
兵士の1人が拡声器を通して話しかける。
少女は何も答えず、無言のまま彼方で続いているSCS部隊とエントゥマの戦闘を見やった。
再び兵士たちが話しかけようとしたとき――。
おもむろに少女が蓋の裏から何かを手に取り、自らの足で筐体から地面に降り立った。
そして「戦場」に向かって走り出す。
兵士たちは拡声器のボリュームを最大にして制止したが、彼女は振り返ろうともしなかった。
あたかも、自らの為すべきことを予めプログラミングされていたかのように。
前衛で戦い続けていたSCS中隊は辛うじて3匹のエントゥマを仕留めたが、その間に過半数の7機が破壊されている。搭乗員の生死は確かめようもない。
残り5機のSCSを、数で勝るスカラベの群れが取り囲み、完全に退路を断たれる形になった。
「ここまでか……」
中隊長は悔しげに歯ぎしりし、せめて一矢報いようとスピアを構え最後の突撃を決意する。
奴らと戦って死ぬのが怖くないといえば嘘になるが、それはまだ「マシな死に方」なのだ。
そう。もっと怖ろしいのは、生きたまま奴らに捕らえらること――。
生き残りの部下たちに最後の命令を下そうとした、そのとき。
スカラベ群による包囲網の一角が乱れた。
機械生命体のエントゥマにとって血(むしろ潤滑油というべきか?)に相当する青い体液が噴水のごとく噴き上がり、一匹のスカラベがどさっと地べたに這いつくばる。
その屍を軽々と飛び越え、小柄な人影が鳥人のごとく戦場の大地に降り立った。
その姿は、遠目には人間の若い女性に見える。
しかしSCSの望遠カメラがとらえた映像に映るのは、全身を極薄の電子基板で覆ったような奇怪な人物だった。
夜風に靡くセミロングの髪が極細の光ファイバーのごとく仄かに光を放ち、紅く輝く両眼はルビーをはめこんだように白目も瞳孔もない。
「人型ロボット? い、いやサイボーグか……?」
兵士の1人が呆然として呻く。
対エントゥマ兵器の一環として、ロボット兵器やサイボーグ兵士が研究されているという噂は彼らも耳にしている。
もっともこれらSF小説やアニメ、コミックでお馴染みの存在は、実際には数々の技術的難関、あるいは実戦投入しても対エントゥマ兵器としての有効性が疑問視されることから、どれも実験段階で開発が停滞しているというのが定説だったが。
それ以上に彼らを驚愕させたのは、「彼女」が右手に握ったその武器だった。
「あれは……カタナ?」
ロボットやサイボーグといったハイテク兵器とは対極にあたる原始的な武器。
だが、それはどう見ても日本刀にしか見えない片刃の剣である。
銀色に近い機械の肌を持つ少女はいったん腰を落したかとみるや大きく跳躍。
手にした「刀」を一閃させ、対戦車ミサイルさえ弾き返すスカラベの甲殻を造作もなく切り裂いていく。
装甲歩兵たちは困惑した。
こうしてスカラベと戦っている以上、「彼女」はエントゥマの仲間ではないのだろう。
しかし彼らの常識に照らして余りに「異形」ともいうべきこの銀色の少女を、果たして「友軍」と見なして良いものか?
そのとき、後方の第5小隊が打ち上げた照明弾が夜空を明々と照らした。
「そうか。あれがS・B……」
小声で呟いた中隊長が、拡声器と発光信号で残存兵たちに指示を下した。
「撤退だ! この隙に、各自戦域より離脱、第5小隊と合流の後帰投する!」
「しかし中隊長殿、『彼女』を……その」
(見捨てていくのですか?)という言葉を、兵士は途中で呑み込んだ。
「我々の任務に、『S・B』回収は含まれていない……」
どこか苦々しい声で中隊長の声が響く。
「生きて基地に帰還できたら、各自今回の報告書と戦闘記録のコピーを司令部に提出後、機体メモリから全消去せよ。そして……今夜のミッションは極秘任務だ。冷えたビールでも一杯やって忘れちまえ……激戦区の最前線に送られたくなかったらな」
どれだけの時間、戦い続けていただろうか?
少女がふと我に返ったとき、周囲には切り刻まれたスカラベの死骸、破壊されたSCSの残骸――そして足元の大地は青い体液と兵士たちの血で染め上げられていた。
それまで修羅の如く戦い続けていた少女は、刀を降ろし、虚ろな表情で辺りを見回した。
いつしか彼女の体から銀色の「皮膜」は消え、あの幾何学的な紋様を除けば、ごく普通の少女の姿へと戻っている。
「ここは……どこ? 私、いったい……」
唇から掠れた声で洩れた問いかけに、答える者は誰もいない。
荒野を吹き抜ける夜風の冷たさに、自らが全裸であることに気づき、さらに当惑を深めた。
その時になって、右手に握り締めた刀、そして首から提げたペンダントを不思議そうに見やる。記憶は判然としないが、日本刀に似た武器はまるで自らの体の一部のごとく手に馴染んでいた。
そして、唯一の装飾品ともいうべきペンダント――。
ロケット型のそれを左手に取り、蓋を開けると、中には一枚の小さな写真が入っていた。
端麗な容貌に快活な笑顔を浮かべた白衣姿の青年と、彼に肩を抱かれ、はにかんだように微笑む長袖ブラウスにロングドレスの少女。年齢は16、7というところか。
仲睦まじくフレームに収まった2人の姿は、兄妹のようでもあり、また歳の離れた恋人同士のようでもある。
(誰……?)
懸命に思い出そうとしても、頭の中は霞がかかったようで名前すら出てこない。
だが、胸の奥から湧き上がる、この切なく懐かしい感情は何なのか――?
ペンダントを見つめながら忘却の裡に記憶を探っていた少女は、闇の中から響く物音にピクッと顔を上げた。
比較的元型を留めた状態で擱座したSCS。その内部で何かが蠢いている。
「生きてるの……?」
状況はよく分からないが、生存者がいるなら助けなければならない。
善意や良心というより、いわば条件反射的な行動。昔どこかで「そういう訓練」を受けたような気がするのだ。
すぐ側まで歩み寄ったとき、擱座SCSのハッチが高々と吹き飛び、内部から黒い影が飛び出した。
先刻まで戦っていたスカラベを小さくしたような甲虫型のエントゥマ。胴体の端々に迷彩野戦服の切れ端が引っ掛かっているが、それはもはや兵士でも人間でもない。
(『同化』されたのね……)
なぜかそれはすぐ理解できた。
個人的な記憶とは別に、何らかの形で得た「経験」を体が憶えているようだ。
すかさずペンダントの蓋を閉じ、刀を構え直す。
敵の大きさは人間を一回り大きくしたくらいだが、不味いことに距離が近すぎた。
『キシャア――ッ!』
不快な唸り声と共に、至近距離から強酸を吐き付けてくる。
「――!」
少女は跳躍してとっさに避けた。だがその動きを読んでいたように、元人間の小型スカラベは素早く回り込み、鎌のような前肢を横凪ぎに払った。
左足に走る激痛。
片膝から先を切断され、少女は地面に転倒する。
再びあの銀色の皮膜で全身をコーティングしようとしたが、その前に再び強酸を浴びせかけられた。
全身を灼かれるような苦痛。次の瞬間少女が取った行動は、刀を捨ててあのペンダントを溶かされまいと両手で握り込むことだった。
あたかもそれが、自らの命よりも大切な物であるかのように。
鋼鉄をも溶かす強酸を浴びながら、なぜか彼女の体は溶けなかった。
しかしその肌は無惨に焼け爛れ、反撃すらできないまま、地べたで赤ん坊のように背中を丸める。
地面に倒れた少女目がけ、再び怪物の前肢が振り下ろされた。