古い喫茶店のマスター
それは雪がシンシンと降る昼間だった。
少女は傘をさして歩道を歩いている。歩道の両脇には、雪かきした雪が積み重ねられている。そのせいで、普段の時より歩道は狭い。人が一人通れるぐらいの広さだ。
傘はずうっとさしていると、傘に雪が積もって重くなるから、たまに傘を横にして雪を下ろすことが必要だった。
もう何回も、そんな作業をしている。
何回目かの作業で、ずうっと地面を見て歩いていた少女は、目の前に喫茶店があることに気がつく。
その喫茶店は木造で、古い雰囲気のある喫茶店だった。
すうっとその喫茶店に引き込まれるように少女は入っていった。
中も外の雰囲気と同じく、木造で古い雰囲気だった。そして、コーヒーのいい香りが充満していた。
マスターだろうか?カウンターには、白いワイシャツに黒いネクタイ、黒いベストを着た背の高い男性がコーヒーを沸かしていた。
客は誰もいない。
少女は吸い込まれるように、カウンター席に座った。
「こんなところに、喫茶店があったなんて、知らなかった。いつも通っていた道なのに…。」
マスターに話しかけると、マスターは穏やかな笑みを浮かべながら言った。
「ここは、そういう所なのですよ。」
そういう所って?気がついてもらえないようなところということなのか?少女が考え込んでいると、目の前にココアが置かれた。
「今日は、コーヒーよりも、こっちの気分ではないのですか?」
当たっていた。コーヒーよりも、甘いものが飲みたい気分だった。
どうして分かったのだろう…。長いことマスターの経験を積むと、そういうことまでわかるようになるのかな。
そんなことを思いながら、ココアに口をつけた。
ココアを飲んでみると、胸の中に閉まっていたどうしようもない思いを出してしまいたくなった。
「我慢は良くないですよ。全部吐き出してしまうといい。」
「吐き出す?」
少女はどうしてこの人はなんでもわかってしまうのだろうと思った。不思議だった。
「そう、口に出して話すことで心の中のものを吐き出すことが出来るのです。私で良ければお相手しますよ。」
吐き出せば、楽になるかもしれない。少女は語り始めた。