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なのにいま、わたしの耳には虹色の輝きがない

 ユウリとこの通りに来たことがあったっけ。


 わたしは髪を掻き上げて左耳に手を当てた。どうしてとっさにその動きをしたのだろうと自分自身を訝しんだ後に、この通りにまつわるユウリとの記憶に思い至る。二人でお金を出しあって、一組のピアスを買ったことがあった。


 その雑貨店の前を通り過ぎたとき、あの頃のユウリの声が聞こえた気がした。



「ミナミはピアス開けないの?」

「開けないよ。だって開ける必要がないもん。耳に何かをつけたかったら、イヤリングでいいと思う」

「ずっとつけてると耳たぶが痛くなるわ」

「ピアスの穴を開けるときの方が痛そうだよ」

「なんだかんだ言って、それが怖いんでしょ?」

「まあね」


 素直に認めたわたしに、ユウリは口元に手を当て穏やかに笑った。あれはいつのことだったっけ。コートを着るほど寒くなく、ブレザーの上着を脱ぐほど暑くはない季節だったことが、記憶にあるユウリの服装から分かる。もしかすると、ちょうどいまのような春先だったかもしれない。砂糖菓子でできているのかと疑いたくなるファンシーなの店の軒先で、わたしとユウリは並べられたアクセサリーを物色していた。店の中に入らなかったのは多分、二人も入る広さがなかったからだろう。この辺りの店は本当にコンパクトだ。


 笑うユウリの耳には、血の滴のような赤いピアスが光っている。それは彼女の清純さに妖しさをプラスしてとてもいい味を出していた。耳に掛けた髪の黒さ、柔らかそうな頬の白さ。そこに光るピアスの赤さ。そのコントラストが目に染みる。


「このピアスの中でどれが一番可愛いと思う?」

「どれだろう?」


 クリーム色のテーブルクロスの上に並べられたアクセサリーたちを見てわたしは首を傾げる。一番なんて、そう簡単に決められるものじゃないのに。自身の問いに自分も顎に指を当て悩んでいたユウリは、突然「そうだ、」と両手を胸の前で合わせた。


「二人で同時に指さすことにしない? もし同じものを選んだら、二人で買って片方ずつ自分のものにする」

「ピアスを買ってもわたしには意味がないよ。穴が開いてないし」

「そのときはいよいよ開けるしかないわね。なんならわたしが開けてあげる」

「ユウリが?」

「それじゃ不安?」

「怖いよ。ミスしそうだもん」


 そう言いながら、わたしは親友にピアスホールを開けてもらうという甘美な儀式に心惹かれた。ユウリとの友情が体の一部になる。それは素敵なことじゃない?


 「ミスなんてしないよー」と笑ったユウリはすぐに真面目な顔になってピアスを吟味し始めた。こんなにたくさんあるのに、二人の嗜好がピタリと一致するなんてありえないだろう。半ばあきらめながらわたしも一番を心の中で選ぶ。


「さあ、決めた?」


 楽しげなユウリに急かされるように、わたしは迷いながらテーブルの上に目を走らせる。最終的にはぱっと目を惹くたった一つが心に残った。


「決まったよ」

「じゃあ、せーので指さしましょうか」


 せーの。


 二人でそう言い、わたしたちは指を突き出す。わたしたちの右手人さし指は、まるであらかじめ打ち合わせをしていたようにピタリと同じものを指し示した。信じられない気持が言葉になる。


「うわっ、本当に同じものを選んじゃった」

「なんでちょっと嫌そうなのよ」

「別に嫌じゃないよ。びっくりしただけ」

「やっぱりわたしたちって好きなものが似てるのね」


 ユウリの言葉にわたしは微笑んだ。一番仲のいい子と同じものが好きになれるということが楽しかった。


 わたしたちが選んだのは、涙の滴のような形のピアスだった。光の加減によってその色合いを刻々と変化させる。赤にも、青にも、紺にも、紫にも見える。すっと見ていても飽きない、虹色のピアスだった。ユウリは「やったね」と無邪気に笑うとそれを手に取った。


 なのにいま、わたしの耳には虹色の輝きがない。

 不思議なことに、その後わたしはピアスの穴を開けなかったらしいのだ。


 開けなかったらしいのだ、なんて不確かな言い方になるのは、なぜかその経緯がまったく思い出せないからだ。どうしてだろう? 開けない理由なんてないはずなのに。


 視界に現れた寮に向かって歩きながら、その疑問が引っかかって仕方なかった。

 誰かに反対された?

 誰に?


 そんな存在、わたしにはない。


 それにあのピアスはいまどこにあるのだろう。なぜかそれもまったく思い出せなかった。部屋に帰ったら探してみよう。


「これから仲間ね」


 ピアスを買った後、店を出て不意にわたしの耳たぶをきゅっと掴んで笑ったユウリ。その笑顔が午後の陽ざしを浴びて、ピアスより眩しかったことを思い出す。



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