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とにかく頭数が揃えばいい

 新学期が始まってまだ二日目の教室には、どこかソワソワした空気が流れている。


 けれど、カナミズ第一高校の生徒たちの間には、どこか醒めた気配が漂うこともまた事実。任務を通じ、教室がいかに狭いかということを知ったせいかもしれない。


 親友のいない教室を寂しく感じながら、わたしも醒めた心でボンヤリと周囲のさざめきを聞いている。無理に交友の輪を広げることに、もはやなんの意味も見い出せない。この学校に入りたての頃のわたしはこんな風じゃなかったはずなのに。ユウリの不在が心に穴を開けてしまったみたいだ。


 その日、わたしが自分の席を立ったのは、昼食を食べに教室を出る以外にはたったの一度で、それは幼なじみの出羽シキトに話しかけに行ったときだ。


 シキトはわたしと同様、自分の席で休み時間を漫然と過ごしていた。その手にはマンガ本があるけど、流し読みをしているのは明らかだった。同じシリーズが机の上に五冊ほど積み上げられている。正義のヒーローが仲間と共に凶悪な敵を倒すストーリー。読まなくても表紙で分かってしまう。


「なに? 珍しい」


 近付いたわたしを、シキトがマンガを閉じて迎える。端的な話し方ではあるものの、そこに冷淡な感情が入っていないことは古い付き合いだから分かる。教室内の空気は、残りの授業があと一時間分ということもあって弛緩し始めている。


「ちょっとお願いしたいことがあって」

「何でも聞くけど」

「いいの? もしかしたら途方もないことを言い出すかもしれないよ」

「焦らさずに言ってみな」


 ブレザーの制服姿で不敵に笑うその顔は、月日の経過を忘れるくらい昔と何一つ変わっていない。少し安心する。


「あのさ、カナミズチームに入ってくれない? わたしがリーダーなんだけどさ」

「は? なんでリーダーなんてやってんの」

「ユウリの代わりなんだ。ユウリは転校する前にカナミズチームのリーダーを任されていたらしくて。彼女がいなくなったから、その代わりにわたしが選ばれてしまったわけ。六日後までにあと七人集めないといけないの」

「リーダーって柄でもないのに」

「ちゃんと自覚してる。あと、簡単に人を集められるような人脈がないってことも」

「カナミズチームの担当って森本だっけ。無茶させるよな」

「本当にね。それで、返事はどうなの?」

「もう他のチームから声が掛かってる」


 わたしはがっかりした。唯一頼める相手に断られた、という失望は大きい。


「でもそっちは断る。おれはカナミズ地区の出身だし、お前とは古い仲だから。やるよ」

「本当? ありがとう。助かるよ」

「おれの友達も誘ってみる。きっと入ってくれる」

「同じ部屋の?」

「そう、三口カズキ。声は出ないけどいい奴だから」

「了解。お願いします」

「他のメンバーに当てはあるの? あと五人必要だけど」

「全くない。今日、二年生の教室に行ってみるつもり」


 チームは三年生と二年生で構成される。一年生はまだ傘師としては半人前という扱いだから、入れることは禁止されている。一年生は教室や寮も上級生とは別の建屋だから、新しい二年生の顔ぶれを見るのは初めてになる。


 そんな顔も知らない子たちを勧誘しなくちゃいけないなんて、正直かなり億劫。どうしてコミュニケーションスキル不足なわたしに、飛び込み営業じみたことをさせるのかと、森本を改めて恨めしく思う。


「おれも行こうか」

「いいよ。そこまでしてもらうわけにもいかないし。他に誘えそうな三年生がいたら教えて」

「分かった。そっちも頑張って」


 シキトはちらりと歯を見せると、すぐにまた真面目な顔に戻った。


「森本に変な誘われ方しなかった?」


 卒業後の進路を餌に任されたことはなんだか言いづらい。けれど、古い仲の彼には一瞬の沈黙でばれてしまっただろうし、無理に隠し通すのも余計気まずい。


「卒業後の進路選択が有利になるって言われたよ。それで正直、心がぐらついた」


 わたしは胸に手を当て、心が揺れたことを体現した。シキトはため息をつく。


「そういうの、全く当てにならないから信じない方がいい」

「分かってる。でもわたしはそういうのに弱いの。どうせ押し付けられるなら、得なことがあると思っていたいでしょう?」

「まあ、そうかも。適当なところまで進んだら誰かに押し付ければ」

「シキトに押し付けてもいい?」

「考慮する。お前からのリターン次第だな」

「何をリターンすれば引きうけてくれるの?」

「それは自分で考えて」

「そのマンガの続き、買ってあげようか?」

「いい。全部借りて読むから」


 彼の手元をちらりと見ると、開かれたページでは、主人公らしい少年が尋常じゃない量の血を流して平気な顔をしている。少年マンガの中でもホラー寄りのジャンルなのかもしれない。


 シキトは始終そっけないもの言いだけれど、この幼なじみは冷たそうに見えて優しい。少なくとも一人はわたしの味方がいる、と少し気が楽になった。


 彼の友達も入ってくれるから、とりあえず二人確保。残り五人は二年生から誘えばいいか。本当は任務経験のない二年生より三年生が多い方がいいけれど、選べる立場じゃないことは重々承知だ。


 とにかく頭数が揃えばいい。その他のことはその後考えればいいから。


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