1.アッチェラードの店(1)
コーダ王国の王都、東地区大通りに、『アッチェラードの店』という看板が出ている。
中に入ると、大通りの喧騒がしんと遠くなり、飾りのない棚に所せましと商品が陳列されている。オアシスを結ぶ道を通って隊商が運んで来た東方の品々だ。
色柔らかな青磁の壺や朱漆塗りの瓶子。
うす緑の玻璃の花瓶は、透きとおった表面に赤や青紫の光を浮かべている。周りの商品の色を映しこんでいるのだ。
棚の上段には、ごわごわした紙の上から麻紐で縛られ、薄くほこりをかぶっている包みもある。形からして中身は角笛か何かだろうか。
天井からはタペストリーがぶらさがり、異国風で華やかな唐草紋様の物もあれば、優しい色調の幾何学模様の物もある。
店の中は木のくずとほこりと古い布のにおいが混ざり合い、お日さまのにおいが加わって時間の流れも忘れてしまいそうだ。
優しい砂色の包みや美しいガラスのきらめきの中で、おもての大通りの強い陽射しや白い砂ぼこりを眺めているのが平和で、好きだった。
アッチェラードは店の一番奥のカウンターにひじをつき、大通りを走っていく荷馬車の車輪の回り方を眺めるのが好きだった。
たいてい頬づえをついて、ときどき眠ってしまうこともあった。目が覚めると夕方で、オレンジ色の光が斜めから床を染め、棚の黒い影が長く伸び、目を覚ましたアッチェラードのすぐ隣の壁まで這っていたということもあった。
目を覚まして、アッチェラードは一人だということを気づき直すのだ。アッチェラードは一人で微笑んでみたりする。
『アッチェラードの店』はアッチェラードの父親のアッチェラードが始めた店だ。
父は隊商の若者、日に焼けて、目と歯が白く目立ち、鼻筋が通っていて、年配者を相手に一歩も引かず商談をしたそうだ。
母はオアシスの娘だった。商品の仕入れのためにらくだに乗って遠方へ旅立つ父を、風の吹く砂漠まで母は見送りに出た。黒い髪を風が乱す。らくだの列が細い線のようになるまで立ちつくしていた。
子供が産まれて、母は恋しい人の名をそのままつけた。アッチェラード。名前を呼ぶたびに胸が温かくなった。
アッチェラードの背も伸びた頃、父は都に店を構えた。初めて『家族』となって、三人で都に定住した。砂漠の風が恋しいことがあっても、その気持ちさえも幸せの一つだった。時々強い風が吹くと、砂漠の風を思いだした。そのうち母の妹家族も都に移り住んだ。従妹のレーカは今でもよく来てくれる。
ちなみにアッチェラードの民族は、姓の代わりに父親の名前を付けてフルネームとする。そのため、父親のアッチェラードのフルネームは『アッチェラード・カリーム』というのに対し、アッチェラードのフルネームは『アッチェラード・アッチェラード』である。
アッチェラードの座っている後ろに、背景のように大きな一枚の絵が飾ってある。近所のラジャブじいさんが描いてくれた、風の絵だ。若葉色の風、空色の風、レモン色の風の中に、風の精たちの横顔が描かれている。
「風は万能だよ。どんな傷も癒してくれる」
母を亡くし、膝にすがって泣くアッチェラードをなぐさめてくれたラジャブじいさんももういない。父と二人暮らし。父の背中に憧れと畏敬を感じながら店の手伝いをしていたが、父は一年前、品物を仕入れに行った帰り道に砂漠で連絡が途絶えた。
アッチェラードは店を継いだ。父のやっていたのの見よう見まねで。馴染みの客や、父のらくだ仲間が助けてくれた。まだたったの十五歳。夕食のテーブルにうつ伏せて泣いたこともあった。でも父の長年の夢だった店を人手に渡すことなんてできなくて、がんばった。今ではもう勝手が分かり、父のように旅に出て自分で品物を探すことはまだしたことがないが、品物の注文の取りつけや、隊商からの仕入れもスムーズに運ぶようになった。それでもまだ十六歳。若い。店に初めて来る客は、店主の若さに驚くのだった。
アッチェラードはどんな人物なのか説明したい。まず髪と目は黒色で肌はいつでも軽く日に焼けた色。つまり一般にコーダ王都の人の言う『東方系』。その東方系の中でアッチェラードの特徴はといえば、少し眠そうなはっきりした二重まぶたの大きな目、善良そうなアーチを描く眉毛。口は大きくて、営業スマイルなのか癖なのか、口の端をいつも持ち上げている。口だけで笑うことが多い。
「これは年代物かね?」
「150年ほど前に製作された物です」
そして客の目を見る澄んだ目。礼儀正しそうな微笑み。愛すべき善良な若きアッチェラード。客は信用する。実際に後からのクレームも少ない。「東方系にしては珍しく信用できる」と評価される。王都の住民は何度か東方系の商人から痛い目に合わされているが、彼は例外だ、と。
多くの客はアッチェラードに好感を持っているが、「男にしては物腰が柔らかすぎるし、覇気がない」と思っていて、時々本人にもそれを指摘して「もっとがんばれよ」と背中をたたいたりする。そして、なんとなく口に出しては言わないが、「男にしては綺麗すぎる」と思っている。




