14.旅のしたく(5)
エスプリは続ける。
「後、砂漠の民はコーダ語が母語ではない、というのも魔法の効き目が悪くなる理由の一つだね。
魔法は基本的にコーダ語の古語で精霊に協力を呼び掛けるものだけれど、砂漠の民はそもそも、その意味が体に入っていないから、古語で“炎”と聞いても炎だと分からないし、もし知っていても一旦頭の中で翻訳して考えなければ入って来ないから、炎のイメージが心に引火しない」
『アッチェラードの店』の隣の織物屋の奥さんも砂漠出身だが、大魔法使いダルセニオンの幻惑魔法の炎にアッチェラードが触れていると思ったということは、そこそこの大きさの炎が見えたんだろう。
そうすると、いったいダルセニオン本人の自覚的にはどれくらいの大きさの炎を出したのだろうか。
もし魔法が効いていたらどうしてくれるんだと思う。
ダルセニオンの目には、アッチェラードは全身炎に包まれていたんだろうか。
杖を手で持って押し返した時の、ダルセニオンの恐怖を浮かべた顔を思い出すとちょっと面白いが、実際笑い事ではない。
「あ、ところで、風の精とかの、精霊も、実際は目に見えるんですか」
アッチェラードの目には見えないため、ただの概念だと思っていた。
だが、ひょっとするとそれも、自分だから見えないのかと思い、聞いてみる。
「いや、魔法使いでも見えないよ。姫くらいになると、気配を感じることはあるらしいけど」
ではラジャブじいさんが描いた絵の精霊は、やはり精霊のイメージで、実際に見た人はいないのだ。
しかし、精霊は実在するらしい。
「姫くらいになるとっていうのは、姫はまた特殊なんですか?」
「ああ。王家は精霊の力を感じやすい。“精霊に愛されている”とよく言われるよ。だから王家になったんだけどね」
「だから?」
「つまり、精霊を感じ取りやすい。魔法にもかかりやすい。魔法感受性が高いんだ。
自然と、危険は察知できるし、敵の魔法による罠も分かる。
しかし、魔法にかかりやすいので、前線には立たない。
そこから、軍の采配をふるうリーダー的な役割を取るようになった。
それが現在の王家の初期の形だよ。
姫の母方の方が王家の血が濃いから、王よりも姫の方が魔法レーダーとしての能力は優れているかな。姫の母は王家同士の間の子だけれど、王は母君が他国の王女だから」
今まで未知だった魔法の話に少々おなかいっぱいになりかけたアッチェラードだったが、魔法使いがいらいらとして声をかけた。
「アッチェラードは買い物があるから、もうそれくらいにして、続きは旅の途中にすればよくないか」
「それもそうだな」
話をさえぎられてエスプリは残念そうだ。
旅の途中? まあ、話す相手がアッチェラードではなくても、誰かに話せればいいだろう、ということかな。
学者は話すのが好きらしい。
「エスプリ様も旅に行かれるんですね。もしかして、今エスプリ様は“大”学者様になられたのですか?」
「ああ、そうだよ。よろしくお願いするよ」
よろしく? 学者から大学者となったことを一介の庶民によろしくお願いするなんて、なんて腰の低い人なんだろう。
「なあに、ついて来てくれるだけでいいからね」
「??」
何かよく分からないでいると、ばんっと勢いよく通用門が開いて、ぱっと花びらが出てきたように見えた。