二人の七夕 ~700年目の災厄~
あいつは、毎年7月7日に必ず私の前に現れる。
場所は決まって天の川の橋の上。
織姫と彦星をきどったつもりなのかわからないが、あいつには似合わない。かと言って、私に似合うというわけでもないけれど。
毎年、この場所で、私とあいつは星を見る。川のように流れていく星たちを眺めて、同じ時間を過ごし、そして別れるのだ。
しかし、私とあいつは相容れない存在だ。決して交わることのない世界の住人で、本来ならば会うはずもない。
なのになぜ私とあいつが年に一度、七夕の日にだけ会うのか。
単純なことだ。
私がこの橋の上にいてあいつがここに来るから。
ただそれだけのこと。
7月7日。
あいつは橋の欄干に座って天の川を眺めている私のところへやってくる。
器用に星たちの間をすり抜けて。そのまま星に当たって落ちてしまえばいいのにと何度思ったことか。
今年もあいつが来たら699年目だ。あぁ、どうか来年の700年目には来ないで欲しい。
「やぁ、僕の天使! 待った?」
699年目の災厄降臨。
あいつは真っ黒な羽をいっぱいに広げて私の前に降り立った。
「私を勝手にあんたの天使にしないでくれる? あと邪魔だから退け、堕天使」
うんざりしたように言って、私は舞い散るあいつの黒い羽から身を守るように、自分の白い羽で体を包む。
「冷たいなぁ……まぁいつものことだけどね」
堕天使は私の悪態をヘラヘラ笑って流し、私の隣に腰を下ろしたので、私は腰を浮かせて間を取って座りなおす。羽と羽が触れ合うか触れ合わないか程の距離で、お互い無言のまま星を眺めた。
こうして羽を並べ星を眺め始めて699年。これが、一体これから先何年続くのだろう。
「……今すぐにでも終わってしまえばいいのに」
「何が?」
なんでもないと素っ気なく答えて、私は立ち上がった。
「もう帰っちゃうの?」
「あんたには関係ないでしょ」
「関係あるよ! 君が帰るのなら、僕も帰る!」
そう言って堕天使も立ち上がった。
私は思わずため息をつく。そんな私の様子に気づいているのかいないのか、堕天使は微笑んで手を振った。
「じゃあ、また来年ね!」
「もう来るな」
この関係が早く終わればいいのに。
7月7日。
今年もあいつが来たら、これで700年目。
来るな来るなと思いつつ、橋の欄干に背中を預けている私。会いたくないのならここに来なければいいだけのはずなのに、なぜか自然と足がここへ向いてしまう。
そうして座っていること数時間。橋を渡ってくる者がいた。
この橋を渡る者がいるのは珍しいことではないが、その人物には見覚えがあった。
「……堕天使?」
今年も来た、ということを考える暇はなかった。
「何よ……それ」
「何が?」
あいつはへらへら笑っていた。いつものように。
ただ違うのは、あるはずの背中の黒い羽が、なくなっていたことだ。あいつは私の視線の意味に気づいたようで、自分の背中を見てまたへらへら笑った。
「あぁ、これ? ここにくること父さんに怒られちゃって、ここに来るの止めないと羽を取るぞって言われたんだよ。でも僕はここに来られないなんて嫌だって言ったら、ぶちぃってさ」
笑いながらなんでもないことのように言っているが、私には笑えない。
「なんで、なんでもうここには来ないからって言わなかったの!?」
私は思わず叫んでいた。あいつはキョトンとして私を見返す。
「なんでって、そんなの決まってるよ」
そうしてまた、へらへら笑って当然とばかりに言ってのけた。
「君に会えなくなるのは嫌だったからね!」
ただ、それだけの為にどうして。私は愕然として立ち尽くした。
「……どうして、君が泣いているの?」
あいつは心底不思議そうに首を傾げた。そんなの、私にもわからない。
「……僕のために、泣いてくれてるの?」
もう、知るか。私が何も答えずに膝に顔を埋めると、堕天使は私の頭を撫でてきた。気安く触るな、と言ってやりたかったが、今声を出したら確実に情けない声しか出ないことがわかっていたので黙っていた。
「……君が泣いてくれるのなら、羽を失くすのも悪くないね」
へらへら笑う羽のない堕天使に、私――白い羽の天使――はただ一言呟いた。
「……馬鹿」
2007.7 執筆。
2012.3 一部修正。