星使い
夜空に光る無数の星屑。
ずーっと、ずーっと、眺めていたの。
キラキラ光って―
星ってね、人の願いを受けて輝いているの。
何になりたいとか、明日晴れてほしいなとか。
でもね、願いを受けているだけで、叶えてはくれないの。
何故って?輝くために、使ってしまうから。
何でそんな事知っているかって?
少しは自分で考えてごらん。
答えを言ってしまうのは簡単、でもね、考える事に意味があるのだよ。
う〜ん、だからって、そんな悩んだ顔されちゃうと、僕も困るな。
大奮発。教えてあげちゃう、僕は、星使いだからだよ。
そんなモノ知らないって?それは秘密だよ、ここで言ってしまったらつまらないじゃない、後のお楽しみだよ。
「うわっ!!!」
びっくりした、さっきまで誰もいなかった場所に人が座っている。
しかも、ここは、マンションの七階しかもベランダ、人が上ってこられる場所ではない。
「あ〜、驚いているようだけど、気にしないで。怪しい者じゃないから」
って、十分怪しいんですけど…
金髪、碧眼な青年がベランダにいたのである。
これで、羽でも生えていたら天使と見違うであろう。
「君は、星を眺めていたのかい?」
「えぇ、まぁ…」
「流れ星でも、探しているのかな?」
首を横に振る。
「星が、綺麗だから…眺めているだけ」
「流れ星に願いを叶えてもらおうとは、思はないの?」
首を横に振る。
「そんな事をして、夢が叶うなんて思っていないから…」
見た目の割に、なんと大人びた子供だと思った。多分十歳位であろう。
そう、返事をしてその少女は僕の存在を無視して、部屋の中に消えていった。
部屋に、戻って少女はキラキラ星をピアノで弾きだした。
歌いながら。
とても、優しい歌声で。
ピアノの音は、星のように綺麗でそれでも触れないそんな音だった。
部屋の中から少女の澄んだ歌声で――
Twinkle, twinkle, little star,
How I wonder what you are.
Up above the world so high,
Like a diamond in the sky.
Twinkle, twinkle, little star,
How I wonder what you are!
きらきら、きらきらと光る小さな星よ
あなたは一体何だろうと私は不思議に思います
あなたは一体何だろうと私は不思議に思います
空の中でダイヤモンドのよう。
きらきら、きらきらと光る小さな星よ
あなたは一体何だろうと私は不思議に思います
皆の知ってるきらきら星と違うって?
そう、これは英語のきらきら星。
ううん、きらきら星という題名も違うのかもしれない。
『小さな星』
というのが、一番正しい題名の訳し方かもしれないから。
僕に向けて歌ってくれたのかな…?
それとも―――
僕は、その曲を聴きながら、きらきら星を歌いだした。
きらきらひかる
お空の星よ
まばたきしては
みんなを見てる
きらきらひかる
お空の星よ
きらきらひかる
お空の星よ
みんなの歌が
届くといいな
きらきらひかる
お空の星よ
まぁ、なんだかまったく違う歌だね。
きらきら星の方が夢のある詩のように聞こえない?
それは、僕の気のせいかな…
なっていたピアノの音が急にやんだ。
ドタドタドタっ!
ガラーーッ!
ベランダの窓が勢いよく開かれたかと思うと、
少女はすごい剣幕で怒り出した。
「なんで、そんな歌うたってるのよっ!」
「僕は、この歌詞しか知らないから」
「じゃー歌わないでっ!」
「何がそんなに気に入らないのだい?元を正せば同じ歌だよ?」
少女は、黙ってしまった。
別にこの歌が嫌いなわけではないようだけど…。
困ったお嬢ちゃんだ。
少女は、俯きながら、小さな声で話を始めた―――
――とても、とても悲しいお話を。
「私のお父さんはね…死んでしまったの。もうお話することも出来ないし、一緒にご飯を食べる事も出来ないの…」
「うん」
優しい声で肯く。
優しい風に吹かれて風がそよそよとなびく。
「お父さんは、きらきら星の歌が大好きだったの。そう…それに流れ星も大好きだった。流れ星が見えているうちに3回お願い事を言えれば、願いが叶うって、いっつも、いっつも、言ってたの」
少女は、呼吸を整えた。
本当は泣きたいのであろう。
亡くなってしまった人の話をして楽しい人なんていないのだから。
「私が、ピアノの弾けるようになって、毎日のようにお父さんときらきら星を歌ったの…楽しかった。うん、その時はきらきら星を歌っていたの」
「きらきら星をいつものように一緒に歌っていた時だったの、お父さんは、胸を押さえていきなり苦しみだした…」
「私は、どうしていいかわからなくなって…頭が真っ白になって…」
「必死に、お母さんを呼んだの…。そしたら、お母さんもパニックになって、それでもお母さんは電話を手にとって、救急車に電話をかけた。私は、お父さんに隣にぼーっと座りこんでいる事しか出来なかった。時間が妙に遅くて…救急車がくるまでに本当…何時間もかかったように感じたの」
「そして、私を残してお母さんも、もちろんお父さんも救急車に乗って言った…」
僕は、少女の頭を撫でてやった。
話しながら、ずっと泣くことを我慢していたのであろう。
少女の頬にポタポタと涙がつたう。
それでも、少女は声を出しては泣かなかった――
時間も過ぎ去り、少女は話を再開した。
「一人、残された静かな部屋で私はずっと、ぼーっとしていたの、だけどお父さんの声が甦った。そう頭の中に…」
『流れ星が見えているうちに3回お願い事を言えれば願いが叶うんだよ』
「私は、ベランダに出て空をずーっと、ずーっと、眺めていたの。そう寝るのも我慢して夜はずーっと、ずーっと、流れ星を探していたの」
「私の願いは一つだけだった…」
『お父さん死なないで』
―――
「流れ星を、見つけては心の中で三回唱え続けた。2回言っ所で星は消えてしまって…。それでも、毎夜毎夜続けたの…」
「そして一回だけ、そうたった、一回だけ3回唱える事が出来たの」
『お父さん死なないで、お父さん死なないで、お父さん死なないで』
「だけど…お父さんは死んでしまった…」
「そうだったんだ…それでお星様に声なんて届かないって思って?それできらきら星がきらいになった…?」
少女の頬につたう涙を優しくすくいとって上げる。
「そう…」
「それじゃあ、流れ星に3回お願い事をしたら、願いが叶うって教えてくれたお父さんも嫌いになってしまったのかい?」
少女は顔をぷるぷると横にふった。
頭の上に優しく手をおいて
「僕は、お使いに来たんだ、君のお父さんからの頼まれてね」
そう、言ってウィンクを飛ばす。
「お父さんから…?でもお父さんは…」
ポケットから手紙を取り出して、
「はい、僕はちゃんと届けたよ?僕の仕事はお終い。星に帰らなくちゃ」
手紙をまじまじと見つめていた。
「おにいちゃ…ん…?」
ありがとう。と言おうとして目線を上げた時には不思議な青年の姿はもう、そこにはなかった。
封筒を開ける。
真っ白な封筒。
綺麗に折りたたまれた、便箋。
中身を取り出し。
――
きらきらひかる
お空の星よ
まばたきしては
みんなを見てる
きらきらひかる
お空の星よ
お父さんは、いつも貴方の事を見ています。
お父さんは、お星様になってしまったけれど。
一緒にお話も出来なければ、遊んでもあげられないけれど。
いつも、いつも、貴方の事を見ています。
おりこうさんでいるんだよ?
そしたら、きっと、また、どこかで会えるかも知れないからね。
そう書かれていた。
差出人の名前もなければ、誰宛とも書かれていない。
そんな不思議な手紙。
なんとなく、これはお母さんには見せてはいけないような気がした。
私の胸にしまっておかなければいけないと…。
――――
その手紙は、今も私の机の引き出の中に、
綺麗に、綺麗にしまわれてある。
間違った事をしそうになった時には、これを読み返し、『おりこうさんでいれば、また会える…』を信じて。
亡くなった人と会えるなんて信じていないけど、でも私は、信じてみようと思う。この手紙を届けてくれた謎の青年がいたのだから…
少しくらい、おかしな事だっておこるよね、って信じてもいいよね?
私は、謎の青年の事を勝手に『星使い』と名づけた。
今でも、ピアノは続けている。
お気に入りの曲はきらきら星。