第5話 プリン泥棒と、怒り狂うスライム
「……で、なんでスライムに戻ってるんですか」
僕は、机の上で「ぷるぷる」と震える半透明の塊を見下ろした。
さっきまで威厳たっぷりに魔法を放っていた大魔導士の姿はどこにもない。
『……魔力を、使い切った……。あのモンブラン一つでは、維持が……限界……だ……』
脳内に直接、力のない声が響く。
「先輩、グレイくん……大丈夫なんですかね?」
「まあ、寝てれば戻るだろ。それより黒瀬先輩、あんまり至近距離でつつかないでください」
黒瀬先輩はピンセットを手に、グレイの表面をツンツンと突っついていた。
「……自己修復の速度が異常だね。やっぱりこれ、高分子の常識を超えてる。白石くん、ちょっとサンプル削ってもいいかな?」
「ダメに決まってるでしょ!」
騒がしい研究室。
僕は、疲労困憊のグレイのために、コンビニで買っておいた『濃厚カスタードプリン』を皿に出してやった。
「ほら、これ食べて元気出せよ」
『……フン、質は低そうだが、今は背に腹は代えられん……』
グレイがスライムの体の一部を伸ばし、愛おしそうにプリンを包み込もうとした――その時だった。
「……?」
何も聞こえなかった。
だが次の瞬間、皿の上のプリンが――削り取られていた。
ほんの一瞬。確かにそこにあったはずの黄色い塊の一部が、綺麗に消えている。
『………………は?』
グレイが硬直する。
――もぐ、もぐ、むしゃ。
場違いに幸福そうな咀嚼音が、机の下から聞こえてきた。
僕はゆっくりと視線を落とす。
そこにいたのは――
赤く光る瞳。
暗がりの中で、じっとこちらを見上げている。
ふわり、と綿毛のような毛並み。
その小さな口はカラメルで汚れ、幸せそうにプリンを頬張っていた。
「なんだ、これ……。ハムスター? にしてはデカいし……」
「……甘い匂いに反応。糖分への反応速度が光速に近いね」
黒瀬先輩が、いつの間にか取り出したハイスピードカメラで激写する。
その手には、すでに小型のスプレーが握られていた。
「少し刺激を与えてみようか」
『……貴様』
一瞬、声が消えた。
静寂。
次の瞬間――
『なぁぁぁぁぁぁぁ!!』
グレイが激怒した。
スライムの体が怒りで真っ赤に染まり、机の上で激しく跳ねる。
『それは我の! 我が、苦労の末に手に入れた報酬だぞ! その薄汚れた口から今すぐ吐き出せ、このミルフェアリットめ!!』
「ミルフェアリット?」
『異世界に生息する「スイーツ泥棒の妖精」だ! あああ、我のプリンが! 最後の一口まで綺麗に消えたぁぁぁ!!』
グレイはスライムのまま猛然とミルフェアリットに飛びかかった。
「ぷるんっ」と「ふわっ」が、研究室の床で激しく転げ回る。
数分間の格闘(というか、じゃれ合いにしか見えない追いかけっこ)の末、グレイが執念でミルフェアリットの尻尾を体内に取り込み、身動きを封じた。
「捕まえた……けど、これどうすんの」
「先輩! 見てください、このつぶらな瞳! すっごく可愛いです! 私、この子ペットにしたいです!」
ひまりがキラキラした目でミルフェアリットを見つめる。
「白石くん、ダメだよ逃がしちゃ。この個体、エネルギー効率が未知数すぎる。……素晴らしい研究対象だ。絶対に保護して、僕がじっくり観察させてもらうよ」
黒瀬先輩の目が怪しく光る。
結局、グレイの反対も虚しく、二人の猛烈な「研究対象(兼ペット)」コールに押し切られ、ミルフェアリットは研究室で保護することになった。
『納得いかん……! なぜ我が天敵と一つ屋根の下で暮らさねばならんのだ……!断固反対だ!』
赤いスライムのまま憤慨するグレイ。
これが後に、とんでもない「研究成果」に繋がることを、この時の僕はまだ知らなかった。
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