第3話 原因は僕、解決も僕(のプリンとモンブラン)
「それにしても転移柱、だと?」
僕はテレビの画面に映る巨大な構造物を指さした。
各局のワイドショーが緊急特番に切り替わっている。
ヘリからの空撮映像には、大阪市北区の道路を割って突き出た、禍々しいほどに巨大な黒い柱が映し出されていた。
『現在、梅田周辺は半径一キロが完全に封鎖されています。SNSでは「現実のバグ」「AIじゃないのか」といった投稿が相次ぎ、現場はパニック状態です!』
画面の中のアナウンサーの声は、震えている。
「ああ。間違いない。我が敬愛する師匠が、増えすぎた魔物を間引いて他所へ捨てるために設置した『排出口』だ」
グレイ(見た目6歳)が、ぶかぶかの白衣の袖から小さな手を出し、プリンを口に運びながら誇らしげに言った。
「捨てるって……ここ、都会の主要部なんだけど。不法投棄にも程があるだろ」
「よせ。師匠は常に正しいのだ。あのお方は極めて合理的な御方だからな。今回の件にしても手際の良さには感動していたのだ。流石は三百年を生きる叡智の結晶……」
「三百年!? 化け物かよ……。叡智あるやつが大阪をゴミ捨て場にするか!」
僕は絶望に膝をついた。
僕が塩をかけてグレイを悶絶させた拍子に、あのダイヤ型の石が砕けてしまったようだ。
「あの石……ただの石じゃなかったんだろ?」
「うむ。我から師匠への“許可信号”だ。『ここならゲートを開いて魔物を捨てても良いぞ』という合図を送るためのな」
「……は?」
グレイは少しだけ真面目な声になる。
「塩に含まれる成分が、我の魔力核を強制的に活性化させたのだ」
「本来なら段階的に送るはずの信号が……一気に最大出力で解放された」
「最大出力?」
「うむ。つまり――『ここは完璧だ、即座に全力で排出せよ』という、最高密度の許可信号として師匠に届いてしまった」
「……」
「恐らくあのお方は今頃、『お、グレイの奴、良い場所を見つけたようだな』と満足げに頷きながら、ゴミを流し込んでいるはずだ」
「……そんなの認められるか」
あぁ、確信した。戦犯は僕だ。
僕が塩を振ったせいで、師匠は“グレイのお墨付き”を得たと勘違いし、排出システムを大阪に向けてフル稼働させてしまったのだ。
「これ、どうにかして消せないのか?」
「無理だな。我の魔力が全盛期の百分の一も残っておらん。師匠の術を完全に解除するなど、弟子である我にも不可能に近い。ああ、師匠の術式はいつ見ても惚れ惚れするほど強固だな……」
「感心してる場合か! 百分の一でもなんとかしてくれよ!」
僕は机の上の砂糖の袋を差し出した。
「これ、もっと食べるか?」
「……いや、もう砂糖じゃだめだ!
そうだな、もっとこう、プリンのような“加工度の高い甘味”だと魔力変換効率が良いのだ!」
ちら、ちら。
落ち着きなく揺れる視線の先――
プリンの容器。
僕は財布を開いた。千円札が三枚。理系院生の貴重な食費だ。
だが、このままでは僕が「大阪を壊した戦犯」になってしまう。
「……欲しいならそう言えよ。とっておきの期待して待っとけ……ひまり!」
「はーい?」
隣の部屋からひまりが顔を出した。
「悪い、ちょっとグレイを頼む! 俺、すぐに戻るから!」
「えっ、あ、はい! グレイくん、お留守番ですねー」
僕は研究室を飛び出した。
向かったのは、デパ地下スイーツも扱う駅ビル内の高級スーパーだ。
―――
数分後。
研究室のドアを蹴るように開けて、僕は戻ってきた。
「はぁっ……はぁっ……持ってきたぞ……!」
机の上に置いたのは、上品なケースに収められたそれ。
ふわりと絞られたマロンクリーム。
その内側に隠されたスポンジとクリーム。
いかにも“高級です”と主張してくるフォルム。
「……ほう」
グレイの声が、明らかに変わった。
「モンブランだ。」
「八百円」
「……は?」
「僕の昼飯三日分だぞ」
一瞬の沈黙。
そして――
「いただく」
フォークが突き刺さる。
一口。
次の瞬間。
「……っ!?」
グレイの瞳が見開かれた。
ぞわり、と空気が震える。
「これは……ただの糖ではない……」
彼の体から、じわりと銀色の光が滲み出した。
「複層構造……!? 加工、圧縮、分離……再結合……!」
彼はぶかぶかの白衣をなびかせ、そのままふわりと空中に浮き上がった。
光が、爆ぜる。
「おい、ちょ――」
パキィィィィィン!!
窓ガラスが震え、研究室全体が低く唸った。
僕は思わず息を呑んだ。
――終わったのか?
テレビの中、大阪の街をパニックに陥れていた巨大な柱が、まるで蜃気楼のように揺らぎ始めた。
『えっ……? あ、柱が! 柱が消えていきます! 今、カメラの前で完全に消失しました!』
中継映像から柱が消えた。
だが――
グレイは不敵な笑みを浮かべたまま着地する。
「消したのか?」
グレイはゆっくりと着地し、不敵に笑った。
「いや。今の我では完全消去は不可能だ」
「じゃあ今のは――」
「……もっとも、この場所の排出口は今ので“無理やり塞いだ”がな」
「塞いだ?」
「ああ。一時的に“蓋をした”状態だ。だが師匠の術式そのものは生きている」
嫌な予感がした。
「つまり……?」
「排出先を失った圧力は、別の“抜け道”を探す。いずれ別の場所に歪みが生じ、同じような現象が起きるだろうな」
「場所変えてまた出るってことかよ……」
「そういうことだ」
グレイはそう言うと、残りのモンブランを幸せそうに頬張った。
僕はテレビを見た。
柱は消え、人々は安堵し始めている。
だが――終わっていない。
むしろ、始まったばかりだ。
「……あ」
その時だった。
ほんの一瞬だけ。
研究室の床に
黒いヒビのようなものが――ピシッと走った気がした。
「……今の、見えたか?」
「いや?」
グレイは気にした様子もなく答える。
……気のせいか?
だが、妙な胸騒ぎだけが残った。
「先輩……」
振り返ると、ドアの隙間からひまりがこちらを見ていた。
「グレイくん……今、浮いてませんでした?」
「……」
「……」
口が裂けても言えない。
大阪をパニックに陥れた原因が僕の塩で、
それを一時しのぎで誤魔化したのが八百円のモンブランで、
しかも――
それでもなお、どこかで“何か”が始まっているなんて。




