第12話 揺らぐ力と、はじまりの狩り
夜の淀川河川敷。
『ウオォォォォォン!!』
巨鹿――ボルテックス・ディアが、地面を踏み砕くように突進してきた。
その巨体に似合わぬ速度。
空気が歪み、草がなぎ倒される。
「速っ……!」
見えたと思った瞬間には、もう目の前にいる。
――無理だ。
反応なんて、できるわけがない。
そう思った次の瞬間には、グレイが前に出ていた。
『遅い――が、悪くない』
だが――
『……やはり、この身体では力が乗らんな』
その言葉に、嫌な予感が走る。
次の瞬間。
グレイの姿が、消えた。
「え――」
理解が追いつく前に。
ドンッ!!
巨鹿の側面に叩き込まれた衝撃で、三メートルの巨体が横に弾き飛んだ。
「うそだろ……!」
さっきまで押されてたのに。
今の一撃、完全に――
勝ってる。
『ふはは! 魔石の力、侮るなよ!』
グレイの体から、淡い銀色の光が立ち上る。
その姿は、小さいのに。
どこか――“本来の強さ”を思わせた。
……けど。
(なんか、無理してないか……?)
ほんのわずか。
違和感が残る。
その直後だった。
バチィィィッ!!
青白い雷撃が地面を走り、グレイのいた位置を焼き払う。
『……ほう』
わずかに遅れて、焦げた地面が爆ぜた。
「当たったら終わりだぞあれ……!」
見てるだけで分かる。
さっきの一撃。
あれ、かすっただけでも――終わる。
なのに。
「いいね、いいねぇ……! 桁が違う!」
黒瀬先輩だけは、完全に楽しんでいた。
……この人、ほんと怖い。
「白石くん、下がって! 凍らせる!」
ひまりの声。
次の瞬間、レバーが引かれる。
ゴォォォォッ!!
液体窒素が霧となって噴き出し、鹿の脚を一気に包み込んだ。
バキバキッ、と音を立てて氷結が広がる。
すごい。
ちゃんと、戦えてる。
僕だけじゃない。
みんな、もう――頼もしい仲間。
『――今だ』
グレイが跳躍する。
決まる。
そう思った――
だが。
『ウオォォォォ!!』
鹿の角が強く発光した瞬間、氷が内側から砕け散った。
「なっ……!?」
粉々に砕けた氷が、宙を舞う。
その中心で。
鹿が、まだ立っている。
ありえない。
あれ、完全に止まってたはずだろ――
同時に、空間が歪む。
ぞわり、と。
あの時と同じ感覚が、背中を這い上がる。
「……まだ来るのかよ!?」
ひび割れた空間の奥から、濁った光が漏れ出す。
嫌な予感しかしない。
というか、もう――
(これ、絶対ヤバいやつだろ)
グレイの表情が、初めてわずかに引き締まった。
『……ちっ、やはりな。向こう側に引かれておるか』
「どういうことだよ!?」
声が少し上ずる。
理解が、追いつかない。
でも、聞かないとまずい。
そんな直感だけがあった。
『この個体、ただの逸脱種ではない』
一拍。
『柱の向こう側の魔素を感じ取って繋がりを持とうとしている』
嫌な沈黙。
『“門の種”になるぞ』
「……は?」
意味が、分からない。
分からないけど―― 分かりたくない。
そんな言葉だった。
その時。
『ウオォォォォォン!!』
鹿が、再び咆哮した。
さっきまでとは違う。 どこか――“呼びかける”ような声。
空間のヒビが、それに応えるように揺れる。
(やばい……これ)
直感が叫ぶ。
これは。
さっきまでの“暴走した一匹”じゃない。
――増える。




