第9話 淀川決戦・巨鹿来襲
「白石くん、そろそろだよ。周囲の電磁波にノイズが混じり始めた。……『壁』が完成する」
深夜、阪急電車の鉄橋が遠くに見える淀川河川敷。
黒瀬先輩が観測機器の数値を読み上げると同時に、グレイが小さな右手をそっと地面にかざした。
『――「認識の檻」』
グレイが唱えた瞬間、僕たちの周囲数百メートルを、波打つような透明な膜が覆った。
外から見れば、ただの夜霧が少し濃くなった程度にしか見えないだろう。
だが、その内側では凄まじい魔力の渦が巻いている。
「これなら大丈夫なんだな? 派手に戦ってもバレないんだよな?」
「案ずるな。この結界内での音や光は、外の連中には『夜の霧』として脳内で勝手に変換される。……我の魔力が続く限りはな」
グレイはそう言うと、コンビニの袋から取り出した『やたらとろける杏仁豆腐』を口に放り込み、魔力の底上げを始めた。
一方、黒瀬先輩は台車に乗せた液体窒素タンクの準備に余念がない。
「素晴らしいね。魔法的なステルスフィールドか。……白石くん、一応念のために『立ち入り禁止』のカラーコーンも置いておいてよ。認識阻害を突き抜けてくるような、勘のいい酔っ払いがいないとも限らないからね」
「……この状況で一番勘がいいのは先輩ですよ」
僕は文句を言いながらも、結界の境界線付近に「調査中」の看板を立てて回った。
グレイが張った魔法の壁と、僕たちが用意した物理的な偽装。この二段構えが、僕の隠蔽生活の生命線だ。
――空気が、重く沈む。
その時、空間がガラスのようにひび割れ、結界の内側にあの三メートルを超える巨躯――『ボルテックス・ディア』が姿を現した。
『ウオォォォォォン!!』
咆哮が轟く。
だが、結界の外側を走る阪急電車の乗客には、それが「線路のきしみ」にしか聞こえない。
『……来たか。では、いただくとしよう』
その声に応じるように、鹿の角から青白い放電が走り、周囲の草むらが一瞬で焦げた。
キャンパスから逃走し、師匠のゲートから漏れ出た魔力に当てられて暴走を続けている個体だ。
「よし、白石くん、作戦開始だ。……喰らえ、未知の物理現象!」
黒瀬先輩がタンクのレバーを引く。
同時に、グレイが跳躍した。
夜の淀川に、認識阻害の壁に守られた、誰にも知られない戦いが幕を開ける。
それは――街ひとつの運命を賭けた“捕食”の始まりだった。
現在、1話から順に加筆・修正を進めています!
ストーリーの大筋は変わりませんが、描写や設定の調整により、しばらくの間は旧版と改訂版で少しズレが出る可能性があります。
より良い作品にするための調整ですので、温かく見守っていただけると嬉しいです!




