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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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自分を捨てた元カノが、なぜか自分の家までついてきて延々と語りかけてくる

掲載日:2026/02/06

ずっと地元の田舎から離れたかった自分が脱出できずにいるのは惨めだった。しかも今の有様を、昔の同級生、もっと言えば元カノに見つかったのは恥以外の何物でもなかった。


全身の毛穴から、羞恥が噴き出したような錯覚があった。こっちと目が合った彼女は、あの頃の通り脇目も振らずにまっすぐにこちらに突き進んできた。




久しぶりじゃないあんた、元気してる?してるわけないわよね、だって高校最後の年に私にこっぴどく振られたんだから、




第一声が、これだ。





ねえ、今もあの、本だらけの狭い部屋に住んでるの?パラサイトシングルってやつでしょ、知ってる?年収200万円以下の人間ってアンダークラスっていうらしいわよ、再生産性のない、何も残せずに這い上がることもできずに死んでいく、次の世代にバトンを渡すこともできない人間のことを指すの。でね、そういった連中の半数近くが貧困に苦しんでるんだって、あんたそうでしょ、私に振られて以来、絶対モテなさそうな顔してるもの、だって今、恋愛を始めようと思ったら最低500万円以上の年収が必要なんだから、あんたはそんな人間じゃないもんね、




僕は思わず逃げ出した。急いで隣の車両に移ったのだが、なぜか彼女は後からついてきて、立て続けに言葉を浴びせてくる。




逃げんじゃないわよ、いくら私に真実を言い当てられて惨めになっているからって逃げるんじゃないわよ、私から逃げるってことは、現実から逃げるってことなんだから、あんたは現実から逃げてる子供部屋おじさんなのよ、いつか父親から呼び出されてエヴァに乗らないといけないシンジ君に自分を重ねて、何かしら自分に価値があると思い込んでそう思わないと生きていけない可哀想な虫けらなのよ、受験でノイローゼになって私に捨てられた男の惨めな末路にふさわしいじゃない、どこ見てるのよ、人が話している時はちゃんと人の方を見なさいよ、




車内アナウンスが、到着を伝える。僕は人混みをかき分けて、出口の先頭に陣取る。学ランに阻まれたかと思いきや、元カノは学生たちの肩にぶつかるようにして強引に道を開く。周囲の乗客が、何事かと目を見開いている。



図星、図星でしょ、そうだと思ったのよ、あんたみたいな人間はみんなそうなのよ、無敵の人だって大口叩いてるくせに実際は死にきれないからただ生きているだけの弱者でしかないのよ、でも最近はそういう弱者が自分を弱者だって言い張るからたちが悪いのよ、そういう弱者は本来人目を避けて生活するべきなのよ、それが今SNSのせいでそれがまた一つの肩書みたいになっているのよ、どうかしてるのよ、おかしな世の中だわ、あんたみたいな人間は、もっと踏んづけられながら生きていくべきなのよ、ねえあんた、就職もアルバイトも失敗した?失敗したでしょ、私にはわかるのよ、



駆け出した。階段を駆け上がる。ICカードの残高に任せて、自動改札を抜けた。田舎の景色にふさわしい、だだっ広い駅前ロータリーが広がっている。僕はそこを、一心不乱に走り抜ける。




逃げんじゃないわよ、逃げんじゃないわよ、どこまでも追いかけてやるわ、あんたの家は知ってるんだからね、何度も何度も遊びに行った、覚えてるでしょ、あんたは私に手を出すこともできなかった、でも私は今、旦那がいて、子供がいるのよ、二人も女の子をもうけたのよ、あんたとは大違いよ、旦那の背は高いのよ、170センチもあるの、あんたとは大違いなのよ、人種が違うのよ、社会的地位が違うのよ、あんたにもわかるでしょ、



すぐに息が切れる。はあはあと、肩で息をした僕は、ペットボトルのお茶をぐいと口に含み、それからロラゼパムを二粒放り込んだ。昔のように僕の隣を陣取った彼女は、スピーカーのように自分の言説をぶち上げる。




今のあんたになんの価値があるのよ、あんたは国のおこぼれにすがって生きているだけの生産性のない人間じゃないの、福祉のお世話になってそのうち生活保護とか受け始める人間なのよ、貧困の最先端にいて、保護したところでどうしようもないのよ、わかってるの、私の旦那は背が高いのよ、身長が170センチもあるのよ、あんたとは大違いなのよ、だからきっと、私の子供は身長が170センチを超えるのよ、あんたとは大違いなのよ、




頭がくらくらしていた。立体交差をくぐり抜けて、橋を渡り、スーパーマーケットに入った。周辺の商店街で、2階建ての商業施設といえばこれくらいしかなかった。僕はかごを掴むと、スナック菓子とお茶をポイポイと放り込んでいく。




ははん、さてはあんた痩せようと無駄な努力をしてるわね、そうやって菓子ばっかり買ってるのに、体は全然動かさなくて、でもそれ以上体を悪くしないようにジュースを避けてお茶買ってるんでしょ、ばかね、私の旦那は毎日毎日家で筋トレしてるのよ、娘二人が旦那の背中に乗った状態で腕立て伏せをしてるのよ、一日百回もできるのよ、娘はキャッキャと笑ってるわ、幸せな家族でしょ、あんたはどうなのよ、子供なんていない、だってそもそもパートナーがいないじゃない、それも、私に振られたからなのよ、あんたは孤独のままずるずると無駄に生きようとして、孤独のままに死んでいくのよ、私にはわかるのよ、




会計はセルフレジで済ませた。皆自分の買い物に夢中だった。元カノは僕の後ろで、躾のなっていない子供のように、僕の顔を左右から覗き込もうとしていた。



野菜も肉も値上がりしてる今、安価に空腹を満たすためには炭水化物しかない、だから貧困のあんたは太るのよ、そしてビタミンをとれないのよ、ぶくぶく太っていくのよ、私の旦那や私の幸せ太りとは真逆なのよ、株だとか、NISAだとか始めたところで元手がなけりゃなんにもならないのよ、あんたは一生這い上がれないのよ、だってあんたはぶくぶく太る貧困だからなのよ、私の家は、月に一回も旅行ができるのよ、カップルズホテル、ラブホテルに行けるのよ、二人だけの旅行なのよ、これだってあんたにはできないことよ、



また、駆け出した。帰り道は、昔の通学路をそのままなぞっていた。懐かしさは、あまり感じない。なんせ、地元でぶらつくしかない人間にとっては、代わり映えのしない日常の一部だからだった。


それでもだんだんと時の歩みが速くなる。体のガタは、どんどん増す。またすぐに息が切れた。とにかく、お茶を飲む。



受験をノイローゼで失敗したあんたは、就活だって失敗したはずなんだから、私にはわかるのよ、そんなあんたは第二新卒でなんとかやろうとしたけど誰も拾うわけがないのよ、カウンセラーやらアドバイザーやらが徒党を組んであんたはまだ若いなんて言うけどあんなのは常套句なのよ、どうせあんたは一生非正規でなんの社会保障も受けられない身分なのよ、だってアンダークラスなのよ、氷河期世代は切り捨てられたじゃない、それ以後の世代なんてもっと簡単に切れるでしょ、だって前例があるもの、確かにうちも家計が厳しいけど、幸せだから大丈夫なのよ、旦那の身長は、170センチもあるのよ、あんたとは大違いなのよ、




家の鍵を開ける。ドアをロックして、チェーンをかける。今度は家の外で、彼女が地団駄を踏みながらまだ叫んでいた。



あんたは一生落ちぶれたままなのよ、もう一度チャンスをくれるほど人生は甘くないのよ、未成年で健康を害した人間の人生設計、モデルケースなんてどこにもないのよ、落ちぶれたら終わりなのよ、あんたはみんなの反面教師なのよ、出てきなさいよ、あんたが社会的になんの価値もない、人材ですらないことは誰もが証明してるのよ、体は弱くて肉体労働はできないし、かと言ってパソコンスキルはワードとエクセルが使えるだけ、そんな人材、すぐにAIに取って代わられるのよ、あんたはそのまま朽ちていくのよ、大学を出たからなんなのよ、稼げないなら意味がないのよ、その知識とやらは社会じゃなんの役にも立たないのよ、映画に、本に、ピアノに、その教養とやらはいつ役に立つのよ、役に立たなかったからあんたはこうして家にこもりがちで暮らしてるのよ、あんたは負け組なのよ、再浮上できないアンダークラスなのよ、私は違うわ、旦那は170センチもあるのよ、



僕はベッドの上に寝転んだ。彼女は少し間違っていた。今の僕には読書も映画鑑賞も、する元気も気力もなかった。死人のようにーーいや、死人が暮らしていた。


どんな知識もエビデンスも、経済には太刀打ちできなかった。むしろ、エビデンスがなくセンセーショナルな嘘の方が、人の心を掴み大金を生み出せるのだった。形而上学は、即物的な現実社会では何の役にも立たなかった。


めまいのような、眠気がやってきた。目の前がチカチカする。意識が徐々に失われていく。寒かった。ガチガチと歯を鳴らしながら、僕はせめて、悪夢を見ないようにと祈るしかなかったーー


元カノが僕の夢の中まで侵食するのは時間の問題だった。未だに執着しているのは、僕のほうかもしれなかった。


あんたとは違うのよーー


靄のかかった思考の中で、彼女の声がまた聞こえてきた。


絶望というタールに包まれながら、僕はどぷりと、底なし沼のような夢の世界に引きずり込まれていった。



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