もう一度、君を迎えに
季節が変わりはじめた。
夜の空気に秋の気配が混じり、風が静かに葉を揺らす。
セリアは父のもとへ戻り、ライグは子供たちと屋敷に残った。
それは、決して“別れ”ではない――そう信じながら。
けれど、それぞれに与えられた時間は、想像以上に過酷なものだった。
* * *
ラシェル公爵家。
首都でも有数の荘厳な邸宅にて、セリアは父と対峙していた。
「……父上。私は改めて、ライグ=エルノートと“星を結ぶ”ことを望みます」
公爵は目を細め、口を開いた。
「破談にした男と、再び結ぶだと?貴族としての体面を汚すにもほどがある」
「では、“結ぶ理由”があれば、認めてくださるのですか?」
「……理由?」
セリアは一枚の報告書を差し出した。
それは、ライグが運営している孤児支援と、地域の経済復興の資料だった。
法的整備、資金の流れ、彼が保護した子供たちの健康状態――全てが整然と記されている。
「彼は今、“何もない元没落貴族”ではありません。彼の名は地元で信頼され、彼の事業は貴族議会にも報告されつつあります」
「だが――家柄がない」
「家柄を継ぐことだけが貴族の責務なら、なぜ“意思ある者が星を結ぶ”制度があるのですか?」
セリアは一歩も引かなかった。
「私は、制度を信じます。そして、自らの意思でライグを選び直します」
父は、しばらく何も言わなかった。
そしてようやく――小さく笑った。
「お前は変わったな。いや、戻ったのか。昔、まだ何者でもなかった頃の、お前に」
「ええ。あの頃の自分を、やっと思い出せました」
「なら、よかろう。だが――私の名を背負って選ぶのならば、すべての責任も負え」
セリアは、頷いた。
「もちろんです。私は“あの人の妻”として、誇れるように生きます」
* * *
一方、ライグは屋敷で最後の準備をしていた。
孤児院の正式な認可、里親制度の整備、そして彼自身の立場の確立。
彼はもう“ただの受け入れ先”ではない。“守る者”としての覚悟と力を、手に入れつつあった。
「……セリア、俺はちゃんと迎えに行く。今度こそ、誰にも文句言わせねぇ」
そうつぶやいたその日――一通の書簡が届いた。
それは、ラシェル公爵家の正式な封印付き。
そこに記された内容は、ただひとつ。
“私はあなたを選び直します。
形式を整え、場所も整えました。
――今度は、あなたの番です。
迎えに来てください。堂々と、胸を張って。”
ライグは手紙を胸元で握りしめた。
* * *
日差しの中、馬車を走らせるライグの顔は、かつての頼りなかった少年とはまるで別人だった。
星結びの神殿には、正装のセリアが待っていた。
銀糸を織り込んだドレス、すっと背筋を伸ばした姿。
けれどその瞳は、柔らかく、あの日の焚き火の夜と同じぬくもりをたたえていた。
ライグは彼女の前で、静かに膝をついた。
「今度は、俺から言う番だな。――セリア=ラシェル。お前を、選ばせてくれ」
セリアは微笑んで、彼の手を取った。
「はい。――私も、あなたを選びます」
星の加護が静かに降る中、ふたりの間に結ばれた絆は、
もう誰にも、壊すことなどできないものとなった。
それは“許婚”ではなく、“選ばれた伴侶”としての誓いだった。