表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

星のない夜に

夜。屋敷の裏庭にある小さな倉庫には、まだわずかに灯りが残っていた。


ライグは一人、土埃まみれの床に膝をつき、古びた木箱を運び出していた。昼間に比べれば涼しくなったとはいえ、汗はとめどなく流れ、背中のシャツにじっとりと染みていた。


「本当に……真面目になったのね、あなた」


ふいに背後から声がして、ライグは動きを止めた。


振り返ると、ランタンを手にしたセリアが、控えめな笑みを浮かべていた。


「昔のあなたなら、途中で逃げてたでしょ」


「……まあな。俺自身が、何かの“役目”から逃げてたんだと思う」


セリアはその言葉を、黙って受け止めた。


数日間の共同作業の中で、彼は確かに変わり始めていた。荒れた手、筋肉痛を隠さない動き、そして無言で黙々と作業を進める姿勢。


貴族の娘であるセリアにとって、それはとても“泥臭くて、地に足の着いた努力”に見えた。


「あなたが……もしも昔、こうだったら」


ぽつりとつぶやいたその声に、ライグが小さく反応する。


「何か、変わってた?」


「分からない。たぶん、私の方も、変わらなきゃいけなかったんでしょうね」


静かな空気が、二人の間に流れた。


* * *


その夜遅く。


セリアの部屋に、使用人が慌てて駆け込んできた。


「お嬢様! 子供たちのことで――領都の“星結び監査官”が急遽、訪問されると!」


「……なんですって?」


星結び監査官。

それは、国家が定める婚約制度「星結び」の管理と、血統の記録を行う権限を持つ人物だった。


没落した家の子供たち――特に、女児――が保護される場合、「誰が保護しているのか」「その家の意図は何か」が厳しく問われる。


監査官の報告ひとつで、子供たちは“管理不適格”として、孤児院や労働施設へ送られる可能性すらある。


「まずいわね……これは完全に、牽制よ」


セリアの目が鋭くなる。


「“誰か”が、私たちの動きに目をつけたってことね。保護している子供たちを、正式に“家族”として受け入れていない以上、言いがかりはつけ放題よ」


「じゃあ、どうする……?」


ライグが問いかけたとき、セリアは迷わず言った。


「演じましょう、“私たち”の理想の形を。完璧な共同保護者を。少しの嘘と、少しの演技で、子供たちを守り抜くの」


ライグの眉が上がる。


「つまり……俺たちは、偽りの“夫婦”ってことか?」


「偽りじゃないわ。“かつて婚約した者同士が、子供たちの未来のために協力している”。それは、あなたが選び、私が承諾した現実よ。堂々としていなさい」


セリアの声には、力がこもっていた。


彼女自身、この提案に心のどこかで躊躇がなかったわけではない。

けれど――今、子供たちの未来を守るためにできる最良の手段は、ただ一つ。


“共に立つ”ことだった。


* * *


その夜、セリアは久しぶりに眠れなかった。


ベッドに横たわりながら、星結びのことを思い出していた。


生まれたときから“誰と結ばれるべきか”を国家が決める制度。


それが貴族社会の礎であり、血統の保証であり、女児たちは生まれた瞬間から「誰かの妻になるための存在」として数値化される。


ずっと嫌だった。

何度、帳簿を見ながら「これは人間の扱いじゃない」と思ったか分からない。


けれど、今。


その制度の外で、「自分の意思で手を取り合おうとする」男と出会い直してしまった。


それが“かつての許婚”であるという皮肉とともに――


彼女は目を閉じる。


その夜、空には星がひとつも見えなかった。


だがそれは、むしろ良かったのかもしれない。


誰に決められたでもない、自分の道を見つけるには――

星のない夜のほうが、きっとふさわしい。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ